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時間を制せよ、打率は1割でいい。中島聡氏の「世界を変える」仕事術

働き方

    技術にはトレンドがある。開発手法も常に進化していく。それでも、真理と呼ばれるものは古今東西でさほど変わらないものである。

    “Done is better than perfect.(完璧を目指すよりも、まずは終わらせろ)”

    これは、2010年代を代表するテクノロジー企業となったFacebookの社訓だ。開発ではスピードこそ命。もちろんこれだけが成功の要因だとは言わないが、世界を変えた企業が重視していたという意味では、我々も学ぶべき仕事の真理といえる。

    さて、ここで時計の針を20年前に戻そう。1990年代、奇しくもFacebookと同じ考えで仕事に取り組み、世界を変えた日本人がいた。元Microsoftのプログラマー、現UIEvolution CEOの中島聡氏である。

    中島聡氏

    中島聡氏

    同氏を知る人にとっては、見飽きるほど目にしたであろうフレーズがこれだ。「Windows 95/98の生みの親」、「Internet Explorerを世界に広めた男」。さらに、右クリックやダブルクリック、ドラッグ&ドロップを現在の形にしたのも中島氏である。『Windows 95』の開発を主導した際は、まさに“Done is better than perfect.”を地で行く考え方で成功を勝ち取った(※参照記事)。

    そんな同氏が今年6月に出した新著『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』が売れている。副題は、「スピードは最強の武器である」。中島氏がこれまでの仕事人生を通して実践してきた“ロケットスタート仕事術”の詳細をまとめた本だ。

    詳しくは本書に譲るが、「すべての仕事は必ずやり直しになる」という前提に立ち、それでも締め切りを守り質の高いアウトプットをするために、「最初の2割の期間で仕事の8割を終わらせる」のが鉄則と記してある。

    この2割の時期に集中して開発に臨むことを、漫画『ドラゴンボール』の「界王拳」に例えて解説するなど、ユニークかつ具体的なノウハウが詰め込まれた良書だ。

    今回、中島氏にこの本を執筆した狙いを取材するとともに、本書とは少し違った視点、つまり優秀なエンジニアが持つ普遍の仕事習慣についても聞いてみた。タイトルに入れた「打率1割」の話は、その際に出てきたもう一つの真理である。内容を紹介しよう。

    プロフィール画像

    UIEvolution Founder/CEO
    中島 聡氏

    Windows95/98、Internet Explorer 3.0/4.0のチーフアーキテクトを務めたエンジニア。NTTに就職した後、マイクロソフト日本法人(現・日本マイクロソフト)に移り、1989年、米Microsoftへ。2000年に退社後、UIEvolutionを設立。2016年、CEOに復帰する。また、個人の開発者としてもビデオフィルターアプリ『Video Shader』や、モバイル端末向けコンテンツ・プラットフォーム『Swipe』などを手掛けている。米シアトル在住

    ルールを疑え、何が「今目指すべきゴールか?」を考えろ

    ―― 中島さんが時間の使い方について真剣に考えるようになったのは、小学3年生の夏休みだそうですね。

    ええ、夏休みが終わる3日前に親戚のおじさんから海に行こうと誘われたのですが、宿題が終わっていなくて遊びに行けず……。その時にものすごく後悔したのが、人生のターニングポイントになりました。

    ―― 本書にある“ロケットスタート仕事術”を本格的に確立したのは、いつごろなのでしょう?

    Microsoftに勤めていて、会社がインターネットシフトを意識し出した1995年くらいですかね。

    (当時のMicrosoft CEOである)ビル・ゲイツは、けっこう早いうちに「今後インターネットの時代が来る」と予言していたんですね。ちょうどNetscape(黎明期のWebブラウザ市場でデファクトスタンダードを生んだ企業)がすごい勢いで伸びていたこともあって、私も「これからはインターネットの時代だ」と確信していました。

    なので、主業務とは別に、隠密で「ビルが次期Windowsに必要だと言うであろう機能」のプロトタイプ開発を始めていたんですよ。将来的に不必要と思う仕事は、適当にやりながら(笑)。

    ―― それが後に、Windows ExploreとInternet Explorerを統合させた『Windows 98』につながるわけですね。

    ええ。とはいえ、Microsoftはまさにこれから『Windows 95』をリリースしようとしていた前後だったので、仕事はとにかくたくさんありました。そこで、本書に書いたような仕事のやり方を徹底するようになったんです。

    ―― やはり、エンジニアとして実績を上げるには「技術力以外」の部分も大切だということでしょうか?

    そう思います。ざっくり言うと、デキる人は自分の仕事に強い責任感を持っているというか。

    「仕事」として言うなら、コーディングは何かを達成するための手段で、それ自体が目的になってしまってはダメなんです。ハードを売るためのソフトウエアを作る、Windowsのインターネットシフトに必要な機能を作る、どれもその時々に設定したゴールを達成するために仕事をしている。

    今はアウトプットのスピードが大事なのか、それともコード設計を綺麗に仕上げることが大事なのか。「何のために仕事をしているか?」というゴール次第で、やるべきことが変わるのです。

    私はずっとこれを意識して仕事をしてきました。Microsoftにいた時、上司が間違った仕事の指示を出していると感じたら、「ビルのやりたいことと違うはずだ!」と噛みついたりもしました。

    それでもダメなら、上司を変えてほしいとさらに上の上司にお願いしたり。実際に、2度ほど上司をクビにしたことがあります。

    ―― (笑)。日本だと、仮にエンジニアの主張が正しいものであっても、上司に立てつくのは非常識だと言われそうです。

    まぁ、日本企業だけでもないですよ。肩書きが強さであり、上司の言うことの方が正しいという企業はまだまだ多いでしょう。

    ただ、当時のMicrosoftはビル・ゲイツが考えていることを理解して実践することこそが正しい!というカルチャーでしたから、その価値基準さえ押さえていれば、生意気な言動をしても受け入れてもらえたんです。

    ―― その場で常識とされること、ルールと思われているようなことを疑い、会社が本当に目指すべきゴールを理解して動く人が優秀なエンジニアだと?

    ええ、これはエンジニアに限らず、どの職業でも同じだと思います。

    プロトタイプを作り続けろ、『ポケモンGo』だって君が作っていたかもしれない

    本質を突いた「自己主張」は必要不可欠と語る中島氏だが、その主張のやり方にもこだわりがある

    本質を突いた「自己主張」は必要不可欠と語る中島氏だが、その主張のやり方にもこだわりがある

    ただその一方で、エンジニアは動くモノを作ってナンボの商売でもあるわけです。

    「これが正しい」、「これが必要だ」と考えたなら、言葉で主張する前に手を動かす。プロトタイプを作ってしまう。これも大切ですね。

    先ほど話した隠密プロジェクトのように、本当に良いアイデアであれば、いずれ光が当たるようになります。私が勝手に作ったプロトタイプが『Windows 98』に組み込まれることになったのも、意外なきっかけからでした。

    ある日、上司が「次期Windowsに何を搭載するか?」を議論する経営会議に参加したのですが、そこで(上司が話した当時の計画を)全否定されたそうで。うなだれて戻ってきた上司が、「何か良い善後策はないか?」と皆に相談を持ち掛けた時、私のプロトタイプを見せたんですね。

    それが認められて、『Windows 98』で「OSとブラウザを統合する」というアイデアが採用されることになったんです。

    ―― 中島さんは自身のブログ『Life is Beautiful』で、今もたまに開発中のプロトタイプを披露していますね? 動画をリアルタイムに加工できるビデオフィルターアプリ『VideoShader』の開発時もそうでした。

    ええ。

    中島氏が開発した、OpenGLを使ったリアルタイム動画処理アプリ『Video Shader』

    中島氏が開発した、OpenGLを使ったリアルタイム動画処理アプリ『VideoShader

    ―― プロトタイプづくりはずっとやり続けてきた仕事習慣の一つなのでしょうか?

    はい、しょっちゅう作っていますよ、表に出していないモノも含めて。新しい技術を学ぶ際も、何かしらのプロトタイプを作ります。

    作り掛けのプロトタイプが20個あるとして、人に見せるのはそのうち5個くらいで、実際にリリースするのが2個とか。

    ―― 野球のバッターで言えば打率1割ですね。9割の“三振”は気にしない?

    気にしないですね。中には、自分でボツにしたのではなく、社内政治に負けて世に出なかったモノもたくさんありますけれど。

    一例を挙げると、まだMicrosoftにいた時、私はすべてのパソコンに「パーソナルWebサーバ」が常駐していればもっと便利になると考えて、OSにWebサーバを内蔵した機能をプロトタイプとして作っていました。ですが、これについてはMicrosoftでクラウド向けのWebサーバを作っていたチームに「Microsoftから2つの異なるWebサーバをリリースすることはけしからん」と言われ、世に出ることはありませんでした。

    その時は悔しい思いをしましたが、しょうがないと割り切るしかない。プロの絵描きだって、いくつも描いては捨て、ボツにしながら、世に出る作品を生み出しています。それと同じですよ。エンジニアなら、アイデアをまずプロトタイプとして形にしなければ。

    それに、前に作ったプロトタイプが、何年か経ってから別の商品のコア技術として活用できるようなこともありますし。

    ソフトウエアにもスマホアプリにもトレンドがありますから、開発するのが早すぎたりしてボツにしたモノが、ある日突然、陽の目を浴びる可能性があるんです。

    ―― 確かに、トレンドがいつ、どんな形でやってくるかは予想できません。世界的に大流行している『ポケモンGo』を共同開発したNianticは、その前にも拡張現実技術を利用した位置情報ゲームの『Ingress』を出していますが、プレイしていたのはアーリーアダプターだけでした。

    『ポケモンGo』の大流行を見ていて、若いエンジニアに伝えたいことがあるんですよ。プレイしている暇があったら、自分で作ってみろと。

    ゲームの世界観や良しあしをその目で確かめるためにプレイするのは否定しませんよ。が、ゲームを楽しむだけでなく、「私ならこうやる」という視点で考え、プロトタイプを作ってみてほしいんです。

    今の若い人たち、多くのサラリーマンエンジニアは、「忙しい」、「業務上許されていない」といった理由でプロトタイプづくりをやらないですよね。私はこの言いわけが嫌いでして。

    エンジニアは、「正式なプロジェクトとして採用されたら作ります」では、ダメなのです。「こんなプロトタイプを作ったので、正式なプロジェクトとして採用してください」という態度で主導権を握らなければいけないのです。

    仕事のやり方を変えられるのは、上司ではなくあなた自身だ

    次第に質問は「個人」から「チーム」の話へ

    次第に質問は「個人」から「チーム」の話へ

    ―― 現在の中島さんは、UIEvolutionで社長業もやっていらっしゃいます。そこで質問なのですが、今回本に書いたり、今日お話いただいたような仕事習慣を、チーム全体に広めるには何が必要でしょうか?

    難しい質問ですね。正直に話すと、開発チームの全員がこういった仕事習慣で働くようになるのは無理だと思っています。経営者や上司は、必要なことを繰り返し言い続けることくらいしかできないんじゃないかと。

    実際のところ、たいていの会社は「優秀な上位2割の人たち」が動かしている。ですから経営者は、この上位2割の人を見いだしてもっと良い仕事をしてもらうか、デキる人の割合を2割から3割に近付けることくらいしかできないと思います。

    ―― 本著の冒頭で、「まじめで優秀だけれど時間の使い方がヘタで締め切りを守れないAくん」と、「技術力は天才的だがパフォーマンスにムラがあるTくん」の例が書いてあります。中島さんは、良い仕事のやり方を覚えればどちらが「会社を動かす2割の人」に近付けると思いますか?

    可能性としては、どちらも成長する余地がありますよ。ただ、あえてどちらかを選ぶなら、Tくんの方がポテンシャルの高いエンジニアといえるでしょう。

    経営者やリーダーの仕事は、Tくんのような人に情熱を持って「これから会社はどういう方向性で進んでいくのか?」を伝えること。そして、彼に正しい努力をしてもらうように仕向けることです。

    その結果、Tくんがやりたいことと、会社の目指すベクトルが合致すれば、その能力で素晴らしいアウトプットを出してくれるはずです。

    ―― 仕事のやり方を変えられるかどうかは本人次第で、リーダーは適した人材のモチベーションを高めつつ正しい方向に導くだけだと?

    経営者として正しい判断かどうかはさておき(苦笑)、その通りだと思います。

    だから私は、採用面接でもモチベーションの部分を重視するようにしています。技術的なスキルや実績も当然重要ですが、最後は「私の話すビジョンに目を輝かせてくれるかどうか?」を見るようにしているんです。

    技術面での優劣よりビジョンに共感してくれることの方が大切で、共感さえしていればそのエンジニアが持つパワーを最大限に発揮できますから。

    人によって、面接のような短い時間では「この仕事に情熱を持ち得るか?」が分かりづらい場合もありますから、その時はちょっと時間を置くようにしています。もし、UIEvolutionが掲げるビジョンに熱くなってくれたなら、後でもう一回話を聞きに来てくれたりするものです。

    ―― いろんなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

    取材・文/伊藤健吾(編集部)

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