働き方改革の名の下、IT系企業を中心にリモートワークを導入する会社が増えている。特にエンジニアは、場所を選ばず働ける代表的な職種。個人またはチームで、リモートワークを検討している人も多いはずだ。しかし、リモートワークを導入したはいいけれど、思うような成果が出せずに「撤退」する企業も最近では目立つようになってきた。
では、一体何がリモートワークの成否を分けるのか。700名を超えるリモートワーカーを擁し、リモートワークのコンサルティングビジネスを手掛けるキャスターの取締役COO石倉秀明さんに、これからチーム単位でリモートワーク導入を検討しているエンジニア向けに成否のポイントを聞いた。
株式会社キャスター 取締役COO
石倉秀明さん(@kohide_I)
大学卒業後、リクルートHRマーケティングに入社。HR領域の営業を経て新規事業や企画を担当。2009年、創業期のリブセンスに入社し、ジョブセンスの事業責任者として株式上場に貢献する。
その後、DeNAに移り、EC営業統括、新規事業、採用責任者などを歴任し、16年から現職。現在は『CASTER BIZ(キャスタービズ)』など、さまざまなオンライン業務支援サービスを提供する一方、19年11月からはリモートワーク組織の構築を支援するサービス『CasterAnywhere(キャスターエニウェア)』を立ち上げるなど、リモートワークの啓蒙・普及にも取り組んでいる。
現在、Live News α の火曜日コメンテーターも務めるなど、活躍の幅は多岐にわたる
リモートにしたらサボるんじゃ?「それ、不毛な議論です」
「リモートワークがうまく機能しない原因はただ一つ。いつまでも本質的ではない議論に終始して、考えるべきことを考えずに導入してしまうからです」
700名ものリモートワーカーを束ね、オンライン業務支援サービスを提供しているキャスターの石倉さんの目には、リモートワークの是非を問う世間の議論はこのように映っているという。
「本質的でない議論というのは、例えば労務管理、メンバーのマネジメント、セキュリティーリスクなどに対する過剰な懸念に基づいた不毛な議論のこと。これらは会社を維持、運営するために欠かせない観点ですが、リモートワークを考える上で真っ先に考えるべきポイントではありません」
そもそも社員が出社することを前提とした業務フローを変えず、リモートワークを導入すること自体に無理があると石倉さんは指摘する。
「リモートワーカーはオフィスワーカーの下位互換ではありませんし、出社を前提とした正社員よりも安価に使える労働力でもありません。エンジニアの皆さんが職場でリモートワーク制度を有効活用しようと思ったら、制度を設計する前にやるべきことがあります。それは経営層、マネジメント層の意識改革です」
もしもあなたが開発チームを束ねるリーダーだった場合、いつも隣で働いているメンバーが明日から物理的に“見えなくなってしまう”ことをどう感じるだろうか。「慣れ親しんだマネジメント手法が通用しなくなるのでは?」という不安が湧き上がったり、「自分の権威が揺らぐのではないか」という恐怖を感じる人も多いはずだ。
「確かに目の前から自分のチームのメンバーがいなくなれば、行動管理を主体としたマネジメントが通用しなくなるのは当然です。でもよく考えてみてください。オフィスに出社していたとしても上司の預かり知らぬところでサボる人は必ずいますよね? 現状ですらメンバーの行動をコントロールできていないのに、リモートワークにだけ完璧さを求めるのは、バランスを欠いた判断といえるのではないでしょうか」
セキュリティー管理にメンバーマネジメント……リモートワーク導入の際に懸念材料として挙げられるポイントは、よく考えてみるとリモートワーク固有の問題ではないことがほとんど。チームメンバー全員が納得感を持つことができる評価制度を整え、安全な情報管理体制を築くべきなのは、オフラインもオンラインも変わらないはずだ。
「リモートワーク成功に必要なのは、全ての社員が時間と場所を選ばず働けるようにすること。これしかありません」
ポイントは、一人一人の仕事内容や目標を明確にし、成果を重視したマネジメントスタイルにシフトすること。さらに、Slackなどのビジネスチャットなどを導入し、仕事に必要な情報がいかなる状況でも入手できるようにすること。「この二つを徹底すれば失敗は回避できる」と石倉さんは話す。
人材不足とは無縁。入社希望は毎月千人以上
マネジャーやチームリーダーには耳の痛い話が続いたが、「リモートワークを適切に運用することができれば、経営上大きなメリットがある」と石倉さんは続ける。
「もし場所と時間を選ばず働ける環境をつくることができれば、企業の採用力が圧倒的に上がります。今はIT人材が売り手市場なので、どの企業もエンジニアをはじめとした人材採用には苦労している状況だと思います。しかし、当社は有料求人媒体を利用しなくても、毎月約千名の方から入社希望の問い合わせをいただけています。その理由は、当社がフルリモートワークを導入しているからです」
リモートワークの導入は立派な経営戦略の一つというわけだ。さらに、「メリットはこれだけではない」と石倉さん。
「社内コミュニケーションのスタンダードがビジネスチャットに変わると、経営陣にも現場で何が起こっているかがよく見えるようになるという効果があります。僕も普段、チャットツール内に設けられたスレッドを眺めては、誰がどんな活躍をしていて、何に悩んでいるのかを把握するように心掛けていて。これこそ、コミュニケーションがオープンかつフラットになるというメリットです。一対一の電話やメールのコミュニケーションでは、こうはいきません」
リモートワークの導入に際して「チームメンバーとのコミュニケーションがとれなくなる」という不安が頭をよぎるが、石倉さんは「そんなことはない」と断言する。オープンなコミュニケーションの場を設ければ、メンバー同士の情報格差がなくなり、むしろ合意形成や意思決定が速まるというのだ。
「あとは、本当に仕事ができるのは誰か、業績にコミットしてくれるのは誰かということがクリアになるのも面白いところですね。オフィスにいると、長く会社にいたり上司にこびたりして“デキる風の頑張っている人”が現われるじゃないですか。実際、そういう人が評価されてしまったりして。でも、リモートワークは結果での評価が前提となりますから、そういう技が通用しなくなる。対面で働いていた頃はあまり目立たなかった人が、リモートになった後から評価されるようになった事例もあり、その点は僕らにとっても意外な発見でした」
「すぐSOSが出せる体制に」リモート開発チームのリーダーがすべきこと
実店舗での販売業務など、働く場所が限定されるような職種でない限り、「リモートワークに向かない職種はない」と石倉さんは言う。
「ウェブ開発やソフトウェア開発に携わるエンジニアはもちろん、およそホワイトカラーと呼ばれる職種であれば、リモートワークに移行することは可能です」
だからといって、過信は禁物。先に紹介した“不毛な議論”はしなくていいが、リモートワークで働いているからこそ起こる問題やデメリットにも目を向けておくべきだろう。では、リモート開発チームのリーダーが、本当に気を付けておかなければいけないことは何か。
「リモートワークにおいては同じチームの仲間であっても、業務負荷やトラブル、本人の健康状況を察することが難しくなる面も。円滑な業務を成立させるためにはオープンなコミュニケーションが前提だと言いましたが、情報をオープンにするだけでなく、困ったときにすぐ『SOS』を出せるような体制にしておかなければいけません。チームのリーダーは、しつこいくらい『何かあったらすぐ相談するように』というメッセージを発信しておくといいと思います」
今、特に都心部では、ITエンジニア不足が深刻さを増している。求人倍率は6倍とも7倍とも言われており、少子化の影響もあって収束する気配は見られない。
しかし、リモートワークを前提に居住地や勤務時間にとらわれない採用手法が当たり前になれば、地方や海外に居住する優れた人材や、育児や介護などフルタイム勤務が難しい人材を自社の戦力として取り入れられる。リモートワークを優秀な人材を獲得するために活用しようという動きがこれからますます加速していくはずだ。
そんな中、今まさにチームでのリモート開発導入を検討している人や、現在の運用に何か課題を感じている人が、より良いリモート体制を築いていくために、今一度、“そもそものところ”に問題がないか確認することから始めてみてはいかがだろうか。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/赤松洋太