転職、副業、フリーで独立……キャリアの選択肢は広がっているけれど、起業という選択肢にハードルの高さはまだ残る。では、DX全盛時代に起業のカタチはどう変わる? エンジニアが会社を興すことで得られるものは? エンジニア社長への取材を通して“起業研究”してみよう。
早熟の天才プログラマー・山内奏人が“生涯経営者”でいることを選ぶワケ「僕はきっと、来世でも起業する」
2016年、15歳の時にウォルト株式会社(現WED)を創業。一時「10代の天才プログラマー」「高校生起業家」として注目を集めた山内奏人さん。
彼が2018年にリリースしたレシート買取アプリ『ONE(ワン)』はリリース直後から大きな話題を呼び、16時間で7万DLを記録。その後も改善を繰り返してサービスをスケールさせ、現在まで5年間事業を継続してきた。
順風満帆にも見える山内さんの経歴だが、実は2016年の起業から2018年に『ONE』をリリースするまでは、事業の「核」となるサービスがなかなか生み出せず、三つのプロダクトをクローズした経験があるという。
10代にして数億円の資金調達をしながらも、しばらく軌道に乗せられず、三つもプロダクトをクローズ。「経営する恐怖」とは、どのように向き合ってきたのだろうか。起業から5年を経て、今思うこととは?
10代で起業。「稼がなきゃ」というプレッシャーは全くなかった
それが、当時は恐怖心やプレッシャーなんて、全く感じていなかったんですよね(笑)
今振り返ると、本当は「投資してもらったお金を返せなかったらどうしよう」とか、「早く事業を軌道に乗せなければ」といった気持ちを持つべきだったのかもしれないけど……そんなことは考えてもいなくて。
あの頃は社員もいなかったですし、自分への給料も出してなかったから、投資してもらったお金をほとんど使っていなかったというのもあると思います。だから、プロダクトを潰したときも、「早く稼がなきゃ」というプレッシャーはほとんどなかったですね。だからこそ、『ONE』のような変なビジネスモデルのプロダクトを作ることができたんだと思います。
そうですね。それこそ最初の1年はあまり売り上げが上がらなくて、出資してもらったお金もあと1カ月で底を付く! みたいなこともありました(笑)。「他にもっといいビジネスがあるんじゃないか」「今が辞めるタイミングなんじゃないか」と思うこともありましたよ。
でも冷静に考えて、「『ONE』を続けることは自分たちにとって良いことだ」と思ったんです。
僕にとって、プロダクトは生き物みたいなものなんです。自ら生んでしまったもの。だからこそ、「続けることで、このプロダクトは幸せになれるのか?」「自分自身は幸せになれるのか?」と考える。
それで、『ONE』は続けるべきだと思ったんですよね。こういうプロダクトを生み出すことはなかなかできないし、再現性を出すのは多分もう難しいから。続けることが、僕たちにとってベストだという気がしたんです。
とはいえ、「やめる選択肢」は常に持ち続けています。13歳の時、まだフードデリバリーをやっていた頃のdelyでいちエンジニアとして働かせてもらっていたことがあるんですよ。それで、delyの創業者たちがものすごく働いてやっと立ち上げたフードデリバリーのサービスをやめる瞬間に立ち会って。
純粋に「この状況でサービスをやめるという意思決定ができるってすごい、これがスタートアップなんだ」と思いました。「サービスを“やめる”という選択肢があるんだ」と。
だから僕も「『ONE』をやめる」というカードは常に持っているし、いつか撤退させることになってしまうとしても、ベストタイミングを図りたいですね。
数百万人に使われるプロダクトを生み出すことで、「稼げるエンジニア」に
単純に、僕にとって経営は「楽しいこと」だからですね。
事業が成長するにつれ、クライアントやユーザー、そして社員と、関わる人が増えていきます。人が増えれば、できることがどんどん増えていく。世の中に大きなインパクトを与える挑戦もできるようになります。そうやって山を登っていくように、少しずつできることが増えていく過程がすごく楽しいんですよ。
あともう一つ、当時は「稼がなきゃ」とは思っていなかったけれど、未来に対して「急がなければ」という義務感は常に持っていたんです。
15歳の時の投資額は数千万円だったけど、16歳で数億円を調達しました。これって、みんなが僕の未来に投資をしてくれたってことです。だから、それに見合う人間にならねばならない、何よりもまずは恩返ししたい。そのために、早く成長しなければ、と。
経営者をやっていると、普通に生きているだけでは出会うことのないような、自分よりも遥かにすごい人、大きな会社を経営している人と話す機会が多いんですよね。自分の知らない価値観や物事に触れることの楽しさもある一方で、自分の会社と売り上げや規模を比べて、「今の自分は正しいんだろうか」と不甲斐なさを痛感することもよくあります。
常に経営を通じて自分の可能性が広がる面白さを実感しながらも、自分の成長や至らなさと向き合い続けてきた。だからこそ、この5年間事業を続けてこられたんだと思います。
ええ。だからこそつらいことも多いけど、「やっててよかった」と思う気持ちの方がはるかに大きいです。『ONE』のように、ゼロから自分の手で数百万人に使ってもらえるサービスを作り上げる経験って、普通に生きていたいたらなかなかないことですし。
僕は大企業に勤めたことがないからあくまで想像なんですが、自分の手でプロダクトを生み出す、もしくはスタートアップでプロダクトの初期から関わるのと、大企業の成長したプロダクトに関わるのとでは“手触り感”は全く違うと思います。
0→1の部分もそうですし、プロダクトをリリースしてから伸ばすまでの3~5年間、センセーショナルな時期を経験することが大事だと思うんです。そこを乗り越えることで、「こういうことが自分の力で本当にできるんだ」という自信が付くじゃないですか。
スタートアップ経験者に起業家が多いのは、彼らは「できることを知っている」からだと思うんですよね。
それからもう一つ、ものづくりの価値観みたいなものも変わると思います。僕自身も、昔は「自分が良いと思うものを作る」という志向性でしたが、今は「多くの人に使われ、ちゃんと稼げるプロダクトが正義だ」という価値観に変わりました。
一般の会社員が、「どうしたら稼げて、より多くの人に使われるプロダクトを作れるのか」という考えを持つことや、そういうプロダクトを作ることはなかなか難しいと思います。でも自分でビジネスをやっている場合、事業を継続するためには絶対にプロダクトを伸ばさなければいけない。
実際、世の中には多くの人には使われているけど、サステナブルではないプロダクトもたくさんありますよね。それが事業戦略の一部ならいいけれど、そうでないならビジネス的には良くないわけです。
多くの人に使われて、かつ、稼げるプロダクトを求められるのが、起業やスタートアップで働くことです。だから起業したりスタートアップにいったりすると「稼げるエンジニア」になれる。WEDのメンバーもみんな、自分の給料の3倍、5倍の金額をどうやって稼ぐかについて考えてる人ばかりですよ。
起業はキャリアの選択肢の一つ。僕にとっては向いていた
もし起業を怖いと思うなら、別に無理にする必要はないと思うんです。やっぱり経営をしていると、良いこともあるし悪いこともありますから。家庭を養っている立場だったら、かなりリスキーな選択肢かもしれないですし。
でも、リスクを取れる人もいると思うんですよね。25歳くらいで、新卒で入った会社の仕事がそろそろ落ち着いてきた、みたいな人とか。今は売り手市場だし、ほとんどのエンジニアは失敗しても転職できますから。もちろん、自分でゼロから起業しなくても、まだ3人くらいのスタートアップに初期メンバーとして飛び込んでみるのもいい経験になると思います。
とにかく自分の経験を通して思うのは、「起業」を大げさに捉える必要はなくて、あくまでキャリアの選択肢の一つ、くらいに考えてもいいんじゃないかということ。「若いうちに人よりも早く成長するための手段」なんですよ。
プロダクトを自分の手で立ち上げることで、先ほど話したような「武器」が身に付きます。それに起業によって、“義務”を課せられる。事業をやるということは、人を巻き込むということです。そこに義務が発生するからこそ、圧倒的な成長につながるわけです。
自分の足りなさを毎日突きつけられるつらさはあるけれど、難題に向き合ったり、仲間と一緒に大きな壁を乗り越えたりする面白さは確かにありますから。今の仕事に物足りなさを感じている人にはおすすめですよ。それに、社名を考えるのも結構面白いし(笑)
僕はこういう生活が好きだから、来世でもまた起業をすると思います。
WEDの経営者としては、これから5年が勝負だと思っているんです。「消費」を軸にtoC向けのプロダクトを作って伸ばしてきましたが、今はtoB向け事業もやっていて、その決着が1~2年くらいで付くかなと。その後も「消費」にまつわるプロダクトを作って広げていって、社員も今は数十人ですが、数百人規模にしていきたいと思っています。
また、個人としては、経営者でも「コードを書き続ける存在」でありたいな、と。
社内にはすごいエンジニアやデザイナーがいて、僕は決して彼らにはなれないとは思っています。でも、今も新規のプロダクトのコードは自分で書いているんですよ。
それは、やっぱり僕はプロダクトに触れ続ける人間でありたいから。コードに触れることで、世の中のことやプロダクトのことを最前線で理解できる人でありたいと思っています。
取材・文/石川香苗子 撮影/桑原美樹 編集/河西ことみ(編集部)
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