「好きな日本酒は何ですか?」
この問い掛けに対して、すぐに明確な答えが出る人は多くないだろう。というのも、味覚を言語化するのは誰にとっても難しいもの。加えて、日本酒は種類が多く、つい有名な銘柄ばかりを選びがちだからだ。でも、本当はもっと「おいしい」と感じられる1本があるのでは……?
そんな疑問を出発点に開発がスタートし、リリースされるやいなや、若者の間で話題になったのが『YUMMY SAKE』というAIによる日本酒味覚判定サービスだ。
「日本酒」と「若者」という、一般的には縁遠い二つを『YUMMY SAKE』が結びつけることができたのはなぜだったのだろうか。
企画者である中島琢郎さんと開発者の河津正和さんに、サービスづくりのこだわりを聞いた。
株式会社 博報堂アイ・スタジオ Yummy Sake推進室 室長
中島琢郎さん
1987年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学商学部卒。2009年に外資系広告会社に入社。P&G、Philip Morris、MINI、McDonald’s、JAL、Coleman などグローバルクライアントのキャンペーン企画制作・ブランディングを営業・戦略・クリエイティブのポジション で経験し、メディアにとらわれない統合的なコミュニケーション開発力を身につける。2017年より博報堂アイ・スタジ オへ入社し、データを軸とした体験設計・事業開発に従事。海外広告賞を中心に受賞多数。2015、16年『カンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバル』ヤングカンヌ日本代表選出。2017年サウスバイサウスウエスト公式スピーカー
株式会社 博報堂アイ・スタジオ テクニカルディレクター
河津正和さん
2012年博報堂アイ・スタジオ入社。バックエンドエンジニアとして自社サービスの構築・運用及び改善に従事。その後はCP、会員サイト、ブラウザゲーム、診断コンテンツ、リアルイベント、広告配信サイネージ、自社サービス『YUMMY SAKE』など幅広いデジタルコンテンツのシステム設計及び開発・テクニカルディレクションに携わる。AIエンジンを用いた開発や、画像認識・解析系の開発を得意とする。17年 マイクロソフトパートナーオブザイヤー受賞。18年 BtoB広告賞 特別賞受賞
「頑張らずに自分好みの日本酒を選びたい」
――AIで味覚判定をするYUMMY SAKEとは、どのようなサービスでしょうか?
中島:ブランドや価格などを伏せた状態で飲み比べる「ブラインドテイスティング」をして、10種類の日本酒に対する味わいを、スマートフォンのアプリ内に点数で入力してもらいます。さらに、味の好みに関するいくつかの質問に回答してもらうことで、「味覚に合った日本酒をAIが判定してくれる」というサービスです。
――味覚のタイプは何種類あるんですか?
中島:味覚タイプは12種類あり、「アワアワ」「シャラシャラ」といったオノマトペ(擬音語)で表現しています。日本酒の知識がない人でも感覚的に理解しやすいようにという工夫です。
――擬音語って面白いですね。YUMMY SAKEの発想のきっかけは何だったんですか?
中島:知人が開催した飲み会で、日本酒のブラインドテイスティングを体験したことがきっかけです。値段やブランドにとらわれず、純粋に味だけで判断をして「おいしい」と思えた日本酒に出会えたのは初めての経験で、その時に選んだ日本酒にすごく愛着が湧いたんです。もともと、日本酒はあまり飲む方ではありませんでしたが、蔵元のことを調べてみたり、お店でそのお酒を見つけると頼んだりするようになりました。
――もともと日本酒に詳しい、というわけではなかったんですね。
中島:実は、そうなんです。日本酒は「種類が多くて難しい」という印象がありました。調べてみると、日本酒は他のお酒と比べて、作り方のバリエーションが豊富なこともあり、味わいの幅がかなり広いんです。そこが魅力でもありますが、素人としては「日本酒は分かりにくい」と感じてしまう原因にもなります。
中島:知識を頭に入れなくても、自分好みの日本酒を選べるようにする方法はないのか……と思っていた時に、YUMMY SAKEのサービスを思いつきました。現在は、未来酒店株式会社の代表山本祐也さんによって法人化していますが、最初は博報堂アイ・スタジオと未来日本酒店との共同プロジェクトとしてスタートしました。そこで、初期から参加してもらったのが開発担当の河津です。
――河津さんは、なぜYUMMY SAKEの開発に参加されることにしたんですか?
河津:もともとサービス開発が好きだったことと、機械学習の分野に興味を持っていたタイミングだったので、中島に声を掛けられて「是非やってみたい」と一つ返事で参加しました。
機械学習とルールベースの組み合わせで、精度の高い味覚判定を実現
――YUMMY SAKEでは、味覚タイプが12種類に分類されていますが、この12種類はそもそもどのようにしてカテゴリ分けをしたんでしょうか。
中島:プロジェクトを共同で進めてきたYUMMY SAKE株式会社の代表でもある山本さんと一緒に、「ユーザーにとって意味のある分類」を意識しながら、カテゴライズしました。例えば、香りが強い吟醸系のお酒は、精米歩合(お米を削る割合)によって吟醸、大吟醸という種類分けがされています。ただ、日本酒に詳しくない一般ユーザーにとっては、バナナっぽい香り、柑橘系の香りといった分類の方が意味のある分け方になると考えました。
――確かに、その方が分かりやすいですね。味覚タイプの判定については、どのような仕組みになっているんでしょうか。
河津:味覚の判定には、機械学習とルールベースを組み合わせて使用しています。機械学習を使用している部分は、日本酒の味覚成分データとブラインドテイスティングをしたときの体験者のデータです。12タイプのどこに分類されるかの最終判定は、ルールベースを使用しています。
――日本酒の味覚成分データというのは、具体的にどういったデータでしょうか?
河津:さまざまな利酒師の方に、100 本以上の日本酒をテイスティングしてもらい、成分や風味、食前向きか食中向きかなど複数のパラメーターを設け、それを踏まえて12タイプのどこに入るかを集めたデータです。
――ブラインドテイスティングをしたときの体験者のデータというのは?
河津:テイスティング用の10種類の日本酒に対して、自分の好みを5段階評価していただき、それを集めたデータになっています。
――利酒師から集めたデータと、ユーザーの体験データを組み合わせて機械学習していくということですね。開発にあたって最も苦労されたことは何ですか?
河津:「判定結果が自分にマッチしている」と感じた瞬間がユーザーにとって体験のピークだと思うので、それを実現するためにデータをどう組み合わせて算出するかに悩みました。また、新規事業としてサービスを立ち上げる、というのが初めての経験だったので、その点での難しさも感じましたね。新しいサービスをつくるためには、どういった要素が必要かを設計し、開発に落とし込む必要がありました。
――そういった困難に対して、開発過程でどのようなことを意識しましたか?
河津:サービス開発には明確なゴールはないので、正解を定めたとしても、それが本当に正解なのかどうかは分かりません。サービスが実際に運用されたときに、「この機能も必要なのでは?」という議論は必ず出てくるので、最初に定めた正解にとらわれずに、作りながらどんどんブラッシュアップしていくことを意識しましたね。
――昨年5月に渋谷で開催されたサービスの体験会で、初めて一般ユーザーに使ってもらった時の反響はどうでしたか。
中島:SNSで話題になったおかげで、チケットは完売。購入者の55%が20代で、社会人の層をメインターゲットと考えてはいたものの、実際は女子大生のグループも来ていました。若い人が日本酒のイベントにこんなに集まるのは異例のことで、蔵元や日本酒好きな中高年の方々も、「どうしてこんなに若い人たちが?」と不思議がっていましたね。デザイン面や、12タイプ分類という分かりやすさが良かったんだと思います。
テクノロジーの力で”おいしさの自由市場”を実現したい
――今後、YUMMY SAKEをどのように展開させていきたいと考えていますか。
中島:現状は、渋谷を中心に約20店舗と提携していますが、今後エリアをもっと拡充していきたいと考えています。また、お酒の選び方をエンタメとして楽しくしたいので、単なる判定マシンではなく、「日本酒テイスティング・エンタテインメント」として、サービスを進化させていきたいと考えています。イベントに参加したユーザーの反応としても、ブラインドテイスティングのエンタメ性に関する評価が高いので、体験価値の向上に注力していきたいです。
――体験価値をより良いものにするために、今後どのようなサービス改善を行っていく予定ですか?
河津:現状は、機械学習とルールベースの組み合わせによる12タイプ分類が最も判定精度が高いので、そちらを採用しています。ですが、新たに分類が増える可能性も踏まえた上で開発を進めています。ディープラーニングにもトライしていますが、「ディープラーニング方の精度が高い」と言い切れるところまで確証が得られてはいません。「精度=体験者の満足度」だと思っているので、今後もユーザーテストを重ねながら、開発を進めていく予定です。
――最後に、YUMMY SAKEを通じて、どんな未来を実現したいと考えているのか教えてください。
中島:「おいしさの自由市場」を実現したいと考えています。噛み砕いて言うと、“おいしいものがおいしいと感じる人に届く”世の中にしたいということです。インターネットの普及によって、選択可能な情報量は増えていますが、人間の脳で消費可能な情報量には限りがあるので、広告宣伝やブランディングが強いブランド銘柄が有利になりがちです。純粋に「味」で選べるようになれば、広告やブランディングに費用が投下できない小規模な作り手も市場でフェアに戦えるようになりますし、消費者側も自分が本当においしいと感じるものと出会うことができるようになります。テクロノジーの力で、「おいしさの自由市場」を実現するために、新たな体験価値をより増やして行きたいですね。
取材・文/中村英里 編集・撮影/君和田 郁弥(編集部)
>>「YUMMY SAKE」公式HPはこちら:https://yummysake.jp/