及川卓也「生存戦略から考えるキャリアなんてナンセンス」DX時代にエンジニアに問われる働き方の本質
MicrosoftやGoogleで世界標準の製品開発に携わり、現在は複数の企業で技術顧問を務める及川卓也さんの最新著書『ソフトウェア・ファースト あらゆるビジネスを一変させる最強戦略』(日経BP)が話題を呼んでいる。
及川さんは著書の中で、「日本企業が世界的なデジタルシフト(以下、DX)の潮流に取り残されないためには、ソフトウェアを中心としたサービス志向の開発体制を構築することが重要だ」と説く。
※デジタルシフトとは、ここではデジタルトランスフォーメーションと同義
さらに、これからのビジネス戦略に欠かせないのが、「ITの手の内化」つまり技術領域を自社で内製化していくことだと及川さんは同書の中で示す。
では、DXがさらに加速し、ITの手の内化が進むと、エンジニアのキャリアにはどのような影響があるのだろうか。詳しく話を聞いた。
「ソフトフェア・ファースト」に込めた真意
これまでにも、例えば「モバイル・ファースト」という言葉が使われてきましたし、最近でも「AIファースト」という言葉を耳にする機会が増えましたよね。
これらは何も、「モバイルにだけ着目して新しいことをすればそれでいい」とか「AIをとにかくバンバン使えば事業がうまくいく」という短絡的な発想を示しているわけではありません。
「モバイルという可能性のあるステージでビジネスを成功させるためにはどうすればいいのか」という発想を優先して、自社の技術や事業などに不足している部分を正していくことが、本当の意味でのモバイル・ファーストだったはず。
AIについても、既存事業にどのAI技術をどう活用すれば成長が得られるのか、という本質的な発想を大切にすることが「AIファースト」なのだろうと捉えています。
「ソフトウェア・ファースト」も同様です。ソフトウェアの開発にだけ力を注ぐことをそう呼んでいるわけではありません。
少なくともこの数十年の間に世界のビジネスを大きく変える起点となったのは、いずれも破壊的な力を持ったソフトウェアだったのは事実です。
でも、ソフトウェア単体で革命的なプロダクトやサービスが生み出されてきたのかといえば、そうではありませんでした。
ソフトウェアが持つ可能性を最大化するために、組織のあり方から技術者のスキルアップの仕方、事業内容や開発環境のあり方に至るまで、きちんと最適化できたプレーヤーがイノベーションを起こしてきたのです。
その事実をしっかりと踏まえながら、企業は成長戦略を描くべきだというメッセージをこの本に書いたつもりです。
最新の技術を用いて画期的な成果を上げている企業は、世界にも日本にも、たくさんあると思います。
ただ、DXという言葉が一般的に用いられるようになったのは、せいぜいここ2~3年でしかない。
今グローバルで先進的な成果を上げている企業は、それ以前から準備をしてきた一部の企業です。
一方で、「日本のDXは遅れている」という悲観的な声も聞こえてきますが、そういう意見に踊らされる必要もないとは思っています。
いち早くDXの重要性に気付いたアメリカ社会でさえも、真のDXに取り組んで成果をあげた企業はまだ多くありませんから。
「ITの手の内化」=「SI不要論」ではない
あらゆる事業会社がドラスティックに変化して、自社内のエンジニアによって重要な技術領域を全てカバーできるようになれば、そういう考え方もあり得ます。
でも、現実的に見てその可能性は低いと思いますね。
ただし、今までのように日本の事業会社のほとんどが、IT技術領域をSIに依存するような図式ではなくなっていくでしょう。
技術が劇的に進化するこの時代に、なぜ日本企業の多くが迅速に対応できなかったのかといえば、全てを外に任せていたからです。
同じ轍(わだち)を踏み続けないためにも、先見性のある会社ほど「重要技術は自社で手の内化」するようになってきました。
もともと「手の内化」という言葉自体、トヨタ社が自社を変革する際に用いていた言葉ですしね。
ですから、従来と変わらずクライアント企業からシステム案件を受注して、お客さまが求める機能を形にするだけのSIが生き残るのは難しいかもしれません。
私は、「SIをすぐ辞めた方がいい」なんてことは言うつもりはありません。
それに、SEとして食っていくために転職して、キャリアパスを考えて、というのもナンセンスだと思っています。
よくメディアでも「エンジニアの生存戦略」みたいな表現を使うところがありますよね。でも、「そうじゃないだろ!」っていつも思うんですよ(笑)
僕らは生き残るためにエンジニアをやっているんじゃない。技術が好きで、成長したくて、それが面白くてエンジニアをやってるんじゃないのかって。
「SIにいたら今後食えなくなるからダメだ」とかそういうことじゃなくて、まずは「今ここでできることはないのか」と、考えてほしい。
昇格・昇給していわゆるキャリアアップを実現するのも大事ですが、本来エンジニアならばスキルアップも目指したい。
また、それによって出した成果が評価され、結果としてキャリアアップも手に入るのが理想ですよね。
生存戦略よりも成長戦略、キャリアアップよりもスキルアップ。エンジニアとして一体自分が何をしたいのか、何を成したいのかをまずは考えてほしい。それが僕の願いですね。
SIといっても千差万別なのでケースバイケースだとは思います。
ですが、あえて一例を挙げるなら、旧来の開発手法を一部でもいいから変えて、アジャイルやスクラムの手法を取り入れてみるのはいかがですか?
あるいは、OSSの活用を少しずつ進めていくような試みはやろうと思えばできるはず。
もしもそうしたチャレンジを何とかやらせてもらい、成果を出し、社外とのネットワークづくりなどの付加価値も獲得できたなら、それだけでも技術者として成長できます。
目に見える価値を出しても正当な評価が得られない会社にいることが分かったなら、そのときに転職を考えたっていい。
「今いる社内に成長機会はもうないから、外に出て行こう」と、理解しているエンジニアであれば、自分がどこに行けば成長できるかも見えているはずです。
“成長戦略”を組み立て、偶然も味方に付ける
僕は、一つの領域で絶対的なスキルを磨いていく人のことを「I型人材」と呼んでいます。
何か一つのことに専門性を絞り、その分野における知識や技術力をひたすら深めていく「I型」のスキルアップは、人によっては向いているし、いいと思います。
でも、これからの時代のエンジニアは、「T型人材」を目指すべきだと思います。
多様な技術の連鎖で社会が成り立っている以上、よほどの専門性を備えている人でない限り、I型人材になることは難しいと思います。
一方で、縦軸に技術的専門性、横軸に周辺知見を持つT型人材であれば、より多くの成長機会に遭遇できる可能性が高まります。
そして「T」よりもさらに一本縦軸を増やした「π型」のスキルを手に入れることができれば、キャリアの選択肢はさらに広がります。
世の中の流れに乗って特定のスキル・知識を身に付けるのではなく、これから伸びると思ったものや自分がやってみたいと思ったものを選択し、スキルを獲りに行く実行力が問われてくると考えています。
自分なりの成長戦略をイメージして、さまざまなことに挑戦してほしいですね。
ただ、エンジニアのキャリアは多様なため、スキル形成を型にはめて語り尽くすことはできません。
例えば私の場合はDEC時代にたまたま手掛けたキーボード関連の開発経験が後々、Googleに行ってから生きたことがありました。
これはまさに、スティーブ・ジョブズが語っていた「コネクティング・ザ・ドッツ(Connecting The Dots)」。私の過去の経験(点)が、偶然つながったんです。
このように、必然性と偶発性の両方が揃ったとき、エンジニアの成長にドライブが掛かっていくのは間違いないでしょう。
先ほどお話したことと重なりますが、「何をすべきか」から考えるのをやめることではないでしょうか。
例えば、「何をしたらエンジニアとして生き残っていけるか」という消極的な発想でキャリアを考えるのではなく、「今気になっている技術は何か」「自分は何にワクワクするか」に気持ちを向けてほしい。
好奇心を持って取り組んだ分野が複数あれば、いずれそれが想像もしなかったような自己成長につながります。
また、自分の仕事に誇りを持つことも大事ですね。
元Microsoft最高経営責任者のスティーブ・バルマーはよく社員にこう言っていました。「毎朝、会社に行って仕事がしたいと思うかどうかが大事だよ」と。
要は、嫌々仕事をしている人のところに、面白い仕事や明るい未来はやってこないということ。
エンジニアの皆さんは、ソフトウェアという、世の中を一変させるようなテクノロジーの担い手です。
明日、あなたがソフトウェアの力で世界を変える人になるかもしれない。可能性は無限に開かれています。
一人でも多くのエンジニアが、自分の仕事に誇りを持ち、そこでの成長を存分に楽しめる人であってほしいと思います。
企画・取材・文/栗原千明・川松敬規(編集部) 撮影/赤松洋太
今、世界中の企業がITを駆使したデジタルシフトを急いでいる。
日本企業がこの世界的潮流に取り残されないためには、かつての成功モデルである「製造業的ものづくり」から脱却し、ソフトウェアを中心としたサービス志向の開発体制を構築することが重要だと著者の及川さんは説く。
ソフトウェアがビジネスの中心を担い、インターネットがあらゆるビジネスの基盤となりつつある今、日本企業はどう変化すれば良いのだろうか?
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