戦略的ジョブチェンジ実践者が語る、エンジニアが“あえて別職種”を経験するメリット
近年、エンジニアtypeの取材を通じて、「エンジニアは技術以外のスキルも積極的に磨くべき」という声を聞くことが増えた。
近い将来、「プログラミングはAIで自動化される」という予測もあり、技術力が高いだけのエンジニアは生き残れないのかもしれない。
そこで、エンジニアとしてのキャリアアップを目的に、あえて「エンジニア以外の職種」を経験した人に注目してみた。
株式会社うるるのエンジニアリングマネジャーを務める森山宏啓さんは、バックオフィス業務や営業、事業責任者など、これまでに幅広い職種を経験。
「自分は技術を極めていくタイプではない」と早い段階で気付いたという彼は、戦略的にジョブチェンジをしたことで「エンジニアとしての市場価値は確実に高まった」と話す。
その真意とはーー?
「エンジニア一筋だと、キャリアの選択肢が狭まるかも」
1社目は、新卒で入社した中小企業のSIer。エンジニアとして、約4年間在籍していました。エンジニア以外の職種を経験したのは、2社目と3社目です。
まず2社目はJBossを用いた開発を得意とする創業間もないベンチャー企業。基本的にはエンジニアとして勤務していたのですが、2年目に代表より「会社の土台を固めるために、バックオフィス業務を担当してほしい」とオファーがあったことから、エンジニアを離れ、人事・労務・総務・経理を含めたバックオフィス業務に1年間専念しました。
その後に転職した3社目では、エンジニアとして情報システム部門機能や自社で運営していた医療介護向けの転職サイトのフルリニューアルを経験したのち、求人広告事業の事業責任者を担当。売上目標を掲げて営業とともにクライアントと商談したり、同業他社とのアライアンスを担当したりといった業務を行なっていました。
さらに、宣伝物の受注制作を担う宣伝広報事業の責任者も担当。ここで約4年間勤務した後に、うるるに転職して今に至ります。現在は、エンジニアリングマネジャーとして、当社で扱っている「入札情報速報サービスNJSS(エヌジェス)」のフルリニューアルを担当しています。
新卒でSIerに入社した時から、「自分は技術を極めていくタイプではないな」という思いがあったんですよね。
というのも、私は元々エンジニア志望だったワケではなく、「内定をもらった企業の中で、最も初任給が高かったから」という理由で、エンジニアの仕事を選んだからです。
幸い仕事自体は楽しかったのですが、私はシステム開発の中でもインフラ領域のデータベースにしか興味がありませんでした。そういった自分の特性を考えると、テクニカルな領域でスキルを広げるのは厳しいなと。
だから、組織や事業領域で幅広いスキルを得ないとキャリアの選択肢が狭まるかもしれない、という危機感があったんです。
ですので、代表から「会社の土台作りをやってほしい」と声を掛けてもらった時に、「楽しそうだからやってみたい」という興味本位と同時に「今後のキャリアに生きるかもしれない」と考えて、引き受けることにしました。
「ダメだったらエンジニアに戻ればいいや」という開き直りもあったんですけどね(笑)
そうですね。エンジニアは基本的に売上目標を掲げることはないので、営業社員のように月末や期末の追い込みなど、数字目標を持って働くという経験をしてみたいと思いました。
それによって、エンジニアとしてより良いプロダクトや事業をつくることができるのではないか。そんな仮説を持って事業責任者を引き受けました。
「バックオフィスの給料はエンジニアが稼いでいる」の勘違い
バックオフィスの中でも、特に人事は難しいことだらけでしたね。
例えば、採用面接など定量化しづらい領域の仕事が多い中で、いかに共通認識を持てるようにするか、社員全員が納得感を持てる評価制度はどのようなものか。こういった課題を解決するために、代表や社労士と相談しながら、メンバーへのヒアリングや細かい調整を重ねました。
また、経理業務はとにかく細かい作業の連続で、数字を間違えてはいけないというプレッシャーも常に付きまといます。入金消込とか消費税の端数の扱い方など、本当に大変だったので、経理の人がいかに神経を使って仕事をしているかが身に染みて分かりました。
経理の仕事で、スクリプトを書いて消込の自動化をできるようにしました。それまで1件ずつ確認していたものを、何か差分が発生したときに比較するだけの工程にしたことで、だいぶ効率化できたかなって。
一番は、マインドの変化かもしれません。自分がエンジニアとして開発に専念できていたのは、バックオフィスの方々を含めた周囲の人たちの支えがあったおかげなんだと実感しました。
それまでは、「バックオフィスの人たちのお給料は自分たちが稼いでいるんだ」という、ちょっと稼げるようになったエンジニアにありがちな勘違いをしていたので……。
意識が180度変わり、相手の目線で話ができるようになったのは、大きな収穫だったと思います。
あらゆる立場の視点が理解できる今、各部署からの依頼の本気度が分かる
労働集約型のエンジニアの仕事に比べて、事業責任者は数字をいかにグロースさせるか、という点に集中しなければなりません。数字に責任を持つということが、どれほど大事かということを学びました。
目標売上に到達していなければ上から詰められるし、数字へのコミットメントが常に求められる。そういう環境に身を置いたことで、「期末はあといくら足りないから、営業行かなきゃね」みたいな話をセールスの人たちとできるようになったのは、すごくよかったですね。
また、担当していた部署にはエンジニア、デザイナー、事務職などの幅広い職種の人たちが所属していたため、あらゆる立場の視点で考える力、半年後、1年後を見据えて売上や人員計画を立てるといった事業目線が必然的に身に付きました。
今、エンジニアリングマネジャーとして、技術力が高いわけでもない自分が、それなりに仕事ができているというのは、まさに幅広い経験をした良い効果なのかなと。
私の現在の上司は営業出身でエンジニアリングには明るくないのですが、自分が営業を経験したからこそ「彼がなぜ今この発言をしたのか」が理解しやすいし、彼に対して「専門的な内容をどう言い換えたら伝わりやすいか」も分かる。いわゆる通訳がしやすくなったので、メンバーへの情報共有もスムーズになりました。
特に、まさに今担当しているフルリニューアル案件は、専任のエンジニアを10名抱えて完成までに2年を費やすような大掛かりなプロジェクト。あらゆる部署の社員へのヒアリングを重ねた上で、その要件が必要か否かを取捨選択する必要があります。
エンジニアだけをしていた頃は、「設計書の記述通りに正しくモノを作ること」を最優先していて、仕様変更を求めてくるような噛み合わないビジネスサイドとは戦うという意思が強かったんですが、今は他部署と調整して落とし所を見つけることができるようになった。
それぞれの立場の人の目線で考えると、どのくらい本気でお願いされているのかが分かるんですよね。「そっちの部署の目線だと、確かにその機能は必要だよね」みたいな。
だから、すごく納得感を持って仕事ができるし、他部署の経験がなかったら、今のような大規模なプロジェクトを手掛けるのは難しかったと思います。
”エンジニア以外の視点”がなければ「プロダクト開発」は難しい
エンジニアで得たスキルとそれ以外の経験で得たスキルの掛け合わせにより、ニッチな人材になれたことで、自分の市場価値が上がったと感じます。
繰り返しになりますが、他部署の人を巻き込んだプロジェクトなど、エンジニアだけを続けていたら到底到達できなかったであろう領域の仕事ができていることが、まさにその結果。
全ての経験が、総じてキャリアにプラスになっていると思います。
全員に勧めたいワケではないのですが、マネジメントをしたい人、ポジションアップしたい人は、是非やるべきでしょうね。
チームを統制する上で、エンジニアの視点だけでは正しい判断ができないし、多くの人を巻き込むにはそれぞれの人の立場に立って発言することが欠かせないからです。
エンジニアとしてのキャリアに特に生きたと感じるのは、「総務」「経理」「営業」の3つ。細かいミスさえも許されないプレッシャーがある中で正確性を突き詰める総務・経理の仕事は、やってみないとその大変さは分かりません。
また、営業を通じて「顧客視点」を養うことも重要だなと。
自分たちが作ったプロダクトに対して、どうやってクライアントに価値を感じてもらうのか。それを考えながら顧客視点でプロダクトのメリットを伝え、それに対して率直なフィードバックをもらう経験は、本当に貴重でした。面と向かって「この機能が使いづらい」と言われるなど、開発しているだけでは分からない気付きがあります。
こういった顧客視点を理解できないエンジニアは、いつまで経っても「システム開発」しかできないと思うんです。
そうではなく、顧客にとって価値のある「プロダクト開発」ができるようにならないと、エンジニアとしてキャリアアップするのも難しいですよね。
その人の性格にもよると思うのですが、もし他の職種を経験できるタイミングがあり、やってみたいという好奇心があれば、一定期間トライしてみるといいのではないでしょうか。
ただ、その場合、エンジニアリングから完全に離れてしまわないように、複業で案件を請けたり、自分で何か作ってみたりといったことは必要かもしれませんね。例えば私の場合、2社目でバックオフィス業務を担当していた時は新人エンジニアの教育研修を担当していました。
あるいは、ガッツリ経験しなくとも、営業と一緒に商談に同席してみるだけでもいいと思います。他の職種や業務を体験するという事実が重要であって、小さな体験の積み重ねが、後々生きてくる。
想像だけでは分からない泥臭さがどの職種にもあって、それを知ることで仕事への納得感は絶対に変わります。そしてその経験は、必ずこの先のキャリアのアドバンテージになるはずです。
取材・文/小林香織 企画・編集/天野夏海 画像提供/株式会社うるる
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