一橋ビジネススクール
特任教授
楠木 建さん(@kenkusunoki)
1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は 競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略─ 優れた戦略の条件─ 』(東洋経済新報社)など多数
NEW! スキル
生成AIや自動化の波が押し寄せ、変化が避けられない開発現場では、一体どんなエンジニアが評価され、「この人は仕事ができる」とみなされるのだろうか。
書籍『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社)の著者で、大きな成功を収める企業の傾向や戦略に精通する、一橋ビジネススクール 特任教授の楠木 建さんに話を聞いた。
一橋ビジネススクール
特任教授
楠木 建さん(@kenkusunoki)
1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は 競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略─ 優れた戦略の条件─ 』(東洋経済新報社)など多数
まず、「仕事ができる」とはどういうことか。それを理解するには「仕事とは何か」をはっきりさせる必要があります。僕の定義は「仕事とは趣味では無いもの」としています。趣味は自分のためにやることで、自分が楽しければそれで良い。一方、仕事は「自分以外の誰かのためにやること」です。
だから釣りは趣味で、漁師は仕事。魚を何十匹釣ろうと、それが自分のためなら趣味でしかない。魚を必要とする人に価値を提供して初めて仕事になるのです。
この定義を踏まえると、「仕事ができる」とは自分以外の誰かの役に立つことであり、頼りにされることを指します。究極的には「この人じゃないと駄目だ」と思わせるような、余人をもって代え難い存在が「仕事ができる人」といえるでしょう。
趣味とは違い、仕事には必ず客が居ます。ここでいう“客”とは広い意味で「自分の仕事を必要としている人」を指し、社外の顧客だけでなく、同じ会社で働く上司や同僚が客になる場合もあります。いずれにしても重要なのは、仕事ができるかどうかを評価するのは自分ではなく、客だということ。
例えばあなたが八百屋だとして、「うちのキャベツはおいしいですよ」と自信満々で薦めても、客が「いや、この店のキャベツはまずいから買わない」と言えばそれまでです。仕事に自己評価は不要であり、客の評価が全てである。まずはそのことをしっかり理解しなくてはいけません。
仕事ができるようになりたいと思ったとき、多くの人はスキルを習得しようと考えます。エンジニアという専門職であればなおさらでしょう。もちろん仕事にスキルは必要で、特に駆け出しの頃だったり、新しいプロジェクトや技術に接する場面では、技能を獲得してできることを増やしていくのも大事です。
ただし5年、10年とたつうちに、スキルだけでは仕事ができる人にはなれないと気付きます。なぜならスキルを持つ人は世の中にたくさん居るからです。
スキルの特徴は、開発するための定型的な方法があることと、他者に示すのが容易なことです。例えば、英語を話せるようになりたいなら、標準的なテキストやプログラムは用意されているし、人前ですらすらと英語を話してみせたり、英検やTOEICなどの資格制度を利用すれば「私は英語のスキルがあります」と示せます。
IT業界でも、基本情報技術者試験にはじまり、AWS資格やセキュリティー、ネットワーク、データベースなどあらゆる資格と参考書がありますよね。だから人はスキルにそそられ、手に入れようと一生懸命に努力する。
しかし他の人たちも同じようにスキルを習得するので、結局はその他大勢として埋没しかねない。それでは「この人じゃないと駄目だ」と思われる存在にはなれません。
仕事ができる人は、スキルを超えたセンスと呼ぶべきものを身に付けています。目の前にいる自分の客が何を必要とし、何をすれば一番喜ぶか。それを個々の文脈から見抜く力はセンスとしか言いようがないものであり、「こうすれば習得できる」という定型的な方法も存在しません。だからこそ仕事ができる人は少なく、余人を持って代え難い存在になれるの
です。
繰り返しになりますが、センスを身に付けるための定型的な方法はありません。では、どうすれば仕事ができる人になれるのか。それには日々の仕事にきちんと向き合い、実績を積み重ねていくしかありません。
実績とは自分の客に価値を提供した成果であり、成果を出すには「相手が自分に何をしてほしいのか」を常に意識しながら仕事に取り組む必要があります。その過程でスキルだけでなくセンスも磨かれていくのです。
これはエンジニアに限った話ではありませんが、特に若い人はよく「やりたい仕事をさせてもらえない」と不満を抱きます。もしあなたが今その状況にあるとしたら、理由は二つしかありません。
一つは、誰もあなたに仕事を頼みたくないから。つまり能力不足で成果を期待できないからです。もう一つは、あなたに能力はあるものの、仕事を発注する上司や顧客から過小評価されているから。どちらの場合も、結局は実績を積んで「この人は役に立つのだ」と相手に分からせるしかありません。
これは仕事の定義に立ち返れば当然の話で、自分にどれだけやりたいことや好きなことがあっても、自分以外の誰かに価値を提供できなければ仕事にならない。一般的に若い人ほど自分が大切で、自分中心に物事を考えがちですが、世の中はあなたのためだけに回っているのではありません。
その当たり前の現実に目を向け、実績を積んで他の誰かに必要とされる存在になること。それが仕事ができる人になる唯一の道筋です。
仕事で成果を出すための最強の論理は何か。私見では「好きこそものの上手なれ」です。外生的な誘因(インセンティブ)ではなく、内発的な動因(ドライブ)で仕事をする。動因とは要するにそれが好きだということです。
傍から見れば努力をしているように見えても、それが好きな本人にとっては娯楽に等しい。「好きこそものの上手なれ」の中核にあるメカニズムは努力の娯楽化です。これがいちばん強い。なぜなら、高いレベルで努力が継続するからです。
結果として、余人をもって代えがたいほどうまくなる。そうなると、人から頼りにされる。人の役に立つ。すると、ますます好きになる。この好循環を生み出すことが大切です。エンジニアリングの職業に就いた方であれば、「好きこそものの上手なれ」タイプは多いのではないでしょうか。
『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社)
楠木 建 (著)、山口 周 (著)
『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)の楠木建と『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』(光文社新書)の山口周が、「仕事ができる」の正体を求めて新時代の仕事論を語り尽くす。
>>>詳細はこちら
取材・文/塚田有香 編集/玉城智子(編集部)
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