キャリア Vol.864

どこでもドア登場まであと100年!?「瞬間移動を実現させたい」ANA・AVATAR(アバター)事業の本気度

漫画『ドラえもん』に登場するひみつ道具の一つ、「どこでもドア」。

「どこでもドア」が存在する世界では、「距離」という概念がなくなり「瞬間移動」が容易に実現できるようになる。誰もが瞬間移動できる世界が実現できれば当然、長距離高速移動手段として不動の地位を得ている航空産業は、大打撃を受けるだろう。

しかし、国内大手の航空会社ANAには、「どこでもドアを作りたい」という想いを出発点に、AVATAR(アバター)開発などに取り組む部署が存在する。2019年4月1日にANAホールディングスが開設した、アバター準備室だ。

このアバター準備室長に就任した津田佳明さんは、「AVATARにより、世界中の人の移動の制約を取り払いたい」と話す。

ANAホールディングス株式会社
デジタル・デザイン・ラボ チーフ・ディレクター 兼 アバター準備室長
津田佳明さん

1992年3月東京大学経済学部卒業。同年4月ANAに入社し福岡支店販売部に配属。97年4月に営業本部に異動。2013年4月の持株会社制移行を機にANAホールディングスへ出向し経営企画課長に就任。2016年4月にDD-Laboを立ち上げ、19年4月よりアバター準備室長を兼任

70年近くの歴史を持つ航空会社ANA。その中で津田さんが目指すのは、“破壊的イノベーション”を起こすことだという。既存の航空機産業をも脅かすかもしれない、挑戦の裏側にある想いを聞いた。

2人のエンジニアのアイデアから
『ANA AVATAR XPRIZE』プロジェクトがスタート

2016年4月、ANAは“やんちゃな発想で破壊的イノベーションを起こす”をミッションに掲げる新規事業組織、「デジタル・デザイン・ラボ(DD-Lab)」を発足させた。同組織では、宇宙輸送の事業化やドローン活用のためのインフラ整備などを行う他、“移動の未来”に関わるさまざまな事業を手掛けているが、現在特に注力しているのがAVATAR事業だ。

ANAが未来のサービスとして開発を進めるAVATARとは、単一のシステムを指すのではなく、さまざまな「瞬間移動」の手段の総称。遠隔操作可能なロボットを使い、異なる複数の場所に自分を存在させ、物理的に物を動かしたり触ったりすることができるようになる。

例えば、同社が日本でのサービス開始を準備している『Beam Pro』が良い例だ。『Beam Pro』のディスプレイには端末を操作する人の顔が映し出され、隣の人と並んで歩いたり、話している相手の動きに応じて向きを変えることもできる。まるで、意志を持った人間のようだ。

タブレット端末でアプリ画面を操作することで全長158.7cmほどのロボットを動かし、別の場所で行動することが可能となる

そもそもANAがAVATAR事業に注力するようになったのは、XPRIZE(※)というイノベーション懸賞財団との取り組みがきっかけだった。

(※)XPRIZE財団は1995年に創設された非営利組織で、人類のためのブレイクスルーを起こす賞金コンテストを開催している

「XPRIZEが初めて懸賞テーマを募集することになった時、DD-Labに所属する2人のエンジニアが、AVATARというテーマで応募したんです。すると、ピーター・ディアマンディス会長の強い共感を得て、グランプリを獲得することができたんです。それをきっかけに、『ANA AVATAR XPRIZE』という賞金レースをスタートすることになりました。今後は、様々な要素技術を結集して、2022年をゴールに人型の高性能AVATARを開発しようとしています」

並行して、AVATARに必要なVR/ARやハプティクス(触覚)、二足歩行、ロボティクスといった要素技術の一つ一つを実装すべく『ANA AVATAR VISION』というプロジェクトも開始。実証実験を重ねた結果、AVATARは迅速に事業化できるプロジェクトだと判断した。「ゆくゆくはANAホールディングスからスピンアウトした事業会社として独立させようという計画もある」と津田さんは明かす。

理論的に『どこでもドア』は作れる。でも、完成は100年後?

「AVATAR」開発を発案した2人は、航空機の運行技術を担当していたエンジニアと、元ボーイングの技術者だ。発想の原点は、「どこでもドアを作りたい」という想いだったという。

「実は、量子レベルではすでにテレポーテーションの実験は成功しているんです。なので、理論的に言えば瞬間移動を実現することは可能だと分かっています。しかし、物質の瞬間移動となると、実現までにあと100年はかかると予測されていています」

「どこでもドア」の誕生まであと100年。一見無謀にも思えるエンジニアのアイデアをANAが支援するのは、「ディスラプティブ(破壊的)な事業をあえて見つけ、サービス化する」という信条があるからだ。かつてLCCを自社グループの傘下に置いたのも、それが理由。長距離移動は高価なものという常識を他社に壊されてしまうなら、自分たちが先に壊してしまおうというスタンスだ。

他にも、長距離移動の壁となるのが、「長時間の拘束」だ。この“当たり前”を、AVATARによってどこよりも先に壊すことができれば、ANAの保守本流の航空事業にも絶大な効果があると見込んでいる。

また、AVATARは時間、距離、文化、年齢、身体能力など、さまざまな制限にとらわれずに「移動」できる技術。病院などでの遠隔治療や、人間が立ち入れない災害現場や放射線汚染地域などでもニーズは大きく、ANAでもAVATAR派遣の実証実験を進めているという。

「以前、小児病棟に入院している子供にAVATARを使ってもらい、病院にいながら水族館をまわる体験をしてもらいました。他には、カドカワの通信制高校『N高校』とタイアップして、自宅療養中や入院中の生徒が授業を受けられるような取り組みも行っています」

医療や教育分野だけではなく、宇宙資源探査などのシーンでも活用の可能性が広がっていると津田さんは話す。

「移動で世界を繋ぐ」ために、AVATARは必要な技術だった

AVATARが本格的に普及すれば、物理的な移動をせずに、さまざまな場所を訪れることができるようになる。そうなれば、飛行機の利用者は減ってしまう気もするが、津田さんは「むしろ飛行機の利用も増えるはず」と全く逆の考えだ。

「テレビ会議システムが実用化された時にも、『飛行機の利用頻度が減るのではないか』という意見がありました。しかし、実際の利用頻度は減少しなかった。テレビ会議システムにより世界中で簡単に顔合わせができるようになった一方で、リアルの場でも会う機会を求める人が増えたからです。これは、AVATARでも同じことが起こると考えられます」

AVATARにより、世界中を意識レベルで旅することが可能になれば、「自分自身もその地に実際に行ってみたい」という欲望が喚起される。ANAは飛行機とAVATAR、2つの移動手段をユーザーに提示できるようになり、人々は状況に合わせてその手段を選択することができるようになる。

「全世界の人口75億人のうち一年で飛行機を1度でも利用する人は、わずか6%程度です。ということは、残りの94%の人は、何らかの制約があって飛行機を利用していない。『お金がない』『長時間移動に耐えられない』『外国に行くのが不安』など、制約の内容はさまざまですが、AVATARがあればその制約を取り払うことができる。世界を移動する人が格段に増えると見込んでいます」

こうした取り組みを推進していくためには、イノベーティブな人材を社内で育成することも欠かせない。「デジタル・デザイン・ラボ(DD-Lab)」のメンバーを率いる津田さんが心掛けているのは、メンバーの主体性を尊重することと、結果をすぐに求めないことだという。

「前例のない分野に挑戦すると、初めのうちはうまくいかないことがたくさんあるし、いろいろなところから反発を受けることもある。そういう逆風を受けてもくじけずに目的を成し遂げるには、本人に『強い想い』があることが一番大事。メンバーが主体性を持ち、『本当にやりたいこと』に取り組んでもらえるような環境づくりをしてあげたいと思っています。

そして、イノベーションというのはそう簡単に起こせるものではない。AVATARだって、何かすぐに会社の利益が上がるような成果は出ません。だからといって、すぐに見切りをつけてはいけない。価値があると信じたことであれば、長期的な視点でその開発に向き合っていかないとダメですね。

意思のある人に『本当にやりたいこと』にとことん取り組んでもらい、それを長期的に支援する。それが“イノベーション人材”を育てる僕なりの秘訣です」

取材・文/石川 香苗子  撮影/赤松洋太

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