中島聡さん
エンジニア・起業家・エンジェル投資家。早稲田大学大学院理工学研究科修了・MBA(ワシントン大学)。1985年に大学院を卒業しNTTの研究所に入所し、86年にマイクロソフトの日本法人(マイクロソフト株式会社、MSKK)に転職。89年には米国マイクロソフト本社に移り、ソフトウェア・アーキテクトとしてMicrosoft本社で Windows 95 と Internet Explorer 3.0/4.0 を開発。Windws95に「ドラッグ&ドロップ」と「(現在の形の)右クリック」を実装したことによって、両機能を世界に普及させる。後に全米ナンバーワンの車載機向けソフトウェア企業に成長するXevo(旧UIEvolution)を2000年に起業し、19年に352億円(3億2000万ドル)で売却。元EvernoteのCEOが立ち上げたmmhmmの株主兼エンジニア。現在はフルオンチェーンのジェネラティブアートの発行など、Web3時代の新たなビジネスモデルを作るべく活動している。堀江貴文氏に「元米マイクロソフトの伝説のプログラマー」と評された
中島聡「Web3の未来はエンジニアの手にかかっている」新しい技術で“来るべき世界”をつくるためにできること
Windows95生みの親として知られ、現在はシアトル在住でWeb3時代の新たなビジネスモデルを作るべく活動している中島聡さん。
自身の最新著『シリコンバレーのエンジニアはWeb3の未来に何を見るのか』(SBクリエイティブ)では、“賛否両論”のWeb3の実態について解説。
Web3がわれわれにもたらす恩恵とは一体何なのか。同書に掲載された内容から紹介する。
※本記事は、『シリコンバレーのエンジニアはWeb3の未来に何を見るのか』の306~312頁を一部抜粋し、転載しています
新しい時代に飛び込める人が、本当のWeb3を作っていく
現在、私はWeb3の新たなプロジェクトに取り組んでいます。
オンチェーン・アセットストアや、そこにSVGデータを載せるためのアルゴリズムをGitHub で公開したところ、Web3業界のソフトウェアエンジニアからコンタクトがくるようになりました。
フルオンチェーンで画像を扱うニーズがあることは確実だと思っていましたから、やはり私の読みは正しかったようです。
それからまもなく、NounsにおいてComposability(複数の画像を組み合わせて新たな画像を作ること)の開発を計画しているメンバーからも協力を要請されるようになりました。
フルオンチェーンのジェネラティブアートやComposability は、ブルーオーシャンだと思っていましたが、自分以外にもこの分野に目を付けていたソフトウェアエンジニアたちがいたのです。
こうした出会いが次々と起こるのは、やはりオープンソース開発のすばらしさでしょう。
私は、Web3に関わる開発をすべてオープンソースで行なっています。主な理由は、「信頼を得られること」「丁寧な仕事をするようになること」「他人からの協力を得られること」にあります。
まず、「信頼」についてですが、Web3ではさまざまなシチュエーションで他人のデプロイしたスマートコントラクトを呼び出すことになります。
NFTをミントする際もそうですし、自分の作ったスマートコントラクトから他人のスマートコントラクトを呼び出すこともあります。
ソースコードが公開されていないスマートコントラクトは何を行なっているのかわからず、安心して使うことができません。
それならば、すべてのスマートコントラクトを最初からオープンソースで開発するのが理に適っています。
2番目の「丁寧な仕事」ですが、私は「とりあえず動くものを作り、後から徐々にきれいなコードにする」というスタイルです。
しかし、オープンソースで公開するからには、「とりあえず動くから十分」といって放置しておくことはできません。
ふだんよりも手間をかけて、よいアーキテクチャにしたり、他人に読みやすいコードを書くよう心がけることになります。これが結果的に丁寧な仕事につながるというわけです。
3番目の「他人からの協力」は、オープンソースにすれば必ず得られるというものではありませんが、上手に情報発信をしたり、コミュニティを作ったりすることができれば、優秀なソフトウェアエンジニアと出会うチャンスも増えます。
コードのレビューから、実際のコーディングまで、様々な形で手伝ってもらえるようになるでしょう。
私が取り組んでいるオンチェーン・アセットストアでも、プロジェクトに貢献してくれる人が何人か出てきました。
なかでも印象深かったのが、SVGデータを作成する編集アプリを開発していた時の出来事です。
私の作ったベクトルデータをSVGデータに変換する仕組みでは、十分な性能が出ておらず、複雑な画像を扱ったり複数の画像を組み合わせたりするためには、根本的な改良が必要だと認識はしていました。
そんな時、コミュニティの中の人から、70%以上の効率化を実現する提案をもらったのです。
それは、Solidity で書かれたプログラムの間に、機械語に近い形で書かれたプログラムを挟む、インラインアセンブラという手法を使っていました。
私もインラインアセンブラについて勉強して、提案されたコードを自分でも納得できる形に書き換えて採用しました。そんな学びの機会があるのも、オープンソース開発の素晴らしいところです。
来るべきWeb3の世界で
投機的なNFTバブルやX2Earn ゲームのポンジスキームが問題視されるようになり、Web3に疑問を持つ人が増えてきています。
非集権のWeb3はみんなに恩恵をもたらす、といったビジョンは実現されておらず、利益を上げているのは一部のインフルエンサーや富裕層に限られています。
「これからはWeb3」と積極的な投資を行なっている、ベンチャーキャピタルの主張にも疑問が投げかけられるようになってきました。
a16z などのベンチャーキャピタルはスタートアップ企業に莫大な投資を行なってWeb3時代GAFAM作りを進めようとしています。
有望な企業に一人勝ちさせて大きなリターンを得ようというのが彼らの狙いですが、本来Web3が目指していたのは、そんな世界だったのでしょうか。
巨大な影響力を振るい、独占的な地位を確立したWeb3企業。そんな中央集権的な存在は、非集権的な世界とまったく相容れません。
「なんちゃってWeb3アプリケーション」で市場シェアを取ったところで、それは現在のビッグテックによる支配と何ら違いはありません。
Web3による恩恵とは、エンジニアやアーティストの作ったものが消費者に直接届けられる、ピンハネのない世界です。
これは、参加者はみんな無償のボランティアであるべきといったことをいっているのではありません。
私がたどり着いた答えは、非営利法人とトークンを活用したインセンティブモデルです。経営に関しては、従来の組織と同様、ビジョンを持った人間のリーダーシップで行なう。
サービスの目的は、利益ではなく「社会に価値を提供する」ことを優先する。そして、株式の上場や企業の売却といったエグジットは目指さない。
DAOを使って数多くの非営利法人が立ち上がり、かかわる開発者たちはNFTや暗号資産などで報酬を受け取れる。それこそが、来るべきWeb3の世界ではないでしょうか。
このような形でサービスが提供されるのであれば、現在のような特定企業に力が集中する状況も防ぐことができるでしょう。それが、Web3時代にふさわしい、仕事、生き方ではないでしょうか。
もちろん、現在のWeb3技術でこうしたビジョンをすぐに実現できるわけではありません。
ブロックチェーンやスマートコントラクト自体のアーキテクチャを改良して、処理性能や扱えるデータの種類、容量を増やすことが不可欠なのはすでに述べた通りです。
しかし、目指すべき方向が見えてくれば、技術的な課題はいずれ解決するだろうと私は楽観的に考えています。
黎明期の分野に飛び込んで、コードを書く。そんなソフトウェアエンジニアが増えてくれば、本当のWeb3に近づいていくはずです。
書籍紹介
『シリコンバレーのエンジニアはWeb3の未来に何を見るのか』(中島聡著/SBクリエイティブ)
日本人の知らない本当のWeb3とは? PC黎明期からコンピュータ業界に携わり、マイクロソフトでも先見的なエンジニアとして活躍。現在もWeb3関連のプロジェクトを手掛ける著者が、技術の変化を踏まえ、Web3時代の働き方を説く一冊
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