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【久夛良木健×暦本純一】稀代のイノベーター2人が語った、組織で0→1を成功させるシンプルな心掛け【ECDW2022レポ】

働き方

日々プロダクト開発やサービスづくりに取り組むエンジニアにとって、アイデアを生み出すことはもちろん、それを実現させるまでのプロセスにおいても悩みや苦労は尽きない。

企業という枠の中でギアを上げ、アイデアを世に送り出すためには、エンジニアとしてどのようなマインドを持てばいいのだろうか?

2022年6月21日(火)~25日(土)の5日間にわたり、エンジニアtypeが主催したオンラインカンテックファレンス『ENGINEERキャリアデザインウィーク2022』(ECDW2022)の初日には、家庭用ゲーム機『PlayStation®』(通称:プレステ)の生みの親である久夛良木健さんと、HCI(ヒューマン-コンピュータ・インタラクション)研究の第一人者である暦本純一さんが登壇。

日本が誇るイノベーター二人による「0→1」を生み出す発想術と実現力とは?

ものづくりに励むエンジニアに向け、パワフルなメッセージが次々と飛び出したセッションの様子をレポートする。

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アセントロボティクス株式会社代表取締役 CEO
久夛良木健さん

1975年にソニー入社、93年にソニー・コンピュータエンタテインメントを設立し、94年に初代PlayStationを発表。「プレステの生みの親」としても知られる。ソニー副社長兼COOを務めた後、現在はロボットや物流向けのAI研究・開発や販売を展開するアセントロボティクス株式会社を経営。さらに近畿大学に新設された情報学部長として、学生たちに「夢と好奇心と妄想力をつめこむ」ゼミを行っている

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東京大学大学院情報学環教授
ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長
暦本純一さん

1986年 東京工業大学理学部情報科学科修士課程修了。 日本電気、アルバータ大学を経て、2007年より現職。世界初のモバイルARシステム『NaviCam』やスマホの画面を指でコントロールするマルチタッチシステム『SmartSkin』を発明。ヒューマンコンピュータインタラクション研究の第一人者であり、テクノロジーによる人間の能力拡張に興味を持つ。著書に『妄想する頭、思考する手』(祥伝社)

イノベーションの原動力は「好奇心」と「妄想力」

——お二人は、これまでなかったアプローチや発想で世の中に熱狂とイノベーションを起こされました。その原動力は何だったのでしょう?

久夛良木:まずは何よりも「好奇心」です。私はソニーの新入社員だった頃から、山手線の窓から外を眺めては、「あれがああなったら、こうなるかも!」なんて考えていました。そのくらい、いろいろなものに興味が湧くタイプなんです。

もう一つは「妄想力」ですね。「できるわけがない」と言われるようなことを考えているときが一番楽しい。一日中、ずっと妄想しています。寝ているときですらも(笑)。夢の世界って、起きているときよりもずっと自由ですから。

——「妄想」と言えば、暦本先生はまさに『妄想する頭、思考する手』(祥伝社)という著書をお持ちですが、先生の原動力も「妄想力」にあるのでしょうか?

暦本:ええ。私も妄想ばかりしていますし、久夛良木さんと同様、好奇心もとても大事だと考えています。

今の時代が素晴らしいのは、好奇心を原動力にし、妄想を現実化できる時代であることです。

私はかつて、『サイボーグ009』(石ノ森章太郎によるSFマンガ)にあこがれていました。脳にケーブルをつなげて、特殊能力を発揮できたらいいな……なんて妄想したものですが、今やまじめな研究テーマになり、実現可能性を探るステージへと移っています。これって、すごいことですよね。

久夛良木:インターネットを始めとした技術の進化も、アイデアの実現を後押ししてくれていますよね。妄想が実現するまでにかかる時間がものすごく短くなった。

世界各地がリアルタイムにつながり、仲間探しも簡単にできる。プロトタイピング(試作品作り)だって昔よりもずっと簡単です。ですから、エンジニアの皆さんには、「どんどんトライしてみましょう!」とお伝えしたいですね。

ボールを人に蹴らせるサッカー選手はいない

——それでは次に、「アイデアをどう実現するか」について伺います。先ほど、久夛良木さんからは「どんどんやってみましょう」というコメントもありましたが、アイデアを実現するためのコツや、理想の進め方はありますか?

久夛良木:まずは、自分で手を動かすことですね。世の中のプロジェクトが前に進みづらくなるのは、予算をつけたり、そのための書類を作ったりと、はじめから大勢の人を巻き込もうとするからです。

今や、基本的な開発フレームワークはかなりの部分がオープンにされています。そうすると、世界のベストプラクティスを組み合わせれば、ある程度開発をショートカットすることができるわけです。

こんなふうに進めれば、プロトタイプくらいなら一人でも充分開発できる。組織内での立ち回りのために、無駄なエネルギーや時間は使わないのが一番です。

暦本:まったくもって同意見です。これは私がよく使う例えなのですが、「自分でボールを蹴らず、人に蹴らせてプレイするサッカー選手なんていないでしょう」と。

始めから「仲間を集めよう」とか「外注しよう」と考えるのはよくない。まずは自分で手を動かすのが重要です。

今はAIなどの基本ツールも揃っているし、GAFAのようなビッグテックがさまざまなソフトウエアを公開してくれています。こういうものを上手に利用して、小さくスタートするのが理想です。

——とはいえ、企業で働くエンジニアの場合、そこまで自由に動けないケースもあります。つい、プロジェクト化して予算をとって、マネタイズまでの道のりを考えて、という一般的なロードマップを敷きがちですが……。

久夛良木:その考え方は思い切って変えるべきだと思います。日本の企業はすぐに組織を大きくしたがる。部門をつくって、外注しようとするんです。まずはこれをやめること。

とくに予算は承認が取れるまでに時間がかかり、やっと取れた頃にはもう遅い(時流を逃している)ことも少なくありません。

アイデアを実現するために、「マンパワーが必要だ」とか、「何かをよそから買ってこなくては」と考えるのはやめましょう。回路も、ソフトも、自分たちで作ればいい。

少なくともプロトタイピングまでは一人でできるはずです。とにかく、自分である程度形にすることが、アイデアを実現する近道になるのです。

——先ほど暦本先生もおっしゃったとおり、「まずは自分で」が重要なのですね。PlayStation®を開発されたときも、ある程度まではお一人で進められたのですか?

久夛良木:いえ、プレステに関して言えば、あれは世界中の研究者や小さなグループの夢が集まって誕生したプロダクトでした。今で言うところのオープンコラボレーションですが、当時としては珍しい開発スタイルだったと記憶しています。

というのも、日本企業って、「他社の技術は取り入れない」という会社も多かったんですよ。今でもそうかもしれません。

けれども、最先端の技術が必ずしも社内にあるとは限りません。これからの時代はとくに、世界中にいる“とがった人たち”とどうコネクションを持つかが大切です。

社内の技術だけを使って似たようなものばかり作るよりも、さまざまな会社と共同開発したほうが良いと思いませんか。

暦本:ソニー最大のビジネスをつくった久夛良木さんから「社内に閉じるな、コラボレーションが大切だ」と言っていただけると、いちエンジニアとしてとても勇気づけられます。そして、私も同意見ですね。

ただコラボレーションと言っても、サッカーの例えに戻ると、日本では「人に蹴らせてサッカーをする」ような開発が割とスタンダードなように思います。つまり、大企業の社員が管理業務を担い、ソフトを書くのは外注企業、のように。

対するアメリカ企業、とくにGAFAなどを見てみますと、自分でバリバリとコードを書く人しか雇いません。自分の足でサッカーをするのは大前提として、その中でもパス回しが早い人だけを集めて、少数精鋭でゴールを目指す。何かの最先端を目指すのに適したスタイルだと思います。そして、今の日本企業にもっとも欠けている考え方だと思うんですよね。

マンパワーや予算を待つな。まずは少数精鋭で始めよ

——組織論のお話が出たところで、チームでものづくりをするときに重要なことについて伺いたいと思います。PlayStation®の開発においては、当時ソニー社内から反対意見が多くあったと聞いたことがあるのですが、どのように乗り越えられましたか?

久夛良木:会社としては、「ソニーはエレクトロニクス技術で未来を切り開いていくのだ」という自負を抱いていましたから。それなのに、僕がゲーム機を作りたいと言い出して、反対する人が多かった。

でも、僕が見ていたのは単に「ゲーム機を作る」ことじゃなくて、映画や音楽に匹敵するエンターテイメントのドメイン(市場)をつくることだったんです。

当時はどんどん技術が進化していた時期で、高性能化したトランジスタやプロセッサが非常に小さなチップの上に実装されてしまう。この進化が続けば、数年後にはすごい世界が待っていることが分かっていました。

「これは、新たなドメインが必ず誕生するはずだ」と確信していたのですが、時は80年代ですから、なかなか理解されなくて苦労しました。それでも、楽しいチャレンジでしたけどね。

暦本:新しいものを作ろうとすると、どうしても「理解されない苦悩」は出てきますよね。

僕の開発したマルチタッチシステム『SmartSkin』(スマートフォンの画面を指2本でピンチして広げたり狭めたりする技術)もそうでした。あれはテルミンという楽器に着想を得たんです。テルミンは手を触れずに演奏できる電子楽器で、それを改造して、謎の楽器みたいなものをあれこれ作っているうちに、マルチタッチの土台が出来あがりました。

開発途中はきっと、変なガラクタを作っているように見えたでしょう。でも、玩具みたいなものが意外なアイデアに化けることもある。

だからこそ、会社は「ものづくりをしている人」を大切にしてほしいと思います。ちょっとくらいの内職なら、上手に見逃してあげるとかね。

——企業の姿勢も大事ですよね。

暦本:そうなんですよね。面白いアイデアが出てくるためには、「何か分からないけれど、面白そうなもの」を大切にする土壌がなければなりません。

セッションを通して「少人数でやれ」と言っているのもそこです。いきなり「10名の人員がいる」となれば、そのために山のような書類を作らなければならない。もっともらしい理由を考える必要もあります。そんなことに忙殺されているうちに、面白さが消えてしまいます。

ちなみに、『SmartSkin』のプロトタイプはアルバイトの子と二人で作りました。基盤も自分たちではんだ付けして。

久夛良木:何度も言うように、沢山の人が関わると時間もコストもかかります。意思決定者が大勢になると、ピボット(方向転換)も容易ではありません。

だから、いろいろな仕事をマルチに担える少数精鋭チームが理想です。はなから会社をつくったり、部署をつくったりするようなやり方は望ましくありません。

暦本:小規模チームであれば、何かあったときにすぐ動けますからね。とくに研究開発は完成形が見えづらいので、機動力は欠かせません。

久夛良木:「研究」という話題が出ましたが、アカデミックな世界との関わりも大切ですよね。私も日頃、どういう研究者がどんなことをやっているか、常にアンテナを張っています。

時には研究室に遊びに行ったり、学会で立ち話をしたりして。そうして繋がった中から、「いつかこの人を」という人脈リストを作っておくんです。

プレステを開発するときも、リストから「この人に声をかけよう」とピックアップするだけで、すぐにチームができました。

暦本:「学会に出る」のはとても良い方法だと思います。学会はアカデミックな話ばかりだと思われがちですが、意外とビジネスの先端に携わっている方もいる。同じ技術に興味を持つ人と、会社を超えて出会うこともできます。

コネクションもでき、ビジネスのヒントも見つかるとなれば、参加しない手はありません。所属企業を超えて、未来に向かうための仲間と出会える機会は尊いですし、単純に楽しいんですよ。

会社組織をうまく使え。面白いアイデアは余白から生まれる

——ここからは、視聴者からの質問にお答えいただければと思います。まずは、「お二人の直近の妄想が知りたいです」とのことですが、いかがでしょう?

暦本:最近考えているのは「人間とAIの融合」で、たとえばサイレントスピーチインタラクション(Silent Speech Interaction) をやっています。口を動かすだけで、声にださなくても何を話しているかが分かる。

これがもう一歩進んでニューラルネットワークと接続すれば、ブレインマシンインターフェース、つまり、コンピュータと人間が一体化する世の中が訪れるんじゃないかと妄想しています。

久夛良木:映画『マトリックス』みたいな世界観が普通になるのも、遠い未来ではなさそうですよね。今のメタバースは、リアルな肉体が現実世界にあって、アバターとしてバーチャルの世界に入るイメージだけれど、そのうち両者が完全に同期してしまうのではと。きっと、すごい未来が待っているんだろうなと妄想しています。

——続いて、「発想力を磨くために、毎日のルーティンにしていることは?」とのご質問です。

久夛良木:何時間もネットサーフィンしています(笑)。あと、ワークスタイルに関して言えば、常にマルチスレッドで動くことでしょうか。何かに取り組んでいる途中も、別のスレッドが頭の中で動いている感覚ですね。

暦本:インプットを大量に増やすこと。僕の場合ですと、論文を大量に読むことです。学生がよく「良いアイデアが出ない」なんて言うのですが、聞いてみるとあまりインプットしていないで悶々と考えていたりするんですね。「まずは論文を沢山読みなさい」と指導しています。

だって、音楽をたった10曲しか聞いていない人がミュージシャンになれませんよね?アウトプットするためには、大量のインプットが必要になると思います。

——最後に、「『なるべく少人数でやれ、不必要な人は巻き込むな』とのことですが、企業に属していると、何かとしがらみがあって難しいです。企業の中でうまくことを運ぶには?」というご質問です。

久夛良木:ズバリ、本社から出ること(笑)。理想は、スタートアップ企業を立ち上げてしまって、自分のやりたいようにやることです。

けれども、そう思い切れる方ばかりではありませんよね。それならば企業内ベンチャーをめざすのが良いかなと。私も、プレステの開発時にはそうやってことを進めました。

大きな企業の良さはリソースが潤沢なことですから、社内であっても、同じ夢を見ている人はきっと見つかるでしょう。

暦本:サラリーマンはよく働きバチに例えられますが、実は、働きバチってみんな働いているわけじゃないそうです。なぜかというと、余力がないと何かあったときに全滅してしまうからなのだとか。

そういう話を聞くと、なんだか大企業に似ていて面白いなと思います。全員が全員、あくせく働いているわけじゃないからこそ、面白いものが出てくる余地があるのかもしれませんね。

――お二人とも、ありがとうございました!

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文/大橋 礼

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