デンマーク在住の機械学習エンジニアに聞く“幸福度の高い働き方”のヒント「高い熱量はゆるく温かいつながりから生まれる」
社会福祉国家と幸福度の高さで知られるデンマーク。ワークライフバランスの良さが世界的にも注目されていて、日本の約1.5倍の労働生産性を上げながら、週37時間労働、極力残業をせず、家族や恋人、友人と過ごす時間を重んじる文化が浸透している。
加えて“デジタル先進国”の側面も。2018年には「デジタル化でフロントランナーとなる」との国家戦略を掲げており、EU圏内を対象にしたデジタル経済及び社会指数の評価ランキングでは、16年から3年連続で1位に選ばれている。日本のマイナンバーにあたる『CPR番号』や国民の遺伝子・健康状態等を把握できる『バイオバンク』をはじめ、政府、医療、金融等あらゆる分野でデジタル化が進む。
そんなデンマークのエンジニアは、一体どのようにして”技術的生産性”と”幸せな働き方”の両立を実現しているのだろうか。現地のスタートアップ企業で機械学習エンジニアとして働く乾 祥碩(いぬい あきひろ)さんに、「個々の能力を最大化しながら幸福度の高い働き方を叶えるヒント」を伺った。
一人一人にプロの自覚があれば、ルールは最低限でいい
「自分の想像を超えた未来を見てみたい」そんな野心から、イギリスのエディンバラ大学院に進学。1年間の猛勉強の末にMSc Acoustics&Music Technology修士号を取得し、デンマークの大手オーディオメーカーでの現地採用ポジションを勝ち取った乾さん。
1年ほどR&Dエンジニアとして勤務したのち、さらなる成長を求めて、2019年7月、現地のヘルスケアスタートアップへの転職を叶えた。現在は機械学習エンジニアとして、アルゴリズムの研究開発やデータサイエンス業務に携わっている。
「僕が勤務するCorti は、国内外でAI、機械学習部門の賞をいくつも受賞していて、CTOは元Appleの機械学習スペシャリストが務めています。119番通報の音声を分析し、患者の症状を予測するサービスを展開しており、一例として人間が判断するよりも早く正確に心不全を予測することが可能です。この独自アルゴリズムが一刻を争う人命救助の一助になっています。世界的に見ても尖った技術力を持っている企業だと言えると思います」
大手とスタートアップのどちらも経験した乾さんは、「デンマークの職場はストレスが溜まりづらく、自分の能力を発揮しやすい環境」だと話す。その一つが、個人の裁量に委ねるワークスタイル。デンマークでは各自の都合に合わせて出社・退社時間を調整できるフレックスタイム制を採用している企業が多いという。
「こちらでは日本のタイムカードのような勤務時間の管理はなく、現職のスタートアップでは、Slackで出退勤の挨拶とその日のタスクについてコメントするのが習慣となっています。昼休みも各自のタイミングで自由に取ります」
仕事のやり方についても細かい指示はなく、個人でベストな方法を模索する。気分を切り替えたいタイミングで散歩に出かけたり、近所のカフェなど、働く場所を移動したりしても構わない。
「デンマークでは、たとえ新卒であっても一人のプロとして扱われ、専門的な意見が求められます。その分、制限が少なく個人の自由が尊重されているのだと思います」
ストレスは最大のリスク。対策への投資を惜しまない
ここは、乾さんが働くCorti のオフィス。北欧らしいシンプルで洗練された家具やアートが配置されており、オフィスというより「住まい」の雰囲気に近い。
「デンマークでは、社員がストレスを抱えることを最大のリスクだと考える傾向が強く、居心地の良い環境が重要視されています。オフィスをリラックスできる内装にする他、ノートパソコンを覗き込んで姿勢が悪くならないようにとモニターを増設してくれたり、僕が好きなコーヒーをいつでも飲めるようにコーヒーメーカーを購入してくれたり、気持ち良く働くための投資を惜しまない文化がありますね」
以前、人手不足による膨大なタスクで手が回らなくなってしまった際には、ストレスを感じ始めた乾さんの様子を見て、すぐにサポートのための社員を雇ってくれたこともあるそうだ。
「少しでも困ったことがあれば、大きな問題になる前に素早く対処する。これがデンマーク流のストレスコントロールなのだと思います。今日も全社員に向けて、『もしミスを犯しても、それでクビになることはないから、ミスのせいでストレスを抱えないでほしい』とアナウンスがありました。これは日が短く鬱気味になりやすい冬季の対策の一つです」
残業は「締め切り」ではなく「意思」で判断する
一般的にストレスになりやすい長時間労働も、デンマークではほとんど見られない。週37時間の勤務時間内に終えられるよう業務のバランスを取るのがスタンダードだ。ただ、乾さんのように成長意欲が高い社員の熱量を損なわないような配慮はされているとのこと。
「ガツガツと仕事をしたいタイプの僕に、上司はこう指示しました。“やりたい”という意思があれば残業をしてもいい。けれど、締め切りを守るために”やらなければいけない”という気持ちなら、残業してはいけない。常にこの言葉を胸に留めています」
残業は強制されてするものではない。デンマークでこのような価値観が浸透しているのは、家族や恋人、友人等と穏やかに過ごす時間を大切にする“ヒュッゲ”という文化があるからかもしれない。加えて、一人一人をプロとして信頼しているからこそ、このようなスタイルが成立するのではないだろうか。
「現職ではスタートアップということもあり、一般的なデンマークの企業と比べて勤務時間が長く、残業代も支給されません。先輩は『ここより労働環境が悪いところはない』と言っていましたが、それでも22時を過ぎるまで働くことはまれですし、世界トップレベルの機械学習エンジニアと一緒に働けるのは、僕にとって最大の魅力です」
心理的安全性の高い組織から“心地よさ”が生まれる
日本で働くエンジニアが、デンマークに住む人々のように効率的かつ幸福度高く働くためには、どうしたらよいか? そんな問いに対して、乾さんは「組織の在り方」について触れた。
「まずは、何でも言い合える空気をつくることから始めるといいのかなと思います。デンマーク人はやらないことを選ぶ力が高く、『やる必要がある仕事なのか』を常にディスカッションしています。上司に指示されたタスクであっても、『やる必要がない』と思えば断るのが正解という価値観です」
とはいえ、日本では目上の人に対して思ったことを何でもぶつけるのは、ややハードルが高い気がする。
「デンマークで、なぜこのようなフランクな組織が築けているかというと、マネジャー陣が率先して意見をぶつけ合える場をつくっているからだと思います。『困ったことがあれば何でも言ってほしい』と促し、『今のタスクに満足してる?』『順調に進んでる?』と毎日のようにこちらの様子を気に掛けてくれます。時には『カップラーメンばかりじゃなく、栄養のあるものを食べてね』と健康への気遣いまで(笑)」
気兼ねなく意見を言い合うことから、お互いがヒートアップするようなディスカッションに発展することもある。けれども、そこに私情の絡みはなく、問題が解決すれば次の瞬間には何のわだかまりもなく笑い合える。同僚や上司とは、友人に近いような関係性なのだとか。
「何を言っても大丈夫」と思える心理的安全性の高い組織が“心地よさ”を生み出し、それが高い生産性につながっているのではないか、と乾さんは語る。
取材に訪れたのは、その日の仕事が一段落する18時。Corti のオフィスには、ビールを片手に談笑するメンバーの姿があった。挨拶をすると、「一緒に飲みましょう」とビールを手渡してくれた。この壁のないコミュニケーションがデンマーク流なのだ。
「こういうゆるい集まりが自発的に起こるのがデンマークらしさであり、この地に根付く“ヒュッゲ”なんだと思います。温かい人たちに囲まれて穏やかに仕事をしながらも、高い熱量を維持できる今の環境にとても満足しています」
最後に、乾さんの今後のビジョンを聞いた。
「機械学習エンジニア、データサイエンティストとして専門性を高め、いずれは自分にしか作れないサービスを生み出したいと思っています。起業したいという野心は常にあり、それを最短で叶えるために世界トップクラスの技術者の元で修行をしています。ビジネスのフィールドが海外なのか、日本なのかはまだ分かりませんが、スキルを磨くことで幸せにできる人も選択肢も増える。自分の“成長を実感できる環境”、そして“承認欲求を満たしてくれるチーム”が、効率的で幸福度の高い働き方に導いてくれているのだと思います」
取材・文・撮影/小林 香織
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