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世界の不便を退治しよう~電車を快適にする技術【連載:増井俊之】

働き方

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    増井俊之(@masui

    1959年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授。ユーザーインターフェースの研究者。東京大学大学院を修了後、富士通半導体事業部に入社。以後、シャープ、米カーネギーメロン大学、ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Appleなどで働く。2009年より現職。携帯電話に搭載される日本語予測変換システム『POBox』や、iPhoneの日本語入力システムの開発者として知られる。近著に『スマホに満足してますか? ユーザインターフェースの心理学

    パソコンやスマホの普及によってインターネット資源を簡単に利用できるようになってきましたが、誰もがいつでもどこでも資源を活用したりコミュニケーションしたりすることはまだできていません。無線ネットワークや各種のセンサを活用することにより、生活をもっと楽しく/もっと楽にすることができるはずです。

    あらゆるところで計算機やネットワーク資源を利用できるようにする「ユビキタスコンピューティング」という考え方が以前から提唱されていますし、ネットワークに接続された各種のセンサを活用する「IoT」 (Internet of Things)という概念が最近注目されていますが、 現実世界ではごく簡単な情報取得すらできないのが現状です。

    例えば、次に来るはずのバスが混んでいる上になかなか来ないと分かっていれば別の移動方法を検討できるでしょうが、このような情報は普通は提供されていないので、イライラしながらバス停で待たなければなりません。

    GPSやセンサを利用すればバスの現在位置や混雑状況は簡単に計測できますし、それをネット上に公開することも簡単なのにもかかわらず、こういうサービスが提供されていないのは不思議なことです。予算や開発の手間といった問題はあるのかもしれませんが、ユーザを満足させるためのインタフェースの工夫が足りないと断言してしまっても良いでしょう。

    現状の実世界のバス/電車/道路/ホテル/住宅/などに完全に満足している人はいないでしょうが、「バスとはこういうものだから多少の不便は仕方がない」と思いこんでいる人が多いため、IoT技術が実生活の改善に反映されていないのだと思われます。実世界の不満に目をつぶることなく、IoT技術を存分に活用して生活を快適にする工夫が今後重要なのではないでしょうか。

    今回の連載では、実社会の様々な不便を発見し、IoT技術で問題を解決していくさまざまな例について考えていきたいと思います。第1回は、電車に関連するインタフェースについて考えてみたいと思います。

    電車を快適にする技術

    From Grey World 混んだ電車では詰めて乗るのがマナー?

    From Grey World 混んだ電車では詰めて乗るのがマナー?

    苛酷な通勤電車で体力を消耗したり、知らない駅での乗り換え方法が分からなくて苦労したりしている人は多いでしょう。

    汽車や電車の歴史は長いですが、レールの上を移動する箱に乗って駅間を移動するというスタイルは100年以上変化していませんし、こうした悩みも古典的です。

    自動改札の導入で磁気切符が主流になったり、交通系RFIDカードが導入されたりといった変化は記憶に新しいところですし、トイレやエスカレータやエキナカなどは昔に比べると大きく改善されてきていますが、基本的な駅や電車の使い方は100年以上あまり変わっていないようです。

    たくさんの客を運ぶためにさまざまな苦労が乗客に押し付けられています。混んだ電車では詰めて乗るのがマナーだと思われているかもしれませんが、詰めなければいけない電車を運行する方が悪いのであって、資源不足の問題をマナーの問題だというのは変な話です。

    新しい技術を利用することにより、マナーのことなど考えなくても便利で/気持ちが良く/楽しく使える/電車を目指すべきでしょう。

    混雑と対決する

    寺田寅彦は、1947年の「電車の混雑について」という随筆で、空いた電車に乗るためのコツを述べています。

    “必ずすいた電車に乗るために採るべき方法はきわめて平凡で簡単である。それは空いた電車の来るまで、気長く待つという方法である”

    しばらく待った後に来る電車は混雑しているものであり、客が一斉にそれに乗ろうとするとその電車はさらに混むはずですから、混んだ電車はやり過ごして次の電車を待つのが得策だということです。

    これは昔の東京の市電の話であり、時刻表通りに正確に運行される電車では状況は異なるかもしれませんが、現代のバスの状況は似たようなものでしょう。昔から電車の混雑には悩んできたということでしょう。

    寺田寅彦の時代とは異なり、現在はインターネットやセンサを自由に使えますから、電車やバスの混雑具合や運行状況の情報は苦労なく取得して共有できるはずです。あらゆるバスや電車がこういう情報を公開していれば、混雑も緩和される可能性があります。

    席を確保する

    混んだ電車でも首尾良く座れれば辛くありません。席が空いてなくても、現在座っている人の降車駅が分かれば、 その人の前で席が空くのを待つことができます。

    「靴を見ればだいたいどの駅で降りるか分かる」と豪語する人の話を聞いて驚いたことがありますが、そういう超能力が無くてもセンサ技術を利用すれば降りる駅を判定できる可能性があります。

    お茶の水女子大学の笹川真奈氏は、2014年の未踏IT人材発掘・育成事業に「電車で効率よく座るための支援アプリケーションの提案と実装」というシステムを提案して採択され、それにもとづいた卒業論文を書きました。このシステムでは、乗客が持っているスマホなどのBluetooth信号を計測してデータベース記録することにより、スマホを持つ人がどの駅で乗ったり降りたりするかを予測して降りそうな人を捜すようになっています。

    このようなデータベースを構築するのは大変でしょうし、プライバシの懸念などさまざまな問題はありますが、センサやネット情報を駆使することにより、電車で快適に過ごす可能性があることを示した意義は大きいと思います。

    最新技術を駆使すれば、靴や服装から降りる駅を判定するといったこともできるようになるのかもしれません。

    乗り換え情報など

    出発までの時間をカウントダウン形式で表示する『駅.Locky』

    出発までの時間をカウントダウン形式で表示する『駅.Locky

    どの電車に乗れば早く目的地につくのか、どう歩けばうまく乗り換えられるのか、といった情報は重要ですが、このような情報を得ることは現在でも簡単ではありません。

    乗換案内のようなサービスを使えば こういった情報を知ることはできますが、電車の運行状況や混雑状況も考えて電車を選ぶことはできません。

    スマホの乗換案内アプリなどで検索を行った場合、スマホは自分の予定を知っていることになりますから、電車の運行状況や混雑状況、駅の構造などをもとにして「右の階段を昇って4番線に移動」のように最適な行動を提案することも可能なはずです。

    が、そういう情報は普通は提供されていないので、案内表示などを見て考えて行動する必要があります。駅のサイネージに遅延などの運行状況を表示する努力は進んでいるようですが、乗客がそれを注意して見て理解して最適な行動を考えなければならないようでは、まだまだだといえるでしょう。

    電車に間に合うように行動するための『駅.Locky』という便利なアプリケーションがあります。電車の時刻表はどこにでもありますが、ある電車に乗れるかどうかを調べるためには 現在時刻、時刻表、自分の位置を考えて かなり頭を使わなければなりません。駅.Lockyでは、現在時刻や時刻表について調べなくても「次の電車まで何分あるか」という情報だけを簡単に見ることができるので、ユーザの負担はとても軽くなります。

    電車に間に合うか調べるためには時刻表を見なければならないと私も思い込んでいましたが、全く異なる解法を提示しているところに感心したものです。

    情報を提示/通知する

    ドアの上の液晶ディスプレイなどで電車の状況を知らせてくれる車両が増えてきていますが、情報提示の手法や内容はまだまだ工夫の予知がありますし、案内ディスプレイの数は多くありません。このような車内ディスプレイは路線名や行先を表示していることが多いようですが、ほとんどの人は路線や行先を確認してから電車に乗っているはずですから、そういう情報を車内に常に表示しておくことは重要ではないと思われます。

    それよりも、現在どこを走っているのか/現在どの駅に停まっているのか/次に停まる駅はどこか、といった動的に変化する情報を主に表示するべきでしょう。

    有用な情報が提示されたとき、その情報を記憶するのは面倒です。ディスプレイに提示された情報や中吊り広告などの情報を手に入れたいと思ったとき、内容をスマホなどにすぐコピーできてもよさそうなものですが、そういうことができるサービスは聞いたことがありません。提示場所と時刻が分かれば提示情報の内容は簡単に分かりますから、提示場所を示すIDをスマホで読み取るか入力するだけで情報取得できるはずです。

    ユーザの現在位置をもとにして電車のIDが分かりますし、車両番号が分かれば現在乗っている車両に関する情報をかなり正確に得ることができます。車両情報を利用した情報提示サービスはもっと出てきてほしいものです。次の駅のトイレの空き具合が分かるサービスが欲しいと思っています。

    情報共有システム

    周囲の人間と匿名で情報交換したいと思うことが時々あります。結婚式の写真や観光写真などを隣の人と交換したいような場合、メールアドレスやSNSのIDを教えずに情報だけを交換したいような場合です。

    こういう場合のため一時的な「合言葉」(e.g. 123456)のようなものを決めて情報交換することができる『sonoba.org』というサービスを実験したことがあります。例えば、[ http://sonoba.org/123456 ]のようなURLを利用します。

    電車の場合、車両IDなどを利用して匿名コミュニケーションを行なうことができるでしょう。同じ車両の乗客の間で、「冷房キツすぎるんじゃない?」とか「事故の影響どうなってるの?」といったコミュニケーションができると便利だと思います。

    一方、自分が乗っている車両のIDをFacebookなどで公開すれば、家族や友達に現在の状況を伝えることができます。友達が隣の車両に乗っていても気付くことは難しいですが、こういった情報を使えば新しいコミュニケーションが可能になるでしょう。

    車内エンタテインメント

    辛い満員電車でも、楽しい音楽や動画を楽しんでいれば苦痛はやわらぐものです。飛行機の尾翼に装着されたカメラの映像を座席で楽しめるシステムは楽しいものです。電車の運転席から見える映像を見ることができれば楽しいでしょう。

    旅先の電車では、土地の名物や観光名所や歴史を聞くことができれば楽しいでしょう。通勤路でも、途中駅のイベントやレストランなどのおすすめ情報が分かれば立ち寄ってみる気になるかもしれません。

    偶然面白いものに出会うのは楽しいものです。ちょっとした工夫により、様々なエンタテインメントを提供できれば楽しいのではないでしょうか。

    「そもそも」を考える

    電車の不便をなくすための方法をいろいろ考えてきましたが、実はもっと根本的なことを考えた方が良いかもしれません。例えば、

    ■そもそも本当に電車に乗る必要があるのか?

    ということを考える必要があると思います。自分が移動しなくても良い場合が実は多いのではないでしょうか。会議のために出社しなくてもビデオ会議で充分だったりしないでしょうか。病院に行かなくても自宅で問診を受けられるのならば電車に乗る必要はないでしょう。

    どうしても移動が必要なのであれば、

    ■もっと良い移動方法はないのか?

    と考えてみればどうでしょう。電車での移動が大変なのは、車両の形や運行形態に問題があるのかもしれません。問題を解決しようという場合、表面的な問題を考えるのではなく、「そもそも」何がしたいのかを考えるべきです。

    埼玉県警は、携帯電話などに貼り付ける「痴漢抑止シール」を開発したそうです。

    「女性専用車」を用意するなど、電車会社は痴漢対策に悩んでいるようですが、そもそも電車が混みすぎていなければ痴漢するのは不可能なわけで、妙な痴漢対策を考えるよりも、そもそも電車が混むのを何とかするのが先決ではないでしょうか。もっと言えば、

    ■箱のような電車の形は最適なのか?
    ■駅というものは本当に必要か?
    ■レール上を箱が移動するのは最も効率的なのか?

    といったレベルまで考えてみたいところです。

    電車は入口と出口が分かれていないので、降りたい人が全員降りてからでなければ乗車することができません。乗り口と降り口が別になっていれば、降りる人を待つ必要はなくなるのではないでしょうか。

    もしくは、箱形の電車のかわりにリフトやゴンドラや動く歩道のような形にしてはどうでしょうか。最近のスキー場の高速クワッドリフトは1時間に2400人を運ぶことができるそうです。

    100人乗り15両の電車が15分間隔で運行されていれば、 1時間に 100×15×4=6000人を運べますが、運べる人間の数はリフトと大差ないことになります。100Km/hで移動できるリフトがもしあれば、電車のかわりに使えるかもしれません。

    現状の電車インフラを変えることは難しいですし意味もないかもしれませんが、常に「そもそも何がしたいのか」を考えることは大事だと思います。

    そもそも人間は何のために電車を利用しているのかを考えつつ、 IoT技術でどうそれを解決すればよいか考えていくべきだと思います。

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