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「この会社、終わってる」キーエンスから実家の町工場を継いだ3代目、絶望からの光が見えるまで

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超優良企業として知られる大手メーカー・キーエンスで順調に出世し、32歳の若さで営業所長に抜擢されたにも関わらず、その地位を捨てて実家の小さな製造業を継ぐ決意をした人物がいる。自動車の濾過フィルターや工作機械用フィルターなどの製造・販売を手掛ける株式会社トーユーの三代目で、現在は製造部長を務める戸山智徳さんだ。

トーユー入社後は、評価制度や教育制度などを大胆に改革。現場の効率化や職場環境の改善、社員のモチベーションアップなどを果たし、着任して1年間で営業利益を前年度の4倍に伸ばすという成果を出してみせた。

「実家を継ぐ気は全くなかった」という戸山さん。なぜ、家業を継ぐ決意を固め、工場の改革に熱意を注ぐのか。その思いを聞いた。

株式会社トーユー 取締役兼製造部長 戸山智徳さん

大学卒業後、2005年に大手メーカーのキーエンスに入社。営業職としてキャリアを積み、11年に課長職、12年に営業所長に就任。17年末に退社。18年より現職。2022年に父親を継いで社長に就任することが決まっている

「継ぐ気はない」から「親孝行がしたい」へ心境が変化

トーユーは、57年前に戸山さんの祖父が創業した工業用フィルターのメーカーだ。現在は父親が社長を務めており、彼は三代目に当たる。だが本人は「正直言って、家業を継ぐつもりは一切なかった」と振り返る。

「親に頼らず、自分の力でやっていきたい。そう思っていたので、大学卒業後にキーエンスに入社しました。入社後は営業ひと筋。お客さまであるメーカーの工場へ足を運び、実際に現場を見ながら課題を洗い出して、解決策を提案する。それが私の仕事でした」

戸山さんはすぐに営業として頭角を現し、20代でリーダー、30歳で課長職とスピード出世。32歳の若さで営業所長に抜擢される。人がうらやむキャリアを歩んでいた戸山さんだったが、一方でその頃から実家との関係が変化し始めた。

「私が就職するまで、父は一度も家業を継げとは口にしませんでした。ただ今思うと、『一度就職して社会経験を積んだら、そのうち実家に戻ってくるだろう』と内心期待していたんじゃないかと。でも私が営業所長という責任あるポジションに就いたことを知り、『もう戻ってこないかもしれない』と焦ったんでしょうね。その頃から、実家に帰るたびに『うちの会社もいいものだぞ』とアピールが始まりました(笑)」

株式会社トーユー 取締役兼製造部長 戸山智徳さん

最初のうちは聞き流していたものの、自分を説得する父親の姿を見るうちに、戸山さんの心境にも変化が訪れる。

「自分の力で勝負したいという思いで頑張ってきたし、営業所長になれたのも私自身の努力によるものだという自負はあります。ただ私が大手企業に就職できたのは誰のおかげかと考えると、教育にコストをかけて成長の機会を与えてくれた親のおかげです。その恩返しをするとしたら、私にできる一番の親孝行は、祖父の代から続くこの会社をさらに大きくすることではないか。そう考えるようになり、35歳になる直前で会社を辞める決断をしました」

「この会社、終わってる」改革に向けて腹を括った

次世代を担う若手のホープが突然退職を申し出たことに周囲は驚き、役員からは思いとどまるよう説得を受けた。すでに結婚していたので、家族からも不安の声が上がった。

「父の会社に入ると聞くと、『給料をたくさんもらえるんでしょ?』と思うかもしれませんが、とんでもない。前職時代に比べて、給料は3分の1になりました。しかも大手企業に勤めていれば社会的信用度も高く、例えば住宅ローンも有利な条件で借りられる。でもトーユーは小規模な会社で、なおかつリスクを背負う経営陣に入るとなれば、将来に何の保証もありません。妻からも心配されましたし、私自身も不安がなかったといえば嘘になります」

ところがトーユーで製造部長として働き始めると、すぐに不安は消えた。会社の経営が思ったより良好だったからではない。その逆だ。

「私が入った当時、この会社はあまりにダメ過ぎた。それにも関わらず、数字だけ見れば創業以来ずっと黒字経営を続けていて、それなりに会社が成り立ってしまっている。ならばダメなところを改善すれば、間違いなくこの会社はもっと大きくなる。そう確信できたので不安は消え去り、あとはやるべきことをやるだけだと腹を決めました」

戸山さんが転職して最初に衝撃を受けたのは、入社直後に参加した役職者会議でのこと。そこで現場から上がってきた改善提案を発表する時間があった。作業効率の向上やコスト削減につながる改善をすることは、製造業に欠かせない努力だ。

前職でさまざまなメーカーの現場を見てきた戸山さんも、これは重要な取り組みだと思い、どんな提案が出てくるかと期待したのだが……。

「上がってきた提案の数は、わずか4件でした。当時の社員は約70名いたのに、たったそれだけ。しかも効率やコストには関係のない、『壁に“危険注意”の張り紙をしましょう』といったレベルの話ばかり。

だから私ははっきり言いました。『これは何のためにやっているんですか?』と。すると参加者の一人がこう答えた。『社長がやれとおっしゃったので』。それを聞いて、この会社は終わってるなと思いましたね。何のためにそれをやるのかという意味を誰も理解せず、トップの指示にただ従うだけの組織なのですから」

株式会社トーユー 取締役兼製造部長 戸山智徳さん

「父をはじめとする経営陣にも、はっきりと『終わってる』と言いました」(戸山さん)

さらに戸山さんは、社員に話を聞いたり、時には飲みに誘ったりして、現場の声を聞いて回った。そこで分かったのは、「創業者一族が言うことは絶対だ」と考える空気が社内にあることや、社員たちが「上に悪い報告をすると待遇が下がるのではないか」と恐れて報連相をしなくなっていること。

「組織の風通しを良くして、社員全員が経営に参画する意識を持たなければ会社は成長できない」と考えた戸山さんは、さっそく改革に着手した。

成果と行動を数値化し、「頑張った人が報われる評価制度」を実現

まず取り組んだのが、社員教育だ。役職者にマネジメント研修を行なうと同時に、現場の社員たちには「なぜ改善提案が必要なのか」を一から丁寧に説明した。

「弊社の場合、営業や開発は大手企業に委託しているため、取引先を新規開拓して出荷台数を増やしたり、製品に付加価値をつけて単価を上げたりする方法で利益を上げる選択は、すぐにできません。今私たちが利益を増やすためにできるのはただ一つ、製造原価を下げることです。だから現場の改善提案が必要なのだ。これを分かりやすく説明した結果、ようやく社員たちも『社長に言われたからではなく、会社の利益を増やすために改善提案をしなければいけないのだ』と理解してくれました」

株式会社トーユー 取締役兼製造部長 戸山智徳さん

とはいえ、これまでトップの指示に従って仕事をしてきた社員たちが、すぐに革新的なアイデアをどんどん出せるわけではない。他の業界や企業で活躍する人材を採用し、外部の知恵や経験を取り入れることも必要だ。だが優秀な人材に来てもらうには、就職先として魅力がなければいけない。

そこで戸山さんがもう一つ取り組んだのが、評価制度をつくること。「頑張ったら頑張っただけ報われる仕組み」を整備し、それを武器に採用を強化しようと考えたのだ。

「公正かつ客観的な評価制度にするため、『成果』『アクション』の二つの軸を設定し、それぞれ数値化して定量評価する仕組みをつくりました。成果については、改善の提案件数、改善の効果、新しいスキルの習得などの項目を設定し、件数に応じてポイントを付けた上で、全項目を集計して偏差値に換算。月ごとにランキングを発表する仕組みにしました」

日本では大手企業でも、ここまで明確な評価基準を設定しているケースは少ない。だが、戸山さんは満足しなかった。

「この評価制度だけでは、どうしても救いきれないものが残ってしまう。例えば、同僚の具合が悪そうなのに気付いて、仕事を代わってくれた社員がいるとします。でも、こうした“ちょっといい行動”は、先ほどの評価制度では点数が付きません。そこでこのようなアクションを評価する『バリューポイント制度』も導入しました。社員同士が、良い行いを申請し合う仕組みです」

これらの評価制度では、成果とアクションの評価が50%、バリューポイントが25%、人事考課が25%という割合で総合評価が決まる。つまり、上司による査定は4分の1の影響力しかない。

「もし上司からの評価が100%だったら、部下は上司に嫌われるのが怖くて、何も言えなくなってしまう。でも人事考課が25%なら、たとえ上司が個人的に嫌っている部下がいたとしても、残りの75%は部下が実力で取り返せます。トーユーのような同族経営の会社では、経営陣が絶対的権力者となってしまうリスクがある。でも個人の主観によらない公正な評価制度があれば、そのリスクは回避できます」

4件だった改善提案は月120件以上。営業利益は1年で4倍に

外部から見ても魅力的な評価制度を作り上げた結果、「優秀な人材がトーユーの採用選考に応募してくれるようになった」と戸山さん。以前からの社員たちも明らかに意識が変わり、なんと今では改善提案が月平均で120件から130件も挙がってくるという。わずか2年前は4件しかなかったのが嘘のようだ。

現場からの改善提案に加え、在庫コスト圧縮などの施策を進めた結果、戸山さんが入社してからの1年間で、前年度1200万円だった営業利益が約4800万に大幅アップ。改革の効果を数字で証明してみせた。

株式会社トーユー 取締役兼製造部長 戸山智徳さん

だがこれだけ大胆な改革を進めれば、古くからの役職者や社員から反発や抵抗もあったのではないか。そう質問すると、戸山さんはきっぱりとこう答えた。

「私は全員に好かれようとは思っていないので。好かれたいと思うと、やるべきことができなくなる。自分がいくら嫌われようと、やる気のある社員が最大の成果を出せる環境をつくることしか考えていません

この2年で会社は大きく変わったが、戸山さんの目はさらに先を見ている。

「長期的なビジョンとしては、フィルター以外の新規事業を立ち上げたい。私は2年後に父親を継いで社長になる予定ですが、その5年後には他の人に社長を譲って自分は新規事業に専念しないと、引退までに新規事業を軌道に乗せるのは難しい。ですからあと数年で、私の代わりに経営やマネジメントを担える人たちを採用・育成していきたいと考えています」

ただし採用にあたってマネジメントの経験は必須ではなく、スキルや技術も限定しない。「スキルや技術知識は入社後に私がいくらでも教えられるので、採用の時点で何を持っているかはあまり重視しません」と戸山さんは話す。

「ただし、これを成し遂げたいとか、世間から認められたいといった、何らかの野心は持っていてほしい。『出世したい』でも『家族にいい暮らしをさせたい』でもいいんです。働く理由を明確に持っていることは、仕事で成果を出すために大事なことです。

加えて、教わったことを柔軟に吸収できる素養も持っていてほしい。役職者候補として入社した人には、研修を通じてPDCAの回し方を徹底的に教えます。目指すゴールに到達するための道筋を立てて、実行し、検証して、改善する。これはどんなビジネスでも必要とされる普遍的なスキルです。部下にはよく『このスキルを身に付ければ、どこの会社でも成功できる』と言っています。もちろん、『でも辞めないで、ずっとトーユーで働いてね』とお願いしますが(笑)」

株式会社トーユー 取締役兼製造部長 戸山智徳さん

若き三代目が起こした改革の波は、職場環境を改善し、会社は人材を大きく成長させる器としての機能を果たすようになった。革新的なリーダーのもとで、自分も改革に参画しながら会社の成長に貢献し、製造業の未来を担いたい。そう望むエンジニアにとって、トーユーは魅力的な職場になるだろう。

取材・文/塚田有香 撮影/桑原美樹

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