日本でもスタートアップを中心にプロダクトマネジャー(以下、PM) というポジションが置かれることが増えた。エンジニアのキャリアパスとしての注目度も高まっている。だが、日本企業におけるPMの役割は各社で異なり、その実態をつかみきれていない人も少なくないようだ。
そこで今回は、シリコンバレー在住13年、複数の企業で通算8年にわたってPMを務めた経験を持ち、USではProduct Schoolのインストラクター としてシリコンバレー界隈にいる現地PMの育成に務める傍ら、日本向けにはオンライン学習プラットフォーム『Udemy』でプロダクトマネジメント講座の講師 も務める曽根原春樹さん へのインタビューを実施。
シリコンバレー企業におけるPMの役割、求められるスキルやマインドセット、エンジニアからPMになるために必要なことなどを、ご自身の経験を元に語ってもらった。
曽根原 春樹さん (@Haruki_Sonehara )
2001年中央大学総合政策学部卒。文系だったものの新卒でエンジニアとしてCisco Systemsに入社。のちに転職した企業がJuniper Networksに買収され、2006年にUS本社転籍を機に渡米。その後プロダクトマネジャーに転身。Viavi、Ooyalaなどシリコンバレーのスタートアップ企業を経て、現在はソーシャル音楽アプリSmuleにて、Principal Product Managerとしてグローバルにプロダクト開発を指揮。Chatwork社のプロダクトマネジメント顧問として同社の上場もサポートしている
PMはビジネス・テクノロジー・デザインの真ん中に立つ存在
「シリコンバレーではPMのことを『CEO of Product』とも呼びます。つまり、PMはその製品に関して誰よりも詳しい存在でなくてはならない。 会社には『いつまでにIPOする』『次のファンディングを得るためにMAUを40%増やす』など達成したいゴールがあるわけですが、PMはそのゴールに到達するために必要なことをあらゆる角度から考え、実行する。その全責任を負う立場にあるのです」
そもそもPMというポジションがなぜ必要になったのかを辿れば、その役割や重要性も見えてくると曽根原さんは言う。
「多くの場合、スタートアップ企業はアイデアを持った起業家・経営者の『こういうものを世の中に提供したい』という思いから始まります。こうしたゼロイチのフェーズでは、経営者自身が死に物狂いでやれば大抵のことはなんとかなる。けれどもどこかのタイミングでサービスがハネる、あるいはビジネスとしてスケールする必要に迫られると、もはや経営者一人でどうにかできるものではなくなります。
そこで、経営者のやりたいことを理解し、ビジネスとして成立させ、ユーザーに刺さるプロダクトという形でコンスタントに世の中に出せる人間が必要になる。こうして生まれたのがPMというポジションです。法律で紛争解決するプロとして弁護士が、医療行為のプロとして医者がいるように、プロダクト作りのプロとして確立された職業がPMというわけです 」
「製品のCEO」とまで呼ぶからには、考えなければならないことは多岐にわたる。まずは「目標を達成するためにはどんなプロダクトを作らなければならないか」「どれくらいのユーザーにどういった価格で提供するのか」といったビジネスの側面。そして「そのスケールに耐えられるだけの技術的バックグラウンドをどう担保するのか」「例えば最近の流行に乗ってAIを入れることが他社で提供していないような新たな価値の提供に本当につながるのか」といったテクノロジーの側面からの検討も必要だ。
さらに「その製品が最も届いてほしいユーザー層が使い続けてくれるUI・UXをどう実現するか」というデザインの側面も求められる。大きく言えば、ビジネス・テクノロジー・デザインの3軸の中心に立ち、さまざまな部署の人と関わりながら、あるべきプロダクトについて追求していくのがPMということになる。
「大変な仕事ですが、その分やりがいは大きいと感じます。特に自分の作った製品を通じてユーザーの人生にポジティブな影響を与えられる喜びは何ものにも代えがたいですね。例えば、僕が今手掛けている『Smule』は音楽に関するソーシャルアプリなので、そこには人と人とのつながりが生まれます。アプリ自体は婚活アプリでは全くないんですが、音楽を通したつながりからユーザー同士で結婚した例まであるくらいで。こうしたことは、誰かが作ったプロダクトを売るだけの仕事や、ビジネスの視点を欠いたまま技術とだけ向き合っていたのでは味わえない。PMならではの醍醐味と感じている部分です」
必要なのはユーザー視点。プロダクトアウトの呪縛を解け
このように重要な役割を担うPMという職種が日本企業でいまひとつ浸透・定着していないのはなぜか。 「要因はいくつか考えられますが、『プロダクトを作る』とはどういうことかという根本的な部分において、日本企業の経営陣とシリコンバレー的な理解との間に大きな違いがあるのでは」と曽根原さんは言う。
「日本のメーカーは昭和・平成に『いいものを作っていさえすれば売れた』時代を経験していますが、その成功体験からくるプロダクトアウトの職人的思考に今なお捉われていると感じます。その成れの果てが、もともと持っていた白物家電のテクノロジーにとりあえずインターネットをつなげてみた『IoT冷蔵庫』のようなものではないでしょうか。そこで使われている技術一つ一つは確かに素晴らしいのですが、一体どこの誰が『スマホで冷蔵庫の温度を変更したい』と考えるというのか……。『誰のどんな悩みを解決するのか』という視点が決定的に欠けている と思います」
プロダクトマネジメントの考え方はその対極にあると曽根原さんは言う。まずユーザーがいて、その人がどんな場面でどんなことに困っているのか、何をしたいと思っているのかを起点にプロダクトを作る。
「『Netflix』にしろ『Uber』にしろ、シリコンバレー発で世界を制しているプロダクトは僕の知る限り、基本的にはユーザーからスタートして発想されています。あるいは『Airbnb』のように起業家自身が経験した不便な思いから始まっているケースもある。いずれにしろ、リアルな人の痛みが起点となっているプロダクトであればあるほどハネ方、刺さり方は違いますね」
曽根原さんが普段働いているシリコンバレーのオフィス風景
曽根原さんが日本でPMが浸透しないもう一つの理由として挙げるのは、「責任の取り方の違い」 だ。前述したように、アメリカの場合はその製品がうまくいったかどうかの責任すべてをPMが負う。なぜうまくいったのか、なぜいかなかったのかをすべて説明しなければならないのだという。一方、日本企業は伝統的にセクショナリズムが強く、ゆえに責任の所在が曖昧だ。
「例えば商品開発部の人が営業の人の拾ってきた声に着想を得たところからプロジェクトがスタートし、それを研究室や工場に投げてプロダクトを作ることになるわけですが、仮にそれがコケた時、誰の責任でうまくいかなかったのかがよく分からない。営業が要望をうまく吸い上げられていなかったのか。商品開発部の考え違いだったのか。あるいは研究室や工場の人がどこかのプロセスでミスをしたのか。伝言ゲームのように顧客の声が次から次へとバトンタッチされて、どこに問題があったのかが見えないまま、何となく終了してしまうケースが多いのではないでしょうか」
こうしたカルチャーが根強いところにいきなり「全責任を負う」PMという存在が現れると、どう接していいかが分からず、大きな混乱が起きてしまう。日本のこれまでのカルチャーとPMが生きるカルチャーのズレが、日本でPMという職種が定着するのを妨げる一因になっている と曽根原さんは指摘する。
「日本でもスタートアップ企業においてPMが当たり前になりつつあるのは、シリコンバレー企業に倣ってPMを置いた方がうまくいくという前提で組織やカルチャーをつくっているから。既存の大企業にPMはそぐわないとまでは言わないですが、責任の所在をどうするかといったところから議論を始めなければならない分、時間はかかるのではないかと思います」
社内政治ではなく、信頼と影響力で人を動かす仕事
では、そうした組織的な問題の整理が進んだとして、エンジニアとして働く個人がPMになるためにはどんなスキル・マインドセットが必要になるのか。
冒頭にも示したように、PMにはビジネス・テクノロジー・デザインという三つの中心に立って、CEOの示すビジョンをプロダクトという形にし、ドライブさせていく役割が求められる。曽根原さんはシリコンバレーでPMを務めて8年になるが、その間もそうした本質的な役割には変化がないという。だが、一方では取り巻く社会環境の変化により、PM自身が変わらなければならない部分もある。
「例えば2007年にアップルがiPhoneを発売し、2010年にグーグルが『モバイルファースト』と言い出した。あらゆるプロダクトのあり方がブラウザからスマホアプリへとシフトしたことで、ユーザーに対してどのような体験を与えるかを追求するPMのあり方もスマホベースへと変容を迫られました。フェイスブックやツイッターが台頭しソーシャルネットワークが社会にインパクトを及ぼし始め、UberやAirbnbといったシェアリングエコノミーの登場で、体験のあり方はさらに変化。モバイル・シェア・ソーシャルという観点が不可欠な前提となりました。現在はここにさらにAIが加わっています」
PMに求められる能力は常に社会のトレンドとダイナミックに掛け合わさっている。ビジネス・テクノロジー・デザインという三つの視点に「ここまで知っていればOK」という終わりはなく、常にアップデートし続ける必要があるということだろう。
CEO的な高い視座が求められる一方で、一人のユーザーになりきることがより重要なのは日本企業の課題の項で触れた通りだ。「いまやアプリを入れるも消すもワンタップで済む時代であり、ユーザーの気持ち、痛みをより深く理解できなければPMは務まらなくなっている」という。
「僕の場合は学生時代にバックパッカーで海外旅行に明け暮れていた経験が生きていると感じます。土の上で寝転び物乞いに勤しむ人の横で、高級車を乗り回す人々が目に飛び込んでくる途上国の道。『北斗の拳』の世界さながらのサンフランシスコの5th Street。目をキラキラさせて『今の自分なら何でもできそうだ』と自信にあふれるインドの若きエンジニア達。何の不便もない日本の“半径5メートル”の世界にいただけでは分からない人々の生活や文化が世界には溢れています。こうした生々しい場面に触れ、いかに人間を知るかが、ユーザーになりきるために大事なことだと思うんです」
「人間を知る」経験がPMの仕事に役立つのは、実はユーザー理解という点にとどまらない。エンジニア、デザイナー、セールス、リーガル……とさまざまな部署の人を動かす必要があるPMだが、こうした人たちに対して人事権を持っているわけではない。PMが人を動かすのに行使するのは「信頼と影響力」である と曽根原さんは言う。
「僕はこういうプランを持っていて、会社にはこういうメリットがある。だからこの部分を手伝ってほしい、という形で口説く必要があるわけです。そこには常に、口では言われなくても『なぜ君のアイデアに時間とコストをかけないといけないの?』というプレッシャーがある。それでもなお『絶対にやるぞ』と押し切るには、もちろんロジックも大切なんですけど、その対極にある人間的な部分というか、自分自身の熱量や、PMに対する信頼がないと伝わらないんですよ」
シリコンバレーで共に働く仲間たちとランチを楽しむ曽根原さん。社員同士のコミュニケーションも、信頼構築には欠かせない
HOWの前にある、WHYとWHATに気付けるか
「PMになりたい」という人から相談を受ける際、曽根原さんが真っ先にアドバイスするのは「まず自分の立ち位置をしっかり把握すること」 だという。
曽根原さんは2006年、当時在籍していた会社が買収されたことがきっかけでアメリカへと転籍。そこからシリコンバレー生活が始まった。転籍当初はカスタマーサポートエンジニアとして。すでにPMへの憧れがあり、転職のチャンスも伺っていたが、なかなか叶わなかった。
「当時の僕はエンジニアとしてテクノロジーのことはある程度分かっていましたが、デザインとビジネスに関してはからきしだったんです。その後、スタンフォード大やUCバークレーのコースをいくつかとってビジネス的な視野を広げ、またマーケティングチームでビジネスの実践を学び、ようやくPMとしての第一歩を踏み出すに至っています。今振り返れば、最初の時点でのPMへの挑戦は無謀としか言いようがなかった。自分ができることとできないことの冷静な判断がまずあり、その上で何を付け加えないといけないのかという判断があり、そのためにどんな手順でやればいいのかを考える。ここを計画的戦略的に動く必要があるでしょう」
PMを志すエンジニアにはぜひ、ビジネスの観点からテクノロジーを見る練習をしてほしいと曽根原さんは言う。
「例えば自分が好きで使っているプロダクトについて、どうやったら売上が5倍10倍になるか、どうやって収益化していて、どうやって継続的に使ってもらえるようにしているのかと考えてみる。どう動いているか、どんなテクノロジーが使われているのかとは違う部分に目を向けるんです。 そういう質問を自分の中で繰り返すことで段々とビジネス的センスが養われていく。シリコンバレーでは『プロダクトセンス』 と言いますが、要はそのプロダクトがきちんとユーザーに刺さって収益化するかどうかが直感的に分かるということ。その感覚を磨くことで、PMとしてやっていける確率はだいぶ高まるはずです」
PMになりたくてもなれなかった当時の曽根原さんは、ある日サンフランシスコにあるデザインファームを訪れ、ワークショップに参加した。そこで大きな気付きを得たことが、PMへの道程を大きく進めることになった。
「サンフランシスコにはBARTという地下鉄があるんですが、この券売機がめちゃくちゃ使いづらいんです。ワークショップのお題は、この券売機を改善しろというものでした。当時の僕は技術的にしか考えられない人間でしたから、スマホで買えるようにすればいいのかな? とか考えて。でも、そんな必要はまったくなかったんです。考えるべきは、そもそもユーザーが券を買う時に何を考えているのかとか、もっと手前の人間自身のことだった。それまでの僕はそんなことを考えたことがなかったので、衝撃を受けたし、ああ、人間をこういう風に捉えるのがUXか、という大きな気付きを得ることができました」
エンジニアが作るべきプロダクトに対して「どのように実現するか」というHOWに創造性を発揮する存在だとすれば、PMは「なぜユーザーはこういう行動をとるのか」というWHY、そこに対して「どんなプロダクトを当てればいいのか」というWHATを追う存在だと曽根原さんは言う。もともとHOWだけを考えていた曽根原さんは、デザインファームでの経験に気付きを得て、その一つ前にあるWHYとWHATに目が行くようになった。その視点が持てた時、その人には「PMになれる」可能性が生まれるということなのだろう。
取材・文/鈴木陸夫 画像提供/曽根原 春樹さん
シリコンバレーではたらくPMの1日 事例
曽根原さんの1日(スケジュール例)
■ 6:30~ 起床・家族への朝食作り
■ 8:00~ 出勤・カルトレイン内でニュースやメール・チャットのチェックや読書
■ 9:00~12:00 オフィスにて社内のさまざまな人と情報交換・進行中のABテストのメトリックやKPI確認・エンジニア達とスタンドアップミーティング・他部門との打ち合わせ、プレゼン資料作り
■12:00~13:00 3rd パーティーベンダーと勉強会兼ねてランチオンミーティング
■13:00~15:00 次期プロダクト案のための調査・データ解析、デザイナーとユーザーインタビューに参加。PRDに落とし込み
■15:00~16:00 エグゼクティブチームに先にリリースした機能のパフォーマンスについてプレゼン・議論
■16:00~17:00 退勤
■17:00~21:00 家族と過ごす
■21:00~22:00 日本のスタートアップ企業へのPMコンサルティング
■23:00~ 0:00 読書・就寝
曽根原春樹さん登壇イベント情報
『プロダクトマネージャーカンファレンス 2019』
・開催日時
2019/11/12 (火) – 13 (水)
12 (火) : 10:00 ~ 20:00 (9:00開場。ネットワーキング含む)
13 (水) : 10:00 ~ 17:50 (9:00開場)
・開催場所
ベルサール渋谷ファースト
〒150-0011 東京都渋谷区東1丁目2−20 住友不動産渋谷ファーストタワーB1・2F
>>『プロダクトマネージャーカンファレンス 2019』