漫画家
さだやす先生
埼玉県出身。『アフタヌーン四季賞2006』冬のコンテストで四季賞受賞。『第66回小学館新人コミック大賞青年部門』に入選。2013年よりスタートした『王様達のヴァイキング』が好評を博し、『マンガ大賞2015』にノミネートされた
小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』で2013年から連載されていた人気漫画『王様達のヴァイキング』の最終19巻が、2019年9月30日に発売された。
本作の主人公は、孤独な天才ハッカー・是枝一希(これえだかずき)とエンジェル投資家・坂井大輔(さかいだいすけ)。若きエンジニアと切れ者ビジネスマンがタッグを組み、IT業界を舞台に世界征服を目指すという異色のストーリーが話題を呼んだ。
さらに、作中で描かれるサイバー犯罪やキャラクターのリアルさにも定評があり、エンジニアからの支持も厚い。
本作が初の連載作品となった漫画家のさだやす先生は、エンジニアtype編集部の取材で「『王様達のヴァイキング』を描くまで、ITやエンジニアのことはほとんど何も分かっていなかったんです」と少し照れくさそうに明かした。
ではなぜ、“IT知識ゼロ”状態だったさだやす先生は、自身の初連載でIT・テクノロジーという専門的な世界を舞台にしようと考えたのか。また、『王様達のヴァイキング』はなぜ、変化の激しいIT・ビジネスの世界を6年にわたってリアルに描き続けることができたのかーー。
執筆過程の裏話や、連載を終えた今だからこそ感じるエンジニアとして働く人たちへの思いについて、さだやす先生と本作の技術協力のお二人に詳しく話を聞いた。
漫画家
さだやす先生
埼玉県出身。『アフタヌーン四季賞2006』冬のコンテストで四季賞受賞。『第66回小学館新人コミック大賞青年部門』に入選。2013年よりスタートした『王様達のヴァイキング』が好評を博し、『マンガ大賞2015』にノミネートされた
技術協力
はやとさん
IT企業で活躍中の現役エンジニア。技術協力として『王様達のヴァイキング』の制作に連載初期から携わり、エンジニアのリアルな意見・アイデアを提供し続けた
技術協力
mayahさん
はやとさんと同様に、IT企業で活躍中の現役エンジニアであり、意見・アイデア提供に協力。二人とも漫画の制作チームに加わったのはこれが初めて
さだやす先生はもともと、ITに詳しくなかったとのことですが、なぜハッカーを主人公にしようと思ったのでしょうか?
もともと変人やアウトローみたいな人たちが大好きで、編集担当の山内さんからも、連載では「さだやすさんが描くブッ飛んだ天才が見たい」って言ってもらっていたんです。
その頃(2012年)に、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK総合)で、当時Googleで活躍されていた及川卓也さんが登場された回を見て。
及川さんも素晴らしい方だなと思ったのですが、番組に出てきたGoogleで働くエンジニアの方々が皆さんすごく面白かったんです。オフィスで忍者の格好をしていたり、床に座り込んでミーティングをしていたり、いかにも変わり者っぽい人がたくさんいたんですよ。
でも、彼らはすごくクレバーで、技術力だってめちゃくちゃ優れているわけじゃないですか。そのギャップっていうんですかね、そこにすごく惹かれて、「あぁ、この人たちのことを描いてみたい!」って思ったのが最初のきっかけです。
また、当時はIT系のスタートアップが次々に生まれ始めて世間の注目も高まっていた時代だったので、天才エンジニアを主人公に、IT業界を舞台にした作品のイメージが固まっていきました。
主人公の是枝はハッカーですが、さだやす先生はIT系エンジニアたちの生態や仕事内容などにも詳しくなかったわけですよね?
はい。正直全く何も知らなくて。今思えばすごく失礼なんですが、みんなの仕事を支えてくれる「縁の下の力持ち」くらいのざっくりしたイメージでした。
でも、専門的な業界や職種のことを描こうとすると、その世界で働く人たちから「こんなの現実と違い過ぎる」とか言われてしまうこともあるじゃないですか。それは怖くありませんでしたか?
そこは確かに気になったところで。だからこそ、IT業界で働く皆さんからも楽しんでもらえるように「リアルさ」も追求しましたね。
とはいえ漫画なので、派手な事件とか、スリリングな要素を盛り込まないといけなかったりはするのですが(笑)。
「リアルさ」と「派手さ」の両立って、すごく難しそうですね……。
それはチームワークで乗り越えました。自分で何もかもやるのは無理なので、「できないところはできる人にお願いし、補い合えたら」というスタンスでした。
例えば、ストーリー制作にはサイバー犯罪や警察に詳しい(アニメ『PSYCHO-PASS3』の脚本などを手掛ける)深見真さんにご協力いただきましたし、エンジニアのはやとさん、mayahさんのお二人にも、技術協力としてさまざまなアイデアを頂きました。
編集さんたちも含めて 、誰が欠けてもこの漫画は描けなかったと思います。
『王様達のヴァイキング』のキャラクターは、実在の人がモデルになっていたりもするそうですね。
はい。編集の山内さんにご紹介いただいたエンジニア、投資家、さまざまな方に取材をして、見聞きしたことをキャラクターや物語作りに生かしています。
例えば、坂井のモデルになっているのは、エンジェル投資家の小澤隆生さん(現・ヤフージャパンCOO)なんです。
最初にお会いした時の印象は?
なんて強烈なキャラクターなんだ!と思いました(笑)。
そして、小澤さんにこれまでのキャリアの中で経験してきたことを聞いてみたら、当初自分で想像していたことよりも何倍も面白い話が山ほど出てきて。
現実世界の話の方が信じられないくらいにドラマチックだったんです。まさに、事実は小説より奇なり、です。
すごいですね!では、是枝にもモデルがいたんですか?
いえ、是枝には特定のモデルはいません。坂井と真逆の人物にしよう、ということで作っていきました。
というのも、ジョブズとウォズニアックやマーク・ザッカーバーグとサベリンなど、すでに実在の技術者たちをモデルに作品化されているものも多かったので、それらを参考にしながらも、差別化する必要があったからです。
違う強み、違う価値観を持った人たちがバディを組み、2人合わせて「最強」になるわけですよね。
その通りです。人って何か苦手なことがあってもいいんじゃないかと思うんです。仲間と補い合えれば、大きなことが成せる。
自分に苦手なことが多いもので、そうやって自分自身を励ましたいのかもしれません(笑)
読者だけでなく、ご自身へのエールっていう部分もあったんですね(笑)
そうですね。是枝の場合はハッカーとしての能力はずば抜けているが、コミュニケーションが苦手で、生活力は皆無。「どうしたら、彼が世界と繋がれるか、自分らしく生きられるか」を漫画の中で探していくのも一つの大切なテーマでした。
技術協力のはやとさん、mayahさんにもお話を伺わせてください。本作で描かれるサイバー犯罪などは実にリアルなものが多かった印象ですが、お二人はどのように貢献し、それらを生み出していったんですか?
「現実世界で近い将来に起きてもおかしくない出来事を漫画にしていこう」という方針でやっていましたよね。
そうです。少し先の未来の話。でも実際、お二人や深見さんの先を見通す目がすごすぎて、漫画で描いたことが現実で本当に起きた、なんてことも経験しました。
すべて偶然です(笑)。僕らも100%未来を予想することはできませんが、「中間者攻撃はOpenSSLに脆弱性があれば十分に成立する」など、事件を成立させるための仮説をたくさん立てて、案出しをしていきました。漫画でその話題を取り上げた直後に、現実でもハートブリードというOpenSSLのバグが見つかって大騒ぎになってしまいましたが、あくまでたまたまです。
数年後の事件といっても、実際の専門家やエンジニアの方々が見ても違和感がないものにしたかったので、エンターテインメントと技術的なリアリティーの両立をずっと模索していた6年間でした。
それと、回を追うごとに前に使ったアイデアが使えなくなっていくのは大変でしたね。サイバー犯罪の面白い解決策を閃いても、漫画だとそれは一回しか使えない。
読者の皆さんに「また同じ手法かよ」って思われないよう必死で技術的な問題と解決策を考え続けてきました。
エンジニアってパソコンの前でカタカタしてるだけだから、それだと絵的に動きが出ないし。どうしたら迫力とリアリティーを両立できるのかは常に僕らの課題でしたよね。
そうそう。それで私がお二人を困らせることも多くて。
というと?
例えば、「このハッキングには是枝でも絶対に4時間は掛かりますね」って言われた時に、「それだと緊迫感が出ないから、どうにか70分でハッキングする方法はありませんか!?」ってすがりついたりして。
で、お二人もすごく真剣に考えてくださるんですけど、「いや、やっぱりこれはどうしても無理です」って言われてしまったり(笑)
ボツになったアイデアは、山のようにありますよね。僕らチーム全体で納得のいく事件と解決策が出るまで、何時間も会議を重ねたこともありました。
自動運転技術やブロックチェーンなど、今では当たり前のように耳にするようになった言葉も、連載開始当初はまだ実用化が進んでいなかったから、そこについて本気で考えられるのは良い経験でした。
さだやす先生に伺いたいのですが、特にお二人の協力を得たからこそ実現できた思う印象的なシーンはありますか?
6巻に出てくるカーチェイスのシーンは強く印象に残っています。「ハッキングを題材にして、こんなにもダイナミックな動きのある表現ができるんだ」という手応えがあったことと、結局是枝でも犯人の車を止めることができなくて「技術的に無理なこともある」というリアルさを表現できました。
作中で出てくる“エンジニアのあるあるな行動”に共感している読者も多い印象です。そういった細かい描写はどのようにネタを集めていたのでしょうか?
IT企業などに取材に伺ったときに、エンジニアの方々の日常的なしぐさや動作をよく観察するようにしていましたね。例えば、ラップトップを開けて片腕に抱えて持ち歩いたりとか。
僕自身もそういう何気ない行動を「拾われてる」と思うことは度々ありましたね。さだやす先生と待ち合わせしているときに、たまたま片足で立ったまま膝にラップトップを乗せてコーディングしていたら、それが漫画の一コマに描かれていました(笑)。
あと、はやとさんもmayahさんも、漫画のネームを見た段階で「是枝のこの発言は、エンジニアっぽくない」とか、「エンジニアとして『100%できる』という言葉は使いたくない」など、エンジニアの気持ちを代弁してくれていたので、聞いたことは素直にキャラクターに反映していました。細かいしぐさ一つを取っても、エンジニアの方が見て違和感を持たないようにしたかったので。
細かい部分でいうと、キャラクターによってプログラミングのコードも書き分けています。
すごいですね。コードで性格って表現できるものなんですか……?
例えば、是枝君は作中でいろいろな言語を使い分けているのですが、メインで使っているのはC++。途中で出会うヴァルキュリア(作中の女性ハッカー)は最初はScalaを、途中からRustを使うようになっています。ちなみに、作品内のキャラクターは性格的にGoやJavaを使わないであろうというのは、mayahとの間では暗黙の了解になっていましたね(笑)。
作中にコードを入れていただく際に、お二人が「これは是枝君らしいコードです」とか「ヴァルキュリアならこう書きます」といった解説コメントをくださるんです。コードを通じて、お二人がキャラクターづくりに大きく関わっていたんです。
さだやすさんには言ってなかったんですが、実は17巻で是枝君がヴァルキュリアに影響を受けてRustを使うようになったんですよ。
あ、でもなんとなく気付いてました(笑)。その頃には、コードを見てどの言語なのか、ほんの少しだけですが、分かるようになっていましたから。ただ、こういう感覚って、本来エンジニアだけが分かり合える特別で素敵な世界だと思っています。
さだやす先生は作品を通じて、エンジニアにどんなメッセージを伝えたかったのでしょうか。
『王様達のヴァイキング』を通して伝えたかったのは、コードを書くことも、サービスをつくることも、最終的には「人対人」の問題だということです。プログラムの向こう側にいる人間とどのように心を通わせて、人が変わっていくのかということを大切にしていました。
また、漫画が完結するまでに、さまざまなエンジニアの方の取材をしてきましたが、本当に皆さん勉強熱心で、いつお会いしても今の状態に満足せず、常に挑戦しているんですよね。
「仕事だからやらなきゃ」ではなく、好きなことに没頭しているエンジニアの方たちを本当に尊敬しています。今では「エンジニアの皆さんが世界を動かしているんだ」と実感していますし、「いつも私たちの生活をシステムやサービスで支えてくださってありがとうございます」と、感謝の気持ちでいっぱいです!
では、最終巻が発売された今、まだ『王様達のヴァイキング』を読まれていない方や既存の読者の皆さんに、改めてどんなところに注目して読んでほしいですか?
ハッカーの世界は、常に進化を続けていて冒険が詰まっている、現代最高のファンタジーだと思います。それを多くの方々に、漫画を通して感じていただきたい。エンジニアの皆さんや、若い人たちが「よし、やってやろうじゃん!」と刺激になるような作品であれたら嬉しいし、ハッカーに憧れる少年少女が増えたら幸せです。
少しでもエンジニアの方々に共感してもらい、社会貢献になればという思いで技術協力をさせていただきました。コードの画面やちょっとしたしぐさを含めて、エンジニアなら「分かる!」と思っていただけるはずなので、ぜひ楽しんで読んでください。
是枝君は才能があるのもそうですが、作中では何より好きなことに没頭してものすごく集中していましたよね。現実でも良いエンジニアは趣味の延長のような感じで勉強を楽しんでいます。そのことを漫画を通して少しでも伝えられたら幸いです。私自身、この作品が大好きです。ぜひ楽しんでください!
あとこれはちょっとしたネタなんですが、技術的な内容に関する「書き文字」の部分は、私とmayahの意見で入れてもらっていることが多いです(笑)。そういった部分にも注目してみると違った面白さがあると思いますよ。
みなさん、この度は貴重なお話ありがとうございました。
取材・文/石川香苗子 企画・編集/川松敬規
高校中退、バイトも即クビ。社交性もなきゃ愛想もなし。18歳の是枝一希が唯一持っているのは、ハッキングの腕。金融機関にサイバー攻撃を仕掛けた彼の前に「お前の腕で世界征服する」と宣言する大金持ちの男が現れる。ハッカー少年と仕事中毒のエンジェル投資家、彼ら2人はどんな世界を創り出すのか…?全く新しい新世代タッグ誕生!!!
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