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研究機関か民間か「悩む必要なんてない」チューリング青木俊介が牛久祥孝に聞きたい【研究者のキャリアの話】

働き方

第一線で活躍するエンジニアが尊敬するエンジニアに聞きたい話は、エンジニアtype読者にとっても聞きたい話。 エンジニアがインタビュアーとなって気になるあの人に話を聞き、インタビューされた人はまた別のエンジニアの話を聞きに行くーーインタビューでつなぐエンジニアたちの対談リレー、スタート!

前回、増井雄一郎さんと共に自動運転に関する議論を繰り広げてくれたチューリングの青木俊介さん。増井さんから託された対談のバトンを誰に渡してくれるのか? 対談相手のリクエストを聞くと……

「研究者の牛久祥孝さんに、キャリアの話や新技術との向き合い方について聞きたいです」

……とのこと。今回は「牛久祥孝さんに聞きたい『研究者のキャリア』についてと技術に関するあれこれ話」をお送りします!

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Turing(チューリング)株式会社 共同創業者・取締役CTO
青木俊介さん(@aoshun7

米国カーネギーメロン大学計算機工学科でPh.D(博士号)取得。米国では自動運転システムの開発・研究に従事し、サイバー信号機の開発や大手自動車会社の自動運転システムの開発に携わる。2021年より国立情報学研究所の助教に着任。同年、山本一成氏とチューリングを共同設立

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オムロン サイニックエックス リサーチオーガナイザー兼プリンシパルインベスティゲーター 牛久祥孝さん(@losnuevetoros

2014年3月、東京大学情報理工学系研究科博士課程修了。同年4月、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)に研究員として入所。16年より東京大学講師(原田牛久研究室)。18年10月、オムロン サイニックエックスにてプリンシパルインベスティゲーターに就任。Ridge-iのChief Research Officer、東北大学非常勤講師、合同会社ナインブルズの代表も兼任する

「大学か民間か」はキャリアを築く上で重要じゃない

青木:尊敬する人を指名してほしいとエンジニアtype編集部さんからオーダーをもらったので、ここぞとばかりに牛久さんとの対談をリクエストさせてもらいました。これまでなかなかじっくりお話しする機会がなかったので、今日は楽しみにしていました!

牛久:私も青木さんのことはアメリカのカーネギーメロン大学で自動運転の研究をされている時から知っていました。

青木:ありがとうございます! 牛久さんの活躍は以前からブログなどで拝見していました。Microsoft Researchでインターンをされていて、当時の様子やアプリケーション開発の実績を記事になさってましたよね。非常に刺激を受けました。

私自身、研究者からスタートアップの共同創業者になったのですが、「研究者が民間企業で活躍するには?」というテーマに興味がありまして、ぜひ牛久さんのお考えを聞かせてください。

牛久:研究者がキャリアを築く上で、大学などの研究機関と民間企業のどちらに軸足を置くか、という悩みはよく聞きますよね。

ただ、僕自身の話をすると、研究機関と民間企業は分けずに考えているんです。

青木:その理由はどこにあるのでしょうか?

牛久:一番は、アメリカのMicrosoft Researchでインターンをしていた時に、研究者たちが民間企業と研究機関を行ったり来たりしている姿を見ていたからですね。

僕が働いていたシアトル周辺には、MicrosoftだけでなくAmazonやAdobeなどの巨大テック企業の本社に加え、世界トップレベルの大学であるワシントン大学もありました。多くの研究者がIT企業から大学の研究機関へ移ったり、大学の研究機関からIT企業にジョインしたりする姿を見てきたんです。

青木:なるほど! そういった環境に身を置いていれば「民間企業か? 研究機関か?」と迷わなくなるのも納得できます。

牛久さんがインターンに参加されていた前後といえば、Microsoftは研究面でも大きな成果を出していましたよね。

牛久:そうですね。今だったら、MetaやGoogleも世界の研究を牽引していますが、当時のMicrosoftはとても強かった。特に、ある年に催された国際会議のことが印象に残っています。

論文を多く発表した国のランキングが発表されたのですが、1位がアメリカ、2位がイギリス、そして、3位はなんとMicrosoftだったんです。つまり、Microsoftが国家並みの権威性を持っていたということですね。

青木:牛久さんはMicrosoft Researchでのインターンを終えた後、NTT、大学での研究員を経て、オムロンサイエニックスの研究員に就かれましたよね。

民間企業から大学の研究員、そして民間企業へと移っていて、活躍のフィールドが非常に広いなと思っているのですが、どのように考えて転職をしてきたのですか。

牛久:実は、僕の転職はいつも誘われベースなんですよ。

青木:そうなんですか! 戦略的にキャリアを積んできたのかと思っていたので意外です。

とは言っても、転職を決断する理由はあると思うんです。大学の研究員から民間のオムロンサイエニックスへの転職が最も大きなキャリア転換に見えるのですが、その時決め手になったポイントをお聞きしてもいいですか?

牛久:僕の師匠が研究室を切り盛りしている姿に憧れていたこともあって、機会があれば研究グループの主催者になってみたいという思いがあったんです。

そんな時に、オムロンから「新しい研究所を立ち上げて、研究をリードするポジションの人材を探しています」とオファーをいただいて。それに強い魅力を感じて、現在のオムロンサイエニックスへ転職しました。

青木:自分のやりたいこととオファーのタイミングが一致したんですね。

牛久:はい。現在は社会との接点を考えながら、自分の興味関心に近い研究に携わらせてもらっています。

青木:未知の技術に挑戦できる舞台が日本にあることは非常に重要ですよね。

牛久:研究開発の難しいところって、研究に成功して最先端の技術が誕生しても、それを社会が受け入れてくれるまでに時間が掛かることだと思うんです。良い研究所には、研究開発の成果を周知したり、売り込んだりしてくれる営業部隊が存在するらしくて。研究者としては、非常にうれしいことですよね。

青木:牛久さんがオムロンサイエニックスへ転職した時に、コンピューターサイエンスを専攻している私の後輩や同期も同時にジョインした記憶があります。人を巻き込みながら新しいプロジェクトを立ち上げられる人は多くないと思うのですが、秘伝の技をお持ちだったりするんですか?

牛久:さまざまな方が私と一緒に新しいプロジェクトに携わってくれるのは、「最先端の研究に携われそう」「キャリアのプラスになりそう」と思ってくれているからだと思うんです。というのも、オムロンサイエニクッスに転職した時に一緒にジョインしてくれたのは、Microsoft Resarchで働いていた時の私を知ってくれている人ばかりだったんです。

当時、私は「誰もやっていなことをやる」という指針を立てていました。日本からシアトル近郊のMicrosoft Resarchでのインターンに行くのもそのうちの一つです。当時知り合った人、興味を持ってくれた人は先進的なトピックへの感度も高いですし、だからこそ僕の動きを追ってくれていると思うんですよね。

「パラダイムは米国で生まれる」現状を打開したいという野望

青木:今回の対談でもう一つ聞きたかったのが、コンピュータービジョン(画像を扱う研究分野)の領域における技術革新についてです。

牛久さんは、ディープラーニング、Transformer、生成AIの出現を最前線で見てきていますよね。新技術の出現で、「これは自分の研究を吹き飛ばしてしまいそうだ」などのマイナスの影響を感じたことはありますか。

牛久:正直なところ、新技術の出現を向かい風に感じたことはないんです。むしろ常に追い風だと思ってきました。

僕たちが研究しているコンピュータビジョンは、センシング技術の研究からCGを活用する分野まで幅広い。その中でも僕の研究は、画像の内容を認識・理解するという分野でした。

画像認識の分野では、大きな技術から小さな技術まで革新が日進月歩で起こっています。つまり、もともと変化の早い領域なんです。新しい技術が開発されると、ほとんどの技術者がその活用に踏み切る。リセットとスタートを繰り返すことが日常だったんですよ。

青木:みんなが新技術を活用して新しい研究成果を出すとなれば、活用しない方がマイナスの影響になりますもんね。

研究を進める中で、最も衝撃を受けた技術はどれでしたか。

牛久:ディープラーニングですね。世界が変わったなと思いました。

Transformerや生成AIの出現にも驚かされましたが、やはりディープラーニングほどではありません。ディープラーニングは、開発の父と呼ばれる3人にチューリング賞が贈られていますしね。Transformerや生成AIは、どちらともディープラーニングという巨人の肩の上に乗ったからこそ発明できた技術という印象です。

青木:できれば、こういったパラダイムを自分たちで作れるようにチャレンジしたいものです。

牛久:実は、青木さんたちの取り組んでいる完全自動運転にはパラダイムを生み出す可能性が高いと思っていて、憧れているんですよ。

青木:おおっ! ありがとうございます。

私のキャリアのテーマの一つが、日本からチューリング賞を取る技術者を輩出することなんです。チューリング賞の受賞者はほとんどが米国の技術者で、アジア人はこれまでに1人だけ。日本からはまだ出ていません。

でも、「大きなパラダイムはアメリカで生まれる」と認めるのが、私としては悔しい。いつか日本から世界を変えるような技術を開発したいと考えています。

牛久:日本人初のチューリング賞の受賞者が青木さんたちのチューリングから輩出されたら素敵ですね。

AIの進歩の前に立ちはだかる「説明責任」の証明

青木:牛久さんは現在どのような技術領域の研究に興味をお持ちなんですか?

牛久:最近はAI駆動科学のジャンルに興味があります。AI駆動科学とは、AIの推論に基づいて実際にロボットなどを動かしながら実験し、科学的発見を行う研究です。

AIや深層学習単体ではなく、それと何かをつなげることに関心がありまして。AIを使って科学のあり方を大きく変えたいと思っています。例えば、AIの科学者を作るとか。

青木:個人的には、AGIの実現は見えてきてたと思っているのですが、もしかすると科学の分野が最初になるかもしれませんね。

牛久:「研究をするAI」がAGIなのかという議論はありますが、僕自身、研究をもっと効率的に進めたいと思っていて。AIに指示したら、研究に取り組んでレポートを書き、その結果を報告してくれるようになれば、いくつもの研究が同時並行で進みますよね。優秀な研究員のようなAIのイメージです。

青木:もし実現できたら、楽しい未来になりそうですね。

牛久:ジャンルによってはデータ駆動のAI開発はだいぶ進んでいるんですよ。でも、まだ人間と肩を並べるほどではない。飛躍的なアイデア出しなどはできないんですね。

青木:それはなぜなんでしょうか。探索が苦手とか?

牛久:探索が苦手なのは理由の一つとしてあります。別の角度から考えると、AIの説明を人間が受け入れられるかどうかも課題だと思うんですよ。

ChatCPTをイメージすると分かりやすいのですが、「AIの発言は信じ切れない」という一定の共通認識がありますよね。AIの提案が鵜呑みできないとなると、自分たちで検証しなければいけません。なぜなら真実性を担保できないから。提案した内容の正当性を説明できるAI開発が必要かと考えています。

青木:実は、私たちが実現しようとしている完全自動運転も似たような壁にぶつかると思っているんです。

完全自動運転が実現すれば、間違いなく交通事故は激減するはずなんです。ただ、いきなりゼロにはなりません。段階的なプロセスが必要なのですが、どれだけ事故が減ったら「完全自動運転が実現した」と認められるのか、というのは課題になると思っています。

AIからの提案の正当性の説明については、どの程度進展しているんですか。

牛久:少しずつ進展しています。ただ、本質的に説明をしている状態がどんな状態なのかは模索中です。

説明に対する納得性は、突き詰めると「聞く人次第」になってしまう。だから私たちは、説得したい人に合わせて画像を用いたり、論文を用いたりと説明手段を変えますよね。それぞれの説明手段の説得力や納得性を関連付けながら研究を進める必要を感じているところです。

死への恐怖が、未知への挑戦の原動力

青木:牛久さんはもうあらゆることを経験されてきたと思うのですが、まだこれはできていない、ということはありますか?

牛久:もちろんあります。その一つが、起業です。

これまで立ち上げのお手伝いはしたことあるんですが、まだ自分で起業したことないんです。研究とはまた違った人の集め方が必要になると思うので、その点は青木さんのノウハウをお伺いしたいです。

青木:私は自分が創業するにあたって、人と話をするのが好きな性格でよかったと実感しています。多くのレイヤーの人たちと話をしていたおかげで、話す内容の密度調整が得意になりました。

あとは、創業当初から事業内容を尖らせたこともよかったと感じています。「ソフトだけではなく車も作ります。受託開発はしません」と言い切っていましたから。われわれの闘う姿勢が伝わったからか、チューリングへ来てくれる人は本当に熱量が高いです。おかげで強い一体感を持って事業に臨めています。

牛久:最後に僕からもキャリアについての質問をしたいのですが、チューリングの事業の他に今後取り組みたいことはありますか?

青木:漠然とした答えになってしまうのですが、「新たな山を見つけて登る」ということを繰り返したいです。

実は、私は小さい頃から死という概念が怖いんです。その怖さから逃れる方法を考えた時に、現実世界と死後に訪れる未知の世界の距離を広げればいいと思ったんですよ。つまり、できるだけ死を遠ざければいいと。その差を広げるためには、現実世界の拡張が必要不可欠。だからこそ新しいチャレンジを繰り返して、見たことのない景色に出会い続けたいと思っています。

そうしたら、死ぬ時に納得できる人生を送れそうですしね。 もしかしたら技術が発展して死という概念がなくなってしまうかもしれませんが(笑)

文/中たんぺい

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