本連載では、業界の第一線で活躍する著名エンジニアたちが、それぞれの視点で選んだ書籍について語ります。ただのレビューに留まらず、エンジニアリングの深層に迫る洞察や、実際の現場で役立つ知見をシェア!初心者からベテランまで、新たな発見や学びが得られる、エンジニア必読の「読書感想文」です。
EMの最前線ノウハウを集約。より柔軟で効果的なマネジメントスタイル確立の支えに【fukabori.fm・岩瀬義昌】
著名エンジニアが、独自の視点で「おすすめ書籍」の紹介を行う本連載。
今回は、NTTコミュニケーションズのエバンジェリスト・岩瀬義昌さん(@iwashi86)による『Resilient Management』(A Book Apart)の読書感想文を紹介する。
本書をピックアップした背景
昨今では「エンジニアリングマネジメント」に関する書籍も多く出回るようになり、日本国内において徐々に浸透しつつある概念になってきたと思います。ただ、マネジメントにおける「アンチパターン」や「グッドプラクティス」とされているいくつかの手法は、適応する文脈ごとに効果がかなり変わります。
そこで今回「海外の第一線のエンジニアリングマネジャーらは、何を考えて、どう振る舞っているのか」を学ぶために、先人のエンジニアリングマネジャーらが執筆した書籍を数冊手に取ることにしました。本書はその中の1冊です。
本書で得られた教訓・学び
本書で特に私の学びになった点は、主に次の二つです。
●4種類の帽子の使い分け
●BICEPS
それぞれを簡単に紹介します。
4種類の帽子の使い分け
本書ではエンジニアリングマネジメントにおけるノウハウとして、「4種類の帽子(Four Different Hats)」と称された行動指針が記されています。具体的な内容は、次の通りです。
メンタリング | 自分の経験に基づいてアドバイスする |
コーチング | 自分の意見を伝えて問題を解決するのではなく、オープンな質問を通じてチームメンバーが内省するのを支援する |
スポンサリング | チームメンバーが新しいリーダーシップの役割を引き受けたり、昇進する機会を見つける |
フィードバック | チームが行うべきことに一致しているか否かの行動を観察して、称賛や提案と共に伝える |
この中でも特に、スポンサリングが明示的に記載されていた点が、非常に学びがありました。
代表的なスポンサリングの事例は、本人がいないマネジャー同士のミーティングで、「新しいプロジェクトにはAさんはどうでしょう? Xというプロジェクトを上手く進めていましたし、今回のプロジェクトで必要となるYのスキルもあります」と発言するような行動です。
そして本書で言及された中で特に印象に残ったのは、少数派に対するスポンサリングです。というのも、人は少数派の立場を自然と見過ごしがちであるためです。これは、イングループバイアス*1により生じやすくなっています。
*1 自分が所属するグループ(イングループ)のメンバーを優遇し、他のグループのメンバーに対して偏見や差別的な態度を取りやすい心理的傾向のこと。
BICEPS
BICEPSとは、人間が持つ六つのコアニーズを整理した概念であり、次の言葉の頭文字をつなぎ合わせたものになっています。
・所属感(Belonging)
・改善/進歩(Improvement/Progress)
・選択(Choice)
・平等/公正 (Equality/Fairness)
・予測可能性 (Predictability)
・重要性 (Significance)
チームで働く上で面白いのは、チームメンバーごとに重要視する要素が異なる点です。あるメンバーは「改善/進歩」を大事に考えているかもしれませんし、別のメンバーは「所属感」を重要視しているかもしれません。
その結果、何かしらのイベントが社内やチーム内に起きたときに、個々のメンバーの反応が異なるのです。(書籍では具体例と共に説明されていますが、ここでは割愛します。ぜひ読んでみてください)
実務での活用方法
上記で挙げた二点は、日々のマネジメントで意識的に活用しています。
まず4種類の帽子の使い分けですが、相手との関係や業務のレベルによって意識的に帽子を使い分けるようにしています。例えば、自分の経験に基づいたアドバイスを求められた際は、メンタリング(ティーチング)の帽子をかぶって私の知識や経験を伝えていきます。私の場合、アジャイル関連やチームマネジメントに関する質問が該当しやすいです。
一方、技術的に特化した領域の場合は、私よりもチームメンバーの方が豊富な知識・スキルを持っていることがよくあります。その場合は、「(チームとして実現したい状態は●●だとして)どうしたらできると思います?」と質問を投げかけて、問いをベースに会話を発展させています。
またスポンサリングの帽子では、意図的に少数派を意識するようにしています。というのも、IT業界は自然と男性が多数派になっているためです。多数派・少数派は男女に限ったものではありませんが、少なくとも常に意識すべき内容であり、「場合によってはプロセスに組み込むような案もあるな」と思っています。
IT技術者における女性の割合は、わずか19%に留まっている
女性活躍・男女共同参画における現状と課題(内閣府男女共同参画局)BICEPSに関しては、可能な限りチームメンバーやステークホルダーのコアニーズを捉えるようにしています。コアニーズや価値観は人の思考や行動の軸にあるため、ここを少しでも理解しておくことで、より全体としてのパフォーマンスを上げやすくなると、個人的に考えています。
価値観については本書で言及されているわけではありませんが、翻訳させていただいた『エンジニアリングが好きな私たちのための エンジニアリングマネジャー入門』(日本能率協会マネジメントセンター)のエッセンスを多分に取り入れています。
まとめ
『Resilient Management』には、マネジメントに関する知見が多く書かれています。一部でも日々の実務に取り入れることで、より柔軟で効果的なマネジメントスタイルの確立に役立つと私は考えています。
本書は洋書であるため、ちょっとハードルが高いかもしれません。参考までに、著者のLara氏はblogで多くのマネジメントノウハウ・Tipsを紹介されています。blogなので一つの記事はそこまで長くありませんから、興味が湧いた方はぜひ読んでみてください!
【語り手】
NTTコミュニケーションズ株式会社
『Generative AI プロジェクト』リードエンジニア | エバンジェリスト
ポッドキャスト『fukabori.fm』運営者
岩瀬義昌さん(@iwashi86)
東京大学大学院修士課程修了後、2009年にNTT東日本に入社。大規模IP電話システムの開発などに従事したのち、内製、アジャイル開発に携わりたいという思いから14年にNTTコミュニケーションズSkyWay開発チームに転籍する。 20年には組織改善に尽力すべく、ヒューマンリソース部に異動。22年からは再び開発部に戻り、全社のアジャイル開発・プロダクトマネジメントを支援。現在は、同社のイノベーションセンター テクノロジー部門 担当課長として活躍。『エンジニアのためのドキュメントライティング』(日本能率協会マネジメントセンター)『エレガントパズル エンジニアのマネジメントという難問にあなたはどう立ち向かうのか』(日経BP)など、数多くの技術書の翻訳に携わる。エンジニアに人気のポッドキャスト『fukabori.fm』を運営
文/岩瀬義昌 写真/桑原美樹 編集/今中康達(編集部)
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