「日本のエンジニアの働き方に違和感」ヤフー・Retty・Kaizen Platform3社に聞くギグワークの効能
2020年7月、ヤフーが実施した人事施策が大きな注目を集めた。他の企業・組織で働く社員やフリーランスなどの人材を受け入れ、共にオープンイノベーションを目指す「ギグパートナー」(※)を大々的に募集したのだ。
ギグパートナーに働く時間や場所の制約はなく、原則として業務は全てオンライン。
インターネットサービスの企画立案を行う「戦略アドバイザー」や、事業戦略立案を担当する「事業プランアドバイザー」などに加え、高い技術力と専門性を駆使して新たなシナジーを生み出す「テクノロジースペシャリスト」と呼ばれるエンジニア職などのポジションがある。
この取り組みへの反響は大きく、日本全国や海外から4500人以上の応募があり、10代から80代までの計104名との契約開始が発表された。
テクノロジースペシャリストのポジションには、Rettyのイノベーションラボ ラボ長樽石将人さん(写真右)、Kaizen PlatformのCOO&CTO 渡部拓也さん(写真中央)の二人が選出され、ヤフーCTOの藤門千明さん(写真左)と共に同社のサービス強化や働き方のアップデートに取り組んでいる。
一体なぜこのタイミングでヤフーはギグパートナーの大量募集に踏み切ったのか。また、副業などを通して組織の垣根を超えて働く経験は、エンジニアのキャリアにどんな可能性をもたらすのか。
藤門さん、樽石さん、渡部さんに、来るギグワーク時代のエンジニアの働き方について聞いた。
勉強会やOSコミュニティーのように、仕事も会社横断で
ヤフー藤門:新型コロナウイルス感染拡大により、ヤフーでは今年3月~4月は全従業員が在宅勤務になりました。その間の生産性がどれくらい落ちるか心配したのですが、結果は落ちるどころか、むしろ少し向上。
単純に、通勤時間が無くなった分、エンジニアたちが仕事に集中できるようになった、という感じですね。
ヤフー藤門: それで、弊社社長の川邊と、「働く時間と場所の制約がなくなったのだから、これからは社員も他の会社で副業すればいいし、われわれも外部から副業人材を受け入れたらどうか」と話すようになって。
最後は社長が「やってみよう」と決断し、始まったのがこのギグパートナー制度です。
ヤフー藤門:ヤフーは現在、100を超えるサービスを展開していて、多様な人材がエンジニアとして活躍しています。
ただ、一人一人は担当のサービス開発に集中しているため、どうしても外部からのインスピレーションを受けにくくなる。
だったらわれわれの開発現場に社外から人材を受け入れれば、より幅広い発想や考え方を取り入れることができるのではないかと考えました。
Kaizen渡部:ギグパートナーの募集を知った時、率直に「面白い試みだな」と思ったんです。Kaizen Platformの社内でも「ヤフーがこんなことやるらしいよ」とSlack上で話題になって、「それなら応募してみようか」と。
Retty樽石:私も、ヤフーが新しいことをやっているな、と興味を持ちました。失礼かもしれませんが、意外だったんですよ、ここまで大胆な取り組みにヤフーさんが率先して乗り出したことが(笑)
Retty樽石:以前から私も、日本のエンジニアがもっと外へ出て、オープンイノベーションに取り組むカルチャーを広めたいと考えていました。
ただ日本では、副業についても最初の一歩を踏み出しにくい空気がまだある。だからこそヤフーのように発信力のある企業の取り組みに参画して、「私は副業します。だから皆さんもやりましょう!」と世間に訴えたいと思ったのが応募動機です。
Retty樽石:そうですね、ただ、新しいと言っても、もともとエンジニアは会社横断の勉強会をよく開いているし、オープンソースのコミュニティーにも多くの人が集まっていますよね。
だから、技術やノウハウは誰にでも開かれているのに、なぜか仕事だけはそれぞれの会社ごとに分断されていて、全くオープンではない。
そこにギャップを感じていたので、ギグパートナーのようにオープンな労働形態が広まれば、エンジニアがよりイノベーティブで生産性の高い働き方ができると考えました。
ヤフー藤門:僕も樽石さんから今の話を聞いた時、すごく腑に落ちたんです。
エンジニアがオープンソースにコミットするのは、自分が趣味で使っていたり、「このソースコードが好き」という思いがあったり、何らかの自発的な動機があるからです。
そのためにわざわざ自分の時間を使い、持っているスキルを投入して、そのコミュニティーを盛り上げようとする。
であれば、本業の仕事をしつつ、「これは他社のサービスだけど、面白そうだから自分も関わってみたい」と考えてもおかしくない。「もともとエンジニアには副業の素養があるはず」と樽石さんに言われて、「確かに!」とものすごく納得できました。
“前提が違う場所”で働く経験が、エンジニアの発想力を豊かにする
ヤフー藤門:僕たちが持っていないスキルやノウハウをご教授いただき、サービスを一緒に成長させてほしいですね。弊社は数多くの事業を展開していますが、それでもまだやったことがないことは山のようにありますから。
ヤフー藤門:例えば、1年前からデータソリューション事業を始めたのですが、ヤフーはSaaS事業の経験がないため暗中模索でした。
SaaS事業をどうやって伸ばしていくのか、プロダクトをどのように作っていくのか、サービスの先にいるビジネス顧客とどう向き合うのか。われわれには分からないことばかりでした。
その点、渡部さんは、まさにKaizen PlatformでSaaS事業を手掛けてきたスペシャリストです。今までの経験の中で培ってきたノウハウをたくさんお持ちなので、僕たちが知らないことを教えて頂きながら、事業の成長にコミットしてもらいたい。
樽石さんには、データセンターやネットワークなどのインフラをより強固で安定的なものにするミッションを担って頂きたいと考えています。
樽石さんはGoogleでサービス開発に携わり、その後は日本企業でも仕事をしているので、グローバルから見たときのインフラの在り方や、それを日本でオペレーションする際の組織づくりをアドバイスしてもらいたいです。
Kaizen渡部:自分がお役に立てているかはまだ分かりませんが、僕は超楽しいです(笑)
Kaizen渡部:現在は週に1度、データソリューション事業のメンバーとオンラインでミーティングをしていますが、その時間になると本業とは違うギアが入り、普段とは違う景色が見える。
ヤフーという大きなアセットを持つ会社だからこそ、「うちの会社では使えなかったアイデアがここでなら生かせるかもしれない」と考えつくこともあります。
本業とは異なる前提で物事を考えるのは面白いし、僕自身も頭の切り替えになる。それによって発想力が豊になれば、本業にもプラスになるはずです。
Retty樽石:私の場合、「実はそれほど新しい体験でもなかった」というのが正直な感想ですね。
Retty樽石:私は学生時代や若手の頃、オープンソースのコミュニティーやIETFなどの標準化団体に参画していたので。
そこではさまざまな企業や団体に属する人たちが集まって議論し、そのアウトプットを皆が持ち帰って、各自の仕事やビジネスに生かすことが当たり前でした。
だから、ギグパートナーの体験は自分にとってデジャブというか、若い頃に「こんな働き方っていいな」と思っていたことの再現みたいな感じです。
Retty樽石:でもこれって、僕だけの話じゃなくて、エンジニアの皆さんなら多くの方に当てはまる話なのではないかと思います。
業務以外のことは、皆さん外で会社の枠を超えて学び合っていますよね。それを仕事に置き換えるだけのこと。
会社や組織の枠を超えて、自由に議論したり、やりたいことに取り組んだり。その楽しさやワクワクを改めて感じています。
使命や志に燃える仕事を、会社の中と外「両方でやる」
ヤフー藤門:現場の担当者たちは、非常に大きな刺激を受けています。「それは自分たちでは思いつかなかった!」という新たな発見や気付きをたくさんもらっているので。
ヤフー藤門:一方で、われわれが模索しながらやってきたことの中には筋が良いものもあると分かって、それが社員たちの自信になっている。
まさにパートナーとして一緒に伴走してくれていて、現場からは「もっと早くこんな取り組みをやりたかった」という声が上がっています。
Retty樽石:業務委託の契約上はインフラの開発を担うことになっていますが、実は一番やりたいのは、ギグパートナー制度をブラッシュアップしていくこと。
この制度を活用して、「エンジニアでよかった」と思ってもらえるような労働環境をつくりたいんです。
手前味噌になりますが、Rettyのエンジニアたちは本当に素晴らしいんです。今も「コロナ禍で苦境に立つ飲食店を何とかして支えたい」という強い使命感を持ち、自発的に飲食店応援プロジェクトを立ち上げたりして、世の中のために頑張っている。
こんなふうに社会の危機や困難に立ち向かうエンジニアがもっと増えてほしいというのが私の願いです。
Retty樽石:そうですね。社会のために貢献したいと思ったら、今まではプライベートの時間を使って社団法人やボランティア団体で活動するケースが多かった。
だから、ギグパートナーという働き方を活用して、企業の中にいながら志を実現できるような仕組みをつくれたらいいなと考えているのですが。
僕が勝手に思い描いているだけなので、藤門さんがどう思っていらっしゃるかは分かりませんが(笑)
ヤフー藤門:いや、ぜひともそうしたいです(笑)
僕もエンジニアが使命感を持って何かに取り組むのはすごくいいことだと思います。社会のためにやりたいことがあるけれど、自分の会社ではそれをやるのが難しい。とはいえ自分の会社の仕事も好きだし、大事だと思っている……。
そんなときに、「だったら両方やればいいじゃん」と思える人をもっと増やしていきたい。
Kaizen渡部:同感です。正社員の立場だと、どこか一つの会社を選ばなくてはいけない。
もちろん所属している会社への愛着や責任感はありますが、だからといって本業の仕事とそれ以外とで自分がやりたいことを、綺麗に切り分けられるわけでもない。
Kaizen渡部:今、私自身の意識としては、IT業界全体を包括するような「株式会社インターネット」の社員で、その一部署として「Kaizen Platform」や「ヤフー」があって、兼任しているようなイメージ。
ほら、普通の企業でも、部門をまたいだ人材交流プログラムとかあるじゃないですか。それと同じで、別の会社の仕事をやるために、必ずしも今の会社を辞めなくてはいけないわけじゃない。どちらも両立できる働き方を実現できたらいいなと思います。
Kaizen渡部:今のところありません。本業も副業も「どちらもおろそかにしない」ということを、単に「自分の時間を割くこと」だと考えてしまうとバランスのいい両立って難しいのかもしれませんが、僕はそうではないと思っていて。
仕事とは、成果で評価されるもの。だから今も、「Kaizen Platformへのコミットが1時間減ってしまうから申し訳ない」とは思っていません。本業とヤフーで、求められる成果を出し、それぞれの責任を果たすだけです。
さらに言うと、仕事内容も本業と副業でそんなに違いはないですね。Kaizen Platformではテクノロジーでさまざまな企業の課題解決を支援していますが、ギグパートナーとしての私の役割もそれと同じ。
いつも本業でクライアントに対してやっていることそのものですから。
所属も場所も関係ない。“何ができるか”が問われる時代に
ヤフー藤門:肩書きがよりいっそう意味を無くしていきますから、所属企業がどうとかではなく、「私にはこれができる」と自信を持って言える“何か”を身につけることですね。
じゃあ、その“何か”を手にするにはどうしたらいいか。答えはシンプルで、学び続けるしかありません。
働き方はリモートでも出社でも、自分に合う方でどちらでもいい。でも、どんな環境にいても、スキルを磨き続けることはエンジニアの宿命です。
新しい技術に乗り換えたり、時には既存の技術をアンラーニングしたり。学びと挑戦を「継続する」能力が大事ですね。
Kaizen渡部:働く時間と場所が自由になれば、先ほども言ったように、自分の時間をお金に換えるような働き方はますます無意味になるでしょう。
週に数時間の副業をして、お小遣いが多少増えたとしても、そのために体力を削ってダブルワークをするのはもったいない。
Kaizen渡部:特に若手のエンジニアであれば、本業では使えない技術にトライするとか、自社にはないリソースを活用して新しいチャレンジをするとか、目先のお金より自分の能力に投資するつもりで副業をやった方が将来のキャリアのためになると思います。
Retty樽石:今回のコロナ禍で分かったのは、日本は雇用のセーフティネットが充実しているということ。
日本企業の経営者は、外国の経営者に比べて雇用を守ることを真剣に考えているし、国もさまざまな給付金や助成金を打ち出した。実は日本のエンジニアは、雇用面での心理的安全性が高いんです。
Retty樽石:だからこそ、ヤフーの取り組みは大きな意義を持っています。雇用のセーフティネットがしっかりしている上に、ギグパートナーのような自由にチャレンジできる制度もある。
この二つが組み合わされば、世界でも類を見ないエンジニアの雇用環境を実現できますよね。
ヤフー藤門:ヤフーはファーストペンギンとして頑張りますが、僕たちだけで働き方のアップデートをやっていても日本全体では変わらない。
だからこそ、たくさんの企業に協力してほしいし、エンジニア一人一人も行動してみてほしい。
“志”に突き動かされたエンジニアたちが、会社の枠組みを飛び越え、お互いに刺激し合って仕事ができるようになったら――。想像してみてください。
そうなれば、日本はもっと豊かで面白い国になるはずですよ。
取材・文/塚田有香 撮影/竹井俊晴
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