ミクシィ『みてね』エンジニアが「マネジメントを楽しめる」ようになるまでの軌跡ーー「マネジャーの立場でしかできないプロダクト作りも悪くない」
2015年のリリース以降、子育て世代に絶大な人気を誇る、ミクシィの家族向け写真・動画共有アプリ『家族アルバム みてね』(以下『みてね』)。「こんな写真共有アプリが欲しかった」「祖父母世代とのコミュニケーションが活発になった」という声が相次ぎ、2019年11月に利用者数600万人を突破した。
無料なのに容量無制限、直感的な操作性、アップされた写真から自動生成される『1秒動画』、さらにフォトブックの作成・購入機能など、子どもの成長を記録したい子育て世代にとってうれしい機能が揃い、これまでの写真共有アプリの当たり前を変えた。
サービス立ち上げ当初は6人だったメンバーも、今や50人弱の大所帯へと拡大。エンジニアの数も3人から17人に増えた。サービス立ち上げ当初から『みてね』にエンジニアとして参加し、組織がスケールする中でチームの束ね役も担うことになった酒井篤さんは、もともとマネジャーになることに対して不安を抱いていたと打ち明ける。
しかし酒井さんがマネジャーとして組織改革をし始めてから、この1年半でチームを離れたエンジニアはたった一人だけ。さらには過去に退職したメンバーが戻ってきた例もあり、今では「マネジャーならではの楽しさ」を感じ始めているそう。
そこで酒井さんに、いちエンジニアからマネジャーになったときの不安や、組織づくりの工夫、マネジャーならではの醍醐味など、リアルなお話を伺った。
最初は“気心知れた”身内のチーム。「全員参加」が当然だった
酒井さんが『みてね』の開発に加わったのは、ミクシィに入社して3年が経った頃。かつて同じプロジェクトに参加したメンバーに声を掛けられたのがきっかけだ。
「僕の仕事のスタイルや、コミュニケーションの取り方をよく知っているディレクターとエンジニアから誘われたんです。発足当初はチームの人数も少なかったですし、考えていることをあえて言葉にしなくても意思疎通できて、開発しやすかったですね」
『みてね』の開発は、ミクシィ社の会長である笠原健治さんの着想から始まった。当時のチーム編成は笠原さんを含めて6人。ディレクターとデザイナーが1人ずつ、エンジニアは酒井さんともう2人、というある意味“気心の知れた仲間”が集まったチームだった。
笠原さんが「小さいお子さまの写真を、おじいちゃんおばあちゃんも含めた家族みんなでシェアして、家族間のコミュニケーションの熱量が高まるプロダクトを作りたい」という世界観を語り、それを実現するためにふさわしい機能やデザインを全員でブレストし、作り上げていった。
GoogleドライブやDropboxのように、大量の写真を『貯める』サービスと、TwitterやInstagramなどの『外部にシェアする』サービスの“はざま”にある『“身内だけで”大量の写真をシェアし、コミュニケーションを楽しむ』という体験。
そのまだ存在しない価値をどういった世界観でつくり上げるのか。子どもの成長を見守る感動を演出するにはどうすればいいか。そんな議論を全員で何度も繰り返したという。また、『みてね』では初期の頃からユーザーテストやユーザーインタビューにもかなり力を入れていた。
「みてねのターゲットは、小さなお子さまのいるお父さんお母さん。そしてそのご両親という2世代です。つまり、ネットリテラシーがあまり高くなく、スマホ操作に慣れていない人も多い。そんな人たちが日々どんな暮らしをしていて、どんな風に子どもの写真を撮り、楽しんでいるのか。また、どんなUI/UXだったら使いやすいと感じるのかを徹底的にヒアリングしました。
もちろんその場で見聞きしたことを鵜呑みにするのではなく、その情報をもとにチームで議論を重ね、想像力を働かせながら具体的な利用シーンや体験をイメージし、プロダクトに落とし込みました」
ユーザーに素晴らしい価値を届け続けるためにも、マネジメントに踏み切った
こうしてユーザーに愛されるサービス『みてね』が作られ、リリース後は前述どおり子育て世代から絶大な人気を誇るサービスへと成長。当然、組織も次第にスケールしていった。
「ある時期から徐々にエンジニアの数を増やしていくことになり、まずは採用に力を入れ始めました。これだけ世界観を大事にしているプロダクトなので、単純な技術力はもちろん、『みてね』の世界観に対して面白みを感じてくれるような人を集めることを心掛けていましたね」
そして最初は5人だったみてねメンバーは現在46人へと増加。立ち上げ当初たった2人だったエンジニアも、2018年に6人、2019年11月時点で18人と加速度的に増えている。それに伴い2018年4月頃からエンジニアは3チーム体制を取り始めた。
iOSやAndroidなどのネイティブアプリを開発する「アプリ開発チーム」と、機械学習・画像認識技術を使って『1秒動画』などの新しいコンテンツを作る「コンテンツ開発チーム」、そしてインフラなどを担当する「SREチーム」だ。酒井さん自身は全エンジニアをまとめるマネジャーでありながら、SREチームの一員としても働いている。
一方、だんだんと組織が大きくなる中で、酒井さんは仕事の進め方や環境の変化にかなり戸惑ったと話す。
「人数が増え始めると、相手のデスクに行って声を掛ければ思いが伝わる規模で開発していた頃とは、当然仕事の進め方も変わりました。コミュニケーションコストも掛かるし、情報共有も大変になってきて、不要なところでフラストレーションが溜まってしまいます。
また、最も大変だったのは“自分の意識を変えること”でした。ちょうどそのタイミングでマネジャーポジションになり、やるべきことの責任が変わってきて。僕はもともと手を動かしたいタイプだったのにプログラムを書くことが最も重要な仕事ではなくなってしまって、しかもマネジメントなんて初めてだったので、最初はかなりモヤモヤしていましたね」
酒井さんのように開発が好きなエンジニアの中には、マネジャーというポジションをネガティブに考えてしまう人も多いだろう。急に増える会議に書類の山、メンバーのメンタルケアなど開発以外のタスクが山積みになる印象が強いからだ。
マネジャーになったからといってすぐに意識が切り替わるものでもなく、酒井さん自身もしばらくは葛藤していた。それでも『みてね』のユーザーに素晴らしい価値を届け続けるためには、マネジャーの立場となった自分が組織スケールの課題に向き合わなければならない。そんな気持ちから、自分なりに“エンジニアたちが開発に集中できる組織づくり”に取り組み始めた。
とはいえ当然ながらマネジメントに対する詳しい知識は持ち合わせていなかった酒井さん。そこで大切にしたのは、「メンバーの声を拾い上げること」だった。
「マネジメントが初めてだった僕にとっては、『メンバーの意見を聞き、それに応える』というやり方が最も簡単で確実な方法でした。また、立ち上げ当初からずっと同じ組織に属していると慣習的に行われたことに対して疑問を抱きにくい面もあって。だから、新しいメンバーの声は特に重視していました。
例えばある時期まで、定例会議は全員参加が基本だったんです。40人ほどの日程調整をするのは、それはもう大変でしたね(笑)。メンバーから『自分の担当じゃないのに長時間会議に参加するのは非効率だ』という不満の声が上がったことがきっかけで気付き、会議のやり方を見直すことができたんです」
この立場でしかやれないことや、見えない景色の面白さ
そしてそれからは、どんなに些細な不満や疑問も思うままに言えるような、“オープンな環境をつくること”に力を入れ始めた。
「フラットに意見を言い合える組織をつくるためには、『上がってきた意見を無視しないこと』が大切なんだと実感しました。不満や疑問の声を無視せずに、できることから応えていく。その積み重ねによって、組織も良くなっていくし、『言ったら何かが変わるんだ』と思ってもらえるはずなので」
また、意見を言ってもらえるマネジャーになるために、あえて「隙を見せる」工夫もしているそう。
「マネジャーは“上の人”とか“正しい人”みたいに思われますけど、人間である以上完璧ではないし、間違えることだってある。僕自身フラットに接してほしいし、完璧だなんて思われたらやりづらいですから、隙はどんどん見せて、ミスもオープンにして突っ込まれるのを待っています(笑)。
それにそうした人の指摘や失敗から得られることってすごくたくさんあるので、僕自身もコミュニケーションの中で日々学ばせてもらっています。今は、チーム全体でも『失敗から学べる』カルチャーづくりをしていきたいと考えています」
『みてね』チームでは失敗から学ぶカルチャーづくりの一つとして、「ポストモーテム」を行っている。ユーザーに影響のあるインシデントが起こった時、具体的に何が起こったのか、そこから何を学んだのかということを時系列にまとめて一つのドキュメントでシェアし、議論するのだ。
SREチームのみならずすべてのチームで実施し、必要とあらばビジネスサイドのメンバーも参加。いろんな視点から気付きや学びを得て、それぞれの仕事に役立てているという。
これらの取り組みの結果か、エンジニアの離職率は激減。手探りながらも愚直な努力が、「居心地の良さ」につながっていったのだろう。
「チームがここまで大きくなる前は退職者も結構いたんですが、ここ1年半で辞めた人はたった一人だけでした。それに、昔辞めた人が戻ってきたりもして。もちろんみんな『みてね』というサービスが好きだということも大きいけれど、不満を言える環境をつくって、その不満を解消することに取り組んだからこそ、エンジニアたちに居心地の良さを感じてもらえているのかなとも思っています」
マネジャーとして試行錯誤しながらも、組織づくりに取り組んできた酒井さんだが、「最近になって、やっとマネジメントの面白みを感じられるようになってきた」と話してくれた。
「『みてね』の開発にマネジャーとして携わって分かったことですが、『人や組織が成長すれば、自分が手を動かさなくても良いプロダクトができる』ことを実感しました。
もともとは自分の手でプロダクトを作り上げるのが好きだったけど、マネジャーとしてメンバーをうまくまとめることができれば、自分一人で開発していた時とは比べ物にならないほど開発スピードが上がるし、想像を超えたアウトプットができる。今は『この立場でしかできないプロダクト作り』もなかなか良いなって思っています」
当初抱いていた「面倒くさそうな仕事」というマネジャーのイメージにも、大きな変化があったそうだ。
「これまでの取り組みを通してマネジャーの発言力やポジションの重要性が身を持って分かりました。今では『マネジャー職の世界観』をポジティブに変えたくて、『マネジャーって重要で魅力的な仕事なんだぞ』ってことを社内外に発信するようにしています。
自らの発言によってそういう空気を変えていけるのもこの立場の面白いところ。僕のような開発好きエンジニアでも、やりようや考え方によってはマネジャーを楽しめるということを多くの人に知ってもらえたらうれしいです」
取材・文/石川香苗子 撮影/桑原美樹
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