自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
「車とスマホの関係」を再定義するマツダ・コネクト~健全な組織が革新を生む【連載:世良耕太】
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(サンズ)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
『スカイアクティブ・テクノロジー』で勢いに乗るマツダが、また一つ先を行く技術を実用化した。『マツダ・コネクト』と呼ぶカーコネクティビティシステムだ。
10月10日に予約販売を始めた(11月21日から順次販売)『マツダ・アクセラ』に投入する。
クルマを外の世界と「つなぐ」技術に関しては以前の連載記事でまとめているが、その際は、自動車メーカー側の発信ではなく、サプライヤー側の提案を中心に伝えた。それも、今ある車載ナビシステムにスマートフォンを、あるいは情報をどう取り込んでいくかという視点でまとめた。
今ある車載ナビとスマホをどうつなぐか。スマホのアプリを車載ナビで使うにはどうしたらいいか。スマホのアプリで車載ナビを操作することはできないだろうか。そういう視点で、システムやサービスは考えられてきたし、すでに実用化してもいる。
「車載ナビ」との連携を前提にすると失敗する理由
CEATECで会ったあるサプライヤーの担当者は、スマホの一部機能をクルマで使うに適したHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)に切り替えて使えるようにするアプリのダウンロード数が、5万を超えたと話してくれた。
だが、実際に車載ナビでそのアプリを活用している人の数は、ダウンロード数の10~15%にすぎないという。いくつか、考えられる理由がある。
【1】そもそもクルマを持っていない。
【2】クルマは持っているが、車載ナビを搭載していない。
【3】車載ナビは搭載しているが、そのナビがアプリに対応していない。
どうも、【2】の理由が大きそうなのだ。
スマホを(持っているだけでなく)使いこなしているのは、年齢層でいえば若い部類に入るだろう。そうした属性の人たちがクルマを買う際、値の張る車載ナビは購入リストから外すらしい。
サプライヤー担当者の話によれば、アプリに対応した車載ナビの出荷数はアプリのダウンロード数より一桁多いという。車載ナビを購入する層は、スマホもしくはアプリを使いこなす層ではないことが想像できる。
だから、サービスはあるし機能は成立するのに、マッチングしていないのだ。
車載ナビとスマホを無理に結び付けようとするからアンマッチが起きているのだろうか。だとすると、車載ナビではないものとスマホをつなげようとする『マツダ・コネクト』にエンドユーザーがどう反応するか、注目だ。
スマホの機能を受け止めるのはナビではなく、クルマ
「スマートフォンはいまやなくてはならない存在。運転中に使うのは危険だが、持っていればどうしてもいじりたくなってしまう。だったら、使うことを前提に、安全・快適に運転を楽しめるシステムにするべき」
アクセラの開発責任者はこう説明した。スマホが持つ機能を受け止めるのは、ナビではない。開発担当者は次のように説明する。
「クルマの歴史を振り返ると、最初はラジオだけしかありませんでした。そこにカセットがついてCDがついてナビが登場した。すると、そのナビにラジオやCDが付くようになった。別の環境に置き換えれば、ワープロが進化して計算もできるようになったような感じです」
ワープロとスマホはどことなく相性が悪そうだ。
「マツダ・コネクトはPCです。ワープロはPCの中にあるアプリケーションの一つでしかないように、ナビは『マツダ・コネクト』の一機能にすぎません。7インチのセンターディスプレイはまさに、PCのディスプレイという概念。ナビやオーディオだけでなく、燃費など、さまざまな情報を表示することができます」
無料アプリ『Aha radio(アハ・ラジオ)』をダウンロードしたスマホをクルマに接続すると、インターネットラジオが受信できるようになる。音楽だけでなく、ニュースやスポーツの専門局がそろう。日本参入はアクセラの発売と同時になるため、日本向けのコンテンツが充実するには時間がかかるかもしれない。
TwitterやFacebookの投稿はインターネットを通じ、音声で読み上げを行う。スマホの画面をそのままディスプレイに映して操作させることは、不注意運転につながるのでやらない。テキストを表示させると見てしまうので、ディスプレイには表示しない。
アクセラに乗ればスマホとクルマはつながるが、つながるのは“音”だけ。「安全に運転するのが一番」だからだ。
マツダ・コネクトのシステムはLinuxベースのプラットフォームで構築されている。開発の主体はマツダ。システムのアップデートができるのも特徴で、ワープロではなくPCに例えるゆえんだろう。
クルマを所有して何が悲しいかといえば、所有するうちにナビの退化が進むことだ。最近のナビは地図ソフトのアップデートができるようになっているが、インターフェイスやグラフィックはどうにもならない。
クルマはまだ新鮮味を保っているのに、ナビがひと足先に古くさくなって全体の足を引っ張ってしまうことがある。システムがアップデートしてくれれば、インフォテインメントのユニットだけが機能的にあるいはグラフィック的に古くさくなる現象は避けられそうだ。
視認性の高いディスプレイはデザイン部門の主張から生まれた
グラフィックといえば、アクセラのセンターディスプレイに表示する文字が凝っている。装飾に凝っているのではなく、判読のしやすさに関して凝っているのだ。
「本の場合、行間は文字の0.7倍が基本。ですが、クルマのディスプレイの場合はメニューを選択する行為が必要なので、行間を1.2倍にして読みやすくしています。また、一度に表示できる行数に関しては“マジカルナンバー”の概念を取り入れました。
認知心理学において人間が瞬時に理解できる数字は7プラスマイナス2。マツダ・コネクトの場合、選択が必要な要素は5行。その上にタイトルなどを2行つけて、全部で7行に抑えています」(開発責任者)
嵐のメンバーはパッと見ただけで5人を認識できるが、EXILE(エグザイル)はどうだろう。それと同じ理論だそう。
ドライバーの目からディスプレイまでの距離は750mmある。750mm離れた位置で読みやすい文字の高さは5.3mm、行間は6.4mmだから、7行置くとディスプレイの高さは90mmになり、16:9のアスペクト比で考えるとディスプレイのサイズは7インチになる。「流行りだから7インチを採用したのではありません」と、開発責任者は強調した。
いかにも理詰めの開発のように感じるが、HMIを見直すきっかけを与えたのはデザイン部門だった。「独立したディスプレイにしてくださいとお願いしたのはわたしたちなんです」と、デザイン担当者が種明かしをする。
「乗員を囲むような高いインパネは古くさいスポーティ感の演出になるからやめたかった。だから、インパネを低くし、その上に載せる独立ディスプレイにしてくださいとお願いしました。そのことをきっかけに視認性や操作性を再点検することになり、『マツダ・コネクト』につながったというわけです」
開発がうまく行っている時は万事良い方向に進むものだ。マツダはスカイアクティブ・テクノロジーでクルマの本質である“走り”に革新をもたらしたが、スマホとつながる技術や安全性に基づいたHMIに関しても、これまでにない概念を他社に先駆けて送り出した。
組織が健全、かつ活気づいている証拠である。
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