仕事にとことん没頭する人生もいいけれど、職場の外にも「夢中」がある人生は、もっといい。「偏愛」がエンジニアの仕事や人生に与えてくれるメリットについて、実践者たちに聞いてみた!
無趣味な20代エンジニアの人生が“七大陸最高峰制覇”を目指して激変した話「登山中心の生活を始めたら、ストレスから開放された」
ハンガリー出身のエンジニア、エルドーシュ・バーリントさん(以下、エルさん)にとって、山に登ることは最大の息抜き。「自分の人生には欠かせないこと」だという。
日本の国費留学制度を活用し、滋賀大学で学んだエルさんは、アニメ制作会社に就職した後、エンジニアに転身。株式会社スタディストで技術開発を手掛ける中、登山の爽快感と達成感に目覚め、週末に国内各地の山を登るようになった。
やがて、「七大陸最高峰の制覇」を目標に掲げるようになり、エンジニアの仕事と並行しながら、これまでにキリマンジャロ山を含む二峰の登頂を果たしている。
この取材の翌日(2020年2月13日)からは3週間の長期休暇を取って、7000m近い標高のアコンカグア山の登頂に挑戦。
「仕事だけじゃなく、夢中になれることをやった方が絶対に良い!」と話す彼に、山に登ることで人生や仕事にどんな変化があったのか聞いた。
学んだことが自分の力に変わる。エンジニアの仕事が好き
高校時代からWeb開発に興味があったというエルさん。
自分のWebサイトを作っただけでなく、学業の傍ら、フリーランスでECサイトを作る仕事もしていたという。
「自分のサイトをメンテナンスしていく中、欲しい機能があれば独学で学び、どんどん作っていきました。その後、国費留学で日本の大学に入り、インターンシップでIT関連の企業で働く経験をしたことで、より一層Web業界の仕事に興味を持つようになりました」
だが、卒業後、エルさんは日本のアニメ制作会社に入社し、制作・進行の仕事に就いた。
就活を真面目にやらなかったため、なかなか内定をもらえず、身近なものを作っている企業に片っ端からエントリーした結果、「アニメ制作会社だけが内定をくれた(笑)」と話す。
「仕事自体は楽しかったけど、当時のアニメ業界は一般社会とかなりズレていると感じたんですよ。昼に出社して明け方の4時くらいまで働くこともざらにあって、同じ業界の人としか接触がない。家庭を持っている先輩も、僕と同じく昼夜逆転でハードに働いていて。さすがにそれはツラいと思い、普通の生活に戻ろうと転職を考えました(笑)」
そんな中、大学時代のインターンで出会った友人から「うちの会社で働かない?」と声を掛けられ、スタディストに転職することに。現在は高レベルな技術検証に携わっている。
「CTO直属のような形で、技術面全般を見て、サービス基盤の整備やプロジェクトの進め方の方針提案などに携わっています。さまざまな機能の需要と供給のリサーチを行い、軸となる方向性の判断と価値検証、さらには実装の可否を判断する技術検証も行っています。また、社内のエンジニアと一緒に、今後の事業に役立つであろう技術の研究もしていますね」
「興味関心を持ったことを、仕事の中で生かせることが楽しい」とエルさん。
「もともと勉強や新しい知識を身に付けることが好きだし、それによって何か実現する度に、学んだことが自分の力に変わっていくような喜びを実感できます。
あとは、サービスのパフォーマンスを高めることにこだわりがあるので、例えば、レスポンスタイムが半減したとき、皆が『おお~!すごい!』と言ってくれたりすることもうれしいです(笑)」
平日に溜めたストレスも、週末の登山で完全にリセット
エルさんが登山に目覚めたのは、エンジニアに転身してから2年目のこと。それまで本気の登山を経験したことはなく、過去に登った富士山も「ツラかった」と笑う。
そんなエルさんが登山を偏愛するようになったきっかけは、社会人生活のストレスと、東京の夏の暑さに疲れて向かった新潟の温泉だった。
「『もう、やってられん!』と思って出掛けましたが、何もやることがなくて(笑)。近くに30分くらいで登れる小さな山があったので行ってみたら、自然の中で過ごす気持ち良さを実感して。僕の実家はハンガリーの山岳地帯にあったので、もともと自然の中で過ごすことに馴染みがあったんですよね」
山登りがリフレッシュにぴったりだと気付いたエルさん。「やると決めたら、がっつりやる派」ということもあって、まずは日本の「百名山」を登ることを目標に決めた。
「週末を利用して、4カ月間で20峰近くを制覇しましたね。友人からは『ハードな山に一緒に行くのは厳しい』と言われてしまったので、ほとんど一人で登りました(笑)。コレクター魂もあって、百名山を登るたびにチェックリストに印を付けるような気持ち良さも味わえます。『七大陸最高峰の制覇』も同じ感覚です」
また、「山に登るのは良いことばかり」とエルさんは続ける。
「静かで雄大な自然の中で頭を空っぽにできるし、夢を見ているようなひとときを味わえます。それに、体を使うから健康的でしょう? 8時間歩き続けることもありますからね。決して簡単ではない山も多いけれど、登頂したときの達成感はすごく大きいですよ!」
ハードな山を一人で登り続けることに気負いはなく、「良いことだから自然と続けたくなるだけ」と話す。
「僕にとって、山は落ち着ける場所で、リラックスとリフレッシュができるんですよ。僕は仕事そのものにストレスを感じることはないんですが、満員電車がキツくて。以前は週末になるとイライラが溜まっていたけれど、今は山で完全にリセットされる。これってスゴいことですよね!
楽しいから登るっていうだけで、友人と飲みに行ったり映画館に出掛けたりするのと同じ感覚です。もちろんしっかり準備をして、安全に登り切る覚悟はしていますけどね」
登山も開発も、大事なのは“先読み力”
登山に目覚めるまでは、「趣味と言えるほどの趣味がなかった」とエルさん。「夢中になれること」が見つかった今、エルさんの人生はすっかり登山中心になったという。
「『できる限り、山に行きたい』と思えるから、暇を持て余すことがなくなりました。むしろ、山に行くための時間をどうやりくりするかを常に考えています」
国内の百名山を登る際には、週末や連休を利用しているものの、海外の「七大陸最高峰」に挑戦する場合は、数週間単位の長期休暇を取る必要があるのだ。
「キリマンジャロに登った際には2週間の長期休暇を取りましたし、これから挑戦するアコンカグアの登頂には3週間が必要です。
仕事と趣味を両立するために、1年前から計画し、プロジェクトの進捗予定を見据えてスケジュールを調整。新しいプロジェクトが立ち上がった時期に僕の負荷が大きくなるので、海外登山の半月前までに、自分が手を離してもOKとなるように調整しています」
自分の仕事に責任を持てば長期休暇を取ることも構わないという会社の風土もあり、同僚も応援してくれている。
山登りはあくまでも趣味だが、「登山と開発の仕事には共通点もある」とエルさん。
「目標地点に向かうための計画を立て、必要な準備をし、万一の場合はどうするのかを考える。それは、登山でも開発の仕事でも必要なことです。先を見据えて、リスクを見極めて判断を下す力は、登山を始めたことでより磨かれたと感じますね。
それに、山を登り切るには心の余裕が必要です。日頃の生活でも余裕を持つ意識が芽生えたので、厳しい状況でも人に優しく接することができるようになりました」
エルさんは「仕事以外にも、『自分にはこれがある!』っていう何かを見つけた方が絶対にいい!」と力説する。
「夢中になれることがあるのは、人生にすごくプラスになります。ボルダリングでもカメラでも焚き火でも何でもいい。仕事一本の生活だと、心が折れやすくなりますから。
僕は、アコンカグアに登る準備をしながら、『3週間もの滞在だから、爪切りを持って行くべきか?』と考えるだけでもワクワクしています(笑)
今後、3~4年のうちに七大陸最高峰制覇を達成する予定ですが、それが終わっても登れる山はいくらでもある。楽しみは尽きないです!」
取材・文/上野真理子 写真・編集/天野夏海・川松敬規(編集部)
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