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高額報酬制度の導入後、NTTデータに起きた“意外な変化”とは?ADP第一号はまけんさんに聞く

働き方

    2018年12月4日、NTTデータは専門性の高い人材の外部からの獲得と流出防止を狙い「アドバンスド・プロフェッショナル制度」(以下、ADP制度)を発足させた。

    【NTTデータへの転職】高額報酬の人事制度を投入へ「GAFA流出への危機感」

    制度の目玉は年収2千万円から3千万円とも言われる高額報酬だ。このADP制度の適用第1号社員となったのは、OSSによる並列分散処理への取り組みで知られる「はまけん」さんこと、濱野賢一朗さん。

    濱野 賢一朗

    株式会社NTTデータ 技術革新統括本部 技術開発本部
    先進基盤技術グループ
    エグゼクティブ・エンジニアリング・ストラテジスト
    濱野 賢一朗さん

    東京工業大学理学部在学中の1998年頃から、Linuxおよびオープンソースソフトウェア(OSS)に関する技術情報の提供および普及促進活動に関わる。2001年、OSS関連のシステム開発会社「びぎねっと」の創業に参画し、03年には社会人向け教育機関「リナックスアカデミー」でOSS技術者の育成に従事する。09年NTTデータに入社。並列分散処理基盤ソフトウェア「Apache Hadoop(アパッチ・ハドゥープ)」事業の立ち上げを経て、現在はOSSに関する技術調査や事業適用などに携わっている。18年12月に導入された高額報酬制度「アドバンスド・プロフェッショナル(ADP)」適用第1号社員

    先進的な人事・報酬制度の下、スペシャリストとして組織に貢献する道を選んだ濱野さんに、ADP制度の実態と、キャリアパスが多様化していく時代にエンジニアはいかにして自分の“進むべき道”を決めるべきか、考えを聞いた。

    ADPは「名誉職」でも「資格」でもない。

    高度な専門知識や技術を有する人材に対し、市場価値に応じた高額報酬で報いるのがNTTデータのADP制度だ。同社のエグゼクティブ・エンジニアリング・ストラテジストである濱野賢一朗さんは今年6月に、長年にわたるOSS活動で培った高度な知見と業績が評価されADP社員第1号に選ばれた。

    ADP制度について

    ADP社員に選ばれると、組織マネジメントに関わる諸業務から開放され、 GAFA並みの高額な報酬が得られるケースも。スペシャリスト志向のエンジニアにとって夢のような制度に思えるが、濱野さんは「メディアで伝えられているイメージと現実とでは、少しズレがある」と指摘する。

    ADPは人並み外れた能力を称えるためにつくられた「名誉職」でも、一定の能力水準を示す「資格」でもないからだ。対象職種はエンジニアに限るわけではなく、単に専門能力が高くても選定されないこともあるという。

    「ADP社員でも、メンバーマネジメントやテクニカルマネジメントに携わる場合があります。技術領域や専門分野ごとに求める資質や能力は異なるので、一定の能力水準を認定する仕組みではありません。会社としてある事業やテーマに注力しようとしたときに、そこで舵取りができるスペシャリストが見当たらない場合、公募を前提として設置されるポストといった方が実態に即しています」

    日本企業ではあまり類をみない高額報酬は、事業部の期待の大きさを反映したものといえそうだ。

    「しかし、報酬をただ高く設定すれば専門性の高い人材が活躍するわけでもありません。そのためADP制度を適切に運用するために、引き続きさまざまな工夫を凝らしていく予定です」

    ジョブディスクリプションとKPIを徹底的に見直し

    ADP制度を運用するにあたって、NTTデータでは「職務内容の明確化」と「KPIの見直し」が行われたと濱野さんは振り返る。

    濱野 賢一朗

    「いまADP社員は私を含め社内に4人。詳しい内容は申し上げられませんが、ADP制度を適切に運用するため、適用が決まった社員それぞれに、どのような役割が期待されているかを明確にするジョブディスクリプション(職務記述書)が明示され、専門性を適切に評価するためKPI(重要業績評価指標)についても大幅な見直しが図られました」

    特にKPIの設定においては「売上」や「利益」といった技術者個人の努力ではコントロールしがたい指標ではなく、「課題解決率」や「情報発信力」「実装に至ったコードの質や量」といった、客観的な指標が据えられたという。

    「報酬の水準をいくら上げたとしても、売上や利益がKPIでは本人の成果を適切に評価できるとは限りません。そこで職務上のロールと専門性の向上が業績に直結するKPIを設定したわけです」

    これにより予想していなかった面白い変化が起こったと濱野さんはいう。売上や利益貢献をKPIから外したにもかかわらず、ADP社員の多くが事業への貢献、顧客満足度を“以前にも増して”気にするようになったというのだ。その理由を、濱野さんは次のように分析する。

    「売上や利益に対する責任を負っていなくても、自らの成果をお客さまにいかにして届けるかを真剣に考えるようになりました。仕事に裁量を認められ、納得感のある評価軸と対価が設定されると、社員の気持ちには余裕が生まれます。すると、お客さま、会社や仲間に貢献しようという気持ちが一段と高まっていく。今回の取り組みで、そんなプロセスを見た気がします」

    ADP制度は、高度な専門性を持ったエンジニアにとって「ノーブレス・オブリージュ(恵まれた地位にある者には相応の義務が伴うという意)」を意識させる仕組みでもあるようだ。

    未来は誰にも分からない。
    目の前の山に登り、専門性の「旗」を立てよ

    また、NTTデータに代表されるように、数々の国内企業がエンジニアの評価やキャリアパスの見直しを進めているところだ。管理か、現場か。以前は二者択一で語られていた企業内でのキャリアパスも、今後はもっと細分化されていくだろう。ではそんな時代に、エンジニアは何を基準として自らが進むべき道を決めたらいいのだろうか。

    濱野さんは「時代の変化はしっかり見極めた上で、自分のキャリアを考えた方がいい」と助言する。

    濱野 賢一朗

    「かつてシステム開発におけるエンジニアの役割は、業務の効率化を実現することにありました。しかし昨今は、効率化よりもいかに新しいサービスや顧客体験を生み出すかに焦点が当たるようになっています。つまりシステムの在り方やエンジニアに期待される使命は時代によって大きく変わるわけです」

    ITの活用領域は、自動運転車や5Gネットワークといったフロンティアだけにあるわけではない。農業や漁業のような一次産業にも広がっている。選択肢が増えているからこそ、何か一つを選ぶことは難しい。

    「先ほど、時代の変化を読んだ方がいいとは言いましたが、将来有望な道をいくら慎重に検討したところで、未来のことは誰にも分からない。だから、まずは興味のある“山”を見つけて、山頂を目指して登り始める方が得るものが多いでしょう

    自分が好きだと思える領域の知識をとことん深めたり、興味のある技術を徹底的に磨いたり。何か一つ「頂上を目指す」ことが大事だと濱野さんは語る。

    「たとえ頂上までいけなくても、そのプロセスの中でスキルは磨かれるし、経験値もたまっていく。山を登った結果、これまでと違う景色が見えたら、『もっと登ってみよう』と思えるかもしれないし、『違ったな』と思えばまた違う山を登ればいいだけです」

    また、山に登ったら、自分の「旗」を立てておくのも重要だと濱野さんは助言する。一体どういうことだろうか。

    「自分が何を学んだ人なのか、何ができる人なのか、必ず外に発信しておくべきだと思うんです。社内でチームに共有するでも、ブログに書くでも、その方法は何でもいい。他の人に見つけてもらえる場所に、自分の専門性を示す旗を立てておきましょう。すると、あなたを必要とする人や企業の方から声がかかると思います。行き先を自分で選ぶのが難しい時代にはなおさら、あなたにふさわしい場所を提案してくれる人から“会いに来てくれる”ようにしておくべきなんです」

    より良いキャリアをつくっていくためには、「社会とのつながりを意識すべきだ」と濱野さんは言い切る。

    専門性を磨くということは、自分の内側に籠もることでも、自己完結を求めることでもない。磨き抜かれた専門性は、他者との関係によって光を放つものなのだ。これを肝に銘じてスキルや知識をブラッシュアップしていくことができれば、濱野さんのように高額報酬で迎えられるエンジニアになることも夢ではない。

    取材・文/武田敏則 撮影/川松敬規

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