この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
『その仕事、全部やめてみよう』クレディセゾンCTO小野和俊が語る、成長したい20代エンジニアのための“最後の砦”戦略
書籍『その仕事、全部やめてみよう』(ダイヤモンド社)がエンジニア界隈の注目を集めている。
執筆したのは、クレディセゾン常務執行役員CTOの小野和俊さん。
小野さんはアメリカの大手IT企業、サン・マイクロシステムズを退職後、24歳でITベンチャー・アプレッソを起業。同社はその後セゾン情報システムズに子会社化され、再び大企業の一員に。2019年には老舗金融企業・クレディセゾンにCTOとして入社し、現在に至る。
外資、国内、スタートアップから大手まで、多種多様な企業を経験してきた小野さんは、若手エンジニアの成長に欠かせないのは「やるべきことに蓋をしてでも、やりたいことに集中すること」だと断言する。
なぜそう言い切れるのだろうか。“やるべきこと”に忙殺されてしまう若手エンジニアに向けて、小野さんに助言をもらった。
移り変わるものより、時代に左右されない「本質」に興味がある
「不易流行(ふえきりゅうこう)」という言葉がある。
「いつまでも変わらない本質的なこと(=不易)と、時代によって移り変わること(=流行)は、どちらも大切」という意味でよく引用される、松尾芭蕉の言葉だ。
常に最新のテクノロジーを追う必要があるIT業界では、「流行」ばかりが重視されやすい。しかし、小野さんがこれまでのキャリアで一貫して目を向けてきたのは、「不易」の方だった。
「これまでさまざまな職場を経験してきて、どの職場にも共通して言えることがあると感じたんです。例えば、エンジニアとして成長する人の特徴が、時代や場所によって大きくは変わらないように」
こうしたエンジニアに関する自身の「不易」の考えを、15年間もブログに書き続けてきた。書籍『その仕事、全部やめてみよう』は、これを基に執筆されている。
20代の頃から「不易」の法則を意識し続けてきたのは、将来のキャリアアップを見据えてのことだったのだろうか?
「いえいえ、『どこでも通用するエンジニアになりたかった』とか、意識の高い話ではありません。もともと組織に自分を最適化する発想がなかったし、『この場所だけで使える』小手先のテクニックにも興味がなかった。ただ単に、どんな状況にも当てはまるテーマに関心があっただけなんです」
長年書きためてきたブログをベースとした書籍化。再編集にそれほど時間はかからないだろうとたかをくくったが「いざ書き始めると、ほとんど書き直しでした」と苦笑する。
根詰めて書き上げた書籍の反響は、想像以上だった。
「たくさんの方がTwitterやブログなどで書評を書いてくれました。他社のCTOの方、若手エンジニアの方もコメントを寄せてくれて、すごくうれしかったですね。
面白いのは、刺さった部分が人によって違うこと。15年間、その時々で自分が気付いたことをまとめた本なので、自分の若い時の気付きは若い人に、比較的最近の気付きは僕と近い年齢の人に刺さったんだと思います」
組織の中で“最後の砦”を目指す「ラストマン戦略」
書籍で扱うテーマの中で、特に若い層からの反響があったのは、「ラストマン戦略」について解説した章(第3章「ラストマン戦略」で頭角をあらわせ ――自分を磨く)だという。
ラストマン戦略とは、組織の中で自分が一番詳しくなれそうな領域を決め、「あの人が分からないなら、他の誰も分からないよね」と言われるような、最後の砦とも言うべきスペシャリストを目指す成長戦略だ。
「若手エンジニアが掲げる目標として、『先輩の役に立ちたい』は少々謙虚過ぎる。組織の中でラストマンになるぐらい高い目標を目指した方が、本人にとってもチームにとっても良い結果を招きます」と、小野さんは説く。
「僕自身の20代を振り返ってみると、アプレッソを起業した直後、本来であれば社長としてマネジメントの勉強をするべきだったと思います。でも実際には、ひたすらJavaの技術を磨きました。それが自分をスペシャリストにしたし、プロダクトに独自の強みをもたらしたんです」
小野さんが開発したデータ連携ツール『DataSpider(データスパイダー)』は、実行速度が評価され、社内のIT化を進めていた先進的な企業に次々と導入された。
小野さんはこのような自身の経験から、社会人になりたての若手が「やらなければならないこと」に注力し過ぎる傾向に警鐘を鳴らす。
「社会人になると、自分の興味をとことん伸ばすことよりも、自分のできていない部分をカバーすることばかりやってしまうんですよね。要は『しなければならない』という考えで全ての仕事をしてしまう状態です。それでみんなつまらなくなってしまう。
先ほどお話ししたラストマン戦略を実践する上でも、『やりたいこと』をとことんやって突き抜けることが近道になります。
例えば、会社の案件ではJavaと.NETが必要だとしても、Rubyを面白いと感じているなら、自分のプライベートな時間はRubyにあてるのが正解。Rubyを極めていくと組織の中でユニークな存在として注目を集めますし、何かの折にRubyが必要な案件が降ってくれば『お前が一番適任だ』っていう話になるわけです。
一見いまの仕事に直結しなくても、自分が興味をもって突き詰めたことが、いつどこで、何につながるか分かりません」
興味の赴くままに熱中した経験が、将来につながっていくーー。スティーブ・ジョブズが「Connecting the dots」という言葉を使い、大学のカリグラフの講義で得た知識がマッキントッシュの開発に役立った体験を語ったスピーチは、あまりにも有名だ。
「Connecting the dotsの教訓は、若手エンジニアの成長戦略にもそのまま当てはまると思います。心が動くものに全力でアクセルを踏み、没頭して取り組んだことが、先々の何かにつながっていく。全てが役立つとは言いませんが、その中の何かが、これからの人生に生きてくるんです」
「エンジニア風林火山」に学ぶ、チームで働く効能
小野さんは著書で「ラストマン戦略」を提唱する一方、他の章では、技術への好奇心がもたらす弊害についても触れている。
“ If all you have is a hammer, everything looks like a nail.”(ハンマーしか持っていないと、全てが釘に見える)
そんな英語のことわざがある。エンジニアに当てはめると、課題解決に最も適した技術とは言えなくても、どうしても新しい技術を使ってみたくなってしまう性質と言える。このような経験に、心当たりがあるエンジニアは多いのではないだろうか。
しかし小野さんは、「若手に関しては、ハンマーと釘の危険性について意識する必要はほとんどない」と言う。
「若手のエンジニアは脇目も振らずに、全て釘だと思って打ちまくればいいんです。『流石にその釘は打っちゃいけないでしょ』というときは、チームの誰かが言ってくれるはずですから。それを直に受け止めればいい」
確かに、経験豊富なメンバーや頼れる上司がいる職場では、そうした“ブレーキ役”を頼れるかもしれない。しかし、年齢の近いメンバー同士が立ち上げたスタートアップなどの場合はどうなるのだろう?
「不思議なことに、スタートアップには自浄作用があるので問題ありません。老獪な経営者やシニアなエンジニアがいないチームでも、転んで怪我したりしながら、失敗を糧に成長していきます。
僕自身もそうでした。アプレッソを立ち上げた24歳の時、他のエンジニアは僕よりちょっと上ぐらい。若い人ばかりなので、みんな新しい技術に夢中になって、ハンマーをガンガン振り回していました。
でもそれをやり続けていると、どこかで痛い目にあう。本当に顧客にメリットをもたらすかという観点で技術を選定しなければ、プロジェクトは失敗すると学んでいくんです」
エンジニアが組織で働くことの効用について、小野さんは「エンジニア風林火山」という独自の分類でも解説している。
エンジニアはその特性から、「風・林・火・山」の四つのタイプに分類できるという。自分自身はどれか。また、周囲のエンジニアがどれに当てはまるか、イメージしてみよう。
「この例えから若手エンジニアに気付いてほしいことは二つあります」と小野さん。一つは、無駄なコンプレックスを抱える必要はないということ。もう一つは、自分の弱みをカバーするエンジニアと組めばいいということだ。
「例えば、火のエンジニアは優秀と見られがちですが、大きな事故を起こしてしまうと『俺って山のエンジニアのような安定感がなくてダメだな……』と落ち込んでしまいがちです。一方で山のエンジニアは安定感が素晴らしくても『俺って火のエンジニアのような派手さがないよな……』と悩んでしまいがち。そういうモヤモヤを、みんなどこかに抱えています」
「そもそも、オールマイティーで完璧なエンジニアなんてほとんどいません」と、小野さんは続ける。
「火のエンジニアはごうごうと燃え盛っていても、山や林、風のエンジニアがちゃんとサポートしてくれるはず。だから、自分は火の要素を徹底的に追求してください。それは風・林・山のエンジニアも同じ。他のエンジニアと手を取り合い、お互いの弱みをチームで補い合う発想を持ってほしいですね」
周囲とうまくやるには「相手との境界線をなくす」
小野さんの指摘する通り、エンジニアは自身の強みを伸ばしつつ、周囲のエンジニアと協調しなくてはならない。しかし、尖れば尖るほどに、周囲とうまくやれないエンジニアが存在するのも事実だ。
周囲と協調するのが苦手なエンジニアは、どうすれば変われるのか? そんな疑問をぶつけると、小野さんは「大学時代に弁論部の部長を務めていた」という意外な過去を明かしてくれた。
「競技ディベートって、あるテーマに対して<Yes><No>どちらの立場で戦うのかが、当日のコイントスで決まるんです。だから、どちらの言い分も事前に徹底的に調べます。
そうすると、面白いことが起きます。あるテーマについて『私は絶対に<Yes>だ』と思っていたとしても、<No>の立場になりきって調べたりシミュレーションしたりすると、ほとんどの場合、<No>の言い分も理解できるんです」
その姿勢は、大学卒業後も、エンジニアとして働く中で生かされてきたようだ。
「典型的なのは、『コンプライアンス部門が厳しくて新しいことができない』と思ってしまうケースですね。そのときは、『僕がコンプラ側の代弁者だったら』と考えてみる。そうすれば、コンプラ部門は事故を起こさないために、当たり前のことをしているだけなんだと分かります。相手の置かれた立場を理解した上で、敬意を払って接すれば、ほとんどの場合は話を聞いてもらえますよ」
新しいことをやろうと思っても、周りのエンジニアや他部門の理解を得られず、「あの人は分かっていない」と、つい愚痴を吐いてしまった経験はないだろうか。
「周囲とうまくいっていないと感じている若い人は、相手と自分を分けて考えているケースが多いと感じます。そうではなく、相手の立場を徹底的にシミュレーションして、相手と自分の境界線をなくす。大事なのは、対峙するのではなく、同じ目標に向かって横に座る姿勢です」
ベンチャーから大企業へと、異色のキャリアを突き進む小野さんが、どんな場所でも柔らかな笑顔を絶やさない理由。それは、周囲との協調を怠らない姿勢にありそうだ。
「今日話したことは、そんなに特別な話ではありません。言ってみれば、小学校の道徳レベル。でもIT業界には、『当たり前なのにうまくいかないこと』って多いですよね。簡単なようで難しい問題を僕がどう解決してきたのか、一つの物語だと思って本を読んでもらえると、参考になるかもしれません」
書籍情報
小野和俊さんの最新書籍『その仕事、全部やめてみよう』(ダイヤモンド社)
「プログラマー×ITベンチャー社長×大企業CTO」が語る「超」効率的な仕事の進め方・考え方!
仕事の「無駄」を排除し、生産性を劇的にあげる方法・考え方を紹介しています。
取材・文/一本麻衣 撮影/赤松洋太 編集/川松敬規
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