AI企業シナモンCEO・平野未来に聞く、日本人エンジニアが安泰でいられない理由「ベトナム人は東大生の大半が落ちる試験を突破する」
日本におけるIT人材の不足が大きな課題としてクローズアップされる中、外国人エンジニアを積極的に採用する日本企業が増えている。
国内では空前の売り手市場が続いているが、高いスキルを持つ優秀なライバルが増えれば、日本人エンジニアも安泰ではいられないはずだ。
そこで早くからベトナムでAI人材の採用を進めてきたシナモンCEOの平野未来さんに、ベトナムに着目したきっかけと海外人材を高く評価する理由を伺った。
東大生でも大半が落ちる難関試験を突破。“天才”レベルのベトナム人AI人材
人工知能開発のスタートアップ企業として注目を集めるシナモン。日常業務で使われているさまざまなビジネス文書を人間のように読み取る『Flax Scanner』を中心に、独自開発した国内トップクラスの人工知能エンジンを提供している。
その高い技術力を支えているのが、ベトナム出身のAI人材だ。ホーチミンとハノイにある開発拠点には現在ベトナム人スタッフが160人ほど勤務し、うち90人がAIリサーチャーと呼ばれるスペシャリストで占められている。
「私たちは、世間一般でAIエンジニアと呼ばれる人材とAIリサーチャーを明確に区別しています。AIエンジニアはディープラーニングの既存ソースコードを使える人で、AIリサーチャーはアルゴリズムをゼロから組める人。私たちが採用するのは、後者の人材です」
ベトナム人の採用状況についてこう説明した平野さん。本社は東京にあるが、現時点で同社のAIリサーチャーの9割はベトナム人だ。今年は台湾にも拠点を設けて現地での採用を積極化。2024年までにAI人材を500人規模に増やす目標を掲げている。
これまで日本企業の多くが安い人件費を目当てにアジアに進出してきたが、シナモンの場合は動機が全く異なる。ベトナム人を採用する理由はただ一つ、平野さんいわく「圧倒的に優秀だから」だ。
「ベトナムに拠点を構える前に、現地で複数のエンジニアたちと話す機会があったので、私がシナモンの前に起業した会社でエンジニアの採用試験に使っていたアルゴリズムの問題を出してみたんです。それらは一番簡単なものでも日本人エンジニアの正答率が10%以下という難問でした。ところがベトナム人エンジニアは、皆さん一瞬で解いてしまった。それを見て圧倒的な優秀さを確信し、この国に開発拠点を作ろうと決めました」
しかもシナモンが採用するのは、優秀なベトナム人エンジニアの中から、さらに絞り込んだトップクラスの人材のみだ。同社では半年間に渡るトレーニングプログラムを実施し、時間を掛けて選抜を行う。
応募者はまず数学とプログラミングの試験を受け、それを通過するとAI開発に必要な数学の基礎を叩き込まれる。難易度の高い課題をいくつもクリアしてようやくプロブラムは修了となるが、ここまで辿り着けるのは極わずかだ。
「年間で約600人の応募があり、最終的にそのうちのトップ5〜10%を採用します。今年の頭に始まったプログラムの場合、半年後に修了証を手にできたのは8人だけでした。
そもそも応募してくるのは、日本の東大・東工大に当たるハノイ国家工科大学やハノイ工科大学などでコンピュータサイエンスを専攻していた人たちが中心。そのうちの上位1割ですから、“天才”と言っていいでしょうね。弊社のトレーニングプログラムは、東大生が受けてもほとんどが落ちると思います」
天才という表現が飛び出るほどハイレベルな人材を輩出するベトナムと、世界に比べてIT人材の不足が著しい日本。両国の間に大きな差がついた背景には、教育や職業観などの違いがある。
「ベトナムでは海外企業から受託するITのアウトソーシングビジネスが外貨獲得の重要な手段となっているため、国もコンピュータサイエンスの教育に力を入れていて、大学でも専攻する学生が多いです。東大でコンピュータサイエンスを学ぶ学生は全体の1%しかいませんが、ハノイ工科大学では約3割に上ります。
それにベトナムではプログラマーという職種がリスペクトされて社会的地位もあるし、給与も他の仕事に比べてかなり高い。お金持ちになりたいなら、文系の学生は官僚、理系の学生はプログラマーになって外資系企業に勤めるというのがベトナムにおける立身出世の手段。だから優秀な人材がこの分野に集まるわけです」
その優秀さはシナモンに入社後も存分に発揮されている。平野さんも日本人
エンジニアとは違うアプローチに感心することがしばしばあるという。
「ベトナム人のAIリサーチャーは、これまでに経験したことのない難しい課題を与えられても、短期間で成果物の精度を上げてくるのが素晴らしい。最初は精度20%程度のものを出してきたとしても、そこから大量の論文を読み込んだり、あらゆるアルゴリズムの組み合わせを試したりしながらものすごい数のトライ&エラーを繰り返し、3カ月もすると90%以上の精度に高めてくる。
日本人はプランニングに時間を掛けて、皆が納得した計画や段取りに沿って進めていくのが一般的ですが、ベトナム人はとにかくまず手を動かしてみるんです。悪くいえば行き当たりばったりなのかもしれませんが、障害が目の前にあってもどんどん乗り越えていく力はすごいなと思いますね」
日本企業の公用語が英語になれば「日本語ができる」優位性も失われる
そんなベトナムのAI人材の活躍を知ると、日本のエンジニアも「このままでいいのか」と危機感を抱くのではないだろうか。
最近になって日本企業がアジアを始めとする海外人材の積極採用に乗り出す事例が増えているが、それは決して人件費抑制のためではなく、「日本国内には企業が求める能力やスキルを備えた人材がいないから」というシビアな現実があることを直視すべきだろう。平野さんもその点に同意する。
「私たちがAIリサーチャーを日本国内で採用したくても、そもそも人材がいない。ディープラーニングのアルゴリズムをゼロから組めるレベルの人材は、日本全国でおそらく300人程度、どんなに多く見積もっても400〜500人。シナモンにも数名の日本人AIリサーチャーがいますが、これを国内だけで30人、40人とアグレッシブに増やしていくのは難しいのが現状です」
しかも今後ますますグローバル化が進めば、日本国内で働くエンジニアであっても語学力や国際的なコミュニケーション力が求められるようになる。同じプロジェクトに外国人が参画したり、海外拠点と連携して開発を進めたりする事例が増えていくのは間違いないからだ。
「今はまだ『日本語が話せます』というのが国内で働くエンジニアの優位性になっていますが、これから業務上のコミュニケーションが英語中心になればその強みさえも失われていく」と平野さんも指摘する。
では、日本人エンジニアが海外エンジニアに負けない競争力を身に付け、必要とされる人材になるにはどうすればいいか。平野さんが勧めるのは、技術力に加えて「マネジメント力」と「ビジネス理解度」を磨くことだ。
「世界で活躍する優秀なエンジニアや研究者たちは、例外なくマネジメント力と高いビジネス理解度を備えています。人をマネジメントできないと全てを自分一人でやることになり、できることが小さくなってしまう。大きいことをやりたいと思ったらチームで取り組むことが不可欠なので、マネジメントのスキルは必須です。また、いくら技術に詳しくても、取引先となる企業のビジネスを理解しなければ、相手のニーズに応える開発はできません」
最近シナモンが新たな人事制度として導入したグレードシステム(等級制度)でも、マネジメント力とビジネス理解度を重要な評価軸とし、技術系の社員でもこれらを備えていない人はグレードが上がらない仕組みにしたと言う。
「つまり私たちは、『技術だけをひたすら深堀りしたい』というタイプの人材は評価しないということです」
平野さんはそうはっきり言い切る。
「プラスα」のスキルを磨くなら、日本人エンジニアは外国人エンジニアより有利
「技術だけでなく、プラスαのスキルまで必要なんてハードルが高い」と思ったかもしれないが、実はこの2つの要素については外国人よりも日本人の方が有利な立場にある。
「ベトナムを含むアジアの国々では、経済の発展度合い、ITの普及の仕方、商習慣などが異なるため、標準的なオペレーションも異なります。ですからベトナム人AIリサーチャーに、『日本のお客さまの会社ではこんな業務が行われている』と説明しても、今一つイメージが掴めないようです。
でも日本人なら、社内のミーティングに参加したり、顧客への提案書を作ったりと、ビジネス理解度を強化する手段は身近にいくらでもある。今まで技術向上だけに集中していた努力を少しそちらに向けるだけで、ビジネス理解度はかなり上がるはずです」
マネジメント力についても、組織的に仕事を進める日本の方が身に付けやすい環境にある。管理職ではなくても、自分から積極的にチームのまとめ役や調整役を買って出るなどしてできるだけ他の人と関わる機会を増やせば、着実にマネジメント力を伸ばしていけるだろう。
「しかもこの2つのスキルは、時代が変化してもずっと使える永続的なもの。プログラミングの言語はその時々で流行りがありますが、マネジメント力やビジネス理解度はどんな時代でも求められるビジネスパーソンとしてのコアスキルです。
特に技術にもビジネスにも詳しくて、なおかつお客さまの前に出られる人はすごく強い。営業だけでは説明できない技術について、分かりやすく相手に伝えられるエンジニアはどこでも重宝されます」
そんな人材になるには、「お客さまの前に出る機会を積極的に作るといい」と平野さんはアドバイスする。
「日本のエンジニアは自分の技術をアピールするのが下手だというのが私の率直な印象です。専門用語や難解な表現を使いまくるので、技術系ではない一般の人には何を言っているのか分からない。ですから、それを噛み砕いて誰にでも分かる表現で伝える力が必要です。そのためにはお客さまの前に出て、ヒアリングやプレゼンの機会をできるだけ多く作ることが一番のトレーニングになるでしょうね」
「このままではいけない」という危機感さえあれば、必要とされるスキルを磨く環境や機会はいくらでもあるのが日本人エンジニアの強みだ。そのメリットを生かして、今から自発的な努力ができるかどうか。それがグローバル化の時代に日本人エンジニアが生き残るためのカギになるだろう。
取材・文/塚田有香 撮影/赤松洋太
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