「マンガというジャパニーズカルチャーで世界に殴り込む」タップコミック版『ドラゴン桜』編集・開発者の野望
今、10~20代前半の若者に支持されているコンテンツ、「チャット小説」をご存じだろうか? メッセージアプリのトーク画面での会話のように登場人物のセリフが並び、タップひとつでストーリーが展開していく。その軽快なテンポは、まるでパズルゲームを操作するようで心地いい。
そんなチャット小説を提供しているアプリ『peep』が、また新たなコンテンツのかたちを生み出した。それが「タップコミック」だ。
電子書籍化が進んでも、マンガは紙媒体同様に横の見開きが基本的な体裁とされてきた。それがスマホ仕様の縦スクロールに刷新されたのみならず、チャット小説同様にタップして登場人物のセリフを読み進めることが可能。さらに、元のマンガの魅力を活かすため、シーンによっては絵もあわせて表示されるようになっている。
今回は、2018年5月に人気マンガ『ドラゴン桜』のタップコミックをリリースしたtaskey株式会社の代表取締役CEO・大石ロミーさんと、エンジニアの深見将一さんに話を伺った。これまでの常識を打ち破り、新しいことを成し遂げるために必要だったのは何なのだろうか。
今よりも読みやすくできないなんてナンセンス。世界で戦うために、避けて通れない「マンガ」というジャパニーズカルチャー
『peep』は2017年12月にリリースされた新進のチャット小説アプリだ。ホラー、スリラー作品を中心に提供し、中でも一番人気の『監禁区域レベルX』は、述べ十数万人が読み、1話あたりの読了率は98%にも及ぶ。
チャット小説の成功で手応えを掴んだ大石さんが、次に着目したのがマンガだった。
大石「もともと世界を舞台にサービスを展開したいと考えていたのですが、海外の大手サービスと同じ土俵で勝負したところで勝ち目は少ない。日本から発信する必要性を考えた時、マンガという文化は避けて通れませんでした。
ですが、僕自身がいつの間にか『最近、マンガ読んでないな……』と感じるようになっていて。電子書籍だとすぐに離脱してしまうし、何よりも電子版のマンガって読みづらいんですよね。
今の電子書籍は、紙媒体のコンテンツをそのままスマホサイズにしただけ。画面が小さい分、吹き出しに詰め込まれる文字も小さくなります。どうしたらスマホでマンガが読みやすくなるんだろう、と考えました」
そこで声をかけたのが、以前から親交のあったクリエイター・エージェンシー「コルク」の代表、佐渡島庸平さん。交渉の末、ちょうど続編がスタートするタイミングだった『ドラゴン桜』をタップコミック化する運びとなったのだった。
タップコミック化する上でこだわったのは、マンガ以上の読みやすさや没入感を出すこと。そのために、シーンを大胆に削ったり、再編集する作業を行ったという。
大石「紙のマンガや既存の電子書籍より読みにくくなるなんてナンセンス。僕たちがやる意味はありません。スマホというデバイスでの読みやすさを意識するならば、すべてのシーンを文章で説明する必要はないと思いました。たとえば、キャラクターの初登場など、インパクトが必要なところは絵で見せる。逆に会議室で議論するシーンなどは登場人物のセリフだけをテンポ良く読めるように設計しました」
読者のタップでストーリーが展開していくタップコミックの特性を損なわないように、ほんの0コンマ1秒の操作性にまでこだわったと話すのは、エンジニアの深見さんだ。
深見「画像が出るタイミングが少しでも遅いと、気持ちよく読めないですよね。いかに早く、快適に操作できるかという点にこだわって開発しました。
とはいえ、特別苦労したことはなかったようにも思います。早くリリースすることも大切ですが、仕様はしっかり固めてから開発に取り組むようにしていたので。
確かに、リリース先行で開発を進め、追って改修していくことも可能ですが、改修するにもストアに申請してから審査が終わるまでに数日かかりますからね。そのロスを防ぐためにも、仕様には細心の注意をはらったつもりです」
リリース後、タップコミック版の『ドラゴン桜』はタップ数約60万に上り、ヒットコンテンツとして成長を続けている。その反響を受け、大手出版社や人気コミックアプリなどから続々と「自社のマンガをタップコミック化したい」という依頼が寄せられているという。
情熱だけで、ビジネスは生み出せない。でも、データだけは人は動かせない
とはいえ、『ドラゴン桜』をタップコミック化するには、すでに完成されている作品を一度解体し、タップコミックの形式にあわせて新しく組み直す作業が必要だ。日々クリエイティブの最前線で戦う佐渡島さんや作者の三田紀房さんからの懸念や注文はなかったのだろうか。
大石「それが、なかったんです(笑)。メッセンジャーでプロトタイプを送ったら、『めっちゃいいよ!』って。僕自身が小説家であるということや、これまでの実績も信用になっていたようです。
ただ、最初の段階でタップコミックの価値を伝える工夫は必要でした。タップコミックはこれまでなかったものですし、成功する根拠も保証もありません。前身となっているチャット小説でさえ、かつて流行したケータイ小説の延長だと捉えられてしまい、「若者向けの一過性のコンテンツ」と見られがちでした。タップコミックが、今後いかに価値のあるコンテンツになるかということを説明するのは、なかなか難しかったですね」
そこで、大石さんが切り札に使ったのが、それまでpeepで展開してきたチャット小説の読了率などのデータだったという。
大石「peepで提供してきたチャット小説は、読者の読了率の高さが強みでした。そのデータを見て、佐渡島さんも『従来のマンガの読了率より高いんじゃないか』と強い手応えを感じてくれたようです」
自分のアイデアややりたいことを成し遂げたいと思う時、情熱を盾にがむしゃらに突っ走れるのが若手の特権のようにも思える。しかし、「前例がないからこそ、熱意だけでは信頼は得られない」と大石さんも深見さんも口をそろえた。
深見「情熱ばかりが先行するのではなく、まずは根拠となるデータがあった上で交渉を進めることが大切だと思います。今の若手って、アイデアのすごさだけで押し通そうとすることが多いな、と思っていて。結局そこには根拠がないんですよね。深掘りされると『わかりません』で終わってしまう。そうならずに自分のアイデアやプランを通したいなら、ただ『面白いから』『やりたいから』ではなくて、その理由や根拠、伸びしろを証明できるデータを集めて進言した方がいいと思います」
大石「この人に動いてもらうためにはどんなデータが必要なのか? という部分を意識すると良いですね。もちろん、新しい取り組みをしようとしているわけなので、データ自体が存在しないケースも多い。その場合は、参考になり得るデータを探したり、調査してデータを蓄積したりといった努力が必要です。今回のタップコミックの場合は、佐渡島さんに対しては読了率、投資家に対しては有料会員数のデータが武器になりました。
どんなに『この構想はすばらしい』『絶対に実現できる』と思っていても、自分が思い描いている構想を100%相手に理解してもらおうだなんて、はっきり言って乱暴だと思うんです。だってそれは、自分の頭の中にしかないわけだから。以前は僕も情熱だけで突き進もうとしていたのですが、それでは納得感が足りないということにも気づきました。そのサービスの価値を説明するためには、説得力のあるデータが必要なんですよね」
その上で、最終的に相手の背中を押すために欠かせない要素に、大石さんは「それはやっぱり、情熱ですね」と語る。
大石「どんなにデータを並べても、伝えるための言葉がネットで拾ってきたような借り物の表現ばかりでは、相手の心は動かない。試行錯誤してきたことやそのサービスにかける思いを、本音でぶつけること。情熱が欠けてしまったら、物事を押し進めていくことはできないのではないでしょうか」
21世紀で一番愛されるコンテンツを、スマホから発信したい
タップコミックの第一弾である『ドラゴン桜』を成功させた大石さんだが、これからどんな構想を思い描いているのだろうか。
大石「僕たちが目指すのは、『読み物版Netflix』です。10代、20代前半の若者が、マンガを買うために本屋さんに通う未来は想像しづらい。もはや主戦場はスマホです。そういう状況の中で、マンガはコマ割りしてあるもの、小説はテキストで書かれたもの、ドラマは動画で見るもの、とすみ分ける必要はないと思っています。
ドラマであっても、冒頭の1分だけ動画にして、あとはテキストで表現し、最後にもう一度1分動画を入れる。2分の動画で、10分近く楽しめるコンテンツをつくることができますよね。動画は制作コストが高くなりがちですが、テキストメインにすれば大量に作ることができる。そうすれば多くのコンテンツを打席に立たせることができ、ヒット作が生まれる確率も高まります」
昨年、電子書籍の売り上げが、紙媒体のマンガ単行本の売り上げをはじめて超えた。マンガを読むスタイルも、紙からスマホへと移り変わってきている証拠だ。
大石「21世紀に最も読まれた小説の単行本は、『ダ・ヴィンチ・コード』の8000万部。これから先、紙の本でこの数字を超えることは難しいと思います。僕たちはpeepの中からハリウッド映画化されるコンテンツをつくり、『21世紀で最も読まれるコンテンツ』を生み出したい。世界中で何億もの人が閲覧するコンテンツを、スマホから発信していきたいですね」
取材・文/石川香苗子 撮影/赤松洋太
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