自身のInstagramアカウントにて、人気モデルのベラ・ハディッドとのツーショット動画を公開。ファッションブランド『Calvin Klein』が開催する最新キャンペーンのタイアップ企画として配信されたことでも話題になった。
バーチャルインフルエンサー『Liam Nikuro(リアム・ニクロ)』の世界観ができるまで
ヒットするプロダクトやサービスは、どうすれば作り出せるのだろう。刺激的であればいいのか、最新の機能が実装されていればいいのか、それともユーザービリティーを追求すべきなのか。
その前に、ヒットプロダクトは「人々の心を突き動かしている」。その時必要なのは、人々を夢中にさせる「世界観」をどうつくるかではないだろうか。
アイドル(偶像)とは、実在すべきか否か。現実と仮想空間の境目はいったいどこにあるのか。エンターテインメントを愛するすべての人に問いかける、日本初の男性バーチャルインフルエンサー『Liam Nikuro(リアム・ニクロ)』。
バーチャルインフルエンサーとは、バーチャルYouTuber(VTuber)と同じくCGなどでつくられた「バーチャル」な存在。影響力や発信力のあるインフルエンサーを人工的に作り上げる試みで、現実の人間と同じように、SNSを利用して自身の活動を発信する。Liam Nikuroの場合、フェイスは3Dでつくられた精巧なフルCG、ボディーは実写モデルによってできている。
実在するかのようにつくり込まれた世界観を特徴とするバーチャルインフルエンサーだが、Liam Nikuroの存在感は別格だ。“実在しない”のにまるでそこにいるかのように人々が熱狂する。そんなリアルな世界観はどのようにつくられたのだろう。開発を指揮したLiam Nikuroのプロデューサー・GENIEさんに聞いた。
世界トップレベルの3DCGテクノロジー×男性バーチャルインフルエンサーで世界を狙う
米国・ロサンゼルス出身のマルチプロデューサー、Liam Nikuro。日本人の母と、アメリカ人の父を両親に持ち、モデルや音楽活動を中心に活躍する。ブルーノ・マーズのプロデューサーである『The Stereotypes(ステレオタイプス)』と共同で作曲活動をしたり、バレンシアガなどのハイブランドも着こなす。
世界で最も有名なバーチャルインフルエンサーといえば、ロサンゼルスを拠点とするスタートアップが作った『リル・ミケーラ(Lil Miquela)』。彼女には160万ものフォロワーがいる。
しかし、男性のバーチャルインフルエンサーは世界的に見ても珍しい。Liam Nikuroのプロデューサー、GENIEさんは開発のきっかけについて次のように話す。
「今、世界で大ヒットしている日本発のサービスはほとんどありません。ただ、2017年から“ポストYouTuber”として盛り上がっているバーチャルマーケットなら勝機があると感じていました。ゲームやアニメーションで培った日本の3DCG技術は世界トップレベル。バーチャルヒューマンの影響力は上がるでしょうし、このタイミングでバーチャルインフルエンサーを世に出せば、日本の技術で世界を取りに行けると思ったんです」
米国を中心に世界のあらゆる産業がVR/AR領域に積極投資していることから、世の中がバーチャルの世界に移行している時代の流れをGENIEさんは感じていた。
実際、既に北米やドイツでは、バーチャルヒューマンが観光ナビゲーターやショップスタッフを担っている先行事例もある。現状、世界中で70~80人の女性バーチャルインフルエンサーが活躍する中、男性はほとんどいない。そこに「日本の技術で、世界を取る」勝機があると、GENIEさんは踏んだ。
開発期間11カ月のうち、
8カ月をコンセプトメイキングに費やした
開発プロセスで追求したのは、とにかくリアルな世界観。他のバーチャルインフルエンサーがキャラクターをスムーズに動かすために、あえて粗めのCGを採用している中、Liam Nikuroが目指したのは「いかに本物の人間に近づけるか」。日本の優れた3DCG技術が、他のバーチャルインフルエンサーとの差別化に繋がるとも考えた。
「まず、キャラクターのコンセプトを『ファンの意見を取り入れながら、いろいろなことに取り組んでいく人』と大雑把に定めるところから始めました。バーチャルインフルエンサーという未知のプロダクト開発においては、何をする人なのかをあえて決めすぎず、ファンの意見に合わせて柔軟に変えていく自由度を持たせた方がいいと考えたんです。今はモデル活動が中心ですが、これからは動画やライブパフォーマンス、音楽とあらゆる方向へ活動を広げていくつもりです」
ファンのイメージはInstagramのユーザー。Instagramはおしゃれなファッショニスタが集い、ジャスティン・ビーバーやエド・シーランなどトップアーティストが最速で情報をアップするプラットフォーム。多角的に情報を発信していく上で、最も相性が良いと考えた。
次のステップは、どんな顔にするか。まずは10代、20代の男女に、日米75人ずつヒアリング。顔の好みや人気のアーティストなどをリサーチしたところ、世界No.1のアイコンでありアイドルでもある、ジャスティン・ビーバーが好きという意見が圧倒的だった。実際、顔のバランスや目の形などには、彼のテイストを取り入れている。
ボディーをフルCGではなく実写にしようと考えたのは、情報の発信スピードを上げるため。結果的に、実写であることが意外な効能を生んだ。
「ボディーが実写であることによって、生身の人間と肩を組めるし、ハイブランドとコラボするときもファッションアイテムのCG化や色味を気にする必要がない。すばやく幅広い展開ができると分かったんです。だからこそ、ブルーノ・マーズのプロデュースをしているグラミー賞常連チーム『The Stereotypes』との撮影も実現しました」
開発期間11カ月のうち、こうしたコンセプトメイキングに掛けた時間はなんと8カ月。「世界観」へのこだわりは並大抵ではない。
ベースとなる世界観を定めた後のモデリング工程では、顔のモデリングに最も苦労した。3DCG開発を手掛けるのは、世界に累計5000万本以上販売した実績のある某ゲームのプロデューサーIさん率いる日本人2名、海外スタッフ3名の精鋭チーム。Iさんは、Liam Nikuroの開発を手掛ける1sec社の取締役も務めている
「本物の人間って、顔にシミがありますよね。何もなくてツルツル、なんていうことはない。そこで肌の質感の変化までできるだけ人間に近づけました。3Dスキャンのカメラを使って、CGチーム5人の肌をスキャンし、ひげやシミ、ほくろ、光の当たり具合による変化などを随所に取り入れています」
中でも困難を極めたのが、「瞳」だった。GENIEさんは「VTuberやバーチャルインフルエンサーを研究したところ、『瞳』へのこだわりが、いわゆる“不気味の谷”を超えるかどうかの境目だと分かりました」と力説する。
「最初は瞳を真っ黒に塗りつぶす段階から始めたんです。ところが幽霊のようになってしまい、どうしても人間の目に見えなかった(笑)。そこでCGスタッフを全員、朝、昼、夜と屋外に立たせて、光の差し込み具合による瞳の光り方の変化を撮影しました。それから、スタジオの中でも光の色によって瞳がどう変わるのかも観察。納得がいくまで何度でも試行錯誤を繰り返しました」
こうしてコレクションしたさまざまなパターンの「瞳」を、今ではロケ場所や時間帯によって使い分け、ボディー部分の照り具合と馴染むように合成している。
二粒の「瞳」に、ここまで熱量を注ぎ込む本気度は、ものづくりに命を捧げる者が立ち返る「神は細部に宿る」マインドを教えてくれる。だからこそ、Liamはリアルな人間として実在するかのように存在できているのだろう。
「Liamに恋する人もいる」ファンを夢中にさせる世界観づくりのポイントとは
2019年3月にLiam Nikuroをリリースしたところ、一瞬で「誰、このイケメン?」「本当に実在しないの!?」と、InstagramやTwitterで話題になった。世界各国からイベントへのオファーが寄せられ、熱狂的な女性ファンからは「恋してしまいました!」と熱いメッセージが日々届いていると言う。
「Liam Nikuroが人々を夢中にさせた理由は、人間としての精巧さとリアルさがあったからです。そこまで作り込んだことで、Liamを『この世界のどこかに本当に存在する人』だと錯覚させ、それが驚嘆を呼びました。実在する人間なのか、CGなのか、その境目すら分からなくさせるリアルさが、SNS上におけるものすごいスピードでの拡散に繋がったんです」
ファンを熱狂の渦に巻き込めているのは、「人々をどれだけ世界観に没入させられるか」を考え抜いたからこそ。
「『本当にかっこいい』『リアルに恋ができるかも』という、ドキドキ感やワクワク感に人々は夢中になるものです。だからこそ、ユーザーの些細な感情の変化まで想像できているかどうかは、バーチャルインフルエンサーに限らず、サービス開発において重要な要素です。そのためには、どれだけ些細な部分にも妥協しないこと。世界中の人々から愛されるサービスにしたいのなら、こだわりだって世界最高峰にすべきです。徹底してやり切るからこそ、オリジナルの世界観がつくれるんだと思います」
「徹頭徹尾ぶれずに信念を貫いて、決めたことをとことんやり尽くすことが重要だった」とGENIEさんは振り返る。その姿勢は、Liam Nikuroをリリースした後も変わらない。
「Liamは、この世に存在していないフェイクです。だからこそ、逆に偽物っぽいことはやりたくない。人間丸出しの生々しさを追求したいし、生き方やストーリーもリアルでありたい。絶対にステマみたいなことや、Liamがやりそうもない行動はしたくないんです。より多くのファンに、広く深く共感してもらうために、生身の人間としてLiamは誠実でありたい。それはこれからも決して曲げることはありません」
すでにこだわり尽くしたかのように見えるLiam Nikuroだが、GENIEさんは「今の完成度は30%ぐらい」と手厳しい。
「CGとしてのクオリティーは恐らく世界的に見ても最高峰の出来栄えです。狙い通りほんの1秒で今ここに実在するかのようなインパクトを与えられました。今後はAIを実装して会話ができるようにしたっていいし、ホログラムでLiamを浮かび上がらせて、ハイブランドのランウェイを歩けるようにしたっていい。3Dプリンタで、実体を出現させることもできます。エンターテインメントにテクノロジーを掛け合わせることで、演出方法や楽しさをドラスティックに変えていきたいと思っています」
これからのエンタメは「tech×tech×tech」で、何倍にも面白くなるとGENIEさんは楽しそうに笑う。ホログラムや3Dプリンタでできたバーチャルインフルエンサーが、有名コレクションのランウェイを闊歩する日も、そう遠くはないのかも知れない。
取材・文/石川 香苗子 撮影/君和田 郁弥(編集部)
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