株式会社イグニス/パルス株式会社
代表取締役 銭 錕さん
株式会社シーエー・モバイル(現株式会社CAM)に2006年新卒で入社。10年、イグニスを創業。スマホアプリを中心に、with(マッチング事業)、パルス(エンターテック事業)など幅広く展開。代表取締役社長。14年7月15日東京証券取引所マザーズ市場へ上場
バーチャルアイドル、VTuber、VRライブ……これらのコンテンツに、ニッチなイメージを抱いていた人も多いだろう。もしかするとキャラクターが3D化されることに対し、挙動に違和感が出たり、作画が崩れたりといったネガティブなイメージを持つ人すらいるかもしれない。
しかし、その概念を大きく覆したコンテンツがある。それが、今年5月にディープコミュニケーションSNS『INSPIX WORLD』上で開催された、『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle- VR BATTLE 《2nd D.R.B》』だ。
『ヒプノシスマイク(ヒプマイ)』といえば、キャラクター18人によるラップバトルプロジェクト。HIPHOP界の著名人らによる楽曲提供、ラップの完成度の高さ、キャラクターの魅力から、世界的な人気を誇るコンテンツだ。
そんなヒプマイが、バーチャル空間でラップバトルを繰り広げる VR BATTLEの初開催を発表するとファンの中で一躍話題に。最終的にはVR BATTLEだけで約5億円(※)ものチケット売り上げを叩き出し、バーチャルライブの市場を大きく広げた。
※ヒプノシスマイク-Division Rap Battle- VR BATTLE 《2nd D.R.B》の総投票数509,248票、1チケット(1投票)1,000円
※以下は『ヒプノシスマイク』登場キャラクターによる “ヒプマイVR BATTLE” 参加指南動画
キャラクターの表情、しぐさ、ラップ中の身体の動きなど、細部まで表現された仕上がりに悶絶するヒプマイファンも多数。実はこのクオリティーの高さ、制作会社の「大きな野望」によって実現されていた。
では、彼らはいかにしてファンの期待を大きく超えるコンテンツ作りを行なったのか。『INSPIX WORLD』を運営するパルスの3人に聞いた。
株式会社イグニス/パルス株式会社
代表取締役 銭 錕さん
株式会社シーエー・モバイル(現株式会社CAM)に2006年新卒で入社。10年、イグニスを創業。スマホアプリを中心に、with(マッチング事業)、パルス(エンターテック事業)など幅広く展開。代表取締役社長。14年7月15日東京証券取引所マザーズ市場へ上場
クライアントエンジニア
加田健志さん
大手ゲーム会社2社でカジノゲームやVRゲームの開発を手掛ける。2018年にパルスへ入社し、『INSPIX WORLD』のライブ演出機能の開発を担当
クライアントエンジニア
中原圭佑さん
2013年から大手ゲーム会社にてアルバイトとしてVRコンテンツ開発に従事、15年に新卒で同社へ入社。その後18年にパルスへ入社し、現在は加田さんと同じく『INSPIX WORLD』のライブ演出機能を開発
銭:今回の件に関しては、コロナは後押しにこそなりましたが、あまり関係ありませんでした。動き始めたのはずっと前でしたね。
そもそも僕らは5年ほど前からバーチャルライブをやりたいと思っていたんですよ。理由はいくつかありますが、そのうち一つは、リアルライブに大きな課題を感じていたからです。
今でこそリアルライブは密になるという現実的な問題を抱えていますが、どちらかといえば以前から「コストの問題」が大きかった。例えば東京ドームでライブをしようと思ったらスタッフを数千人は確保しなければならないし、機材の搬入出、音響、演出のことなども考えれば億単位の予算が必要です。
また、アーティストを生で見られるというメリットはあれど、制約も大きいですよね。全国にいるファン全員が東京に出てこられるわけではないし、収容できる人数にも限りがある。
さらに言えば、キャパシティーが限られるということは売り上げにも天井があるわけです。東京ドームの収容人数は55,000人。マックスまでチケットを売り上げて、グッズもたくさん買ってもらわないと制作費をペイして収益を上げるのはなかなか難しいわけです。
そうしたリアルライブの限界を考えた時、バーチャルライブに可能性を感じました。バーチャル上ならサーバーさえもてば、100万人でも1000万人でも、全国、全世界のファンが同時にライブを視聴することができます。
ただ、現状はバーチャルライブ市場が拓けていないこともあり、まだまだ売り上げも立たないし、制作に莫大な費用が掛かることも事実です。今後バーチャルライブで収益化を目指すには、ヒットコンテンツを生み出して市場を開拓し、コスト構造を変えていかなければなりません。
だからパルスでは、「(数億円の)制作費を全部うちで持つので一緒にバーチャルライブに挑戦しませんか?」と版元に提案しています。今回の件も含めて、これまで開催したバーチャルライブはほとんどそうした背景から始まっています。
銭:誰かがリスクを負って挑戦しなければ市場を切り拓くことはできませんから。
もともとわれわれは「何らかの分野で世界一を目指したい」と考えていました。それである時、バーチャルアイドルを作ろうとなったタイミングで、まだ世界にはリアルタイム通信に対応したVRライブシステムがないことを知ったんです。そこで、「これなら世界一になれる可能性がある」と思ったのが始まりです。世界一になれる可能性を秘めたポジションが空いていた。なのに、そこに情熱を傾けない手はないですよね。
まだ成長途中のマーケットではありますが、コロナ禍でバーチャルライブはエンタメを楽しむためのマストハブ、「なくてはならないもの」になりつつあります。ヒプノシスマイクの人気のお陰もあって、ここ一年ほどで一気に市場が広がってきたようにも思います。
銭:クオリティーの水準は、版元のプロデューサーが決めています。基本的にヒットコンテンツを担うプロデューサーはみんな完成形に対する強いビジョンを持っているんです。
バーチャルライブをやる、と決めた瞬間にプロデューサーの頭の中にはすでにどんなライブが行なわれるべきか、具体的な「画」が浮かんでいる。それを再現するために、僕らが技術面で奮闘しているイメージですね。
プロデューサーのイメージを基にキャラクターや背景、照明のデザインをして、モーションを付けて、舞台上で組み合わせる。それでプロデューサーに見せると、「まだ50%かな」とフィードバックを受ける。その繰り返しです。
最終的に今の技術でできる最高のクオリティーまで持っていくため、時にはライブ当日の朝ギリギリまで調整を重ねることもあります。そこまでするからファンの皆さんにも喜んでいただけたのだと思いますし、版元の方々にも「次のライブも一緒にやりたい」と思ってもらえる。この積み重ねが、マーケットの拡大につながっていくんだと思ってやっています。
銭:その上で、それらを実現できる技術も必要です。ほんの5年前までは端末のスペックも通信速度も足りず、プロデューサーが描くレベルのバーチャルライブを作ることは難しかった。端末のスペック向上、5G通信の普及などによって、ようやく再現できるレベルに届いてきたんです。
とはいえ、現在もスマホで表現できる容量は相変わらず限られています。どんなにビジュアルにこだわって、素晴らしいパフォーマンスを作ったとしても、バグが起きたり途中で止まってしまっては大問題。クオリティーの高いバーチャルライブを運営する上で、「最適化」への努力が欠かせません。
中原:まず前提として、キャラクターや背景などのデザインをデザイナーが作り、われわれエンジニアはそれらのビジュアルを舞台上で組み立てて、確実に動くように軽量化・最適化します。
僕らの強みはスマホ上で品質が高いライブ演出を届けることにあります。また、録画されたライブ配信とは異なり、スマホでリアルタイムに描画しています。PC向けVRやコンシューマ機のVRのようなハードウェア性能も無く、ユーザー毎に端末種類も異なるので、使えるリソースは少ない上に、保証すべき環境が多い。それに加え、VRの場合は専用グラスで見るため画面が二分割されています。使える解像度も小さくハードウェア負荷も高い中で、最大限の表現をすることに力を注いでいます。
当然キャラクターの数や背景のコンテンツが増えれば増えるほど負荷が掛かるわけですが、IPによってはキャラクターと同じくらい、アイテムにも見た目の品質が求められるものが多いことがあり、その分の負荷をどうやってクリアしていくかでかなり苦労しましたね。
加田:今回のライブに限らず、毎回泥臭いことをやっていますよね。キャラクターがメインのコンテンツなので当然キャラの表情や髪の動きなど、絶対外してはならない部分はリッチに作らなければなりません。一方で、それらにこだわるために思い切って「諦める」部分もあるんです。
例えば舞台を照らすライト。コンシューマーゲームなど、ハードウエアのスペックが高い場合、ライトは計算処理によって物理法則に基づいた軌跡を描き、影の付け方もそれに則っているのですが、それをスマホで動くVRライブでやろうとするととてつもなく重たくなってしまう。そこをバッサリ諦めて「ただまっすぐ伸びた黄色い線」にするとか。
他にも、「アウトライン(輪郭)を描かない」というのも一つの工夫です。必要なシーンでは描くけれど、目立たないシーンでは削る。ライブの中で、ファンの目線の動きを想像しながら、気付かないポイントを見極めて手を入れているわけです。
何か一つに手を加えれば一気に負荷が下がるということはないので、パーツやシーン毎に削れるところ見極めながら地道に積み重ねているんですよ。まさに「塵も積もれば山となる」です。
銭:バーチャルライブというと華やかな仕事のようなイメージを持たれることもありますが、私たちの仕事は本当に「泥臭い」という言葉がぴったりですね。でも、そうした努力によってプロデューサーの頭の中にあることが具現化できれば、それが実績と経験値になります。
また、素晴らしいコンテンツが一つ完成すればそれが前例となり、まだバーチャルライブをやったことがない作品のプロデューサーに興味を持ってもらえることにもつながります。そうすることでバーチャルライブの数が徐々に増えて、マーケットが出来上がっていく。そんな未来を描きながら、愚直に目の前のことをやっているのです。
加田:そのコンテンツをリサーチをしたり、社内や知り合いのファンに話を聞いて「ファンが大事にしているポイント」を理解するようにはしていますね。
中原:あとは、ライブ後にSNSでお客さんの反応を必ず見ます。バグはなかったか、キャラの動きに問題はなかったか、「諦める」と判断した部分はファンの目にどう映ったのか。処理負荷、最適化は絶対にしなければならない中で、リアルなフィードバックを基にしながら、削ってはいけないライン、許してはいけないラインは適切だったか振り返るようにしていますね。
銭:エゴサ、めっちゃしますよね。ライブ直後から約24時間は反応も多くて熱もこもっているので、特に重視しています。加えてまとめサイトなどのツールにそうした投稿をまとめて非公開で保存することも。だいたい1000件~2000件ほどの投稿を見てみると、そのライブの良かった点や次への課題が分かってきます。
良いライブを行う上では、「最大公約数」となり得る課題を見つけることが大切です。そのためにも投稿の中から多く言及された要素をきちんと捉え、次の企画ではその課題がクリアできるよう改善したり、開発したりしているんです。
加田:エンジニア目線でいうと、VRやARに興味ある人は増えてきていると思いますが、現状は収益化が難しくてあまりお金を掛けてもらいにくい分野だと思います。でも、パルスはそこに異常なほどに投資している(笑)。ここまで大きなことをできる場所はなかなかありませんから、腕が鳴りますよね。
銭:私たちの手掛けるコンテンツって、ファンにとってはある種の「宿願」だと思うんです。以前、あるARライブを見に行ったことがあったんですが、自分の好きなキャラクターが透過ディスプレイに映し出されて、その場で動いて踊っているという現象に、喜びのあまり倒れるファンが何人もいました。
それほどまでに、「キャラクターが歌って踊る」ということには大きな価値がある。ファンが願って止まない思いをいち早く叶えられるこの仕事は本当に面白いですよ。今後も間違いなくこの市場は伸びていくでしょうし、いずれアニメ、漫画に続いて世界に誇れる日本のエンターテインメントコンテンツになっていくのではないでしょうか。
Information
VR BATTLE《2nd D.R.B》Final Battleが10月16日(土)より『INSPIX WORLD』上で開催!
・VR BATTLE《2nd D.R.B》Final Battleティザーサイト
・チケット販売開始:9月29日(水)
・VR BATTLE《2nd D.R.B》Final Battle配信開始:10月16日(土)19:30
・チケット価格:1,500円または1,500円相当のIWコイン
取材・文/石川香苗子 撮影/吉永和久 編集/河西ことみ
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