4年後の「Badシナリオ」から考える、2020年代も重宝されるエンジニアとは?佐々木俊尚氏らが議論
マイナンバー制度の導入、オリンピックに向けたインフラ整備、メガバンクのシステム統合、発展を続けるIoT。BtoCでは、スマホ経済圏の拡大とFintechの台頭、人工知能(AI)を用いたサービス開発、CUI(チャットユーザーインターフェース)普及の兆しなど……。
IT業界で「人材不足」について語られる際に出てくるキーワードは、一時的な不況期を除いてまったく事欠かない。それゆえエンジニア需要は高まり続けるというのが一般的な見方だが、物事は表裏一体、未来は常に揺れ動くものだ。
思い出してほしい。金融系システムのオープン化や、国際会計基準(IFRS)・日本版SOX法の施行に伴うERP導入ブーム、ガラケー向けサービスの流行などで、各社がエンジニアの大量採用を行っていた2000年代。そこから2008年のリーマン・ショックを皮切りに採用熱は一気に冷め、一転リストラの憂き目に遭うエンジニアも続出した。
冒頭に記したようなトレンドによりエンジニアの雇用は今後も増え続けるというのが「明るい未来」ならば、2020年以降
・東京オリンピック後の景気低迷
・国内受託産業の衰退
・海外へのオフショア率増加
・AIによるプログラミング自動化
などを理由に雇用状況の悪化と淘汰が始まるかもしれないという「Badシナリオ」も考えられる。2000年代後半に起きた一連の出来事を振り返れば、このシナリオはあながち荒唐無稽な話でもないだろう。
そこで4月19日、あえてこのBadシナリオも踏まえた上でエンジニアの未来を議論するというユニークなトークイベントが東京・港区で行われた。
フリーエンジニアの就労支援をはじめとしたプラットフォーム事業を手掛けるPE-BANKが主催した未来会議『2020年“エンジニアショック”は起こるのか?』では、ジャーナリストの佐々木俊尚氏をモデレータに迎えて
■ 株式会社MCEAホールディングス 代表取締役社長 齋藤光仁氏
(PE-BANK運営)
■ 株式会社エルテス 代表取締役社長 菅原貴弘氏
(エンジニアを雇用する経営者)
■ 株式会社OWASYS代表/プロエンジニア 尾張孝吏氏
(フリーや派遣での就業経験もある個人事業主)
の3者がそれぞれの立場から「中長期的に求められるエンジニアとは?」について意見を交わした。その模様を紹介する。
売り手市場が続くのはデータ上も間違いなさそうだが…
本題に入る前に、まずは現状認識として以下のデータを紹介しよう。
このイベントの開催に際してPE-BANKが行った『企業の採用担当者400人に聞いた ITエンジニアの採用に関する意識調査』によると、2020年までの今後4年で「エンジニアの採用数を増やす」と答えた人事担当者は約4割に上ったという(下図参照)。
「変化なし」が56.8%とはいえ、現時点でも採用競争は熾烈を極めているため、当面エンジニアの需要は高止まり、いわゆる売り手市場が続くのは間違いなさそうである。
MCEAの齋藤氏は、フリーエンジニアを開発現場にコーディネートする事業を手掛ける立場からこう補足する。
「現在、PE-BANKでは月2000人弱の方々が稼働していますが、契約が切れたタイミングで戻ってくるエンジニアはその内のわずか30名から40名程。一度プロジェクトに入るとなかなか戻ってこれないという状況で、それだけニーズは逼迫しています」(齋藤氏)
また、リスク検知に特化したデータ解析ソリューションを提供しているエルテスの菅原氏は、経営者の立場から、雇用時の報酬面にもエンジニア獲得競争の激しさが表れていると言う。
「最近は投資環境が良くなっており、テクノロジーベンチャーが10億以上の巨額調達をしたというニュースも頻繁に流れてきます。そんな中で、調達に成功したベンチャーが最初に行うのが人材採用。中には非常に高い年収でエンジニアを雇用する企業もあるため、多くの中小企業は人材獲得競争で勝負できないような状況が続いています」(菅原氏)
その結果、「とりあえずプログラミングができればOK」と採用の基準を下げている企業も少なくないと話す。
さらにモデレータの佐々木氏は、これらの要因に加え、「2000年代に比べて事業会社のシステム内製化が顕著になっていることも需要の高さを支えているのでは」と分析。多方面から引き合いがあるという点で考えても、エンジニアたちの雇用は安泰といえる。
とはいえ「求めるもの」は技術力から提案力に
ただし、菅原氏は開発現場で求められるエンジニアの「質」にはすでに変化の兆しが出ていると指摘する。
「今はマーケティング上、続々と新サービス・新プロダクトをリリースすることが必要で、単純作業を繰り返すような開発では勝てなくなっています。エンジニアにも、事業戦略を踏まえて柔軟に動くことのできるコミュニケーション力が求められる。それがないと、開発の速い流れについていけないのです。ウォーターフォールからアジャイルに移行する流れは、ここにも一因があるのではないかと考えています」(菅原氏)
企業のIT戦略が、業務効率化を前提にした「システム保守」からデジタルビジネスのような「戦略的IT活用」に移り変わったことも背景にあるだろう。
さまざまな開発現場を経験してきた尾張氏も、菅原氏の考察にこう同調する。
「とにかく臨機応変に動ける人が求められるようになっていますね。ある会社の案件では、どストレートに『あなたはコミュ力高いですか?』と聞かれたくらい(笑)。齋藤さんがおっしゃっている『契約が切れても引き止められる人』は、スキル以上に提案力が高い人という印象です」(尾張氏)
ここで言う「コミュ力」をもう少し丁寧に説明するなら、人当たりがよく会話が上手といった類の話ではなく、「複数の技術を組み合わせながら課題解決を行う提案力」になると尾張氏は言う。
PE-BANKが行った調査にも、この提案力重視の兆候は表れていた。同調査で「2020年以降を見据えて採用したい理想のエンジニア」と「実際に現在応募のあるエンジニア」とのギャップについて聞いたところ、挙げられたのは、
■ 計画実行力がある(13.3pt)
■ 自主的に行動できる(7.3pt)
■ 柔軟性が高い(5.8pt)
■ コミュニケーション能力が高い(5.0pt)
など。プログラミングを含めた技術スキルについての言及が一つもないのが特徴的だ。
カギは「チームの時代」への適応
このような状況下で、先に挙げたようなBadシナリオがもし現実となったらどうだろうか。コーダーかそれと同等の仕事しかしていない人は、オフショア(または日本人より単価の低い海外エンジニアの採用)や自動化によって淘汰されることも考えられる。
では、未来が明暗どちらのシナリオになるにせよ、2020年以降も求められる人であり続けるには何をすればいいのか。それぞれの知見に基づいた各論からヒントを得るべく、以降は4人の議論をそのまま紹介しよう(以下敬称略)。
佐々木 ズバリ、今回のトークテーマである“エンジニアショック”は起きると思いますか?
齋藤 私見では、2020年以降も「Badシナリオ」はないと思います。確かに企業の基幹システム開発のような案件は減っていくかもしれませんが、一方でテクノロジーが必要とされる領域はそれを凌駕する広がりを見せています。IoTもその一つです。
佐々木 IoTが住宅や社会インフラともつながっていったら、ものすごい需要が生まれそうですね。菅原さんの会社はビッグデータ解析を行っていますが、このあたりの潮流をどう見ていますか?
菅原 IoTはマシンが膨大な量のログを吐き出し続けるので、それを解析するような仕事は増えるだろうと考えています。
現在、多くのIT企業がSplunkやElasticsearchなどを使って行っている解析業務は、いずれ住宅メーカーや各種製造業にも広がっていくんじゃないかと。
佐々木 でも、ディープラーニングが進化すれば、そういった仕事すら自動化の対象になりませんか?
菅原 そうですね。仕様書通りにコーディングしているだけの人は厳しいと思います。
尾張 私も、単純なプログラムレベルならそうなると思います。だから、エンジニアにプラスαで必要とされるのはビジネスの知見だと思うんです。データまわりの仕事も、「このデータを解析して何をするのか?」といった部分まで考えて提案できる人が必要かと。
佐々木 ではそのお考えも含めて、2020年以降、エンジニアに求められるスキルとは何なのでしょう?
尾張 先ほども述べたように、技術を組み合わせながら課題解決を行う提案力じゃないでしょうか。
齋藤 一つ一つの技術領域に対して求められる専門性はどんどん高まっていますから、専門性を持ったエンジニアたちがチームで課題解決に当たる形が現実的かもしれませんね。
尾張 確かに、1人のエンジニアが持つことのできる専門性には限界がありますからね。ちなみにその「チーム」には、海外の人もいるというケースが増えるはず。だから英語は今以上に必要になる気がしています。
佐々木 技術の場合、英語のソースを読んで勉強した方が習得が早いという点もありますしね。
尾張 そうですね、ソースを読んで勉強していけば、英語も分かるようになる。後は、そういう新しい技術領域になればなるほど「経験者」は少なくなるので、必然的にスキルの差別化にもつながります。とにかく勉強し続ける姿勢が大事だと思います。
佐々木 お話を聞いていると、全体的に、すごい勢いで二極化が進むということですね。技術が分かってコミュ力もあってビジネスの専門知識もあって……という人と、そうなれない人と。
菅原 ただ、そういうスーパーなエンジニアは、多くの会社が採用できるわけではありません。齋藤さんのおっしゃるようにどれか一つ~例えばAWSには超詳しいなど~に強い人を採用し、異なる専門性を持つ人たちが複数人のチームで業務に取り組むのがベターだと思います。
佐々木 エンジニアと一口に言っても、最先端を追い続ける人、ビジネスに詳しくなる人、メガプラットフォームの動向に精通した人などと、いろんな得意分野があっていいと。個人として、どの道でキャリアを築いていくのかを深く考えねばならないということでしょうか。
企業側も、ビジネスと技術の変化の方向性を見定めながら、「ころを組み合わせる」ようにチーム編成していく姿勢が肝心なのかもしれません。
尾張 何か新しい職種が台頭するかもしれないと予測することより、結局は「新しい技術に適応し続ける」、「そのために情報をキャッチアップし続ける」ことが大事。これがエンジニアの基本的な生存戦略ではないかと思います。
佐々木 一つ一つの技術のライフスパンが短くなっている現状を考えると、何か一つの専門性を極めても、すぐに陳腐化してしまうリスクがあります。それより、異なる技術領域を組み合わせることで今までにないソリューションを提案していくスキルの方が、普遍的に通用するものなのでは。
ただ、ご質問への答えとしてIoTの文脈で一つ注目職種を挙げるとしたら、物理空間のデータ収集とその解析を行うことのできるエンジニアは今後需要が高まるように思います。
菅原 当社の守備範囲で言うなら、NoSQL型のデータ解析を行えるエンジニアは、当面ニーズが高まると思います。
齋藤 個人的に、医療とバイオは大化けする可能性があると見ています。まだまだITのエンジニアリングが浸透していない分野ですから。
取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)
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