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シリコンバレーと日本、圧倒的な“疲労格差”はなぜ生まれる? 元GAFA人事と産業医に聞くエンジニアの疲れない働き方【ピョートル×大室正志】

働き方

いい仕事は、疲れの“保守”から。

自分メンテ研究室

次々に生み出される新しい技術、コロナ禍で加速した働き方の多様化……否応なしに訪れる環境変化は、時にエンジニアをひどく疲れさせる。そこで本特集では、エンジニアが「いい仕事人生」を歩むための「心と体のメンテナンス法」を徹底研究。疲労から自分を保守する習慣をつけて、仕事のパフォーマンスを上げていこう

プロジェクト単位で仕事内容やメンバーがガラリと変わることもあれば、リモートワークなどの働き方がいち早く導入される仕事でもあるエンジニア。知らず知らずのうちに「疲労」をため込む人も少なくないはずだ。

そこで今回話を聞いたのは、Googleで人材開発を担当し、HRの専門家でもあるピョートル・フェリクス・グジバチさんと、約30社の産業医業務に従事してきたカリスマ産業医の大室正志さん。

グローバル企業を中心に数多のエンジニアの働き方を見てきたお二人に、エンジニアが「いい仕事人生」を歩むための「心と体のメンテナンス法」を語り合ってもらった。

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プロノイア・グループ株式会社 代表取締役 株式会社TimeLeap 取締役 ピョートル・フェリクス・グジバチさん

連続起業家、投資家、経営コンサルタント、執筆者。モルガン・スタンレーを経て、Googleで人材開発、組織改革、リーダーシップマネジメントに従事。2015年に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループを設立。16年にHRテクノロジー企業モティファイを共同創立し、20年にエグジット。19年に起業家教育事業のTimeLeapを共同創立。ベストセラー『NEW ELITE』他、『パラダイムシフト 新しい世界をつくる本質的な問いを議論しよう』『PLAY WORK』など著書多数。新著に『世界最高のコーチ』。ポーランド出身。

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大室産業医事務所代表 大室正志さん

産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。専門は産業医学実務。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策等、企業における健康リスク低減に従事。現在日系大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など約30社の産業医業務に従事。経済メディア『NewsPicks』ではプロピッカーとしても活躍。社会医学系専門医・指導医。著書『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)

シリコンバレーでは「自己管理文化」が根付いている

――疲労という観点でみると、コロナ禍はエンジニアにどんな影響をもたらしましたか。

大室:コロナ禍で疲労に悩むエンジニアが増えたのか、という点でいうと、実はそうでもありません。各社の休職者数などを見ると、全体の数字の上で派手な変化はないのです。

リモートワークが中心となり新たなストレスをためた人もいますが、反対にリモートワークで救われた人もいますからね。

ピョートル:リモートワークには、ポジティブな面もネガティブな面もありますよね。ポジティブなのは、働き方が自由になったこと。

公園のベンチで子どもを見ながら仕事をするパパも増えたし、僕自身が打ち合わせの合間に洗濯物を干すこともあるし(笑)。そこに心地よさを感じる人はいるでしょう。

しかし逆にネガティブな面の一つが、オンラインだと顔色を伺いにくいこと。特に日本は言語化せずに空気を読むことが求められる「ハイコンテクスト文化」なので、なおさら苦手に感じる人は多いのかなと。

大室:そうですね。でも、そもそもエンジニアは、理屈で考える人が多く、ふんわりした顔色伺いのハイコンテクストより、明文化されたローコンテクストを好む傾向がありますよね。

その点では、他の職種よりもリモートワークに順応できた人は多そうです。通勤もなくなるし、コロナ禍の働き方の変化を「うれしい」と感じる人も多いのではないでしょうか。

ピョートル:ただ、通勤がなくなると、これまで会社に行くだけで仕事をしたような気になっていた人も、より一層アウトプットと自己管理能力が求められますよね。

僕が思う自己管理とは、体と感情を健全に保ち、仕事のパーパス(目的)をはっきりさせて、仕事にフォーカス(集中)すること。

いくら体のコンディションが良くても、パーパス、いわば使命感や目標がなければ、つまらないし、働いていてストレスがたまる。

体・感情・フォーカス・パーパス、この四つのバランスがとれていることが大事。それができないと、リモートワークもつらいものになってしまいます。

Ubiebot

写真は2018年に『エンジニアtype』撮影

――コロナ禍において「自己管理力」は疲労を軽減する一つのキーワードになりそうですね。

ピョートル:そうですね。実は僕、シリコンバレーで働くエンジニアを見ていて「疲れている人」ってあまり印象にないんですよ。でもこれって、彼らが働いてないっていうことではないんですね。

シリコンバレーでは「ひたすら働くけど、しっかり自己管理もする」文化が根付いているんです。

カリフォルニアのGoogleのオフィスはすごく設備が整っているというのは有名ですよね。 Googleに限らずシリコンバレーでは、社員がちゃんと疲れをとったり、自分を癒したりして自己管理できるようにオフィス設計されているんですよ。

社内にマッサージルームやゲーミングルーム、カラオケルームがあるのは当たり前。福利厚生で瞑想やヨガプログラムも受講できる。しかもエンジニアがちゃんとそれを使いこなしています。

さらに言うと、ドレスコードもないし、何なら会社に愛犬を連れてきたっていい。アウトプットさえ出せば、働き方には誰も文句を言いません。

それから仕事にフォーカス(集中)している人を邪魔しない文化もある。例えば、イヤフォンを装着して作業をしているエンジニアには誰も声を掛けません。

また、仕事にパーパスを感じられるように指示も明確。日本の企業にありがちな「とりあえず何かよさそうなもの作ってみて」といったふんわりした依頼はありえないです。

そういうふうに体・感情・フォーカス・パーパスの自己管理をしやすい環境や文化が会社の中にあれば、エンジニアは多少働き過ぎたとしても、あまり疲弊しないはず。

――ピョートルさんの目から見て、日本のエンジニアはどう見えますか?

ピョートル:ちょっと元気がないようには見えるかな。日本の平均的なエンジニアに比べて、シリコンバレーのエンジニアはずっと元気ですね。

でもこれは、日本のエンジニアが置かれている環境のせいだと思います。もちろん日本にもエンジニア思いのいい会社はたくさんありますけどね。

ただ、会社の規模が大きくなると、働く人のパーパスが置き去りになる傾向がある。「何のために働くのか」が明確になる環境を自分で選ぶことは、仕事に疲れて擦り減らない生き方を実現するために非常に重要なことだと思います。

「幸せ」なときにも人はストレスを感じる。自覚のない疲労に要注意

――大室先生は、「エンジニアの疲労」に関してどう感じていますか?

大室:エンジニアは、「一日中パソコンの前に座っている人」の代表選手。座りっぱなしで肩や首が凝り、頭痛に悩む人が多いのは職業病でしょう。頭を使うので脳自体も疲れますし、気疲れのような精神的な疲れもあります。

またエンジニアはいまだに男性比率が高い職種ですが、特に若いうちは女性より男性の方が自分の体調に無頓着な方が多いですから、エンジニアの中には「疲れていることに気が付かない人」も多い印象です。

30代くらいまでは、自分の体をロボットか何かのように「今日動けば、明日も動く」と思っている人が多い。それで、40代くらいになると少しずつ不調が出てきてしまう。

体の不調は精神にも影響しますから、自分の体の変化には意識的になってほしいですね。

大室正志

写真は2020年に『エンジニアtype』撮影

――不調が出やすいタイミング、というのはあるのでしょうか。

大室:エンジニアの場合、プロジェクトが数カ月単位で変わり、メンバーも仕事内容も変わることも多いですよね。エンジニアからプロジェクトが変わったタイミングで「力を発揮できなくなった」とか「すごく疲れるようになった」という話を聞くことは多いです。

そもそも、すべての環境変化は人間にとってストレスなんです。降格だけでなく、昇格すらもストレス。幸せであるはずの結婚だって、実はストレスですよ。

なので、例えば転職と同時に引っ越しもすると環境変化の量が増えるため、メンタルヘルスとしてみると「ハイリスク群」になります。

環境変化によるストレスは、コップに水がたまるように、知らず知らずにたまっていくもの。今、自分がどれくらいの環境変化にさらされているかは、意識してほしいと思います。

――自分にとっての「変化の量」を見ることで、気付くこともできるかもしれないですね。他には、自分が疲れているのか気付けるポイントってありますか。

大室:産業医として必ず聞くのは「休みの日の過ごし方」です。「仕事は大変だけと、休日の趣味のテニスは楽しい」という状態ならまだ大丈夫。

それが、休日もやる気が出なくて、好きだったテニスもやりたくないようなら危険信号。自分の休みの日の過ごし方に変化はないか、ぜひ定期的に振り返ってみてほしいと思います。

Slackやメールは全通知オフ、テクノロジーとの上手な付き合い方

――世の中が変化するスピードが今後も増していくことを考えると、ストレスや疲労にさいなまれるリスクも高まっていくと言えますよね。エンジニアは今後どうやって自分の「疲労」と向き合っていけば良いと思いますか。

大室:まずは疲労を軽んじて無視しないこと。体が出す疲労のサインに気付けるようになることです。

例えば、人間は疲れてくると人とのコミュニケーションが億劫になります。電話をとるのが面倒になったり、メールの返信が遅くなったりしたら、疲れのサイン。そんなときは、あえて人とつながらない時間を確保することも大事です。

ピョートル:ちょうど私が次に執筆する本のテーマも「デジタルデトックス」なんですよ。

僕にとってスマホはオフィスですが、Slackやメール、SNSの通知はあえて全部オフにしています。

――平日もですか?

ピョートル:そうです。平日だろうといつだろうと、そういうものは自分が見たいタイミングで見ればいいと思っているから。社員には「急ぎの要件は電話して」と伝えてあります。

僕は著書にもSNSのIDを記載しているくらいで、人とのつながりは大事にしたいタイプです。でも通知をオンにすると、2分おきくらいに反応しなきゃいけなくなる。

そうなると仕事にも集中できないし、プライベートタイムもなくなってしまいますから、自衛のためにあえて通知をオフにしています。

大室:今は、ちょっと人とつながり過ぎていますよね。新幹線でも飛行機でもWi-Fiの電波が入りますし。

ピョートル:そうなんです。私はテクノロジーが大好きだけど、使い方次第では、敵になってしまうと思っていて。便利なはずのスマホが、自分の大切な時間を邪魔するものになっては意味がないですよね。

この1時間は「仕事に集中したい」とか「家族や恋人との時間を大事にしたい」とかその時間の優先事項を決めることが大事。そして、スマホやパソコンはそれを邪魔しない設定にしておく必要があると思います。

よく会議中にずっと携帯を見ながら、何か返信している人がいます。それっておそらく自分の優先順位が分かっていない、つまり自己管理ができていないのかなと。きっとストレスが高い状態にいるんじゃないかと思いますね。

エンジニアって職人気質だから、自分のことをないがしろにする人も少なくないですよね。だけれど自分をもっと大切にする意識を持った方がいいと思いますよ。

大室:昔ながらの日本の職人は、何か頼まれたら、好き嫌いも言わず、とにかく「あいよ!」って二つ返事で引き受けるのが“粋”みたいな感覚がありまして。この職人気質が現代のエンジニアにも受け継がれていると思うんです。

でも現代のエンジニアの仕事って単純な作業じゃないし、自分だけでコントロールできないことも多い。だからエンジニアも、もっと自分の好き嫌いや優先事項、感情などを口に出す必要があるのかもしれませんね。かつての職人の美学からは少しズレるかもしれませんが。

ピョートル:本当にそうだと思います。古代ギリシャに「汝自身を知れ」という言葉がありますが、自分の「軸」や「芯」を見極めることが大事。

自分がどういう人間で、仕事でどういう価値を世界にもたらしたいか。それを明確にすれば、軸からズレた余計な仕事をしなくなるし、ムリに自分を変えようとして疲弊することもなくなるはず。

疲労をためずに働くには、自分を正しく理解して、きちんと自己管理していくことが非常に大事だと思いますね。

取材・文/古屋江美子

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