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『pixiv』が海外ユーザー40%超えを果たしたワケ――「データ」と「外国人エンジニア採用」で正しく握るインサイト

働き方

変化への対応力を養うヒントがここに

「10年プロダクト」の生生流転

移り変わりの激しいIT・Web業界において、プロダクトやサービス、そしてエンジニア個人が「生き続ける」のに必要なものは何か。否応なく起こるさまざまな変化への対応力はどう養ったらいいのか。「10年以上続くプロダクト/サービス」が歩んできた歴史から答えを探る

イラスト・漫画・小説によるコミュニケーションサービス『pixiv』が生まれたのは2007年。現在のユーザー数は国内外合わせて6800万人を超えている。

中でもこの2~3年は海外ユーザーの伸び率が顕著で、アクティブユーザーにおける海外ユーザー比率は2020年4月時点で40%を超えたという。

数々のプラットフォームサービスが生まれては消える中、なぜ『pixiv』は著しい成長を遂げられたのか?海外ユーザーを増加に導いた技術的な仕掛けとは?『pixiv』を創業期から知るエンジニア統括の店本哲也さんと、VP of Productの清水智雄さんに話を伺った。

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ピクシブ株式会社 執行役員 エンジニア統括 店本哲也さん

2007年1月にピクシブの前身、クルークに入社。インフラエンジニアとして、インフラ・バックエンド開発を担当。18年、社内でエンジニア組織が立ち上がり、そのトップを務める。20年1月、エンジニア職統括・VPoEに就任

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pixiv運営本部 本部長・新規事業部VRoidプロジェクトプロデューサー・
執行役員・VP of Product  清水智雄さん(@norio

2010年、デザイナー兼エンジニアとしてピクシブに入社。『BOOTH』、『pixivFACTORY』、『pixiv Sketch』、『VRoid』などのサービス立ち上げを牽引

クリエイターとファンの交流が生まれたのは想定外だった

――『pixiv』のユーザーは、創業時からどのように変化してきたのでしょうか。

清水:2007年のローンチ時は、イラストレーターをターゲットに設定していました。当時のイラストレーターは、自分が好きな描き手のホームページを一つ一つ巡回して作品をチェックしていたんです。『pixiv』はそうした手間を省くために、「複数の描き手の作品が集まる場所をつくろう」というコンセプトのもと始まりました。

――最初は、クリエイター同士の交流が主な目的だったのですね。

清水:そうです。ところが、実際にイラストが集まる場所をつくってみると、「自分はイラストを描かないけれど好きなイラストを見て楽しみたい」というファンが多く訪れるようになりました。サービス開始からしばらくしてクリエイターとファンの比率は逆転し、今は作品を作る人と見て楽しむ人の両方が集まる場所になっています。

――先日Twitterで「サービス開始から5000日で6800万人ユーザー突破」という投稿を拝見しました。ユーザー数拡大の背景には何があるとお考えですか?

清水:昔に比べると「オタク」と名乗りやすくなり、『pixiv』のようなサービスを使っていることが恥ずかしくなくなったというのはあるかもしれません。イラスト・マンガ系の職業が小学生のなりたい職業ランキングで上位になるなど、今やイラストは身近なものになっています。

店本:近年流行しているゲームには、必ず美麗なイラストがあります。スマホゲームの台頭に伴って、イラストを含んだコンテンツに人々が触れる機会は爆発的に増えました。

今はスマホにアプリを入れ放題ですが、自分が子どもの頃は、地元のテレビ局が放送する番組や漫画の週刊誌がコンテンツのすべてでした。種類は決して多くありませんでしたし、時間差も大きかった。私が住んでいた広島では、ガンダムSEEDが放送されるのは東京の放送からだいぶ遅かったから(笑)。コンテンツに触れやすくなった影響は間違いなくあると思います。

――ここ数年は海外のユーザー数の増加が顕著ですが、そうした環境変化は、海外ユーザーの増加にも関係しているでしょうか?
pixivのユーザー登録数が5000万人を突破 より

pixivのユーザー登録数が5000万人を突破 より

清水:そうですね。十数年前までは海外での日本コンテンツの不正入手が問題になっていましたよね。それほど、海外の人が日本のアニメを見るハードルは高かったんです。でも今は、動画配信サイトに月額料金さえ払えば、海外でも時間差なしで日本の最新作を楽しめます。

子どもの頃にドラゴンボールやセーラームーンをテレビで見ていた海外の人たちが、大人になって好きなだけアニメを観れる環境が整った。その流れで、『pixiv』のユーザーも増えていったのだと思います。

サービスの海外展開に欠かせない「海外エンジニア」の価値

――海外ユーザーの増加とともに、技術面ではどのような対応をしてきたのでしょうか。

清水:『pixiv』のユーザーは、タグを辿って自分の見たい作品を探すのですが、海外ユーザーはタグが日本語で書かれた作品を検索できません。そこで、海外ユーザーの協力を得て「タグ翻訳機能」を新たに追加しました。この改善は、近年の海外ユーザーの伸びに大きく影響していると思います。

店本:コメント欄のスタンプも、海外ユーザーを意識して追加した機能の一つです。従来はイラストを見た海外ユーザーが作者に気持ちを伝えたいと思っても、言葉の壁がハードルになっていました。イラストベースでリアクションできる機能を追加したことで、国境を越えて感情を交換できるようになり、クリエイターと海外ファンの双方のモチベーションを高められたと思います。

――言葉の違うユーザー同士でも感情を共有できるプラットフォームへと変化してきたのですね。サービスのグローバル化に伴い、体制面で行った工夫はありますか?

清水:日本のコンテンツに関心の高い海外エンジニアを積極的に採用していました。当時参画したロシア人のエンジニアで、今テックリードを担当しているメンバーもいます。

海外エンジニアが開発チームにいると、海外の人の目線をプロダクト開発に反映できるんです。日本人だけの価値観で作ったサービスは、海外ユーザーから見ると違和感が生じる可能性があるので、これは大きなメリットです。

弊社には海外目線でプロダクトをチェックする部署がありますが、現実的にプロダクトの全てを見てもらうことはできません。専門の部署に100%任せてしまうのではなく、開発者レベルでも海外ユーザーの目線を意識できると、事故は起きにくくなると思います。

――海外エンジニアの存在は、海外展開におけるリスク管理にもつながるのですね。

清水:それだけでなく、海外エンジニアとの会話は、海外ユーザーの嗜好や現地の流行を知る機会にもなります。僕らがどんなに海外ユーザーの感覚を想像しても、ディテールの差は出てきてしまうものです。ユーザーのインサイトを精緻に把握する上で、身近な海外のエンジニアの意見は大きなヒントになっています。

――そのほかに、ユーザーのインサイトを把握するために行ってきた工夫はありますか?

店本:データ分析の基盤を整えました。2014年からBigQueryを導入し、社内の全てのデータをBigQuery上で分析できるようにしています。弊社では『pixivFACTORY』、『BOOTH』、『VRoid』など複数の周辺サービスを扱っているので、横断的にデータ分析できる分析基盤の重要性は非常に高いです。

さらに、LookerというBigQueryのデータの分析基盤も導入しているので、エンジニアだけでなく全ての社員によるデータ分析が可能です。中規模なWebサービスを運営している会社としては、ここまで全社的にデータ分析に取り組んでいる会社は珍しいのではないでしょうか。

世界中のユーザーに受け入れられたのは、「イラスト」にこだわり続けたから

――サービス開始から14年、今までさまざまなプラットフォームサービスが生まれましたが、その中でも『pixiv』が成長し続けられた要因はどこにあると分析していますか?

清水:差別化のポイントは、投稿できる作品の種類をイラスト、漫画、小説に限定してきたことにあります。他のSNSではいろいろな種類の作品が流れてきますが、『pixiv』には自分の好きな種類の作品に集中して楽しめる環境があるので、多くの人が見にきてくれるのだと思います。

店本:中途採用で入ってきたエンジニアは、「ユーザーの1日あたりの平均閲覧ページ数が非常に多い」とよく驚いていますね。自分たちにとっては当たり前の数字なのですが、コンテンツを次々と見たくなる体験を設計してきた効果が現れているのだと思います。

――国内だけでなく海外にもユーザー規模が広がっていったのは、『pixiv』の大きな特徴ですよね。

清水:そうですね。世界中の人が楽しめるプラットフォームに成長したのも、イラストを主軸にサービスを展開してきたからだと思っています。イラストには、言葉が分からなくても楽しめるという根源的な性質がありますから。

そして、『pixiv』のユーザーには、キャラクターに関するコンテキストが作品を通じてあらかじめ共有されているのも重要なポイントです。ユーザーは単に綺麗なイラストを見に来ているわけではなく、自分の知っている作品をより楽しむために来ています。

例えば、僕が描いたオリジナルキャラクターのイラストがどんなにうまかったとしても、「うまいな」で終わってしまう。でも、知ってる作品のキャラクターのイラストなら、ユーザーはその一枚からいろんなことを感じ取るんです。こういうシチュエーションでこういう表情をするんだとか、こんな表情してるなんて新鮮だな、とか。

これを踏まえると、日本のアニメのファンが増えていった社会背景と『pixiv』の成長は、やはり切っても切り離せない関係にあるのだと思います。

現状と未来を徹底的に見つめれば、自ずと進むべき道が見えてくる

――変化の時代と言われていますが、変化に対応するために心がけていることはありますか?

清水:まずはデータ分析や定性調査などを通じて、ユーザーの現状を把握し、理解すること。その上で、世の中や創作ドメインにどういう変化が起きているのかを見る。すると、自ずと「未来に空いている穴」が見えてきます。

――未来に空いている穴、ですか?

清水:はい。例えば、今では当たり前のように使われているSlackがなかった頃は、そういうコミュニケーションの「穴」が空いていたと言える。つまり、Slackによって埋まった「穴」があるわけです。このように、「今はないけれど、未来にはあって当たり前になるもの」をつくるのが自分たちの仕事です。

未来の穴は無数にありますが、サービスを作る上で大切なのは、どの穴を埋めたらユーザーが喜ぶのかを考え、仮説と検証を繰り返すこと。ユーザーに価値がないものを僕らが無理やり提供しても意味はありませんからね。

――「未来の当たり前」をつくる意識があると、変化の先取りにもつながりそうですね。

清水:そう思います。変化に柔軟に対応するためには、組織が自ら変わり続けることを否定しないことも大事です。弊社では数年前までは出社を前提にした開発スタイルを推進していましたが、今ではリモートが当たり前になりました。毎年違う会社なんじゃないかと思うぐらい、組織構造もルールもどんどん変わっていきますよ。

――最後に改めて、エンジニア個人が変化への対応力を養いたいと思ったとき、どんなことを意識するといいと思いますか?

店本:先ほど清水が触れたように、データ分析で現状を知り、未来を先回りして考える。この二つを通じて、既存の事業価値を見つめ直す習慣を持つことが大切だと思います。自分たちはどこにいて、どこに向かうべきなのか。それが分かれば、進むべき道を見出せます。

清水:僕はかなり新しい物好きのエンジニアで、新しい技術が出たらすぐに飛びついて試してみるタイプなのですが、この性格は未来について考える際に役立っていると思います。新しいものは、「未来に空いてた穴」を埋めた結果出てきたものなので、その「未来の当たり前」をいち早く試して、いけていない部分があれば自分でそこをどうしようかと考えています。

全ての人に当てはまるとは思いませんが、「未来の穴を埋める方法を自分で考えられるエンジニア」は、時代の流れを誰よりも早くキャッチして、変化に対応していけるんじゃないかと思います。

取材・文/一本麻衣

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