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日本が世界と戦うための脱炭素。ソフトウエアはどう貢献できるか

ITニュース

地球規模で人類が挑む再生可能エネルギー社会の実現には、ソフトウエアエンジニアの活躍が不可欠です。元Googleエンジニアで、ITを使った再エネの効率利用を探求する「樽石デジタル技術研究所」の代表・樽石将人さんが、実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、意義深くも楽しい「再エネ×IT生活」を”指南”します

今回の対談ゲストは、グロービスキャピタルパートナーズ(以下、GCP)の中村達哉さん。独立系VCであるGCPは、2023年4月に国内最大規模727億円のファンドの運用を開始。その柱の一つに掲げられているのが脱炭素(気候テック)への投資です。

アメリカではGoogleを辞めて気候テックのスタートアップに転職する人が増えているという報道もあります。改めてなぜ今、気候テックなのか。そこにはどんな魅力があり、Webエンジニアが持つ知見をどのように活かすことができるのでしょうか。

……という“本題”のディスカッションの前に、せっかくVCにお話を伺えるのだからその前提として、前編では気候テックのマーケットやトレンドを概観します(Webエンジニアに直接的に関係するところだけを読みたい方は、同時公開の後編をどうぞ)。

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世界と戦うための脱炭素

樽石:アメリカではGoogleを辞めて気候テックのスタートアップに転職する人が増えていると聞きます。自分の周りにもチラホラいますが、日本ではまだそこまでの盛り上がりは感じません。Webエンジニアの今後のキャリアを考える上で、気候テックにはどんな魅力があり、これまでに培ってきた知見をどのように活かせるのか。VCという立場で気候テック周りを広く見ている中村さんと議論がしたくて、声をかけさせてもらいました。

中村:ありがとうございます。

樽石:まずは自己紹介がてら、GCPとその中で中村さんが担っている役割について伺えますか?

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グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 プリンシパル 
中村達哉さん

AGC株式会社の電子カンパニーにて生産管理、新事業における海外営業、中国深圳駐在を経て、ボストン・コンサルティング・グループに入社。複数の国内大手企業に対し新事業策定から立上げ・実行支援、全社改革、M&A支援、中計策定等の業務を経験。2020年6月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。一橋大学商学部経営学科卒

中村:GCPは1996年から国内で投資活動を行っているVCです。これまでの累計投資額は約1800億円。今年4月には新たに国内最大規模727億円の7号ファンドの募集を完了し、運用をスタートしました。6号までの投資先はITビジネスを中心に日本の産業をアップデートすることに主眼を置いていましたが、7号では「日本から世界で戦える企業を作る」「新しい産業を作る」を合言葉に、ITに限らず幅広い領域に投資しています。その柱の一つとしてあるのが、脱炭素であり、ハードウエアを絡めたディープテック。私はその旗振り役を務めています。

樽石:脱炭素が「世界で戦う」上での大きなテーマになっているわけですね。

中村:グローバルで見ると2021年以降、日本円にして4兆〜5兆円が気候テック領域の会社に投資されています。また、気候テックに投資するファンドの財布の合計は現時点で10兆円を超えると言われます。ざっくりと言えば、脱炭素に貢献する新たなテクノロジーやアイデアに大きなお金が投じられており、そこにタレントも流れてきている。そういう世界的な潮流があります。

樽石:成長産業としていかに期待されているのかがわかりますね。

スタートアップでも戦える環境が整う

中村:気候テックの中でも投資テーマの内訳に変化が見えます。過去5〜10年、気候テック領域のほとんどはモビリティ関連(電気自動車)、次いでエネルギーインフラ(風力、太陽光発電など)という状況でした。それがここへ来て、徐々に裾野が広がってきています。ダイレクトエアキャプチャーのような直接的にCO2排出量を減らすための新技術もあれば、代替肉による食のサプライチェーンの脱炭素化なども一大テーマになってきています。

樽石:一見すると「代替肉がどうして脱炭素?」と思うけれども、実際はつながっているんですよね。

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樽石デジタル技術研究所 代表/大手小売業CTO 
樽石将人さん(@taru0216

レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンにて、OS、コンパイラー、サーバーの開発を経験後、グーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。海外への事業展開に向け、技術チームをリードし、IPO を達成。22年1月に退職。21年12月に立ち上げた樽石デジタル技術研究所の代表のほか、PowerX社外CTO、22年3月からは某大手企業でCTOを務める

中村:気候テックとはすなわち「あらゆる産業をどう脱炭素化するか」という話ですから。産業を跨いで横断的に関係するエネルギーインフラに資金が流れる一方で、産業軸で、垂直的にもいろいろなテクノロジーに投資がなされています。これは働く個人の目線に立てば、自分の今いる業界、好きな業界をどうトランスフォームするかという話として捉えることもできる。脱炭素が意外と身近なテーマになってきていると言えますね。また、従来は資本主義を前提とした経済価値が最上位のモノサシでしたが、そこに環境価値という新たなモノサシが適用されている点が「新しさ」の原動力になっています。

樽石:ITスタートアップの調達資金はほとんどが人件費に充てられますが、脱炭素となると設備投資が不可欠でしょう。お金の使い方にも変化があるのでは?

中村:GCPでは現在3件のディープテック系企業に投資しているのですが、そのいずれも半分近くのお金が研究開発や量産に伴う設備投資に使われています。おっしゃるようにお金の使われ方は確実に変わってきています。ただ、実験に必要な工場や倉庫を借りる・建てるといった設備投資にかかる費用は非常に大きく、投資だけで賄うのは非現実的。ほとんどの企業は投資と銀行融資、公的な補助金のハイブリッドで資金を確保しています。

樽石:そうなんですね。

中村:その意味でも、ここ数年の大きな変化は政府主導で脱炭素やディープテック領域にかなりの補助金が出るようになったことです。その結果、スタートアップでも技術開発に取り組める環境がようやく整ってきていると言えます

樽石:なるほど。ただ、スタートアップの経営をしてきた立場からすると、公的な補助金を得るための手続きの煩雑さには参ってしまうところもあるのですが。

中村:必要なお金を確保する力は、スタートアップにとって事業やプロダクトを作る力と同じくらいに重要です。我々の投資先に半導体領域のディープテック企業・大熊ダイヤモンドデバイスがありますが、投資を決めた要因の一つには同社の優れた事務方チームの存在がありました。とはいえ、彼らが事務処理能力に長けていたのはもともと国プロからスピンオフした会社だったから。手続きの煩雑さがリソースの限られたスタートアップの成長を阻害してしまうのでは本末転倒。そこは改善できるよう、我々としても継続的に国に働きかけているところです。

新素材開発もソフトウエアが前提に

樽石:補助金も含めて必要な資金を確保する手段ができたことで、大きな設備投資が不可欠な脱炭素やディープテックにスタートアップでも取り組める環境が整ってきているというお話でした。読者の関心は、そこにソフトウエアやWebエンジニアがどう絡むか、です。

中村:2023年は生成系AIの話題で盛り上がった1年でした。生成系AIにはGPUクラウドが使われていますが、電力効率が悪く、消費電力が大きすぎるという問題があります。生成系AIに限らず、今後もあらゆるところでデジタル化が進むことは必至で、データセンターやサーバーなどの電力消費量は2018〜30年の12年間で約16倍、2050年には約2652倍になる見込み(いずれも世界)*と言われています。このままでは、頑張って減らしている以上にCO2排出量が増えてしまう可能性さえあります。

樽石:電力需要家の最たるものであるエンジニアにとって、脱炭素は他人事ではないということですね。

中村:半導体や素材分野でも低消費電力化をいかに実現するかが一大テーマになっています。そして、そうした素材の研究開発にソフトウエアの力を活用することが今後の定石となりつつあります。ソフトウエア、端的に言えばAIを活用することにより、研究開発のスピードは飛躍的に向上してきています。

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樽石:脱炭素や低消費電力化の鍵を握る新素材の開発にソフトウエアが不可欠になってきていると。「マテリアル・インフォマティクス」などと呼ばれる領域だと思うのですが、ソフトウエアを活用したことでできた新素材の具体例を挙げてもらうとすると?

中村:電力を制御するパワー半導体はこれまで98%以上がシリコンで作られていました。炭化ケイ素などの熱伝導率の高い素材に変えて作ると性能が上がることが以前からわかっていましたが、開発効率に問題がありました。その開発プロセスに「AI×デジタルツイン」を組み込むことで、通常10〜15年かかるところを2年にまで縮めることに成功したのが名古屋大学発のスタートアップ・UJ-Crystalです。結晶化させるプロセスをコンピュータ内に擬似的に再現し、ベストな加工条件を見つけたらそれを実物で試行。うまくいかないところを特定して、それをまたAIに学習させる。これを繰り返すことで品質を高めたわけです。

樽石:なるほど。

中村:核融合の領域でも30〜50年かかっていたトライアンドエラーの実験がAIのおかげでシミュレーションできるようになっています。プロトタイピングを簡素化することと、PDCAに組み込むことで精度とスピードを両立すること。主にこの二つの目的でAIを活用することがあらゆる領域の研究開発で進んでいるのが今なのかなと思います。

後編に続く

構成/鈴木陸夫、撮影/赤松洋太

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