「新規プロダクト開発」成功の明暗を分ける6つのこだわり【及川卓也×fanicon開発者】
2017年12月、GoogleやYahoo! Japanなど有名Web企業で腕を磨いた2人の開発者が、‟人々の熱狂をゆるやかな絆に変える”をコンセプトにコミュニティーアプリ『fanicon』をリリースした。激戦が繰り広げられるAppStoreエンタメセールスランキング内で、SHOWROOM、Netflix、AbemaTV、ツイキャスに次ぐ5位を獲得した、今話題のアプリだ。
faniconを技術アドバイザーとしてサポートするのは、かつてMicrosoft WindowsやGoogleChromeなどのプロダクトをリードした及川卓也さん。
彼らのプロダクト開発に対するこだわりや工夫を聞いてみると、「新規プロダクト開発」を成功に導くための条件が見えてきた。
“ファンクラブ”のTech化を実現した『fanicon』
faniconは、月額500円ほどの会費を支払うことで「アイコン」と呼ばれるタレントのコミュニティーに参加できる会員制アプリだ。グループチャットやライブ配信、タレント本人との1対1トークなどを楽しめる。不特定多数が見る配信サービスやSNSでは知ることのできないタレントの本音や素の姿を垣間見れることが魅力となり、順調にユーザー数を伸ばしている。
発案者は、Googleでデータサイエンティストとして活躍した後、THECOOに入社した星川隼一さんだ。
「元々THECOOのインフルエンサー事業で付き合いのあったYouTuberたちに話を聞くと、彼らのビジネスモデルの要は広告だということが分かりました。いわばメディアビジネスに近いため、Googleのレギュレーションが変わったり、再生数が落ちると収益も下がる。彼らはそうしたプラットフォームの動向に振り回されていたんです」(星川)
そこで目をつけたのが、日本に古くから根付いたコミュニティビジネスモデルである「ファンクラブ」。会費を払うと会員証が届き、数カ月に一度、会報が送られてくる。それをより現代風にアップデートしてインフルエンサーたちに展開すれば、彼らやファンが喜ぶサービスができるのではと考えた。まだアナログが主流である「ファンクラブのTech化」を目指したのだ。
そこで星川さんがプロダクト開発のパートナーとして誘ったのが、大学の同級生だったリードエンジニアの城弾(じょう・はずむ)さん。新卒でYahoo! Japanに入社し、その後DeNA、リクルートとさまざまなテックカンパニーを渡り歩いてきた猛者だ。
この2人がアメリカを3カ月間見聞し、過酷な‟開発合宿”を経て完成させたのがfaniconだ。世界のさまざまなプロダクトをリードしてきた及川さんは、この二人がつくり上げたアプリを絶賛し、アドバイスを送るようになったという。
「fanicon」のヒットを支えた6つのこだわり
彼らにfanicon開発におけるこだわりを聞くと、「新規プロダクト開発」で重要視すべきポイントが見えてきた。
及川卓也さんは、fanicon開発の要は意外にも「オフライン」の行動にあると話す。
「実際にアプリを使うタレントやコアファンと密にコミュニケーションを取り、ユーザーを深く深く理解していることが彼らの強み。これは一見、当たり前のことに思えるかもしれませんが、オフラインでユーザーを真に理解してから開発を行うって、意外と他のプロダクトはできていないように思います」(及川)
事実、星川さんはfaniconの企画を思いついた時、EXILEの所属するLDHやジャニーズ事務所のファンクラブなどに入会し、ファンビジネスを研究したという。また、ユーザーとの関係性を重視し、「とにかくユーザーさんから“マジなフィードバック”を得やすい環境をつくることを大事にした」(星川)という。
「初期の頃よくやっていたのは、タレントやユーザーがアプリを使っているところを直接見せてもらい、不具合があったらその場でメンテナンスすること。ユーザーであるタレントさんと飲みに行ったり、ゲーム実況者なら一緒にゲームしたりもしましたね。コアファンにはツイッターで直接DMを送って使用感をヒアリングしたり。リアルイベントにも足を運び、とにかく“リアル”を重視してきたことは大きいと思います」(星川)
リアルでのユーザー理解を重要視にする星川さん。加えて「‟システム化しない”体制をあえてつくることも大事だ」と考える。その言葉通り、開発チームメンバーが増えた今でも、たった一人で一日100件以上も、ユーザーからの問い合わせ対応をしている。
「例えば中学生から『なんか動かないんですけどww』みたいなかんじでLINEが来るんですよ(笑)。そこから何がどう動かないかをちゃんとヒアリングして、原因を紐解いていくのが僕の役目です」(星川)
リードエンジニアの城さんも、隣で深くうなずいた。
「属人的ではありますが、星川のところに全てのデータが集まるイメージです。この部分をシステム化したら早く作業が終わりますが、意外にそういった細やかな感覚値がプロダクトの改善に生きてくるんだと思います」(城)
新しいプロダクトを立ち上げる時は、どうしても収益やユーザー数など定量的な数字にとらわれがち。だが、スタートアップのアプリだからこそ定性的な部分にフォーカスすることが重要だという。
「僕自身もキャリアのスタートはデータサイエンティストだったこともあり、定量ほど説得力のあるものはないと思っています。でも、だからこそ定性の部分も拾っていくのを忘れないようにしたい」(星川)
その点には、及川さんも同調する。
「プロダクトで重要なのは、その世界観やユーザーにとって居心地の良い空気感を醸成すること。それは定量的なデータには表れづらいんです。例えばfaniconなら売り上げ目標を追い求めて、どんどん課金させるようなサービスをつくることもできますが、それではユーザーがついてきません。タレントごとにfaniconに求めるものやファンの年齢層、属性もまちまちです。それを丁寧に吸い上げて、応えていくのがプロダクト側の使命だと思いますから、数字だけじゃ語れないところにもこだわりを持つべきですね」(及川)
新規プロダクトを立ち上げる時は不安もつきないが、「最終的な判断は自分がする」と腹をくくる覚悟も求められる。実際に開発者の星川さんにも、そのプレッシャーはのしかかった。
「初期フェーズでは、いろんな人がいろんなことを言ってきます。当然揺らぐこともありますが、最後に決めるのは自分だと思わないとダメ。判断の優先順位は、経験ある他人に任せるのではなく、ユーザーを一番分かっている自分にあるべきなんです」(星川)
とはいえ、ある程度自分でやって分からなければ、どんどん周りに聞いたほうがいいと星川さんは続ける。
「Web業界の人たちって、素直に聞いてみれば意外と会社の垣根を超えていろんなことを教えてくれるんですよ。似たようなサービスを展開している企業同士でも、手の内をさらけ出したり、相談し合う風土があります」(星川)
城さん、及川さんも、そんな風土がWeb業界全体の技術力を底上げするとうなずいた。
「私も最初はとにかく分からないところだらけだったし、自分自身は天才エンジニアではないと思っているので、どんどん味方を見つけて助けてもらう。そういう戦い方をするように意識しています」(城)
「もちろん恥ずかしがってそういうことをやらないエンジニアもいます。けれど、開発スピードや成長スピードの早い人ほど、どんどん周りに相談している印象がありますね。周りの知恵を借りることは、決して悪いことではないんです」(及川)
星川さんは新しいサービスを立ち上げるうえでは、エンジニアがきれいなコードを書くことは最重要ではないと断言する。その話を受けて城さんは、以下のように続けた。
「新規プロダクトを生むためにエンジニアに必要なのは、キレイなコードでも、エッジの効いた技術でもないと思っています。手に馴染んだ技術であること、ネット上に情報がたくさんある技術であること、そして採用活動にも役立つようにある程度“イケてる技術”を選定すること、faniconではそれを大事にしています。例えば僕の変なこだわりでエッジの効いた技術を取り入れても、いざスケールしたくなった時にその技術を使えるエンジニアがいなかった、なんてことになったら困りますから」(城)
「彼らを見ていて驚くのが、その開発スピードです。faniconのプロトタイプを3日で仕上げてきたときはさすがにびっくりしましたよ。その時は技術的にすごく難しいことをしているわけではなかったけれど、ベースとなるものをまず作ってから、どんどんアップデートしていくスタイル。その上でWeb決済などの重要なシステムはしっかりおさえているので、とても感心させられました。何もかもを自由にやるのではなく、シンプルに、スピーディに開発してPDCAを回していくのは正しいと思います」(及川)
エンタメの力で“たまたま”誰かを救えるコミュニティでありたい
日本におけるプロダクト開発のオピニオンリーダー・及川さんを唸らせた若手2人。しかし当の本人たちは、fanicon開発について「僕たちは、今までたっくさんの失敗プロダクトを見てきましたから、自然といろんなことを気を付けるようになったんでしょうね」と軽やかに笑う。
これからもfaniconは、「アイコンとコアファンがつくる“ホームのような空気感”を大事にしていきたいと考えている」と締めくくる。
「faniconのコアファンは中高生が多いので、受験で一度退会してその後戻ってくる人がいたり、コミュニティでの交流によって自殺を思いとどまった人なんかもいるんです。先日起きた北海道の地震のときも、アイコンやコアファンの人たちが励まし合っている姿がありました。僕たちの手掛けているものはエンタメなので、そこに社会的な意味はありません。でも誰かの生死を救ったり、気持ちを軽やかにしてあげられるタイミングは確実にある。そこに意義を感じて、これからもfaniconをグロースさせていきたいですね」(星川)
徹底したユーザー目線、スピード感、決断力。こんなプロダクト開発者がいるなら、きっとこれからもWeb業界は楽しい。彼らを見ていると、そう思わせてくれる。
取材・文/石川香苗子 撮影/赤松洋太
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