ちょっとした思考実験をしてみよう。あなたがこれまで働いたことのある会社を思い出し、そのミッションステートメントを言えるか、試してみるのだ。
(中略)
「当社の使命は、従業員の知識と創造性と献身を通じてお客様と比類なきパートナーシップを築き、価値を生み出し、それによって株主に最高の結果をお届けすることです」というのはどうか。
なんとも見事に必要事項をすべてそろえている。お客様、よし!従業員、よし!株主、よし!このミッションステートメントはリーマン・ブラザーズのものだった――少なくとも2008年に倒産するまでは。
もちろんリーマンにも何らかの信念はあったのだろうが、この文章から読み取ることはできない。
「Google的組織」を作る上でやってはいけないこと
特定の業務、もっといえば職務や組織構造にしばられることなく自分のアイデアを実行する人。そのベースとして多才な専門性を持ち、好奇心とリスクを恐れない姿勢も併せ持っている人。すなわち、従来型の知的労働者とは異なる新種だ。
これは、Google会長のエリック・シュミット氏が、前プロダクト担当シニア・バイスプレジデントのジョナサン・ローゼンバーグ氏との共著『How Google Works~私たちの働き方とマネジメント』で“Googler=Googleで働く社員”を表した言葉である。
彼らはこういった人材を「スマート・クリエイティブ」と呼び、Googleの成功はスマート・クリエイティブに自由を提供し、刺激し合う環境をつくることでもたらされたと本の中で述べている。
2014年11月4日、この『How Google Works』の出版記念としてシュミット氏が来日した際に行われた、元Google Japan代表の村上憲郎氏との対談では、「なぜGoogleがスマート・クリエイティブたちとともに成長できたのか?」という秘密が明かされた。
日本でも、かつてGoogleが導入していた「20%ルール(業務時間の20%を社員各々がやりたい研究開発に当てることを推奨する制度。ここから『Gmail』などが生まれている)」をマネするなど、Google的な組織づくりを志向するIT企業はごまんとある。
本著にはGoogle特有の文化づくりや戦略づくり、人材採用や意思決定のやり方について事細かに記してあるが、ここでは4日のトークセッションの内容から、どうすれば彼らのような組織をつくり出せるのかを紐解いていく。
また、セッションの最後には、弊誌からシュミット氏と村上氏に「Google的組織を作る上でやってはいけないこと」も質問した。その回答も合わせて紹介しよう。
マネジャーが「管理してはいけない」理由とは?
このテーマを考える前提として、シュミット氏は「インターネットの世紀を生きる企業にとって何より重要なのは『素晴らしいプロダクト』を作ること」と語った。「マーケット戦略やキャッシュ戦略のような古典的なものを練らなくても、良いプロダクトさえあれば後からお金稼ぎができるから」だ。
この「素晴らしいプロダクト」を生み続ける組織に必要不可欠なのが、上記したような特徴を持つスマート・クリエイティブであり、彼らを惹きつける企業文化だと両氏は説明する。
以下、セッションの内容を一部抜粋して紹介しよう。
シュミット氏 (創業当時の話として)そもそも10人のエンジニアを雇うだけなら、それほど多くのお金はかかりません。フォーカスすべきは「素晴らしいプロダクトをどう作るか」ということなのです。そういう姿勢で開発に取り組んできた結果、今はAndroidかAppleのOS上で動くアプリケーションを作るだけで、世界中の人がビジネスをできるようになった。これはすごいことだと思います。
村上氏 日本でオフィスを立ち上げる際も、売上予測値などを(USのGoogleに)提出する必要がありませんでした。その代わり、OKR(Objective and Key Result)を求められた。私が最初の1年で立てたOKRの目標は、「Googleのサービスが1年でどれくらい日本のユーザーに知れ渡るか」というものです。
シュミット氏 目的と主な結果を表す指標です。例えば本の中では「10%の改善を目指すのではなく、10倍の成果を求めるべきだ」と書いてあります。これはとても難しい目標ですが、Googleでは難しい依頼を出すことで大きなことが成し遂げられると信じています。そして、スマート・クリエイティブには、それくらいクレイジーな行動を推奨した方が結果を得やすいのです。
シュミット氏 好奇心が旺盛で、ボトムアップでイノベーションを起こせる人たちです。そもそも今日の企業組織の中では、トップダウンでイノベーションが生まれるケースは少ないと思います。
村上氏 日本オフィスでも、スマート・クリエイティブの確保が急務でした。そして彼らに来てもらうためにも、「社員の50%をエンジニアにする」といったGoogle特有の企業文化を重視しました。その結果、日本でも優秀な学生を呼び込むことができるようになっていったのです。
シュミット氏 エンジニアには、スニペットで1行「今日は何をしていたか?」を書き込むのを義務化しています。でも、それだけです。スニペットで1行書いてさえもらえば、後はマネジャーが確認して終わりです。
村上氏 私がエリックに求められたのも、社員に対して「注意を払う」ことだけでした。決して管理は求められてなかった。ここが重要です。自分自身が採用される際の面接でも、「大人の監督者になるべき」と言われたのを思い出します。つまり、スマート・クリエイティブに対して心地よい環境を整え、注意を払っておくことこそが私の役割だと。
シュミット氏 Googleで重要視しているのは、マネジャーも“自分の国”のためにマネジメントをするのではなく、“世界の人々”に向けて仕事をするべき、ということです。だから社員の意見が正しいと感じたら、彼らに自由を提供するべきなのです。
シュミット氏 驚くべきことに、Googleではそういうことが起きません。逆に、私がサン・マイクロシステムズにいたころは、ユニット制を敷いた結果それぞれの利益を優先するようになり、社内抗争が起きてしまいました。「そういう組織ではもう2度と仕事したくない」と思ったのを覚えています。ユニットごとに評価したり競わせると、うまくいかないケースの方が多いと思っています。
シュミット氏 自分で何かを生み出すことはもちろん、何かを生み出せる人を知っていることが大切。私も、クリエイティブでより早く動くエネルギッシュな人をたくさん知っていました。彼らと交流することが大事なのです。また、昨今はリモートワークが注目を集めていますが、基本的にはオフィスに来て働くべきだと思います。イノベーションというのは、何気ない会話、何気ないやりとりから生まれるものですから。
村上氏 それと、年配の人たちには、若い世代をもっと信頼してほしい。皆さんが20代だったころ、年寄りに対して「私の方が良いアイデアを持っている」と思っていたでしょ? だから、もしあなたがその年代になったのなら、若い世代の好奇心を伸ばすようにしてあげてほしいのです。
本気で組織を変えたいなら「口をふさげ」
こうした哲学によって、スマート・クリエイティブを惹き付け、イノベーティブな開発をし続ける組織を構築してきたGoogle。この日のセッションではほかにも、
「ラーニング・アニマルを採用する(年齢や過去の実績より学び続ける資質があるかどうかで採用を決める)」
「LAXテスト(LAX=ロサンゼルス国際空港で6時間足止めをくらったとして、それでも一緒にいたいと思う人材かどうかで判断すること)」
といった採用に関する独自ルールや、
「“カバ”の言うことは聞くな(職位や権威ではなく、最も良いアイデアを言う人が尊重されるべきという意味)」
など組織のルールが披露された。
ただ、Googleは創業期から独自の組織づくりを行い、哲学を貫いた採用をし続けることで「クリエイティブな文化」を築いてきた。日本の読者が、自らの勤め先でこれからGoogle的な組織づくりを目指す場合、何を重視し、何をやってはいけないのか。
シュミット氏の回答は「一番重要なのはビジョンメイク」というもの。すべてのベースとなるのは優れたビジョンであり、それが信じられるものであるからこそスマート・クリエイティブが集い、イキイキ働くことができるという。
社員全員が信じられるビジョンとはどのようなものかを説明するには、本著の内容をそのまま紹介した方がいいだろう。
対して、「ユーザーに焦点を絞る」、「邪悪になるな」など、Googleが掲げるビジョンは分かりやすく、何を意味しているかがすぐ理解できるものが多い。ここまで噛み砕き、洗練されたビジョンに落とし込む作業が大事ということだろう。
そして、村上氏は「やってはいけないこと」としてこう述べた。
「日本の古典的な企業がビジネススタイルを変えるには、何よりもまず『いかにITが重要なのか』を理解することでしょう。もし、現在のテクノロジーになじみのない人が会社にいるとして、私がアドバイスするのはただ一つ。『口をふさげ』です。
例えば50代を超えた人たちは、会社内でそれなりの地位を得て、子どもに学費も与えないといけない。そんな立場の人たちは、自己批判しづらくなる。だから、ITに詳しくないのなら、意思決定を若い人に任せて口をはさむのを慎むべきなのです。それが、古典的な手法にとらわれている企業がやるべき唯一のことでしょう」
取材・文/伊藤健吾(編集部) 撮影/鈴木陸夫
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