ユーザーに刺さるものは「申し訳ない気持ち」から生まれる。エンジニア・おぎモトキが家族のためのものづくりで得た学び
「ユーザー視点に立つ」のは案外難しい。真剣にそれと向き合ってきたエンジニアほど、痛感するのではないだろうか。
家族、という一番身近なユーザーを相手にものづくりをしている開発者、おぎモトキさんもそんな難しさに日々苦心している一人だ。
おぎモトキさんのものづくりの先にいるユーザーは、自身の息子だ。一つ屋根の下で衣食住をともにし、生まれた瞬間からずっと彼の喜怒哀楽を見てきた。
手に取るように気持ちが分かると言っても差し支えないほど身近にいる相手でも「ああ、全然分かっていなかった」とユーザー視点の欠如を痛感することは日常茶飯事だという。
おぎモトキさんがライフワークとして手掛ける「家族のためのものづくり」の試行錯誤から、エンジニアがユーザー視点を得るためのヒントを探った。
ワンワンを暴れ狂わせた理由
ーおぎさんの手掛けるプロダクトのユーザーは、身近な存在である息子さんですよね。それでも、ユーザー理解には苦労するものですか?
めちゃくちゃありますね。例えばこのおもちゃがまさにそうでした。
これは私が初めて息子のためにつくったおもちゃの進化版です。当初は市販の犬のおもちゃに外付けのボタンを取り付けて、そのボタンを押している間のみ動くというシンプルな仕掛けでした。
ー反応はどうでした?
ボタンを押さずじーっと見ているだけでした(笑)。というのも、息子は目の前で起こっていることに対する反応が鈍い傾向にあるんです。
障害を持った子どもは自分でできる作業が少ないので「自分で押す」ことに諦めがちになることが多く、動くワンワンをじっと見てるだけの状態でした。
でも私としてはおもちゃをきっかけに、少しでも知的好奇心を引き出してあげたかった。
そんな時に「いないいないばあ」の遊びを思い出したんです。
あれって、顔を隠していた手がぱっと外れて「ばあ!」という声とともに顔が急に現れる現象が子どもにとって刺激的で面白いんですよね。静と動の差が激しいほど受けが良い。
このワンワンも予想を上回る動きをすればもう少し面白がってくれるんじゃないかと思いました。それで、通常ボタンの2倍のスピードで動く「暴走」ボタンと、4倍のスピードで動く「カオス」ボタンをつけたんです。
たくさん開発品を作ってきたけど、
やっぱりこれが一番大人気暴走カオス動物さん
非エンジニアでも簡単に作れる簡単ぬいぐるみ魔改造
支援や療育の現場でも、障害を持った子供の好奇心を引き出すため、活躍中#MFTokyo2023#家族のためのモノづくり pic.twitter.com/CUA2g1DQve
— おぎモトキ @ 父親エンジニア / OGIMOテック開発室 (@ogimotoki) October 15, 2023
ー反応は?
大当たりでした。思いもよらない激しい動きは息子の感情を揺さぶったようで、カオスボタンを何度も押して夢中になってくれました。
そんな風に喜んでくれるのはもちろんですが、息子の知的好奇心を刺激し、行動を促せたことが本当にうれしくて。ライフワークでもある「家族のためのものづくり」に大きな希望を感じました。
エンジニアとしての知識が視界を曇らせる
ー一番身近にいる親が開発者でも予想が外れてしまうわけですね。「ユーザー視点に立つ」難しさを改めて感じます。ほかにも、意気込んで開発したものの「全然ウケなかった」開発物はありますか?
いっぱいあります(笑)。個人的にショックが大きかったのは「自動ご飯食べさせロボット」ですかね。
数年前まで息子は手の使い方が上手じゃなかったので、食事の際にスプーンでご飯をすくって口に運ぶことができなかったんです。
親としては少しずつ自力で食べる訓練をしてほしいけれど、本人は「難しい」「できない」と思い込んでしまって、食べさせてもらいたがる状態が続いていました。
それなら「すくって口に運ぶ」難しい動作は機械にやってもらえばいい。ロボットを腕代わりにすれば、自分で食べようという気持ちが湧くかもしれないと考えたんです。
今ほどAIが進化していない時期でしたが、ディープラーニングの物体認識技術を使って開発しました。カメラで口元までの距離を検出しながら腕代わりのアームで軌跡を描いて口元近くまでゆっくり持っていく。まさに腕の動きを再現するロボットアームです。
アーム部分がプルプル震えてしまう点はイケてないのですが、口元あたりまで食べ物を運ぶという目標は達成することができました。
顔に当たってしまう危険性を回避すべく、ゆったりとした動きで作動するし「これはいいぞ」と思いました。
ーおぉー(感嘆)
でも動画を最後まで見てみてください。口元まで運ばれたご飯を食べるかと思いきや、食べない。
ー取ってしまいましたね……。
口元に運ぶことはできたけど、肝心の「食べる」という目的は達成しなかったんですよね。
ー切ないです。結局どうされたんですか?
まさかのこれでした。
ーこ、これは…
スプーンです。要は「持つ」行為が苦手だったから持ちにくかっただけで、つかみやすい取っ手をつけてあげたら解決したんです。
これは息子がお世話になっている作業療法士さんのアイデアでした。「食べにくそうだったからプラスチック粘土で取っ手つけておいたわよ〜」って。それで一発解決でした(笑)
こんな風に、エンジニアであるがゆえに「ユーザー視点に欠ける開発を進めていた」なんて失敗に陥りやすいのかなとも思います。
ーというと?
技術に溺れてしまう、ということです。例えば、ロボット開発者が何から何までロボットで解決しようとしちゃうみたいな(笑)
これは何もロボットに限った話ではありません。エンジニアであれば、本業で得た知識やスキルを活かして「いっちょ作ってみるか」という気持ちになりやすいのではないでしょうか。
私の場合はまさにそうでした。この自動ご飯食べさせロボットの開発に着手した時期は、ちょうど本業の会社でロボット開発を行う部署に異動した頃でしたから。「日頃培った知識で本領発揮するぞ」なんて意気込んでしまっていた気がしますね。
ーモチベーションが高くて、ものづくりに向かう姿勢としては良い気がしますが。
はい、その心意気はいいんです。ただ、ついつい「ロボットの動きの滑らかさにこだわってしまう」みたいな事態は避けなければなりません。
ロボット開発を本業にしているエンジニアに「自動ご飯食べさせロボット」を見せたら間違いなく「もっと滑らかな動きをさせよう。」と言い出すはずです(笑)このロボットを作る最終目的は、「こどもが自分でごはんを食べる事」なので、その目的に対して「滑らかな動き」がどの程度必要なのかを見極める事が大事だと思います。
それに、私が作っているおもちゃは、大部分がシンプルな技術でできているものです。以前作った『あいさつロボットハンド』だって、電気系を学んだ人にとっては基礎の範囲の技術でできています。
地域小学校に通い始めた息子。
言葉を話せなくても、クラス友達とコミュニケーションを取るきっかけを作れたら…と思い、ボタンを押すと「おはよう」「バイバイ」等、自分の口&手の代わりに可愛く挨拶してくれるロボットハンドを開発。
許可を貰い、小学校で活用開始!#家族のためのモノづくり pic.twitter.com/NA1uowbRmc
— おぎモトキ @ 父親エンジニア / OGIMOテック開発室 (@ogimotoki) June 23, 2020
本業がエンジニアの人からすれば「モータを動かすだけなら簡単に作れる」「どうせなら、指を一本ずつ曲げれる様にしてもっと性能をあげた方がいい」となってしまいがちなんでしょうね。
大事な事は、簡単にすぐ作って、性能にこだわる前に、すぐに試すこと。
実際、「自動ご飯食べさせロボット」の時は、機械学習の作りこみに1カ月もかけてしまったことは大きな反省点でした。
息子がスイッチを押すことやロボットが好きなら、このアプローチでもよかった。ただ、息子はそこに興味があったわけじゃないので、無理にロボット技術に当てはめなくてもよかったんです。2日くらい試してみて埒が明かなければ、いち早く見切りをつける。そのくらいでよかったと思いますね。
ー知識や経験がある分、空回りしてしまうことは多そうですね。
もちろん、試すこと自体はいいんです。ただ、プロトタイプの開発に1カ月もかけてしまうと、愛着が湧いちゃいますよね。そうなるとどうしても「ここまでやったんだから、何とか形にしよう」と思ってしまうのが人間の性。
企業のケースなら「市場の反応はイマイチだけど、せっかくお金をかけてここまで進めたんだから簡単にはやめられない」となったりすることも多いのではないでしょうか。
「たった一人にウケればいい」プロトタイプは徹底的に尖らせる
ー「ユーザー視点に立てていなかった」と悔やむ事態を避けるには、どんなことに気を付けるとよいと思いますか?
まず、開発過程をエンジニアには見せないことです(笑)
なんて冗談はさておき、愛着が湧いてしまう前に、なるべく時間をかけずにプロトタイプを作ってみることですかね。それも「この人」という特定の人の興味を刺しに行く設計で。
特定の人に刺さるものをある程度作り込んでいくと、50人、100人と人数が増えても共通化できそうな部分はどこにあるのかが見えてくると思います。
下記の『ハンドベル装置』がいい例です。当初は上下に動く取っ手にハンドベルを付けた装置(写真上)でしたが、障害当事者の子どもたちに使ってもらったところ「楽器ならギターが好き」「鍵盤が弾きたい」などリクエストが舞い込みました。
その都度、要望に応じているうちに「素人でも簡単に取っ手部分を付け替えられる“軸受け”があると使用シーンは広がりそう」となり、取っ手に改良をかさねました。
最初から大げさなものを作らず、プロトタイプは徹底的に一人にウケるものを目指せばいい。まずは「その人」が気に入るか否かを判断して、「ハマった」と思ったら本格的に作りこんでみたり、もう少し広い層にヒットするように要素を抽出・調整したりすればいいんじゃないかなと思います。
担当したのがモジュール一つだったとしても「自分が作った」と言えるか
ー人によっては「エンドユーザーが身近にいない」という開発物を担当しているエンジニアも多くいそうです。そうしたエンジニアがユーザー視点を心得るにはどうすればいいと思いますか?
やっぱり、使っているユーザーを直接見に行くことが一番の近道だと思います。よく、「ユーザーのことが分かる人に聞くといい」とも言われますが、人づてだと分からない部分が多い気がしています。
例えば、開発した製品のボタンが押しづらくて使いにくそうにしている姿を直接目にすると、申し訳ない気持ちに駆られるんですよね。
でも、そういう姿を見て初めて心の底から「ああ、そうか。性能じゃなくて、使いやすさが大事なんだ」と実感するわけです。うれしさも倍だけど、申し訳なさも倍になるといいますか……。
ー「何とかしてあげなきゃ」と思う気持ちが、ユーザー視点を得るためには大事なんですね。
はい。これは本業の上司でもあるロボット開発者の安藤健さんがよく使う言葉なんですが、“圧倒的当事者意識”をどうやって育むかという話でもあると思っていて。
当事者意識があれば「(じゃんけんマシーンの裏に)マジックテープをつけてあげれば、取外しが便利で、学校でもすぐに使えていいかも」とか「(電動車いすの台車に)取っ手をつければランドセルが引っ掛けられるね」など、細かい部分に気が回るようになる。それがユーザー視点に立つということだと思います。
たとえモジュール一つしか開発に携わっていなかったとしても、「この製品を作った担当者だ」という意識があれば、何か製品でうまくいかないことがあったときに自分事として申し訳ない気持ちを感じることができますよね。
特に私が作っているものは、最終的には人に届ける技術であり、ものであるわけなので小さな配慮一つできるかはものすごく大事だと考えています。そうした部分に、製品から醸し出される開発者の個性が出るというか。設計じゃない部分にあらわれる個性みたいなものが、案外ユーザー視点をとらえた機能だったりすることも多いからです。
自分の中でいかに当事者意識を育てられるか。その努力だったり、日々の意識がユーザー視点を養うためには大切になってくるのかなと思いますね。
撮影/飯田徹 ※一部写真は、おぎモトキさんご本人より提供
文・編集/玉城智子(エンジニアtype編集部)
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