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平日はSE、休日は麻雀のプロ。一瀬由梨が「どっちも全力」を貫く理由

働き方

「二兎を追うものは一兎をも得ず」「虻蜂とらず」という言葉があるように、複数のことを両立しよう、どちらでも成果を出そうと意気込んで失敗する……というのは、いつの時代もあるあるだ。

近年は企業の複業(副業)解禁が進み、スキルを活かしてダブルワークに挑戦するエンジニアも増えている。ただ、いざ複業を始めたものの、工数見積やスケジュール管理の甘さ、予期せぬトラブルにより「全ての仕事が立ち行かない」状況を味わった方も多いのではないだろうか。

しかし、今回登場する一瀬由梨さん@I_yuripon)は、二つの仕事を見事に両立させているエンジニアだ。

その複業スタイルは極めて特殊。彼女は大手メーカーのSEであり、日本プロ麻雀連盟所属のプロ雀士でもある。しかも、SEとしてフルタイムで週5日働きながら、雀士としては国内最大の大会『麻雀最強戦』で好成績を残しているというから驚く。

彼女はいかにして「二つの本業」を両立させているのだろうか。

一瀬由梨

日本プロ麻雀連盟
一瀬由梨さん(@i_yuripon

2014年にフェリス女学院大学を卒業し、新卒でメーカー系SIerに入社。アプリケーション保守を経験し、現在は情報システム部門でセキュリティーを担当。大学時代から麻雀を始め、17年にプロテストに合格。日本プロ麻雀連盟33期。麻雀最強戦2021では女流プロ最強新世代で優勝、FINAL3位の成績を残した

安定した仕事も、TVに映る仕事も「どっちも諦めたくなかった」

ーーまずは一瀬さんのSEとしてのキャリアについてお伺いします。どうしてエンジニアの道を選んだのでしょうか?

もともとITの世界にそこまで興味はなかったのですが、私の通っていた大学の学部ではIT系の講義が多く取り入れられていて、「単位を取りやすそうだな」と思って授業に出ていたんです(笑)

授業で簡単なプログラミングを経験するうちに、システムを動かすことが思いのほか面白くて、ITの世界にどんどん興味を持つようになりました。

就職活動ではIT業界に絞って選考を受けて、メーカー系のSIerに就職。IT業界は将来性も高く、安定したキャリアが描けそうと思ったこともエンジニアになった理由の一つです。

一瀬由梨 インタビュー風景

ーーエンジニアとしてこれまでどのような業務を経験してきましたか?

入社後3年ほどはアプリケーションの保守業務を担当していました。その後社内の情報システム部門に異動となり、現在は自社のセキュリティーを守る社内SE業務をしています。

今年で入社10年目で、現在はとある業務のリーダーをしています。キャリアを重ねるにつれて責任の大きな業務を任せていただけていることがうれしいですね。

ーープロ雀士としてのキャリアについても聞かせてください。いつから麻雀をするようになったんですか?

私と麻雀の出会いは大学時代です。友人に勧められて始めてみたのですが、あれあれよという間に私の方がハマってしまったんです(笑)

そのうち雀荘に通い詰めるようになり、ある日テレビで放送されていた麻雀対局を何気なく見ていたら、素敵な女性が麻雀を打っているのを見かけました。その時、幼いころに「テレビに出る仕事をしたい」と夢見ていたことをふと思い出したんです。

途端に「もしプロ雀士になれたら、私もテレビに出られるかもしれない」という思いが芽生えて、もういても立ってもいられなくなってしまって(笑)。すぐにプロ雀士を目指すと決めて勉強をはじめ、2017年にプロテストを受けて無事に合格できました。

ーーすごい行動力ですね! 現在は、プロ雀士としてどのような活動をされているのでしょうか?

基本的には、土日の公式対局がメインです。所属している団体のリーグ戦のほか、定期的に開催されるトーナメント式の大会に出場することもあります。

加えて、ゲームセンターにある『麻雀格闘倶楽部』というアーケードゲームにもプロ雀士として参戦しています。平日の仕事を終えた後にゲームセンターに行ったり、自宅からパソコンで参加したりして、毎日一般ユーザーの方とも対局しています。

一瀬由梨 インタビュー風景

ーーSEとプロ雀士の両立を「苦しい」「難しい」と感じたことはありますか?

この働き方を始めて7年近くたちますが、どちらの仕事も大好きなので、正直なところ「両立」に悩んだことは特にないんです。

でも、SEとしてもプロ雀士としても、思ったように成果を残せない時期が続いたことはありました。その時ばかりは、「このままどちらも中途半端な状態で続けていいのだろうか」と、すごく悩みましたね。

プロ雀士になりたての頃は、「新人」という肩書きで番組に呼んでもらえることも多かったのですが、3〜4年目になるとその肩書きは通用しなくなり、徐々に仕事の依頼が減ってきてしまって……。

人気の先輩雀士と自分を比べては、「私は全然だめだ」と落胆する日々。20年頃には、プロ雀士を辞めようかとさえ思っていました。

さらにその当時は、SEの仕事でもトラブルが続いてしまって、精神的にも業務的にも、精一杯の状態が続いていたんです。「エンジニアの仕事、本当は向いてないのかな……」と考えてしまう時もたくさんありました。

ーーそのような状況でも、「一つの道に専念する」選択はしなかったのですね。

SEの仕事を選んだのも、麻雀でプロの道を目指したのも、全部私が自分で決めたこと。その決断から、逃げ出したくなかったんです。

それに、成果が出ずに苦しい時期ではありましたが、仕事や競技自体を嫌いになったことは一度もありませんでした。

好きなうちは続けてみよう。辞めるのは、嫌いになったときでいい

そんな思いで、もう少し、もう少しと頑張っているうちに今日まで来ました。

ーー一時は辛さを味わいながらも続けてきた結果、転機となるような出来事はありましたか?

はい。21年に行われた、国内最大の大会『麻雀最強戦 2021』の中の、女流プロ最強新世代という大会で優勝できたことです。テレビでの放送もある大会だったので、そこから多くの方に注目してもらえるようになり、プロ雀士として軌道に乗り始めました。

結果が出なくてうまくいかない時期でも、SEとしての仕事をこなしながら「麻雀は毎日打つ」と決め、コツコツとやり続けた結果が実を結んだのだと思います。

一瀬由梨 インタビュー風景

人一倍の「努力」より、人一倍の「好き」を持って

ーー先ほど「両立には悩まなかった」とおっしゃっていましたが、複業する上で何か心掛けていることはありますか?

SEの同僚たちには、私がどれだけ麻雀が好きで、プロとしていかに本気で取り組んでいるかを、いろいろな場でしっかりと伝えるようにしています。

私の部署では毎日お互いにコミュニケーションを取るための定例会があるのですが、そこで10名くらいのメンバーが持ち回りで5分ほどのスピーチをするんです。スピーチのテーマは自由なので、私は麻雀の練習で取り組んでいることや、直近参加している大会の状況などを積極的に共有しています。

「好き」や「本気」の気持ちをストレートに伝えているので、公式戦でどうしてもお休みを取らなくてはいけないときでも、周りのメンバーは快く応援してくれるんです。もちろん、部署の人が休みを取るときは率先してフォローすることも心掛けています。

ーーSEとして働きながら、麻雀の腕を磨く必要もありますよね。その点ではどのような工夫をしていますか?

どんなに忙しくても、たとえ体調が悪くても、毎日必ず麻雀を打つことにしています。雀荘に行かなくても、麻雀はオンラインで打てますしね。早起きして仕事へ行く前に打ったり、終業して自宅に戻ってから打ったりしています。

SEの仕事は平日フルタイムでやっているのでたくさん経験を積めているのですが、プロ雀士としての公式な活動は基本的に土日しかありません。土日の活動だけでは、強くなるための練習としては不十分。プロ雀士としては成長できませんし、その状態ではいつかSEの同僚たちからも応援してもらえなくなってしまう。

どちらの道もおろそかにしないために、SEと麻雀、双方の業務やタスクを毎日必ずこなすように意識しています。

一瀬由梨 インタビュー風景

ーー日々のタスク管理が難しそうですね……。

業務スケジュールをできる限り先読みして、優先順位を明確に付けることを強く意識しています。

タスクとしては「麻雀の大きな大会に出ること」を最優先にしているので、スケジュールが分かり次第SEの業務を調整したり、公式戦の進捗を共有してお休みを取る可能性を伝えたりします。職場の同僚に協力してもらう必要があるので、できる限り早めに調整しておくことが大切かなって。

これはあくまでタスクの優先順位の話。SEと雀士という仕事自体に優劣は付けていないので、タスクによってはSEとしての業務を優先して、麻雀の仕事を断ることもありますよ。

ーーあくまでも「どちらも本業」というスタンス、だと?

はい。SEと麻雀の仕事を、できる限り「1:1」のバランスで続けられるようにしています。

複業をしていると、両立を意識しすぎるあまり、ついつい「どちらも人一倍頑張らなきゃいけない」と感じやすい。ただ私は、複業する上で本当に大切なのは「どちらの仕事も人一倍楽しむこと」だと思います。

複業は、自分一人の力では実現できません。少しでも自分のファンになってくれる方を増やすためにも、目の前の仕事に「情熱」を持って向き合っていきたいです。

大舞台での対局経験が、SEとしての強みにもつながる

ーー複業を続けてきたことによって、ご自身の仕事やキャリアにはどのような好影響がありましたか?

プロ雀士として大舞台をたくさん経験できたことや、ファンの方と多く交流させていただいていることで、SEの業務にも自信が持てるようになっています。

SEにとって、人に説明したり交渉したりすることは重要なタスク。私はもともと内向的な性格で、以前は人と話すのが本当に苦手だったんです。ですがプロ雀士として人前に立つ経験を多く積んでからは、SEとして行う会議などで、人と話すことが楽しくなりました。

一瀬由梨 インタビュー風景

エンジニアリングと麻雀って、実は似ている部分が多いんですよ。例えば、合理的な判断が大切という部分。麻雀は確率論に基づいてゲームプランを考えることが求められるので、ロジカルシンキングが大切という点で共通しているんです。

ーープロ雀士として経験されてきたことが、SEの業務にも良い影響を及ぼしているんですね。

そうなんです。それと、麻雀をするようになってから、仕事で何かあっても以前より落ち込まなくなりましたね。というのも、麻雀って、明らかな実力差があるように見える対戦カードでも勝敗が読みづらい競技といわれているんです。

ビギナーでも勝てる可能性が少なくないし、いくら努力をしていても報われないときが多くある。それってなんだか、人生みたいだと思いませんか? 麻雀のおかげで、SEの仕事で何か大変なことがあったときでも、あまり深く考えすぎず「人生ではこんなこともある」と切り替えられるようになりました(笑)

ーーそれは思わぬ効果ですね! 「複業」を続けていくモチベーションにもなりそうです。

はい。SEとしては、とにかく仲間に恵まれていると感じているので、この職場でずっと働き続けられるように日々スキルアップに励んでいきたいです。チームメンバー全員、私がプロ雀士であることを心から応援してくれていて、とても感謝しています。

もちろん雀士としても、もっと成果を出していきたいです。目の前の目標として、まずは大きな大会のタイトルを取りたいですね。

将来的には、自社で麻雀のプロリーグである『Mリーグ』のチームを作るという野望もあります! そのチームで、日本初の女性監督になるのが夢なんです。その頃はおばあちゃんになっているかもしれませんが、何歳になっても、夢を追い続けたいです。

一瀬由梨 インタビュー風景

取材・文/久保佳那 撮影/赤松洋太 編集/今中康達(編集部)

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