OSSはテクノロジー産業に「真の民主化」もたらす~GitHubのソーシャルインパクト活動とは
『GitHub Universe』初日キーノートのレポート(記事はこちら)に続いて、本記事では2日目のキーノートの概要と、その登壇者であるNicole Sanchezさんへの個別インタビューの内容をお届けする。
Nicole Sanchezさんは、GitHubでソーシャルインパクト部門のバイスプレジデントを務めている。
Sanchezさんの昨年のキーノートでは、マズローの欲求段階説の上位階層にいる人たちのためにテクノロジーを活用する段階から、水や電気、またインターネットといった基礎的ニーズすら満たされないピラミッドの下層にいる人たちのためにこそ、テクノロジーを活用すべきだと説いた。
そんな彼女の昨年のキーノートに感銘を受けた人は多かったようだ。今年、再びステージに上がった彼女を大きな拍手喝采が迎えた。キーノートの内容と、その後に行った追加取材の内容を紹介しよう。
“Free and Open to the public”
1989年、私が17歳だった時、奨学金を得て初めてワシントンD.C.に行きました。
資源に限りがある環境で育ち、一度行ってみたいと願っていた私にとって、それはまるで夢のような話でした。Moon Rock(月の石)など、これだけはどうしても見たいというものを見るだけの入場料を貯めて、いざ博物館に足を運んでみると、そこにはこうありました。
“Free and Open to the Public.” (一般に無料公開)
すべてを無料で見ることができる!国立自然史博物館、国立アメリカ歴史博物館、スミソニアン航空宇宙博物館、私はありとあらゆる博物館に何度も足を運びました。
“Free and Open to the Public”の意味を本当に理解し、私の人生が変わった瞬間でした。同じように、今、世界のどこかにオープンソースの博物館に没頭する17歳がいるはずです。これが、オープンソースの力なのです。
私が育った時代では、テクノロジーを学ぼうにも、すべてのものが堅くガードされていました。他人のコードにアクセスすることもできなければ、それをFork(フォーク)したり、コピーしたりすることもできませんでした。
でも今では、まるで博物館を見て回るように子どもたちがコードを探し求め、貢献したいと感じられる面白いプロジェクトを見つけようとしています。
GitHubによる新星デベロッパーへの投資
毎年、北米では6万人がコンピューターサイエンスの学部を卒業しています。一方でこれから先20年、この分野では1500万の新規雇用が見込まれています。圧倒的に人数が足りません。
でも、ソフトウエアデベロッパーになり、オープンソースコミュニティに貢献するための道は、大学でコンピューターサイエンスを学ぶことに限りません。独学で学んだり、コーディング専用の学校に通ったりすることもできるのです。
GitHubが誇りを思っていることの一つに、会社に応募する際に正規教育を求めないことがあります。私たちは、有名な大学を卒業したということに重きを置きません。私たちが知りたいのは、あなたがオープンソースウェアコミュニティの一部となって、クールなものをつくり、このムーヴメントに参加することを願っているということだけです。
デベロッパーの未来を信じるGitHubでは、新たに生まれるデベロッパーに積極的に投資しています。例えば、『everyoneon』や『ConnectHome』と共に運営するプログラム。北米の20のコミュニティで、公営住宅に住む(北米水準で貧困線以下に入る層)若者たちに、インターネットへのアクセスを与え、彼らのデジタルリテラシーを高める活動です。
将来、彼らはGitHubやオープンソースコミュニティなどで仕事に就くかもしれません。初日のキーノートに登場した『Black Girls Code』も同じです。私たちは、これからのデベロッパーに投資しているのです。
Nicole Sanchezさんへの個別取材をQ&A形式で
キーノートの最後に、GitHubコミュニティに参加するエンジニアが今すぐできることについての案内があったが、その前に、日本の記者団がNicole Sanchezさんを囲んで行った取材の内容をQ&A形式でお届けする。
ちなみに、Nicole Sanchezさんは、そのキャリアが始まった1999年からテクノロジーとダイバーシティ(多様性)にまつわる仕事を続けてきた。自分で立ち上げたコンサルティング事業の顧客の一社がGitHubで、一緒に仕事をする中でCEOのクリス・ワンストラス氏からラブコールを受けて、2015年頭に同社に参画したという。
現在は、GitHubで11人の社員から成るソーシャル・インパクトチームを率いている。彼女は、「ソーシャル・インパクト」を「コミュニティにとってのメリットと、ビジネスモデルを紐付けて考えること」だと定義した。
今年12月には、日本での活動について議論するために初めて来日する予定だ。
主に3つあります。まず、私たちの企業そしてプラットフォームの双方において、多様性を高めることです。次に、今日のキーノートでお話したような『BSM.co』や『Operationcode』のようなコミュニティへの投資やパートナーシップです。新たなるデベロッパーに投資することですね。
3つ目に、GitHubをよりインパクトのあるソフトウエアをつくれるプラットフォームにしていくことです。例えば、水不足や教育へのアクセスといった世界中の多くの人が直面する課題があります。GitHubは、それらを解決するためのソフトウエア開発が行われる場所でありたいと思っています。
ソフトウエア開発を含むあらゆるボランティア活動が、人の気分や健康にプラスに働いたり、その家族やコミュニティにも良い効果をもたらすことが、さまざまな調査から分かっています。
ですから、GitHubでは社員のボランティア活動を推奨しています。社員が地元の組織でボランティアをした時間に応じて、GitHubではその社員がサポートする活動に寄付をしています。また、仕事やプライベートに忙しい中でもボランティアができるように、社員はそれを平日に行うことも可能です。
技術的な側面では、エンジニアが『Your First PR』のようなコードレビューを必要とするプロジェクトへの参加を応援しています。彼らが持つスキルはとてもユニークで、また高額です。小さな組織には、彼らのスキルにお金を払う余裕がありません。ですから、エンジニアがそのスキルを活用することが大切です。
社外のプロジェクトに参加するようになると、エンジニアの職場への満足度も高まり、周囲にも参加を呼びかけるようになり、良い循環が生まれます。
コミュニケーションと対人関係のスキルです。今も大切ですが、これからいっそう大切になるでしょう。
それ以外に、個人的にエンジニアにもっと学んでほしいと思うのは、歴史です。エンジニアになるための正規の教育を受けて、正当な道を歩んできた優秀なエンジニアは大勢います。でも、彼らには歴史的なコンテキスト(文脈)が欠けていることが多いように感じます。
例えば、私がエンジニアだとして、日本のユーザーのために何かを開発したいとします。でも、コーディングができることでさっそく手を動かしてしまい、肝心なコンテキストを知らずに走り出してしまうのです。
そうではなく、日本の歴史、文化、アート、こうしたものについて知っていれば、きっともっと素晴らしいソフトウエアができ上がります。コンテキストとテクノロジーを融合させなければいけません。
ソーシャルインパクトにおける多様性の重要性は言うまでもありませんが、過小評価されたコミュニティの人たちに参加してもらうことは一つのメリットです。
日本なら、それは性別や年齢かもしれません。私たちのチームが、さまざまな場所や経験を持った多様なチームであること。それが、より良い製品につながるからです。組織の質が上がり、売上も増えます。マッキンゼー・アンド・カンパニーが2015年に公開した調査でも、多様性が収益に関係していることが分かっています。
また、ソーシャルインパクトは、採用や雇用維持にも力を発揮します。社員が、あなたの企業で働くこと、そこに関連することを心地よく誇りに思うからです。良い仕事をして、そのまま残り続けたいと思うでしょう。
そうすることでさらに良い人材を採用することが可能になり、自分が意義を感じる仕事ができるGitHubで働き続けたいと思ってくれるからです。
Operationcodeは、任務を果たして戻ってきた退役軍人が、ソフトウエア開発のスキルを習得することで次の仕事を見つけやすくするためのトレーニングを行っています。ソフトウエア開発のオープンソース化が進んでいることで、オープンソースの開発手法の重要性が増しています。退役軍人にそれを教えることで、彼らが次の職に就く後押しをしています。
GitHubは、Operationcodeに無制限のリポジトリを提供しています。彼らは企業ではなくNPOで、社会貢献を目的にこの活動を行っています。そんな彼らに必要なだけのGitHubを提供し、退役軍人が必要なトレーニングを無料で受けられるサポートをしています。
また、Operationcodeの創設者を含むメンバーを今回のようなカンファレンスに招待することで、独自のネットワークを育んだり、新しいチャンスに巡り合う機会を提供しています。
2つあります。まず、Operationcodeでソフトウエア開発のトレーニングを受けた人を採用したいと考えています。彼らにGitHubの社員になってもらうのです。
2つ目に、彼らには我々とは異なる環境をサバイブしてきた経験があるため、GitHubのみならず、オープンソースに対して素晴らしいコントリビューター(貢献者)になってくれるはずです。彼らは既存のコントリビューターと比べて、視点も違えば経験も違い、受けた教育も違います。この違いが、オープンソースにとって大きなメリットになると思っています。
そうはならないと思います。新しい人たちを採用するために能力水準を下げる必要はいっさいありません。むしろ、私たちの経験からは、新たに採用する人は既存の人たちと同じくらい、またはそれ以上に優れていると感じます。
バイアスや偏見、人種差別やセクシズム(性差別)といった理由で、その仕事に挑戦する機会が与えられていないだけなのです。一度チャンスを与えられれば、他の人と同じくらい能力が高いことが分かります。
ですから、これは私たちにとって水準を下げるということではいっさいありません。
デベロッパーのあなたに今すぐできること(キーノートの続き)
“Free and Open to the Public”であることは素晴らしいことですが、問題は、このパブリックが必ずしも素晴らしいとは限らないことです。
無料でアクセスできるからといって、オープンソースに参加しようとするすべての人に同じだけの素晴らしい体験が約束されているわけではありません。
そこでGitHubでは、皆さんにも参加してほしいいくつかのプロジェクトを進めています。今年の終わりにかけて実施する予定の『Open Source Survey』です。
オープンソースにまつわる最大規模の調査になるはずです。あなたが誰で、どのようにオープンソースコミュニティに参加するようになったのか。コミュニティに直接聞くことで、このコミュニティをすべての人にとって温かい、安全な場所にしたいと考えています。皆さんもぜひ参加してください。
またその他にも、初めてのプルリクエストを実施する時の緊張や恐怖を和らげるサポートをしてくれる「Your First PR」、GitやGitHubの初心者向けのミートアップ『Patchwork』などでボランティアとして活動することもできます。
皆さんは、オープンソースの世界の中心にいます。GitHubとオープンソースを誰よりも理解し、またソフトウエアの未来を見据えています。皆さん、そして私たちの役目は、新たに誕生するデベロッパーとつながりを保ち、またお互いにつながることです。
オープンソースへの道を誰にも平等に開くことができなければ、私たちは世界が抱える大きな問題への答えを失うことになります。私たちの使命は、自分がまだそこに属することを認識してすらいない人たちと共に、ソフトウエアの未来をつくっていくことなのです。
取材・文・撮影/三橋ゆか里
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