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nanapiけんすう氏に新規サービスの作り方を聞きに行ったら、「人間」を知る対話になった

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    nanapiけんすう氏に新規サービスの作り方を聞きに行ったら、「人間」を知る対話になった

    月間ユーザー数2500万人の『nanapi』、グローバルメディア『IGNITION』、Google Playのベストオブ2014の一つに選ばれたチャットアプリ『アンサー』など、コミュニケーションの「形」にこだわったサービスを生み続けているnanapi。

    同社が2014年末にリリースした「ネガティブをポジティブに変える」スマホアプリ『emosi』も、画像と動画のみの非言語コミュニケーションサービスというユニークなモノになっている。

    この『emosi』を企画したのは、nanapi代表取締役の古川健介氏(以下けんすう氏)。スマホの普及もあってコミュニケーションの形が多様化する今、なぜ、あえて「言葉を使わない」という制約を設けたのか? その理由を聞いたところ、けんすう氏独自のサービス構想術と、「人間」に対する考え方が見えてきた。

    『emosi』がユーザー数より大事にするのは「思い出に残るかどうか」

    『emosi』はネガティブな感情をポジティブに変える、新感覚コミュニケーションアプリだ

    『emosi』はネガティブな感情をポジティブに変える、新感覚コミュニケーションアプリだ

    ―― 『emosi』はけんすうさんの発案とのことですが、どういった経緯で開発されたのですか?

    『emosi』は構想や企画、サービスの思想的な部分を僕とサービス事業部長の2人で話し、その内容をデザイナーとエンジニアの2名チームに伝えてから先は、完全にノータッチ。nanapiがリリースした既存のプロダクトとは違う作り方になっています。『emosi』以前のサービスは、社員数が少なかったこともあって、僕が各論にもタッチしていたので。新しい取り組みですね。

    ―― なぜ、今回は違った作り方を?

    新規サービスを作るのに毎回自分が入っていくのは、会社としてイケてないなと。幸いにして、自分よりも優秀なメンバーがそろってきたので、任せても大丈夫という結論に至りました。

    『emosi』を作る際に伝えたことは、ユーザー数やページビュー、売上、利益よりも、もっと大事なものがあるという点だけですね。

    ―― 一般的にはKPIをユーザー数やDAU、売上などにするものですが、それらの指標よりも大事なこととは?

    『emosi』のテーマは「世界平和」です。ちまちまと数値を追うような小さい話をしないでほしいと。2つ目に、『アンサー』をやっていて、ユーザーは返ってくるコメントの内容よりも「反応」があることに喜びを感じることが分かりました。『emosi』はそれを世界規模でやりたい。その方法として非言語化を行いました。

    前にチームラボの猪子(寿之)さんが、「怒りの感情って、テキストを媒介にすると長持ちするけど、テキストがない場合は長続きしないんじゃないか」と言っていて。そこで、テキストをなくすことで、イザコザが起こらないコミュニティーサービスになるのではと思ったんです。

    3つ目は、因果応報というか、直接的ではなくとも誰かに優しくすることで、自分にその優しさが返ってくるようなサービスイメージを伝えましたね。この3点が主に話したことです。

    名前が『emosi』なのも、こういった点をロジックではなく、エモーショナルにやろうということで、インドネシア語でemotion(感情)の意味を示す『emosi』という言葉にたどり着きました。

    ―― チームの皆さんが作ったサービスを見て、どう思いましたか?

    僕の考えていたことがドンピシャに表現されていると感じましたね。正直、すごく流行るサービスになるかどうかは分かりませんが(笑)。

    ただ、仮に『emosi』が外れたってね。5年後に「そーいえば『emosi』ってあったね」って言われるくらい、思い出に残るサービスになればいいと思っています。DAUがどのくらいだった、みたいなことより、人の思い出に残るようなサービスを作る方が価値のあることだと思うので。

    目的を決めてから手段を選ぶサービスづくりは面白くない

    ―― 「思い出に残るかどうか」という基準は面白いですね。けんすうさんが考える、サービス企画の肝って何なんですか?

    よく、「目的」と「手段」の議論があるじゃないですか。事業の目的がまずあって、それをどんな手段で実現するというプロセスでサービスづくりをする方針もアリだと思うんですが、僕としては手段を目的化するのが好きですね。

    例えば、荷物を届けることを目的に、ドローンを使って荷物を届けるサービスを企画したとしましょう。そうすると、「今はドローンで荷物を運ぶのは非効率なので、車を使おう」となり、ただの運送業になってしまいますよね。これって、目的思考が強すぎてダメな例だと思っています。

    例えばドローンを使って何をするのか?その視点が重要だとけんすう氏は語った

    例えばドローンを使って何をするのか?その視点が重要だとけんすう氏は語った

    それよりも、僕は「ドローン面白そうだから何かやってみよう」って考えるタイプで。「今すぐ宅配には使えないかもしれないけど、観光地のカメラとしてドローンを使ってみたら面白そうだよね」みたいな感じで発想の転換ができれば、そちらで大当たりするかもしれません。

    ―― 多くの会社では、新規事業の企画時は目的を決めてから手段を選ぶやり方が主流な気がしますが。

    いや、そんなこともないと思いますよ。少なくとも、僕が知っているネット起業家って、「インターネットを使って何かがしたいだけ」なので。目的と手段が逆転することってあまりないと思っています。

    少しだけ「崩す」ことで、記憶に残るものになりやすい

    ―― では次に、実際に新規サービスを形にしていくプロセスで心掛けていることを教えてください。

    ユーザー体験を考える時に、サービス内だけのUXを良くしすぎないってことですかね。それと、サービスに対しての熱量を高くしすぎないこと。この点は気を付けています。

    例えば何かのスマホアプリを作ろうとすると、今は「良いUIにしなければ流行らない」って言われるじゃないですか。でも、単純に使いやすいことが「最良のUX」なのか? と言うと、そうでもないと思うんですよ。

    サービスって、サービスを使っている時間だけじゃなくて、サービスを使う前後の時間なども当然あるわけです。サービスを使って良い体験をしてもらうことよりも、本来はユーザーの生活や人生を良くすることの方が大事だと思うんですよね。

    極論ですが、サービスだけの体験を良くしすぎると、生活のバランスが崩れてしまう恐れがありますよ。例えば、学生さんがテスト前にウチのアプリを使いすぎて勉強しないというのは違うかなと。

    ―― あえて隙を作るということですか?

    まぁ、そんな感じです。人って、旅行に行って京都で有名なお寺を周るだけだと、あんまり思い出にならないと思うんですよ。むしろ、旅行中にひどい雨に遭遇して、泥だらけになりながらお寺巡りをしたり、何かアクシデントが起こった時の方が、数年後に良い思い出に変化しているんです。そんな感覚に近いかもしれないですね。

    だから、普段のアプリ開発の時も、チームのみんなと「ちょっとだけダサくしない?」とか話しますよ。

    ―― ロジックで考えただけのサービスは記憶に残らないと?

    僕はそうなんじゃないかなと思います。一般的に高いUXと呼ばれているものが、本当に優れているのか? という視点はいつも持ってますね。

    デバイストレンドが変わった時に意識するのは、使う環境や人の姿勢

    ―― そういうサービスづくりの考え方は、デバイスのトレンドが変わっても普遍ですか? 例えばLINEがここまで普及したのは、スマホの普及期に新しいコミュニケーションの形を提示したからと言われていますが。
    全てはユーザーの生活や暮らしに役立つかどうか? という点に行き着く

    全てはユーザーの生活や暮らしに役立つかどうか? という点に行き着く

    普遍的に変わらない部分が6~7割くらいで、残りの3~4割がデバイストレンドやほかの要素を意識しながらやってる感じです。

    『emosi』に関しては、画像と音声だけのコミュニケーションサービスなので、PCよりはスマホを前提にサービスを企画した方がいいだろうと考えました。撮った写真をアップしたり、何か声を吹き込むのに、わざわざPCに向かってやるイメージが湧かないじゃないですか。

    ―― 残りの3~4割の中で、ほかに意識している点は何なのですか?

    ユーザーがどんな時にサービスを使うのか? とかですね。人が何かのサービスを使う時に、どういうシチュエーションなのか、というのはよく考えます。

    例えばPCとスマホの違いで言うと、PCって前屈みの姿勢で使います。これは調べ物をするとか、仕事をするのに向いている姿勢。一方で、スマホやタブレットは前屈みにはならず、ソファに座ったりしながらゆったりとした姿勢でディスプレイを見る。

    これをアメリカでは「Leanback(リーンバック)」と呼ぶそうで、受動的に情報を得る姿勢なので、PCと比較してコンテンツに没頭する確率が高くなるという研究結果があったりします。

    だから、PC閲覧を前提としたコンテンツづくりでは1000~2000文字くらいが限度と言われていましたけど、スマホやタブレットならもっと長い記事でも読んでもらえるかもしれないよね、となります。

    この「人の身体性」が、サービスづくりにも影響するんです。

    ―― 行動学だったり心理学だったりと、人間そのものを知ることが大事になるわけですね。

    デバイスの話は一時間くらい勉強すれば理解できると思っています。しかし、そこからもう一歩踏み込んで考えるべきことが、たくさんあると思っています。例えば、先ほどの例のように、スマホを使う時はPCとは全然違うシチュエーションだ、と分かった時には、そのシチュエーションの時はどういう精神状態で、どういうサービスを使いたいと思っているのか、というところを考えた方がいいのかなと。

    また、コンテンツサービスであれば、「スマホだと1万文字の記事でも読んでもらうことができるかも」と知って、じゃあどんなサービスが提供できるかと考えてみる。これが、手段から目的を考えるということです。

    「ゼロイチ」ができる人はごくわずか。だから無理強いしない

    ―― ちなみにnanapiさんでは、ボトムアップでサービスが生まれることってありますか?

    新規サービスをゼロから作れる人って、すごく稀だと思うんですよ。だから、僕らも社員から新規サービスのアイデアを募るような取り組みをあんまりやっていません。

    サービス企画だけでなく、起業とかも、やりたいことがある人って誰かが後押しするまでもなく絶対やってますよね。そういう性質のものなので、会社が「はい、これから新しいサービスを考えてください」とやるのは、けっこう乱暴なんじゃないか? と最近思っています。

    ―― じゃあ、nanapiのサービスづくりは、ほぼけんすうさんが企画している?

    僕ともう1人くらいですね。これは単純にタイプの違いだと思っています。アイデアを出せる人が偉いとか、作るだけの人はダメだとか、そういう話ではありません。

    ―― 「新規事業の作り方」や「起業のやり方」をまとめた本や記事には、サービスアイデアを生み出し、ブラッシュアップするためのハウツーがたくさん書いてありますが、今のお話だとそれらを読んでも意味がないとなりますね。

    僕の経験上、新しいことをやる時にそういう本や記事はあまり読みません。フレームワークなどは学ぶ価値あると思いますけど。

    会社から「アイデアを生み出せ」みたいに言われて、仕事だからがんばってする、という性質のものではないのかなと思っています。やりたいからやる、というシンプルな形の方が、形になりやすいんじゃないかと。

    でも、そういう「やりたいサービスがあって、それを実現したいタイプ」の人が大多数なわけではないと思うんですよね。だから、やりたいと思っていない人に、「おまえがやりたいサービスを考えろ」と無理強いをするのは違うんじゃないかなと。

    コミュニティ的に会社を運営するとは?

    ―― サービスづくりに限らず、「やりたいと思っていない人に無理強いしない」ポリシーで組織運営をするのって、なかなか難しくないですか? 事実、良いか悪いかは別として、多くの企業は上意下達でチーム運営が行われています。
    将来的にはテクノロジーの発達で、「働かないという選択肢」が増えると考えているけんすう氏

    将来的にはテクノロジーの発達で、「働かないという選択肢」が増えると考えているけんすう氏

    会社の仕事だからやる・やらないではなく、個人でやりたいことをできるようになってほしいと思っています。自分たちでYahoo!JAPANの『プロコン’14』に応募して準グランプリを獲ったり、schooにチームで出て授業をやったりという動きを、nanapiというプラットフォームを活用して行ってほしいんです。

    そのために、nanapiはやりたいことができる環境だったり、実際にやる機会を提供する。(起業前に勤めていた)リクルートでも、「自らが機会を作り、その機会で成長する」って企業ポリシーは素晴らしいなぁと思ってました。

    自分の名前を売る、経験を得る、人脈を作るなど、自由に動いてほしい。そこから起業や重要ポジションに転職するとか。そうなった方が、会社っていいなぁと思います。

    ―― その考えは創業当初からですか?

    もともとコミュニティをやっていたので、会社づくりというよりもコミュニティ設計に近いです。会社は楽しくて、成長できる場所でなければ、みんな辞めてしまいます。優秀な人に残ってもらうには、会社をよくしなければならない。そう思っています。

    ―― なるほど。貴重なお話ありがとうございました。

    取材・文/伊藤健吾、川野優希(ともに編集部) 撮影/小林 正

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