TiKTokのバイトダンス出身の日本人エンジニアに“中国IT急成長”の裏側を聞いてみた
かつて、安価な労働力を背景に、長らく「世界の製造工場」としてその名を轟かせてきた中国。しかしこの10年でそのイメージは大きく変わりつつある。製造業によるモノづくりだけでなく、ITやデジタルサービス分野でも急激に存在感が増しているからだ。
とはいえ、日本国内で中国のITエンジニアたちの動向が伝えられることは少ない。そこで今回は中国の大学院で学び、動画アプリ『TikTok』を提供する現地の急成長スタートアップ、バイトダンス(字節跳動)で当時唯一の外国人エンジニアとして働いた経験を持つビービットシニアエンジニアの那珂将人さんに、中国のITエンジニア事情について話を聞いた。
「“お客さん”じゃなく、中国人と同じステージで競いたい」一心発起しバイトダンスへの入社を決意
世界的なテックカンパニーといえば、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)を思い浮かべる人が多いだろう。しかしグローバル企業が名を連ねる世界時価総額ランキングの上位10社に目をやると、アメリカ企業に混じって中国企業の名前が目に入ってくる。中国はいまや、アメリカに次いで数多くのテックカンパニーを輩出する国なのだ。
バイドゥ(百度)、アリババ(阿里巴巴)、テンセント(騰訊)の3社、通称BATは世界最大級の中国テックカンパニーだが、このBATの座を虎視眈々と狙うスタートアップも続々と登場している。その筆頭株が、バイトダンス(字節跳動)だ。日本でも人気のショート動画共有サービス『TiKTok』を提供する企業として、徐々にその知名度を上げつつある。
現在、ビービットでシニアエンジニアを務める那珂さんは、中国の吉林大学の修士課程で4年間学んだ後、バイトダンスに現地採用され、北京で約2年にわたり働いた経験を持つ。
「東大の大学院に進学した2012年の9月に休学届けを出して、コンピューターサイエンスを学ぶために吉林省長春市にある吉林大学の修士課程に入りました。
中国の修士課程は3年が普通なんですが、1年目に中国語の勉強に時間を割いた分を補うために、1年延長したんです。でもその4年目に労働ビザの取得条件が緩和されたおかげで、バイトダンスで働くチャンスをつかむことができました。留年したことが功を奏しましたね(笑)」
その後、バイトダンスのインターンに採用された那珂さんは、大学のある長春を離れ、1000kmも離れた北京で働くことになる。
「インターンの待遇は、平日+隔週日曜出勤で、勉強との両立はなかなか大変でした。『早起きして2時間論文を書いて、8時からガッツリ働いて、夜にまた2時間論文を書く』みたいな生活を当時は送っていて、正直かなりキツかったです(笑)」
2カ月のインターン期間を経て、バイトダンスに入社することとなった那珂さん。機械学習エンジニアとして、ニュースアプリやビデオ共有アプリなどに組み込まれるレコメンドエンジンの開発に携わることになった。文化の違う環境に飛び込んだのは、「日本人として特別扱いされたくなかったから」だと振り返る。
「留学生の立場だと、どこまでいっても“お客さん”扱いなんですよね。中国人の同僚に『中国語うまいね』なんて言わないじゃないですか。僕は彼らと同じステージで戦って、力を付けたかった。だから卒業後も引き続き、バイトダンスで働くことを選んだんです」
給与はバラバラ、完全な実力主義
そんな環境でも「働きやすかった」理由
実際にバイトダンスで働いた感想を伺うと「厳しさを補って余りある魅力があった」と那珂さん。
「2年足らずの間に部門のトップは何人も替わり、毎週のように複数人が入社してきていました。会社は完全な実力主義で、競争も激しい。平均年齢は26歳で活気がありましたが、給与額は実力によって決定するので、たとえ同じ年齢、同じ職種であってもバラバラです。
『社員同士で給与の話はするな』って釘を刺されていたくらいでしたから、かなり差があるんだと思います。数倍違ったとしても驚かないですね」
これだけの厳しさがある反面、「すごく働きやすい環境でもあった」と那珂さん。なぜ働きやすいのか。それは、「とにかくチャレンジする文化」が根付いていたからだ。
「少しでも優れていると判断したら、導入事例があるかどうかなんて気にせず、新しい技術を取り入れるのは当たり前。社内で使うツールなんかも、自分たちの方が良いものがつくれると思ったらどんどん内製化します。
リソースが豊富だし、とにかく全てにおいてスピードが速い。『きっとAmazonみたいなテック企業もこういうフェーズを経てグローバル企業になったんだろうな』と思わせるようなスピード感とダイナミックさがありましたね」
こうしたスピード感の根元には、先々のことよりも「今この瞬間」を重視する姿勢がある。
「少なくとも僕のまわりには、5年先のことを考えている人なんていませんでした。『そんな先のことなんて考えてどうなる? 今良いものをつくらなきゃ、明日すら危ういのに』って人が大半でしたから」
また、業務を妨げるような無駄なルールがなく、自分の仕事に集中できる環境が用意されていることも、開発のスピードを加速させている要因だ。
「中国では、新卒であっても『なぜ自分が採用されたのか』『何を望まれているのか』をはっきりさせた上で採用されるんです。なので、そもそも『どうしたら評価されるか分からない』といった悩みを感じる余地はありませんし、与えられたミッション以外の仕事をやることもほとんどない。
僕の場合は、レコメンドエンジンの精度を高めることがミッションだったのですが、それ以外の業務に煩わされた記憶はほぼありません」
業務内容と担当領域を明確にすることは、業務効率を向上させるためだけでなく、属人化を防ぐことにもつながる。人の入れ替わりが激しい中で、「退職者が出たら業務が回らなくなる」状況を避けるための対応でもあるわけだ。
また、こうした仕組みの他に、「文化的な違いも面白かった」と那珂さんは振り返る。
「中国では食事を大切にするんですよ。だからどんなに現場が燃えていても、ちゃんと定刻通りに温かい食事を取りに出掛けるんです(笑)。あとは、もったいぶった言い方をしないでストレートにものを言う人が多いのと、少しでも高い給料を出すと声が掛かれば、情に左右されずにすぐ転職するというのも、日本とは違うところだと思いますね」
会社と社員の関係性も、日本とはかなり違うようだ。
「仕事ができる人には、より好奇心が刺激される大きな仕事と責任、裁量、報酬が与えられる環境なので、会社は社員の集まりというよりも、個人事業主の集まりみたいな感じなんです。
上司もメンバーに『この仕事をお前たちがやり遂げられなければ、次から面白い仕事は全部隣のチームに持っていかれる。だからマジで頑張れ』ってハッパを掛けてくる。
なぜなら、マネジャーが面白い仕事を獲ってこなかったら部下のモチベーションが下がって成果が出ないので、結果的に上司の評価が落ちてしまうから。だからみんな本当に必死ですし、そういう意味では上司と部下はフラットだったと思います」
「多産多死」の環境から、一つのサービスを広める役割へ。「自分にしかできない仕事」もまた面白い
すっかり中国での生活に馴染んでいた那珂さんだが、2018年6月末月、バイトダンスを辞め、ビービットに入社するため帰国する。なぜ日本に帰る道を選んだのだろうか。
「学生時代に所属していた東大体操部の先輩で、同じ研究室でもお世話になっていたビービットCTOの西岡に誘われたからです。西岡は当時、人工知能とデータ解析を行う会社を経営していて、水面下でビービットとの経営統合計画が進められていました。そのタイミングで『一緒に仕事をしないか』と誘っていただき、日本に戻ることにしたんです。
本当はあと1年はバイトダンスで働くつもりだったんですが、ビービットが当時リリースしたばかりの『USERGRAM』を、自分の力でグロースさせられたら面白いだろうなと感じて決断しました」
那珂さんが託されたUSERGRAMは、今後のビービットの新たな事業の柱とするべく立ち上げられた、AIを活用したソフトウェアサービス。「多産多死」を前提に新規サービスを量産するバイトダンスでは味わえない面白さがあると感じたと話す。
「ビービットには、2000年の創業以来、UXを考え続けてきたという歴史があります。そのノウハウをAIに取り込み、新しいソフトウェアサービスとして世間に広めるには、AIや機械学習に強いエンジニアを採用し、開発チームを強化していかなければなりません。そうした重大な任務を任してもらえると聞いて、とても興味を惹かれました。
細分化されて代替可能性が高いバイトダンスと違い、ここでは自分にしかできない仕事を任せられている実感があります。中国での仕事も刺激的でしたが、今もとても楽しいです」
日本のITエンジニアが中国のITエンジニアに学ぶべき点があるとしたらどんなことなのだろう。日中の両国で経験を積んだ那珂さんは、次のように捉えている。
「バイトダンスとビービットの2社でしか働いたことがないので、あまり大きなことは言えませんが、中国のITエンジニアは、失敗を恐れずとにかくたくさんの試行錯誤を重ねます。しかも人口が多いので、その回数は膨大です。少なくとも、そうした環境で切磋琢磨している人たちと、自分たちは競い合っているんだということは知っておくべきだと思いますね。
とはいえ10人足らずのエンジニアでつくったサービスが、何億人もの人が利用するサービスになる可能性があるのがソフトウェアの面白いところ。日本はとても優秀なITエンジニアが多いので、失敗を恐れずチャレンジの回数を増やす努力を重ねていけるといいんじゃないかなと思います」
見識を広げるために、チャンスがあれば海外で働くのもいい経験になるはずだと、那珂さんは説く。
「どんなに経済が悪くなっても、どこかに景気の良い場所はあるものです。幸いITエンジニアは世界的にもニーズが高いし、マシンとネット回線さえあれば、場所を選ばず働くこともできます。
僕自身、そういう人になりたくて中国にいったのですが、実際に外国で働いてみると、変化にも強くなるし、視野も広がります。機会があればぜひ挑戦してみるといいと思いますよ。かえって日本の良さが見えてくるかもしれません」
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/桑原美樹
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