自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
「最近はプログラミング力も大事に」ルノー・スポールF1で働く永山枝里さんが夢をかなえた方法
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(ソニーマガジンズ)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー4』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
F1世界選手権は2014年に大変革を迎える。現在は2.4L・V8自然吸気エンジンを搭載しているが、2年後には1.6L・V6直噴ターボに切り替わる。ヨーロッパを中心に流行する過給ダウンサイジングの流れを取り入れ、F1と量産車の技術をリンクさせるのがルール統括側の狙いだ。
制動時の運動エネルギーを電気エネルギーに変換して蓄え、その後の加速で蓄えたエネルギーを活用する運動エネルギー回生システムに加え、排気エネルギー回生システムの導入も認められる。つまり、内燃機関と2種のエネルギー回生装置を組み合わせた高度なハイブリッドシステムになるわけだ。
それらをどうマネジメントすれば限られたエネルギーを効率良く使い、しかもラップタイムを短縮することができるのか。エンジンコンストラクターの技術力が試されることになる。参戦チームの勢力図のみならず、F1の存在意義をも変えてしまう可能性を秘めた、大胆なフォーマット変更だ。
そして、量産車のマーケットで推し進めつつある技術戦略がF1の進む方向と完全にマッチすることを踏まえ、ルノーは2014年に導入されるパワーユニット(直噴ターボ+エネルギー回生システム)の開発に力を入れている。
量産車とF1の技術のやりとりを活発にすべく、F1に供給するパワーユニットの開発を専門に行う『ルノー・スポールF1』に対しては、親会社のルノーから大量のエンジニアが送り込まれている。
宇宙工学からF1の世界に「鞍替え」してスキルを磨き続ける
本社からの出向組の一人に、構造解析エンジニアの永山枝里さんがいる。いきさつは『Motor Fan illustrated Vol.66 レーシング・エンジン2』に詳しいが、永山さんが現職にたどり着いたプロセスが興味深い。
東京大学工学部宇宙工学科で制御系の研究室に所属していた永山さんは、宇宙に目を向けて勉学に励んでいたが、あるきっかけが永山さんを自動車業界に誘い込むことになる。
伏線は、全日本学生フォーミュラ大会。自動車技術会の主催で2003年から始まったイベントで、毎年1回、学生が自ら構想・設計・製作したフォーミュラカーによって競技を行う。
大会で勝つことが活動の最終目標ではなく、活動を通じてモノづくりを体験し、独創的なアイデアの発露や実用化を通じて国際競争力のある即戦力を育成したい、とする理念が背景にある。
「テレビでF1を観る程度にはF1が好きだった」という永山さんは、観るだけでなく「エンジニアとしてやってみるのも面白いかも」と、学生フォーミュラの活動に身を置くことにした。東京大学は、第1回大会において第3位の成績を収めた。上位3校に対しては、自動車技術会からその年の秋に開催された『東京モーターショー』への出展要請があった。
その『東京モーターショー』会場の出展ブースに、日本に駐在していたルノーの社員がリクルーティングに訪れた。国際競争力を備えた即戦力を迎え入れるためである。宇宙工学を深く学ぶつもりで留学を考えていた永山さんは、「最初の3カ月はフランスで研修」という誘い言葉にふらっときて、ルノーの申し出を受けることにした。欧米での学校生活は9月から始まるため、「半年ほど猶予がある」という思いも背中を押す助けになった。
だがルノーに入社すると、永山さんは宇宙工学への思いをきっぱりと断ち切り、「最終的にはF1」に意識を切り替えて仕事に打ち込んだ。宇宙工学にあこがれた理由について、永山さんは「ロケットが打ち上がった瞬間に管制室のみんなが喜ぶシーンがある。ああいうのにあこがれたのかもしれません。工学を志す者にとって、チームで喜ぶシーンに出合うことはなかなかありませんから」と説明した。
学生フォーミュラでも似たような体験をしたのだろうし、自動車メーカーの先にあるF1に対しても、同じイメージを抱いたのだろう。
「ある選手が初めて表彰台に上がった時、それを見守るエンジニアが表彰台の下で大喜びしていました。それを見て、『あ、いいな』と(笑)」
それが、宇宙にあこがれる一方で、F1を夢見るようになった原体験だ。
宇宙工学とF1という違いはあるにせよ、喜びをチームで共有できる環境が待ち受けていることに変わりはない。永山さんはそうした体験を求めて、量産車のサスペンション設計に携わりながら、エンジニアとしてのスキルを高めていった。日本ブランチの社員として3年間を過ごすと、2007年にはルノー本社の採用となり、渡仏した。
「最初はサスペンション設計を通じてCADを使い、単純な構造解析をしました。その後、実験部で耐久試験を行いました。市場での使われ方を分析してベンチテストの目標を決めたりしました。3つ目のポストでは、スプリングのレート設定やダンパーのチューニングをしつつ、耐久性も満足させるマッチング的なことをしました」
こうしてスキルを高めつつ、「いつかはF1」の思いを実現しようと動いていた。ルノーでは半年ごとに行う上司との面接で、短期目標と長期目標を聞かれる。その際、永山さんは長期目標について、「F1」と訴え続けたのだ。
それだけで? と思うかもしれないが、それだけである。もちろん、スキルが認められての異動だったに違いない。
複数部門を渡り歩いたことで初めて生まれた「化学反応」
永山さんは2011年7月から3年間の契約でルノー・スポールF1に出向中だ。量産車への技術のフィードバックが期待される1.6L・V6直噴ターボの構造解析を任されている。
量産車のサスペンションからエンジンへ、扱う対象は大きく変わったが、「ルノー本社で携わった3つのポストが有機的につながり、役立っています。どれか一つが欠けても現在のプロダクティビティは発揮できなかったでしょう」と、過去と現在のポストの技術のつながりを説明する。
その永山さんが本稿の読者に向けて、メッセージを届けてくれた。
「メカニカルエンジニアにとってもプログラミング力が重要になっていると感じています。ただし、きれいなコードを速く書く必要はありません。動けば十分です。CATIAではVBA(Excelに同じ)、ABAQUSやADAMSではPython、そのほかの構造解析ソフトではTCLなど。そして、MATLABで使うMATLAB言語により、日々の仕事の効率は飛躍的に向上します。
商用ソフトの大半はこのようにコーディングが可能になっていますが、それと引き換えに、言語の多様化は否めません。すべてに通じる必要はありませんが、一つでも使えるようになるとエンジニアバリューは上がると思いますし、それが現在のわたしの強みになっています」
学生フォーミュラの目的は「世界をリードする人材を育てること」にあり、その意味で、永山さんは成功例と言えるだろう。夢に向かって進む現役エンジニア、あるいはエンジニア予備軍の良き道しるべとなるに違いない。
ただ、冷静に考えてみれば「優秀な人材の海外流出」とも考えることができるわけで、受け皿を用意できなかった(あるいは、受け皿が不十分だったし、現在も不十分に感じる)日本の産業界に対し、奮起をうながしたいところだ。
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