増井俊之(@masui)
1959年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授。ユーザーインターフェースの研究者。東京大学大学院を修了後、富士通半導体事業部に入社。以後、シャープ、米カーネギーメロン大学、ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Appleなどで働く。2009年より現職。携帯電話に搭載される日本語予測変換システム『POBox』や、iPhoneの日本語入力システムの開発者として知られる。近著に『スマホに満足してますか? ユーザインターフェースの心理学』
増井俊之(@masui)
1959年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授。ユーザーインターフェースの研究者。東京大学大学院を修了後、富士通半導体事業部に入社。以後、シャープ、米カーネギーメロン大学、ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Appleなどで働く。2009年より現職。携帯電話に搭載される日本語予測変換システム『POBox』や、iPhoneの日本語入力システムの開発者として知られる。近著に『スマホに満足してますか? ユーザインターフェースの心理学』
家庭でWebページや動画などを見るために高速インターネット回線が活用されていますが、 パソコンやスマホでの利用がほとんどであり、利用場所も限られています。台所で料理しながらレシピ検索したり、風呂の中でテレビを見たりしている人はまだまだ少ないと思われます。
IoT(Internet of Things)技術がこれから重要になると言われていますが、ネットに接続されたセンサを使って自宅の情報を取得したり、ネットに接続されたアクチュエータで何かをコントロールしたりしている人はほとんどいないでしょう。
冷蔵庫の在庫管理をネット経由で行ったり、ドアの錠をネットから開閉している人もいないでしょう。
自宅に電話をかけてエアコンや風呂をコントロールするようなホームオートメーションシステムを備えたマンションが、1980年代ごろから販売されていました。また、米国では電源線を利用してさまざまな家の設備をコントロールする「X10」というシステムが古くから利用されていますが、 こういったシステムが本当に活用されているかは疑問です。
計算機の力で家庭生活を便利にしようという試みは古く、東京大学の坂村健氏は1985年ごろから「TRON電脳住宅」というプロジェクトで家庭をコンピュータ化する実験をしていましたし、愛知万博が開かれた2005年にはトヨタと共同で「夢の住宅PAPI」という実験を行っていました。
これらの施設では、食材を管理したり/鍵を管理したり/カーテンや音響設備をコントロールしたり/さまざまな実験が行われていました。
また、アトランタのジョージア工科大学のAware Home、お茶の水女子大学のOchaHouse、京都産業大学のくすぃーホームなどでは、実際の家を使って家庭でのIoT活用法が研究されています。
家庭で計算機を利用することに関するたくさんの研究が長年にわたって行われてきたにもかかわらず、家庭内でのユビキタスコンピューティングはまだまだ浸透していないようです。
人間は何百年もコンピュータの無い家で生活してきており、絶対にコンピュータがないと困ると思わせるキラーアプリケーションがまだ存在しないからでしょうか。
洗濯機は人間の生活を格段に楽にしましたし、テレビや電話は人間生活を大きく変えましたが、コンピュータはこれほどのインパクトをまだ与えるに至っていないのでしょう。
また、面白いシステムがあったとしても、普通の家庭に導入しにくいという問題がありました。新しいディスプレイやセンサを設置するには、場所や電源を確保しなければなりませんし、コストもかなりかかります。センサやカメラを設置することには不安がありますから、 家族の同意を得るのが難しいかもしれません。
しかし、最近はこういう状況が徐々に変わりつつあると思われます。
設置しやすい安価な小型計算機やセンサを簡単に使えるようになりましたし、簡単にWi-FiやBluetoothでネット接続できる計算機も増えています。大画面液晶ディスプレイは安価になりましたし、iPadのようなタブレット計算機も利用することができます。簡単に手に入る装置を組み合わせるだけで便利なホームコンピューティングが可能になるのであれば、使ってみようかと考える人はかなり増えるでしょう。
新しい技術は、誰でも簡単に使えるようになって初めて流行るものです。ネットワーク接続された計算機やセンサが実際に家庭でどのように活用できるのかはまだよく分かりませんが、アーリーアダプタが簡単に実験を楽しめるようになれば、一気にホームコンピューティングが流行する可能性もあるでしょう。
家のトイレでセンサを活用している人は少ないと思われますが、センサがあれば便利なことがあるかもしれません。
とりあえず何に使えるか考えるのは後回しにして、トイレに設置できそうなセンサについて考えてみます。
・タンクの水量
・便の量/色/中身の測定
・電灯の状態
・電球の状態
・トイレットペーパの残量
・ノブにタッチセンサ
・中に人がいるかどうか
・せっけんの残量
・便座に人が座っているかどうか
・便座に人が座っている時間
・便座に誰が座っているか
・便座に座っている人の体重
・立っている人の体重
・匂い
・温度
・湿度
・便座温度
・水流の速度
・窓の鍵の状況
・窓の状況
・窓の動き
・窓の外の明るさ
・降雨状況
・床の汚れ状況
ちょっと考えただけでも、これだけ多様なセンサを設置できることが分かります。
水流を測っても意味がないと思うかもしれませんが、トイレの調子をモニタするのに役立つはずですし、不在時に水流があれば誰かの侵入や故障を疑わなければなりません。家の中の多数のセンサを組み合わせれば、意外な用途が見つかる可能性があります。
家のあちこちにセンサや小型コンピュータが埋め込まれている時、家庭ではどういう用途が望まれているのか、今度はトップダウン的にニーズを考えてみます。
居間の大型テレビや風呂のモニタなどで、動画を見たりWeb上のコンテンツを検索したりすることが増えてきそうです。AppleTVやAndroid TVのような装置はこういった用途を狙ったものだと思いますが、まだ一般に広く普及するには至っていません。
AppleTVなどのコントローラは、テレビのような従来機器を「リモ」ートから「コン」トロールするというリモコン発想から抜けきれていないので、IoT時代の入力装置としては不適当だと思われます。
「好きな場所で自由にコンテンツを楽しむ」とか「好きな相手と自由にコミュニケーションする」といった根源的な欲求を実現するための、新しいインタフェースについて考えてみるべきでしょう。
前者については、私は「Gear」というインタフェース手法を提案しています。Gearでは、2個のスイッチだけを利用して、あらゆるコンテンツを簡単に検索したり再生したりすることができます。
また、後者を実現する例として「なめらカーテン」 のようなシステムが提案されています。このシステムでは、ディスプレイの前に置いたカーテンを開くと、離れた場所の家族などとコミュニケーションができるようになっています。センサを利用することにより、「カーテンを開けると向こうの様子が見える」という直感的なインタフェースに成功しています。
家庭ではさまざまな在庫管理 (コーヒーを買う、ゴミ袋を買う) や、簡単なスケジュール管理 (ゴミの日にゴミを出す) が重要です。
自動的に日用品の在庫管理を行うために大がかりなシステムを導入するのは嫌ですが、ちょっとしたセンサやスイッチを家の中に設置しておくだけでも、実用的な在庫管理を行うことができます。
例えば、 コーヒー豆の袋をとじるクリップにRFIDを付けておき、コーヒーがなくなった時は取り外して引き出しにしまうことにしておけば、引き出しにRFIDリーダを設置しておくだけでコーヒーの在庫を知ることができます(クリップがなければコーヒーの在庫はまだ有ると判断できます)。
また、トイレットペーパーの在庫は常に同じ場所に吊るしておくことにすれば、つり金具にスイッチを付けておくだけでトイレットペーパーの在庫を知ることができるでしょう。
このように、簡単なセンサとネットワーク接続計算機を利用するだけで、在庫管理システムを実に簡単に作ることができます。
家の安全や家族の安全は家庭内の最重要事項であり、IoT技術によってこういう情報を管理することには大きな意義がありますし、ビジネスになる可能性も高いでしょう。
ドアの開閉をチェックしたり、ドアの錠の開閉を制御したり、家に泥棒が入っていないかチェックしたり、遠方の家族が無事に暮らしているかチェックしたり、 IoT技術は安全や健康の管理に非常に役に立つといえるでしょう。ドアの開閉状況をセンサで調べるのは簡単ですし、サーボモータでサムターン錠を回すことも難しくありません。
家や家族の状況は前述のトイレのセンサのようなものを利用してチェックすることができるでしょう。遠くの家族の家で全くトイレの水が流されていなければ、病気などで動けなくなっている可能性を考えなければなりません。
簡単なセンサをネットから利用することで、家庭の安全や健康管理を向上させることができるでしょう。家庭でのIoT応用システムはキラーアプリケーションになる可能性があります。
現状を打開する夢のホームコンピューティング環境を実現するにはどこから始めればよいでしょうか?
私は「家具」を利用すればよいのではないかと考えています。
テーブル/椅子/たんすのような家具はどこの家庭にもありますし、小さな計算機やセンサを埋め込むことは難しくありません。また天井などの照明には電源がありますから、常時ONのセンサや計算機を設置するのに好都合です。家具も照明も、もともと家庭に存在するものですから、 余分なものを設置したために部屋の見栄えが悪くなる心配はありません。
テレビやステレオが高級品だったころ、家具のような色や形の製品が流行していました。こういった電気製品を古い日本家屋に置くためには、家具のような形状をしていることが都合が良かったのかもしれません。
昭和の中流家庭にはアップライトピアノが置いてあるものでしたが、ピアノも家具的な外見をしているため購入に抵抗がなかったのかもしれません。
普通の家庭に存在する以下のような家具にセンサや計算機を徐々に埋め込んでいくことにより、住宅をネット化することができるような気がします。例えば以下のような家具をIoT化していけばどうでしょうか。
照明機器があるところには電源がありますし、邪魔にならないのが利点です。 見通しが良いはずですからサーバやルータや人感センサなど設置しやすいでしょう。 実際、 インテリジェントに制御可能な電球や、 電球とスピーカを融合した製品も出ています。
ベッドにセンサが組み込まれていれば睡眠状況をモニタして健康管理や目覚ましに活用できるでしょう。じゅくすい君のように睡眠時無呼吸(SAS)対策に利用することもできます。
将来のテレビは放送番組を受信する装置というよりは、各種のコンテンツ視聴、コミュニケーション装置として 家庭で活用されるようになるでしょう。 複雑怪奇なリモコンなど使うことなく、 誰でも簡単に大画面を活用できるようにするための装置やセンサが広く利用されてくるでしょう。
家のポストは学部と物品をやりとりするための中心装置と考えられるでしょう。 注文はネットで行ったとしても、実際にモノを受け取るためにはポストを経由しなければなりません。 各種のセンサやディスプレイを搭載させることによって集配を全てポストで管理できるようになれば便利でしょう。
さまざまな家具や小物が利用されていますが、 ロバストなセンサや計算機を仕込むことによって 快適な家庭生活が送れるでしょう。 これらの場所は利用頻度が多いにもかかわらず、水や火気や汚れのために計算機の導入が遅れていましたが、 今後はこういった場所でたくさんの装置が利用できるようになるでしょう。
IKEAはIoTに関係ありそうな各種の小物を販売しています。安価な人感センサや 温度計をはじめ、最近は家具に組み込んだ非接触(Qi)充電装置まで販売しています。
実はIKEAも家具コンピューティングの世界に進出しようとしているのかもしれません。
江戸の長屋は下絵のような構造で、小さな台所と一つの部屋だったそうです。こういうところに現代人は住めるでしょうか?
「絶対ムリ!」と思う人は多いと思いますが、以下のように条件がそろえばどうでしょうか?
・Wi-Fi完備
・障子が大画面ディスプレイ
・あちこちのセンサでディスプレイ制御
・自動冷暖房
・電子書籍端末
・隣がコンビニ
・良いレストランが近所にたくさん
・近所にスーパー銭湯
ネットや小型計算機やセンサが完備していて、周囲のインフラがあれば意外と機嫌良く住めるかもしれません。
IoT技術を駆使すれば長屋ですら満足して住める可能性があるわけですから、現代の住宅にセンサや計算機を埋め込めば相当快適な生活ができるはずです。実際に自宅やオフィスの家具にさまざまなものを埋め込んで実験したいと考えています。
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