グローバルなエンタープライズ開発に見る、業務系エンジニア進化論【アクセンチュア×SAP座談会】
エンタープライズ向け業務システムの開発を巡る状況は、この5年ほどで劇的に変わっている。ネットワークのスピードと安全性が向上し、さらにクラウドサービスやインメモリテクノロジーが進化している。また、グローバルな大規模システムでも一元的に構築・運用する必要性がより高まっている。
一方、開発期間は日々短縮傾向にある。平たく言えば、「より速い」開発が求められているのだ。その上、俗に言うビッグデータの取り扱いも求められている。
こうした中、業務系エンジニアに求められる役割・スキルは変わりつつある。
そこで今回は、ERPをはじめとするエンタープライズ向け製品で圧倒的なシェアを誇るSAPと、SAP製品などを活用しながら総合的なビジネス・システムコンサルティングを展開するアクセンチュアから、エンジニアとマネジング・ディレクターが集合。開発を取り巻く環境の変遷について話を聞いていくうちに、今の時代に求められる3タイプのエンジニア/コンサルタント像が見えてきた。
そのエンジニア像とは、いったいどのようなものなのか。また、そのようなエンジニアになるためにはどうしたらいいのか、座談会の様子を通じて紹介する。
―― 大規模なエンタープライズシステムの開発において、国内企業へのERP導入が本格的になったのは、2000年代のことでした。当時と今とで、開発の進め方はどう変わったのでしょうか?
渡辺 わたしの記憶だと、2005年くらいがERP導入案件の数が最も多かった時期ですが、そのころに比べると劇的に変わっています。基幹システム構築のやり方を例にとっても、当時は「インスタンス統合なんてとんでもない」という雰囲気でした。海外に複数の拠点を持つようなグローバル企業の場合、業務システムの基盤を一つに統合するなんて夢物語だったのです。
小石 当時は技術的な限界があって、統合基盤にしてしまうと、システムのどこかが止まったら全世界の業務がストップしてしまう状態でした。また、データボリュームが大きくなると、処理に時間がかかり過ぎるのも難点でした。ですから、口では「業務統合」と言いつつも、拠点ごと別々にシステムを組んで、それをどのようにして繋ぐか模索するという時代でしたね。
米澤 そのころに比べると、現在はネットワークのスピードと安定性が、ケタ違いに向上しています。SAP社の統合プラットフォーム『SAP HANA』に代表されるようなインメモリテクノロジーなど、巨大なデータを扱う技術も進化しました。さらに、ミラーリングなどでデータを守る手法も確立され、システム基盤を一つにまとめることが可能になったのです。
小石 2006年以降、SAPのERPが文字コードをShift-JISからUnicodeに変えて技術的な共通化を進めたことも、システム統合の発展に大きく貢献したと思います。
渡辺 お客さまとしては、リスクを減らし、全世界の支店・工場などからデータを集め、分析してリアルタイムに経営に役立てたい。だから、データが一元化に向かうのは至極当然だったのです。
大本 クラウドの普及も、お客さまの「理想」を実現するのに役立っています。ハードウエアの更新費用が不要になり、常に最新のリソースを使うことができます。クラウド化によって浮いたコストや手間を、システムの使い勝手をよくする方に回せます。
―― なるほど、技術の進化によってシステムの統合が可能になってきたと。同時に、企業の活用法も変わってきたわけですね。
『SAP HANA』の登場で、業務システム構築は明らかに変わった
―― こうしたテクノロジーの発展の中で、SAPもSAP HANAを事業の中軸に据えていますね。
大本 ええ。SAP HANAは、SAP R/3が完全には実現できなかった「リアルタイム性」を実現してくれるからです。R/3は、外部データベースに対しては夜間バッチで処理するなどの対応策が必要で、今考えれば「妥協の産物」とも言える存在でした。
しかし、今やネットワークもコンピュータも進化し、アプリケーションも進化しようとしています。ここで、アプリケーションプラットフォームを斬新なものに更新できれば、ERPは大きく進化するはず。そうした思いを込めて作られたのがSAP HANAなのです。
渡辺 企業によっては、受注・購買・生産・出荷などの全過程で、1日に数百万件もの伝票を扱います。それらの膨大なトランザクションをきちんと処理しながら、他方で経営判断に必要なデータを即座に抽出・分析するという複雑な作業は、従来の32ビットのERPでは難しかったのです。
一方、SAP HANAが採用しているインメモリ技術は、64ビットまで拡張できるため、理論上ではメモリを無制限に使えるようになったという訳です。
大本 実はSAP HANAの技術の一つ一つは、それほど新しくないものも多いです。テキストマイニングやDBのリアルタイム同期などは、SAP HANA以前からあった技術です。しかし、これらをすべて一つのプラットフォームとして製品化したのは、SAP HANAが最初でした。
―― 冒頭で出ていたデータベースに関して言うと、SAP HANAはSQLにも対応しています。これも、「すべて一つのプラットフォーム」で動かすための施策ですか?
大本 そうです。例えば、ビッグデータ処理のソフトウエアではHadoopやNoSQLなどがありますよね。でも、それらは大規模なエンタープライズ開発では技術的に飛躍し過ぎていて使いづらい。その点SAP HANAは、技術継承性を担保した上で次世代型のプラットフォームを提供しています。これは、エンタープライズ向けの製品には大事なことです。
米澤 SAPさんは、オンプレミスもクラウドも、すべてのソリューションをSAP HANAに移行する方針ですよね?
大本 そうです。プラットフォームを全面的にインメモリにして、その上であらゆるアプリケーションを並列で走らせるというのが基本方針です。
渡辺 5年前に比べると、SAPさんが提供するサービスは、領域も深みも格段に広がりましたね。
古濱 そういう意味でも、コンサルタントやエンジニアは、どんなアプリケーションがあって何を実現できるのか、きちんと理解していることが大事になります。
ERPを「カスタマイズできる」のみでは生き残れない
―― かつての「SAPエンジニア」は、他分野のエンジニアとは異なる「特殊な人」というイメージがありました。でも、今のお話を伺う限りでは、そうではなくなっていると?
大本 おっしゃる通りです。従来はSAP独自の言語・アーキテクチャを使うケースが多かったのですが、今は業界標準の技術を使う機会が増えています。先ほど話に出ていたように、SQLにも対応していますし、フロントエンドもHTML5での開発が可能など、オープン系のテクノロジーを駆使できます。場合によっては、RubyでUIを作ることもあります。ですから、Web系、オープン系のエンジニアも接しやすくなっています。
渡辺 昔は「SAPエンジニア」と言えばABAPを使わなければなりませんでしたね。でも今は、エンタープライズのコアの部分以外は、Javaで作ることも多い。
―― そうした中で、いわゆる「SAPエンジニア/ERPエンジニア」には、どんな人材が求められているのでしょうか?
米澤 まず、「SAPに詳しくて、カスタマイズができる」のみでは、徐々に存在価値がなくなっていくのではないでしょうか。かつては「各企業の業務に合わせてパラメータ調整をして……」という業務だったのが、現在は、業務やお客さまの要件の本質を理解し、適切なテクノロジーを提供することで、正しい世界に導いていくことが最大のミッションになります。
―― システム開発における「各論」を語り、調整する存在から、豊富にある「技術の選択肢」の中から最適なソリューションを選ぶのが大切ということですか?
古濱 そうだと思います。クラウド時代の今は、以前のようにゼロからモノを作るのではなく、システムのパラメータがプリセットされ、ある程度できあがったところから開発がスタートします。ですので、作り込みしかできない人は優位性がなくなります。
米澤 一方、データの扱いに長けた人はニーズが大きくなるでしょうね。SAP HANAの中には、膨大なデータが蓄積されます。業務的に見えるものだけでなく、従来は想像もつかなかった種類の細かいデータも含まれているのです。それを、「こんな風に分析すると、こんな結果が導けますよ」と提案できる人が求められています。
大本 そうですね。ERPの周辺には、膨大なデータがあります。それらの活用法を技術的に支えられる人材は、ニーズが高くなるでしょう。例えば統計解析を機械学習できるようにするエンジニアなどです。
古濱 言い換えると、以前よりも飛躍的にクリエイティブな仕事ができるようになりつつあるのです。SAP HANAや、その上で動く膨大な数のアプリケーションを理解して、お客さまにナビゲートする役割というか。
米澤 そのナビゲート役を務めるには、お客さまの業務の本質をしっかり理解し、それに合うソリューションを見つけることも欠かせません。
古濱 お客さまの業務をITの世界に通訳をするトランスレーター、あるいはガイドとでも呼ぶべきポジションですね。
米澤 語弊を恐れずに言うなら、お客さまの要望の中から「本質」と「わがまま」を切り分け、本質の部分を的確に実現できるツールを見分けられる人が必要になります。技術への目利き力や、“使いこなし力”が不可欠です。
そしてもう一つ、プロジェクトをマネジメントできる人材も必要でしょう。大規模でグローバルなシステムを、期間内・予算内で完成させられるプロマネは、今後も欠かせません。
小石 誤解されがちなのですが、プロマネにも技術力は必要なんですよね。自分の手は動かさなくても、データベース構造やソフトウエアについてきちんと理解し、かつ、お客さまをナビゲートするスキルも持っているからこそ、プロジェクトを完成させられるのだと思います。
―― なるほど。まとめると、エンジニアのスキルアップパスとしては、
【1】技術(ソフトウエア)追求
【2】コンサルタントとしてエンドユーザーをナビゲートする役割
【3】1と2の双方のスキルを持ちつつ、プロマネを目指す
という3つの方向性がありそうですね。
小石 そうですね。ただ、3つのキャリアパスはまったく分かれているわけではありません。「エンドユーザーのナビゲートは得意だけど、ソフトウエアについては詳しくありません」ということでは、大規模開発を主導することはできない。
渡辺 すべての領域でハイレベルな知識を持つことは、現実問題としては難しい。でも、得意分野は持った上で、他の領域もある程度は広くカバーしてほしいですね。
米澤 アクセンチュアの場合は、どんなプロジェクトも基本的にはチームプレイになります。だから、ほかの人と協力し合いながら、チームとして全領域をカバーできればいいのです。
大本 そのためには、「T型人材」であることが必要になりますよね。
米澤 おっしゃる通りです。一か所、突出したスキルを持ち、同時に、他の人がやっている仕事・技術もある程度は理解できればいいですね。
小石 縦軸(=得意分野)と横軸(=幅広い領域の知識)の両方を広げることが、エンジニアにとっては重要なのではないでしょうか。
新しい技術に興味を持ち続けることが、エンジニアの幅を広げる
―― では、そんな「理想のエンジニア」に近づくには、どうすればいいのでしょう? 皆さんのご経験から、ぜひアドバイスを。
大本 わたしは昔から新しいモノ好きでした。いろんな職場で、最新の技術に挑戦してきました。そうすると、新しい製品が登場するたびに「これ、お前がやってみないか?」と声がかかるようになりました。現在、SAPの中で最新のテクノロジーであるSAP HANAのエバンジェリストをやっているのも、その一つですね。
結局は、オープンマインドで何でもやってみる人の方が、面白い仕事にありつける気がします。もちろん、苦労はしますし、失敗のリスクも大きいです。でも、失敗したって命を落としたりはしません(笑)。
渡辺 僕も大本さんに似ていますね。基本的に、仕事を選り好みしないようにしています。自分の経験や好みで仕事をふるいに掛けてしまうと、エンジニアとしてスキルや知見の広がりがなくなってしまいます。
小石 多少苦手な仕事でも、断らないのは基本ですね。僕は英語が苦手なのですが、「(SAPの技術を本質的に理解するために)ドイツに行ってこい」と言われれば行きますし、いつ海外に赴任してもいいように、普段から英語のドキュメントも読んでいます。日本語に翻訳されるのを待つとタイムラグもでますし、表現が不正確なケースもありますから。
米澤 渡辺と小石を見ていると、とにかく勉強量がものすごい。2人ともちょっと歳は取っていますが(笑)、20代の若手よりも勉強しているんじゃないかな。
小石 まぁ、わたしとしては「勉強している」という意識はないですね。大木さんと同じで、いちエンジニアとして新しいモノに興味を持ち続けている。だから、飛びついているというだけなのです。
古濱 わたしは、「目先の仕事にとらわれず、大きな将来像を持って働くこと」の大切さを強調したいですね。
まだ若手だったころ、実力不足を痛感して悔しい思いを抱えていたことがありました。そんな折、夫の転勤などが重なって、5年ほどドイツのSAP本社に赴任することになったのです。
そこで、それまでとはまったく違う仕事を、違う人々とやっていたおかげで、人としての幅が広がったと感じています。気がつくと今の仕事に役立っていたという経験も少なくありません。大きな目標さえ持っていれば、無駄な経験などないと感じています。
米澤 頼まれた仕事を必ずやるというのは、頼んでくれた人との縁を大切にしているということですよね。すると、いろんな縁が重なって、さらに良いチャンスが巡ってきたりもします。
わたしは常々、アクセンチュアの若手に「失敗する権利があることが会社にいる意味だ」と伝えています。若いうちは怖がらず、何でもチャレンジすればいいと思っています。
アクセンチュアのようなグローバル企業の場合、世界中の優秀なコンサルタントと働く機会がありますし、幅広い内容の開発案件に携わるチャンスもたくさんあります。
「チャレンジ」の一つとして、アクセンチュアというフィールドを使ってキャリアメイクするということも、ぜひ考えてほしいですね。
―― 会社というリソース・チャンスを最大限活かして、いろいろな仕事に挑戦する。確かに大事ですね。今日はありがとうございました。
取材・文/白谷輝英 撮影/竹井俊晴
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