地球規模で人類が挑む再生可能エネルギー社会の実現には、ソフトウエアエンジニアの活躍が不可欠です。元Googleエンジニアで、ITを使った再エネの効率利用を探求する「樽石デジタル技術研究所」の代表・樽石将人さんが、実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、意義深くも楽しい「再エネ×IT生活」を”指南”します
「電気がなければハードウエアもただの箱」エンジニアは究極のインフラを扱う醍醐味を堪能せよ
前回に続いて、ゲストは東大発Z世代スタートアップ・株式会社Yanekaraの共同創業者で代表取締役COOの吉岡大地さんです。
前編では彼らが「地球に住み続ける」「域内回生」というミッション・ビジョンに込めた想いや世界観、その実現に向けITエンジニアの知見がどう活きるのかを聞きました。
後編では彼らが思い描く理想のエンジニア像、エネルギー問題や環境問題を仕事にする上でのハードルや世代論にも話が及びました。
きっかけは福島第一原発事故
樽石:少し話が戻ってしまいますが、吉岡さんは一貫してエネルギーのことを勉強してきているじゃないですか。高校卒業してすぐにドイツまで学びに行ったり。それにはどんなきっかけがあったんですか?
吉岡:決してエネルギーのことだけをやってきたわけではないんですが。ただ、アウトドアが大好きな家族の中で育ったというのはあると思います。
小さい時からディズニーランドなんて連れて行ってもらったことがなかった。「そんな暇があったら山に行くぞ」とでも言わんばかりに、毎年夏休みになると親に連れられて3000メートル級の山に登っていました。
吉岡:しかも山小屋に泊まるのではなく自分たちでテントを担いで。山の上のキャンプ場にベースキャンプを張って、そこから登頂を目指すみたいなことを毎夏やっていました。それを小学校1年生から。
樽石:1年生から!それは結構な英才教育ですね。
吉岡:最初はしんどいだけだったんですけど中学生くらいになるとようやく山の良さが分かってきて。「自然っていいな」という感覚がぼんやりと芽生えていました。
そういった中でちょうど福島第一原発の事故が発生したんです。僕らの世代はみんなそうだと思うんですが、そこで一気に環境問題に対する意識が高まった。私の場合は小さい時からそうやって自然と触れて遊んできたので、特に興味が湧いてきて。
それで、環境問題という文脈で一番の先進国とされていたドイツに行って勉強したいと思うようになりました。それが中学2年生の時。高校ではまず英語を勉強しないと話にならないと思ったので、大学に進む段階でようやくドイツに渡ったという感じです。
吉岡:なのでドイツにいた時はエネルギーというよりは環境問題全般に興味がありました。食糧問題とかゴミ問題、都市政策・計画など。幅広く学んだ上で最終的に再生可能エネルギーと交通政策、このあたりが一番面白いしダイナミックに社会が変わっていく領域だなと思い、今に至る道に進みました。
国が違えば課題も違う
樽石:ドイツは再エネ先進国ではあるのだけれど、日本と比べると緯度が高く、日照時間はそんなに長くない。太陽光発電はそんなにパフォーマンスが出ないかなと思っているんですけど、実際はどうでしたか? 太陽光による自給率はどれくらいあるのか。
吉岡:明確なパーセンテージは分かりませんが、大まかに言えば北ドイツは風力、南ドイツは太陽光をかなり使っているイメージです。
ドイツは工業国ですが、南側に工場が集中しています。夏は太陽光が潤沢にあるので問題ないんですが、日照時間の短い冬になると南側ではあまり発電できなくなってしまいます。
冬は風力中心の北のエリアの方が発電しやすいので、そっちの再エネが潤沢になる。その潤沢な再エネを一大需要地の南ドイツ側にどうやって持っていくかが一番の課題なんです。
樽石:なるほど、送電が課題なんですね。
吉岡:はい。周波数の乱れとかそのあたりは大陸系統はみんなつながっているので、ものすごく課題かと言うとそうではなく。季節間の再エネ発電量の変動、夏と冬とで場所と量が変わってしまうのでどう社会全体でマッチさせるか。そこでも蓄電システムのリソースが非常に重要になってきます。
吉岡:送電網を新しくガンガン引いていけば解決するかもしれないですが、それはあまりにも大きな投資なのでなかなか進まない。ドイツの再エネ導入の一番の課題はおそらくそこになってくるのではないかと思います。
樽石:それで言うと日本も冬は発電量が足りないですよね? そこの打ち手が何かあるといいのかもしれない。結局、まだ長期保存できるほどにはバッテリーが溢れていないから……
吉岡:そもそもリチウムバッテリーによる長期保存は基本的にはできないものとされています。バッテリーリソースは長くて数週間、基本は一日の中で、昼間発電したものを貯めておいて夜に出すというかたちで使われているのが世界の潮流です。
季節間の貯蔵は一旦水素に変えるかたちでやらざるを得ないのではないかとされています。ドイツでは「Power to Gas」と呼ばれるやり方で行われていました。
余った再エネを使って水を電気分解し水素のガスにして貯めておく。なおかつその水素ガスはもう一度発電所に入れて電気を取り出すのではなく、そのまま都市ガスに流し込みます。
それを熱として利用するというのが、水素の利用の仕方として最も現実的ではないかと言われているところです。
環境が仕事になる時代
樽石:先ほども少しお話がありましたが、吉岡さんの世代はやはり総じて環境問題に対する関心が高いですか?
吉岡:高いと思います。もちろん福島第一原発の事故もありましたが、それ以前にも小学校の授業で「京都議定書が〜」「ストップ地球温暖化」などさまざまなかたちでそのあたりの情報に触れていましたし。
おそらく私たちの世代が環境系の仕事がたくさん生まれた最初の世代だと思うんです。僕らよりも5年先輩の方は、環境問題に興味はあってもなかなか環境に関する仕事にはありつけなかったのではないかと。
環境NGOに行くか、それでなければ環境省に行くか、というような。大企業でもエネルギーと言ったら基本は石油の売買とか天然ガスを仕入れてくるとか。そういう話ばかりだったでしょう。
それがここに来てようやく環境に関する仕事が増えている。政策面もそうですし、ハードウエアもソフトウエアもそう。いろいろな領域で仕事が生まれてきています。そういったチャンスが初めて若い世代に落ちてきたのが今の20代なのかな、と。
樽石:なるほど。
吉岡:今年の4月に取締役としてYanekaraにジョインしてくれた人がいます。現在36歳で、大学では環境系のことを勉強していたのですが当時はそういった仕事がなく、それで一旦は大手SIerに入り、プログラマーになりました。
その後、コンサルに転職してさまざまな案件をバリバリこなし、それも十分やりきったということで、独立してここ数年はスタートアップの事業開発支援を行っていました。
ブロックチェーンやドローンなどさまざまな事業開発に携わってきた人なのですが、やはり環境のことをやりたい思いを捨てきれなかったらしく。そんなタイミングで僕らと知り合い、「面白いから手伝わせてくれ」と言って入ってくれました。
吉岡:30代前半の人には彼に限らず「もともとそういうことを学んでいたが仕事がなかった」とか「興味はあるがまだ飛び込めていない」といった人が結構いるんじゃないでしょうか。彼と出会ったことでそういうことを感じました。
樽石:僕は40代ですが、自分の学生時代を振り返ると、当時は「いずれ石油は尽きる」「その時のことを考えないといけない」という話はあっても「石油によって環境が破壊される」という話はまだそんなにありませんでした。
どちらかと言えば「このままだと今の生活を維持できない」というニュアンス。それが徐々に「気候変動が起きているんじゃないか」「このまま燃やし続けたらまずいのでは」という話に変わっていきました。
今の30代はおそらく学生時代から少しずつ気候変動の話を聞いている。けれども「じゃあ何がやれるの?」というとやれることがないし、手段も何もなかった世代なんでしょう。
吉岡:そういうことみたいですね。
樽石:けれども10年20年経っていよいよ本当にできそうだという道筋が見え始めた。これまでは「石油を使いすぎると枯渇するから」と言われてもはるか先の話だし、なくなった世界がリアルに想像できないからやりようがなかったけれど、今は代替手段があるということが見えています。
それが仕事になるようになれば、世の中はどんどん動いていくのではないかと思いますね。
吉岡:おそらく20代以降の世代は放っておいてもこういう領域に興味を持って入ってくると思うんです。でもそれよりちょっと上の世代もそこに対してアクションを取れる時代になっていますよね。
むしろ若い世代だけでは分からないこと、できないことが多いじゃないですか。活力はあるからバリバリ突き進むけれど、つまずく必要のないところでつまずいてしまう。
ハードウエアもそう、ソフトウエアも事業開発もそうですが、経験のある人に入ってもらって一緒にやることがあらゆる領域で求められています。
樽石:ちなみにYanekaraの今のメンバーはどういう年齢層なんですか?
吉岡:20人いるうちの7割は学生インターンです。なのでほとんどは20代前半で、要所要所に40代、30代の人に入ってもらっている感じです。
樽石:学生インターンはどうやって集めているんですか? 基本は(東大のキャンパスがあり、Yanekaraのオフィスもある)柏の葉にいる学生を集めているということ?
吉岡:柏の葉にオフィスはあるのですが、インターン生のほとんどは実は本郷キャンパスの学生です。なぜなら電気系の学科が本郷にあるから。本郷周辺に住みながら柏の葉まで通ってくれている子が多いんです。
樽石:ということはみんな東大生?
吉岡:9割が東大生で、エンジニアは100%東大です。学生起業だったので最初は大学研究室の同期や後輩に声をかけ、学生インターンとしてしばらく関わってもらった後、卒業するタイミングで興味のある人にそのまま入ってもらっているという感じです。
樽石:私がスタートアップでCTOをしていた時もインターンで参加してくれる東大生は多かったですが、Yanekaraの皆さんのように自ら起業するという例はそこまでなかった印象です。世界の資金調達ランキングを見ると日本の大学はまったくランクインしておらず、残念だなと感じていました。
今の流れが加速して、少なくとも東大ぐらいはこの状況を変えられるようになって欲しい。そういう意味でもすごく頼もしいです。
クラウド、IoT、電力全てできてのフルスタック
樽石:競合はいるんですか?
吉岡:ハードウエア・充放電器の領域では大手メーカーが競合です。ソフトウエアの領域では群制御するクラウドを作っているベンチャー企業が複数社ありますし、大企業もそういったことをやっています。
数で言うと、ソフトウエアのところは国内に数十社。IoTのところは10以下、ハードウエアは5以下いるという感じです。
クラウドのところは一番競合が多い。ですが、ハードウエアでちゃんと差別化できていればここでの戦いには負けないと僕らは考えています。というのも、最終的なアウトプットは充電したり放電したりするところ。物理的なレイヤーが結局は一番大事です。
吉岡:アルゴリズムはどうしても似通ってくると思うんです。目的関数が大体同じになってきますから。ただ、出せるスペックはハードウエアの性能で縛られる。アクチュエーターである充放電器がクラウド系の開発会社が扱うハードウエアと比べて圧倒的に優れていれば、全体のシステムとしての優位性も持てると考えています。
樽石:それを一貫してやっているところはほとんどない?
吉岡:ほぼないですね。
なので、Yanekaraではいつも「Yanekaraのエンジニアは、クラウド、IoT 、ハードウエア(=電力層)、この三つ全てを抑えて初めてフルスタックと呼べる」と言っているんです。
非常にチャレンジングだとは思います。ですが、世の中にはクラウドのことをできるエンジニアはたくさんいらっしゃる。また、そこからIoTに降りてこようとしているエンジニアも出てきています。
そこからさらに電力工学のことも理解すると、本当に面白い人材になれるのではないかなと。今までのソフトウエア系エンジニアと分かりやすく差別化できる領域だと思います。
樽石:もともとのフルスタックエンジニアはソフトウエアの世界での下から上までができるエンジニアを指していました。ベースとなるインターネット技術からアプリケーションまでを作れるということ。ハードはあまり入っていなかった。
そこに新たに「ハードをやっていなかったらフルスタックと呼べないのでは?」ということが言われ始めたんですが、Yanekaraさんが求めるのはさらに高いレベルってことですね。
樽石:一人ではちょっとやりきれない量だと思うので、実際には「広く浅く」か「狭く深く」のどちらかを選ぶことになるのでしょう。でも、それをフルスタックと呼ぶ意図はすごくよく分かります。
ソフトウエアの話がまずある。ハードウエアもある。大体のITのエンジニアはそこまでは見ていた。その前提は「電気は空気のようにある」という世界観です。
けれども東日本大震災で「電気がない」という体験をして、僕自身「ハードウエアも電気がなければただの箱に過ぎない」と気付かされました。
だから「ソフトとハードに加えてその下のエネルギー、これを全部極めないとフルスタックにはなれない」と思うようになりました。そこを目指す人がどんどん増えてくると本当に面白いなと思いますね。
吉岡:電気はインフラの中のインフラだと思っているんです。通信も計算資源も電気がないと動かない。水だって取水ポンプは電動だったりするし、熱だってそうです。空調も電気がないと動かない。電気のインフラを支えることが一番ベーシックで、一番大事なんです。
逆に言うと、ここに再生可能エネルギーが入ってきて、脱炭素化の流れがあり、大きく変わっていこうとしているというのが単純に面白い。めちゃくちゃ大きなインパクトを社会に与えることができる。これはエネルギーの中でも電力の領域だろうと思っています。
……ああ、今インフラの一つとして交通を挙げるのを忘れていました。
交通のところにもEVがあります。電力インフラの方に再エネが入って脱炭素化されたら、ここで得られた再生可能エネルギーの”果実”が、EVがブリッジとなって今度はモビリティ領域にも波及していく。
なので結局ここも電気がベースになっていきます。そのEVと再エネをつなぐところを我々はまさに開発しているわけです。
衣・食・住・電・動・熱
樽石:特にYanekaraさんがやっているのは「域内回生」「自家消費」というモデルじゃないですか。今日最初にした話に戻りますけど、要は「自分で使う電気は自分で作る」という話ですよね。
これをさらに突き詰めて考えると、その電気も実際には作っているわけではない。実はもともとそこにあったものでしょう?
人間の場合は空気があればそこで生きていける。自分の肺に酸素を取り込み、自ら燃やすことでエネルギーを取り出している。だからこれも実は「自家消費」なんです。すでにそこにあるものを転換するということをやっている。
「太陽光で発電する」というのもそれと同じで。そこにあるエネルギーをうまく変換して使いやすいものを作っている。それはいわば自給自足の究極系です。
電気は今まで巨大な発電所から供給されるものでした。それは宇宙服と酸素ボンベがないと生きられない宇宙空間の生活と同じようなものです。
でも実はエネルギーは目の前にあって、”呼吸”すれば手に入るものなのだということが分かった。そのための”臓器”がいろいろと出来上がってきた。あとはそれを組み立てましょうというのが今のタイミング。そういう面白さが自家消費にはあるな、と。
吉岡:おっしゃる通りですね。
樽石:自家消費というのは小さいものの集まりです。一つ一つを見ると非常に小さい。だからなかなか大手は入りづらいんです。逆に言うとスタートアップは入りやすい。小さい領域でお金をかけずにやるのはスタートアップがすごく得意なところですから。
うちの家にも屋根の上に太陽光パネルがあって、EVがあります。なおかつ太陽光パネルを載せるスペースはまだまだある。
樽石:でもすでに自給率は100%を超えていて。このまま屋根いっぱいにパネルを敷き詰めたらとても使いきれない。自分の使う3倍、4倍もの量を発電することになってしまいます。
つまり、屋根に降り注ぐエネルギーを変換することはすでにできている。あとはそのエネルギーをちゃんと使い切る、貯めるというところが出来上がってくれば、域内回生は達成可能なところまで来ているのだろうなと。
吉岡:域内回生のイメージで言うと、僕らも最小単位が屋根だと思っています。最小ユニットが屋根単位での自給自足です。
その次の段階は、それが数軒集合した住宅エリアが完全に自給自足できていること。この一つのモジュールが自給自足できるようになれば、それを展開していけば村になり、さらには町になるというようにボトムアップで域内回生エリアを増やしていける。これが僕らがやっていきたいことです。
その中には電気とモビリティだけでなく熱も入ってきます。あとは衣食住も可能な限りその中で回る状態を作りたい。中長期的にはそういったところまで事業領域を広げていく会社にしていきたいです。
吉岡:最終的に地球に住み続けるために僕らが視野に入れているのは「衣・食・住・電・動・熱」。この六つの領域が変わらないといけない、自給自足できるような仕組みを実装しないといけないと思っています。
これはもうソフトウエアエンジニアの力だけではどうにもできない。ソフトウエアエンジニアはもちろんですが、共感してくれるそれ以外のさまざまな人にも集まってもらって、そういったことに取り組んでいきたいです。
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