(※1)Oculus社が2016年3月に発売したヘッドマウントディスプレイ(HMD)
DMM 松本勇気×クラスター 加藤直人が語るVRの未来「“5年後の当たり前”を開発できるのは黎明期の今だけ」
ハードウェアの低価格化と対応コンテンツの広がりにより、VRがますます身近な存在になってきている。しかし、VRがもたらす未来が想像できなかったり、VRに携わる面白さがピンとこなかったりするエンジニアも多いはずだ。
そこで今回は、VR領域に精通するDMM・CTO松本勇気さんと、VR空間上でライブ体験を共有するサービス『cluster』を運営するクラスター・CEO加藤直人さんを迎え、VRによって変わる未来と、VR領域に求められるエンジニア像について熱く語ってもらった。
VRはモバイル以上に、人間の生き方を変える
松本さん(以下、敬称略):最初にお会いしたのは、加藤さんが会社をつくった1年後くらいのタイミングだったと思います。前職のGunosy時代にVRについて調査していた時に、アバターを用いて数千人規模のイベントをVR上で開催できるプラットフォーム『cluster』の存在を知り、面白そうなサービスだと思ってすぐにTwitter経由でDMを出したんです。「ちょっと会ってお話ししませんか?」って。
加藤さん(以下、敬称略):そうですね。2016年に松本さんからご連絡をいただいたのが最初にお会いしたきっかけでした。それ以降、定期的にお会いするようになりましたね。
松本:VRが大好きな自分としては、加藤さんの話す「あらゆる”集まる”シチュエーションをバーチャル上で作る」というビジョンに激しく共感したんですよね。今年もVR業界の友人を集めた新年会にも来ていただきましたし、僕がDMMに移って、VR関連のプロジェクトに直接携わる機会が増えてからは、ちょくちょくお話しさせてもらっています。
加藤:最初にお会いした時から、「VRはこれから熱くなりますね」なんて、盛り上がったのを覚えています。
松本:ちょうどVRゴーグルの『Oculus Rift(※1)』や『HTC Vive(※2)』が出たぐらいのタイミングでしたからね。とはいえ、ようやくできのいいヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)が手に入るようになっただけで、当時はまだ、VR市場と呼べるようなものは存在しませんでした。
(※2)HTC社製HMD。2016年4月に発売
加藤:VR系のスタートアップも今ほどなかったですし、VR市場の先行きは不透明。でも熱意と希望はある。当時の状況はそんな感じだったと思います。
加藤:アニメ版の『攻殻機動隊』や森博嗣先生のSF作品などを通じてVRに興味を持ったのがきっかけです。この業界にはそういう人って多いですよね。
松本:僕自身もそうです(笑)。攻殻機動隊を見て、「いつかあの作品の世界観を実現したい」と、電脳化の世界に憧れたことがVRに興味を持ったきっかけでした。
加藤:僕が本格的にVRに取り組もうと思ったのは、2014年3月にFacebookが当時『Oculus Rift』を開発していたOculus社を20億ドルで買収するというニュースを目にした時でした。
松本:話題になりましたからね。
加藤:ええ。それで早速『Oculus Rift』の第2世代開発者キット『Development Kit 2(DK2/開発キット)』を買いました。今と比べれば反応速度の問題もあって気分が悪くなることもありましたけれど、VRの本質や可能性を知るには十分な体験でした。
松本:どんな点に可能性を?
加藤:ネットにつなぐことで、体験を届けられるテクノロジーだという点ですね。
松本:インフォーメーション(情報)ではなく、エクスペリエンス(体験)が届けられるというのはVRならではですよね。それはよく分かります。
加藤:その後に読んだスタンフォード大学のジェレミー・ベイレンソン教授が書いた『VRは脳をどう変えるか?』という本の原著タイトルが『Experience on Demand』(需要に応じて体験を届ける)だと知り、自分の直感は間違っていなかったと思いました。
松本:僕が感じたのは、モバイルの普及によって世界が大きく変わったように、空間をコードで定義し視覚をハックするVRは、モバイル以上に人間の生き方を変えるテクノロジーだということでした。
加藤:ソフトウェア技術の進化で、世界はどんどんプログラマブルになっています。VRはその中でもっとも新しく有力なテクノロジーですね。
松本:そう思います。初めてVRを体験してみて思ったのは、日常にVRが溶け込む時代がいつやって来るかは分からないけれど、そういう時代は必ず来るだろうという確信でした。ですからそれが実現するまで、頑張り続けなければと思ったんです。
加藤:なるほど。
松本:僕にとってVRは、空間を拡張するものというより、人間の能力を拡張するテクノロジーです。VRが進化することによって、より一層、場所に縛られない生き方ができるようになるでしょうし、AIや翻訳技術と組み合わせれば言葉の壁だって越えられます。VRはネットワークに次いで、人間を規定する新しいレイヤーになるんじゃないかと思っているんです。
「啓蒙活動期」を迎えたVR。鍵を握るのは3つのコンテンツ
加藤:ハイプサイクル(※3)でいうと、2016年が「過度な期待」のピーク期で、2017年から2018年かけてが「幻滅期」、2019年からは「啓蒙活動期」に向かって反転上昇に転じ始めたような印象を持っています。今年5月には、PCもケーブルも不要なオールインワン型の『Oculus Quest』が比較的安価な値段で登場しましたしね。
(※3)新技術の登場から発展、普及するまでの過程を図示する曲線
松本:『iPhone』だって高いモデルだと10万円以上しますが、『Oculus Quest』は5万円前後。以前と比べて一般の消費者でも手が届く価格になったのは素晴らしいことだと思います。
加藤:実際、数十万本、数百万本売れるVRゲームも出てきましたし、『cluster』で昨年開催した音楽イベントは、チケット価格5000円にも関わらず、多くのお客さまにご利用いただきました。VR市場が形成されつつあるのを実感しています。
松本:どのVRスタートアップも勝ちパターンを模索している中で、クラスターさんは非常に希有な成功例だと思います。
加藤:ありがとうございます。
松本:ハードウェア性能はすでに一定レベルを超えてきているので、あとはコンテンツへの投資が進めば、市場形成が一気に進むでしょうね。
加藤:『PlayStation』も、ソニーが発売開始から3年間コンテンツ投資を続けた結果、『ファイナルファンタジー VII』や『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』が生まれ、『PlayStation』本体の販売に弾みをつけたそうです。VRが大きく成長するには、この2つのゲームに匹敵するようなコンテンツが必要になるでしょうね。
松本:そう思います。
松本:まだ分かりません。現在、世界中で行われている実験の中から、VRコンテンツの「正解」が生まれてくるのだと思います。DMMでも、事業部からゲームや動画でVRを活用したいという要請があった時に即座に対応できるよう、VR研究室が中心となってミニゲームを量産し感触を探っているところです。
加藤:何がヒットするかは確率論に近いところがありますから、たくさんのコンテンツをつくることは重要です。僕は、VRを通じて「体験」を提供するという意味では、「ゲーム」「イベント」「アダルト」の3領域に可能性があると思っています。クラスターはイベント領域の中でも、VR音楽ライブにおけるフォーマットを固めつつあるので、これをベースにコンシューマーに求められるコンテンツを生み出していくつもりです。
松本:提供すべきコンテンツやビジネスフォーマットが固まってくると、今度はサービスを支える認証や決済などの基盤やコンテンツの見せ方、生かし方が重要になってきます。『cluster』はすでに現時点で、HMDを持っている層と持っていない層の両方から課金を成功させている。これはとても素晴らしいことだと思いますよ。
加藤:ありがとうございます。HMDの普及は進んできたとはいえ、全体から見れば持っている層はまだ少数派。そうしたコアな層だけをターゲットにするより、PC画面やパブリックビューイングなどを通じて、一般の方にもVRコンテンツを知ってもらった方が広がりがあると判断しました。とはいえバーチャルイベントという性質上、HMDによるVR体験に優るものはありません。初めて参加した一般のユーザーが「同じ課金するなら、次はHMDで参加したい」と思っていただけたらいいなと思って取り組んでいます。
黎明期のVR業界には「5年後の当たり前」を開発するチャンスがある
松本:コンテンツが整ってくると、次のステップは、やはり通信コミュニケーションに焦点が集まるでしょうね。
加藤:そうなると通信キャリアとの連携が進むでしょうから、スマートフォンと同じような感覚で気軽にHMDを買える時代が来ると思います。技術的な興味でいうと、個人的には、クラウド上でVR映像を生成してくれるクラウドレンダリング技術(※4)に期待しています。
(※4)インターネット上のクラウドサーバでレンダリングを行うことができる技術。外部のクラウドサーバを使用してレンダリングすることで、突発的な受注業務にも柔軟に対応でき、管理コストも節約できる
松本:もしエンドユーザー側のハードウェアがデータのアウトプットとインプットだけに集中できれば、HMDはもっと軽くなって、今より安くカジュアルに使えるようになるでしょうね。
加藤:そう思います。
松本:ただし今の技術では、4Kクラスの360度映像を高フレームレート(※5)かつ低いレイテンシー(※6)でやり取りするのがかなり難しいのは確か。いくつもの技術的なブレークスルーは必要になるでしょう。
(※5)1秒間の動画で見せる静止画の枚数(コマ数)
(※6)データ転送における指標のひとつで、転送要求を出してから実際にデータが送られてくるまでに生じる、通信の遅延時間のこと
加藤:5Gも登場しますし、クラウドベンダーには期待したいところですね。
松本:先ほども少し触れましたが、VRコンテンツを成立させるには、サービスを支える認証や決済などの基盤が必要になります。VR特有の難しさがないわけではありませんが、フロントサイド、サーバーサイドを問わず、Webサービスやアプリ開発に取り組んだ経験は大いに生かせるでしょう。
加藤:仰る通り、Webサービスやアプリ開発経験者のニーズは、これからますます高くなると思います。僕はコンシューマーゲームを作り込んできたエンジニアと、サービスやコンテンツを継続的に成長させることに慣れているWebやアプリ開発エンジニアの融合が急務だと感じています。
松本:そうですね。Webやアプリ開発経験者は、「データをどう見ていくかべきか」「継続的に改善していくためにはどういうエコシステムが必要か」という考え方に慣れていますし、ノウハウもあります。こうした考え方をVRコンテンツの開発に携わるエンジニアにインストールできる人や、翻訳して伝えられる人はそれほど多くありません。これから市場価値が高まるエンジニアだと思いますね。
松本:エンジニアに限らず、成長産業に身を置くことが個人の成長につながります。現時点で、新しい領域を開拓したいと思うならVRでしょう。まだ市場がゼロからイチになったぐらいのタイミングですから、きっとこれから面白い体験ができるんじゃないかと思います。
加藤:スマホアプリにしてもWebサービスにしても成熟期に入り、5年後、10年後の当たり前を開発することが難しい状況になりつつあります。その点、VRはまだ何が正解か分からない未開の領域。不確実性は高いですけど、社会全体がVRを必要とするようになるのは確か。興味があれば挑戦してみるべきだと思います。
松本:同感です。特にコンシューマ向けのビジネスがしたいと思っているエンジニアにとって、VRは良い経験になると思います。何しろ将来しかない業界ですから(笑)
加藤:VRは一時の流行などではなく、確実に社会を変えるポテンシャルがあるテクノロジーです。市場の黎明期から携わることによって、ことによると自分の仕事が何十年先にも残るなんて経験ができるかもしれません。日本は『初音ミク』に代表されるバーチャルタレントを生み出した国。新たなVRプラットフォームを生み出すポテンシャルは十分にあると思います。
松本:『cluster』もその一つだと思います。一緒にVRを盛り上げていきたいですね。
加藤:そうですね。一緒に頑張っていきましょう!
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/赤松洋太
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