「居心地の良さより当事者意識と手触り感」元メルカリ新卒1期生・PMがスタートアップでの挑戦を選んだワケ
2019年5月13日、スタートアップ企業の株式会社Spectra(スペクトラ)が、ライブチケット情報見逃し防止アプリ『Freax(フリークス)』をリリースした。
Freaxを開発したSpectra代表取締役の浅香直紀さんは、大学在学中からメルカリ及び連結子会社のソウゾウでインターンを経験。その後、2016年に新卒第1期生として同社に入社を果たした人物だ。
インターン時代から新卒入社2年目にかけて、地域コミュニティアプリ『メルカリ アッテ』、ブランド品専用の査定つきフリマアプリ『メルカリ メゾンズ』の開発・グロースをプロダクトマネジャーとして担当。「元々、起業する予定はなかった」と話す浅香さんが、なぜ勢いに乗るメルカリを辞め若干25歳ながら創業の決断をしたのか。その決断の裏側に迫った。
ゼロイチで生み出した新サービスをリリース。
それなのに、自分のキャリアが不安だった
浅香さんがメルカリを就職先として意識したのは大学4年の夏。メルカリ主催の就活生向けミートアップに参加したことと投資家からの紹介がきっかけで2015年7月にインターンとして入社。『メルカリ アッテ』の立ち上げに関わるなかで、「優秀な人材が集う環境に身を置くことで、自分の成長が牽引される感覚を知った」ことがメルカリ入社の最大の理由となった。
入社後は、メルカリと子会社のソウゾウに籍を置き、プロダクトマネジャーとして『メルカリ アッテ』や、ブランド品専用の査定アプリ『メルカリ メゾンズ』の立ち上げに携わった。特に後者のメゾンズは、何をやるか決まっていない状態からリリースまで一連の流れに関わったこともあり、たくさんの学びを得たと浅香さんは振り返る。
「例えば、ユーザーファーストを徹底して、アウトプットの質とスピードを両立させる仕事の進め方。相手の立場に合わせて摩擦係数を極限まで減らすコミュニケーションスタイル。異なる文化を持つチーム(メゾンズのプロジェクトはM&Aしたザワットソウゾウのメンバーの混合チームだった)を融合し、コトに向かわせるためのリーダーシップなど、PMとして本当にいろいろなことを学ばせてもらいました」
その中でも一番の学びは、ゼロからイチを生み出すプロセスを体験できたことだ。
「ゼロイチで新規サービスを立ち上げるには、市場にある課題やニーズを把握し、それらにどうやって斬り込むべきか考える必要があります。さらに仮説をデータから裏付け、ユーザビリティとビジネスのバランスを考えながらサービスを形にしていくことが求められます。それを体系的に体験できたのがメゾンズのプロジェクトでした」
こうして入社2年目の2017年8月、プロダクトマネジャーを務めたメゾンズは約5カ月の開発期間を経てリリースされた。しかし、この喜ぶべきタイミングにも関わらず、浅香さんの頭にはある不安が頭をよぎり始めたという。
「リリースと前後して、副業でスタートアップの仕事を何社か手伝うようになりました。入社2年目のサラリーマンである自分と、同世代の経営者。比較したときに、あらゆる点で彼らの方が優れているのではと思うようになったんです」
特に仮説の立て方や精度、決断と行動のスピードが明らかに自分よりも優れていると感じたと言う。そこから浅香さんは、自分の市場価値について深く考えるようになった。
「メルカリ・ソウゾウでプロダクト開発をしていて、ユーザーや優秀なメンバーとの開発など、既存のアセットに頼っている感覚がありました。居心地がよく非常にエキサイティングではありましたが、その中で市場から見た自分の客観的価値はなんだろうかと考えるようになりましたね。一方でスタートアップの経営者たちは、大きな組織の力に頼っていない分、明らかに僕よりもリスクをとった生き方をしていると思っていました。これから、もっと自分を高めていこうと思ったら、リスクをとってでも、レバレッジを効かせられる環境をつくるべきではないか。そう考えるようになったんです」
その年の秋、高校・大学の後輩でTechouseでも一緒に働いたこともある、露木修斗さん(現・Spectra取締役・共同創業者)から退社の相談を受けていたことや、同世代のスタートアップ経営者に決断の遅さを指摘されたこと。さらに、乃木坂46のライブにいったとき、「5万人を超える聴衆を前に、自分の仕事はこれだけの人に感動を与えられる仕事をしているのか」と自問したことなど、いくつかの出来事が重なって起業する決心を固めた。
「会社を辞めずに、新規事業や新規子会社を目指す道も相談していましたが、最終的にメルカリ・ソウゾウのアセット(資産)が使えない場所で挑戦してみたいという思いの方が大きくなりました。そこで露木と一緒に会社を興して、何もない状態からものづくりをしてみることにしたんです」
”スタートアップあるある”に
ハマった原因は「手を止めることへの恐怖心」
浅香さんがSpectraを起業したのは2018年3月。翌年5月に最初のサービス『Freax』をリリースした。聞くところによると『Freax』の開発は2018年11月に始めたという。それまでの期間は何をしていたのだろうか。
「共同創業者でもある露木と検討を重ねて、会社として挑戦するジャンルをエンタメ領域に絞ることにしました。僕がtoC向けアプリ、露木がtoB向けのWeb事業という異なるバックグラウンドを持っていましたが、市場的にチャンスがあるだけでなく、自分たちが深く感情移入できるかということとやりきれるかどうかという点も意識していましたね。そこで、エンタメに絞った上で11月までに3つの事業を開発・運用していたんです」
しかし経営陣は僅か2人。エンジニアを含めても3人しかプロパーがいない状況で、3つの事業をマネジメントするのは容易ではない。事実、忙しさのあまり、週1回の経営ミーティング以外、コミュニケーションをとることすらままならない日々が続いたという。
「本来はSpectraがやるべきこととしている『エンタメ領域の情報流通経路の最適化』という目標に対して、どうアプローチすべきかについて時間をかけて議論すべきでした。しかし、甘い課題設定、曖昧な仮説設定のまま走り始めていました。僕も露木も一定プレイヤー気質なところがあって、まずはサービスを形にするための実作業を優先してしまったんです」
なぜそうなったか。端的にいえば「手を止めることに恐怖心があったから」と浅香さんは振り返る。
「資金調達してお金を集めていたのですが、議論している間も資金はどんどん出ていくのは事実なので、手を止めることに対して常に恐怖心がありました。その恐怖心に負けてしまって、考えることを後回しにしていたんです」
2018年の11月中旬に事業成長の危機的状況に気づいた2人は、丸2日をかけ創業前からの動きを逐一振り返り、事業検討と開発・経営の反省点を話し合い今後の対策を練ったという。その結果、3つのサービスを閉じ、かねてから構想のあった『Freax』の開発一本に絞る決断を下す。創業から約8カ月後のことだった。
「仮説の甘さや、仕事の抱え込み過ぎで”どうスケールさせていくか”、”スケールしたらどうなるのか”という中長期的な視点が欠如してしまうことによるピボットは、よく耳にする”スタートアップあるある”だと思います。ロジックでは分かっていたのですが、実際に起業してみると不安でそうなってしまう。IT業界でプロダクトをつくってきた経験はあるので、一定のユーザーを取り込めたものの、どんどん深みにハマってしまい、見事に抜け出せないループに入っていました。起業やエグジット経験がある優秀な上司やメンバーが身近にいて、いつでも気軽に相談できる環境があったメルカリ・ソウゾウ時代がいかに恵まれていたかということの裏返しの結果だったと思います」
だが事業の選択と集中を終えたリリース後、危機的状況は回避された。浅香さんを含む4人のフルコミットメンバーと12名の副業エンジニアを束ね、iOSアプリの開発に取り組む体制が整った。
「少し回り道をしましたが、事業を1つにしたことでプロダクトマネジャー時代から得意だった、ユーザーに向かった妥協しない開発や組織マネジメント、開発ディレクション力が生かせる環境をつくることができました。メンバーはもちろん、相談に乗っていただいた株主や前職を含めた周囲の皆さんの助言のおかげです」
スタートアップで味わえる
当事者意識や手触り感は格別なもの
浅香さん率いるSpectraは、これから『Freax』の普及を契機に、ファンとアーティスト間にある情報ギャップや機会損失を埋めようとしている。
「当面は、フェスやライブ情報を適時ファンに届ける『Freax』の成長に力を注ぐことになりますが、いずれは音楽ファンやアーティスト、興行主やイベンター、ライブハウス運営者など、音楽業界に関わる人たちを広く巻き込んだ情報プラットフォームを構築したいと考えています。情報流通経路を最適化することで、音楽業界全体の収益力向上に貢献できたら嬉しいですね」
最後にメルカリ・ソウゾウを経て、Spectra起業に至るまでの道のりを振り返ってもらった。メルカリでの経験と起業して経営する立場になったこと、それぞれの特徴やメリットをどう捉えているか聞いてみた。
「僕が経験した範囲でいうと、まだやるべきことが定まってなっていない状態で成長機会を求めるなら、優秀な人材がたくさんいる企業に入って、“揉まれる”のはいい選択だったと思います。周囲のレベルに追いつくには圧倒的な努力や行動が必要ですし、それらの積み重ねが成長を促すからです。でももし、既にリスクをとってでも挑戦したいことがあったり、厳しい環境の方が自分が成長できると思ったりするのであれば、起業するなり、志が同じスタートアップに加わるなり、挑戦してみるべきだとも思います。どんなに環境が整った企業よりも、サービスを作っているという当事者意識や手触り感が味わえるのは、スタートアップを置いて他にはないと思っています」
どちらの道に進むにしても、学び続けることを怠らず、他人に対して敬意を払い、ユーザーや顧客のために職種の壁を越えて動ける人であれば、どこでも活躍できると浅香さんは考えている。
「エンジニアに関わらずどんな職種でも言えますが、自らの成長を求めるのであれば、時に自分のキャパシティを超える仕事にも挑戦しなければなりません。それはどんな組織、どんな環境にいようとも変わらないと思います。僕は会社員から経営者になりましたが、置かれている環境を生かして自分を超えられるかどうかは、自分次第だと思います」
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/竹井俊晴 編集/君和田 郁弥(編集部)
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