日本アイ・ビー・エム株式会社 シニアデベロッパーアドボケート
戸倉彩さん(@ayatokura)
2011年11月より日本マイクロソフトにてテクニカルエバンジェリストとして『クラウディア窓辺』の「中の人」を担う。18年5⽉、IBMに転職。 セミナーやイベント登壇、授業講師、執筆活動を通じて クラウドネイティブや開発ツールの技術啓蒙を⾏う。著書に『Visual Studio Code 快適⽣活』(技術評論社)『DevRel エンジニアフレンドリーになるための3C』(翔泳社)がある
女性エンジニアの数は徐々に増えてきているものの、いまだに開発現場は男性ばかり……という職場は少なくない。
仕事が好きで続けたくても、女性エンジニアのロールモデルは少なく、この先のキャリアを考えるとどうしても不安になってしまうもの。
そこで今回話を聞いたのが、「女性を理由に、ITエンジニアを諦めない人生」をテーマに活動する、戸倉彩さん。
日本アイ・ビー・エム株式会社 シニアデベロッパーアドボケート
戸倉彩さん(@ayatokura)
2011年11月より日本マイクロソフトにてテクニカルエバンジェリストとして『クラウディア窓辺』の「中の人」を担う。18年5⽉、IBMに転職。 セミナーやイベント登壇、授業講師、執筆活動を通じて クラウドネイティブや開発ツールの技術啓蒙を⾏う。著書に『Visual Studio Code 快適⽣活』(技術評論社)『DevRel エンジニアフレンドリーになるための3C』(翔泳社)がある
戸倉さんは前職の日本マイクロソフトで『クラウディア窓辺』の「中の人」を務めた後、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下IBM)に転職。デベロッパーアドボケートとして技術をエンジニアに広める役割を担う傍ら、職業「戸倉彩」として、会社の枠を飛び越えてエンジニアの幸福度を高めるための活動をしている。
戸倉さんはなぜ、職業「戸倉彩」を名乗り始めたのか。そして、「女性を理由に、ITエンジニアを諦めない人生」は、どうすれば可能なのか?
「キャリアの優先順位はアジャイルとウォーターフォールで考える」と説く戸倉さんに、そのヒントを教えてもらった。
そうです。クラウディア窓辺は当時Twitterのフォロワーが約1万人いて、秋葉原の萌えキャラコンテストでも毎年トップ5に入るほどの人気でしたね。
自分から手を挙げて携わった仕事でしたし、アニメ文化を使ってテクノロジーを広めるのはとても楽しかったです。でも、対外的には本名を出さずに活動していたので、「これでいいのかな?」という思いは、折に触れて心に浮かんでいました。
クラウディア窓辺はどんどん人気が出るけれど、果たして「私自身は自分らしく働けているのだろうか?」と考えるようになったんです。
また、当時は常にマイクロソフトの社員として見られることや、そのために自社製品を使うことが推奨され、テクノロジーニュートラルでいられないことがエンジニアとしてはストレスでした。
「このままだと、会社のブランディングに引っ張られて、自分自身のあり方を見失ってしまう……」。そんな危機感を徐々に抱くようになりました。
マイクロソフトでは出産による遅れを取り戻そうとずっと頑張り続けてきてしまったので、キャリアの棚卸しをする時間がなかったんですね。
そこで思い切って退職し、4カ月間、将来について考える時間を取りました。その時に、これからはペンネームを“職業「戸倉彩」”として、所属先は関係なく活動しようと決めたんです。
今はIBMで働いていることも引っくるめて、職業「戸倉彩」と名乗っています。
いろんな本を読みながら、今後自分がどう生きていくべきかを考えました。その結果、やっぱり崩しちゃいけないのは、Personality Identity(自分らしさ)だと思いました。
その自分らしさを実現する方法を整理するために、こういう図を書いたんです。
まず、自分らしくあるために必要な行動を「ライスプラン」と「ライフプラン」に分けます。
「ライスプラン」に書くのは、仕事でどう成長していきたいかということ。主に食べていくために必要なことです。
「ライフプラン」には、仕事以外での、自分の人生の使い方を書きます。趣味や特技だけでなく、例えば子どもが高校生になったとき、親としてこんな支援ができたらいいなとか。「ライフプラン」には、自分の時間、自分の人生との向き合い方が表れると思います。
はい。ただ多くの人は、「ライスプラン」と「ライフプラン」を分けたままで考えがちなんですが、私の場合はこの二つをうまく統合することで、シナジーが生まれると考えました。
例えば、クラウディア窓辺の「中の人」をやっていた時は、本名も、自分が子育て中であることは明かしていませんでした。でも本当は、自分が出産や子育てで経験したことや、仕事外での活動も含めて、IT業界に貢献していきたいと思っていたんです。
そうやって導き出したのが、職業「戸倉彩」でした。
以下のDeveloper Journey Mapで考えるようにしています。
まず、自分はどうなりたいのかテーマを決めて、ペルソナを設定します(STEP1、2)そして先ほど書き出した「ライフプラン」と「ライスプラン」を実現するために取るべき行動を付箋に書き出し(STEP3)、それを「1年後」「3年後」などのステージに分けて、ノートや手帳にペタペタ貼っていくんです(STEP4)。
ステージごとに取るべき行動が分かったら、各ステージで想定される課題と、実現可能な対応策を同じように書き出していきます(STEP5、6)。
ここまでできたら、あとはアジャイルとウォーターフォールで回していくだけです(STEP7)。
基本的にはアジャイルで回していきます。
今までの世の中には「受験して、大学入って、就職して……」みたいな順番がありました。会社に入っても、「5年後や10年後にはこのポジションになって……」というように、ある程度キャリアを見通せる部分があったと思います。
そのときはウォーターフォール中心でもよかったと思いますが、今は時代の流れやITの進化スピードを考えると、要件定義は途中で頻繁に変更になります。それを考えると、アジャイルでガンガン回していった方が効率的です。
はい。ただ、しっかり腰を据えてやらないといけないこと、例えば特許の取得や留学などは、ウォーターフォールでなければ取り組めないこともあるので、そのときは長期的な計画を立てるようにします。
それでも、万が一途中で計画通りに進められなくなったときには、潔く優先順位を見直します。不確定要素が発生したときに柔軟に対応するためには、自分のキャリアにおいてもアジャイルの考え方を使えるようにしておくのは大事ですね。
「なりたい自分」をはっきりさせることです。
ただ女性エンジニアは、ロールモデルを見つけられないために、「なりたい自分」を定義できないと思っている人が多いんです。
でもいろいろと経験してきて思うのは、実在するロールモデルを一生懸命探す必要はないということです。
ロールモデルの方にもその人なりの人生があって、成長、進化していきます。結婚や出産のタイミングも人それぞれ。自分のイメージと全く同じ人に出会うのは、なかなか難しいのではないでしょうか。
そこで、私が出した答えは、ロールモデルを“妄想”し、理想の人物像を自分の中につくってしまうこと。それは『クラウディア窓辺』のような、二次元の存在でもいいんです。実際私は、彼女をロールモデルにしていました。
はい。そもそも自分がなりたい人は、自分にしか描けません。
この図の通り、やるべきことを明らかにするためには、まず最初に「なりたい自分」の姿を強く“妄想”する。そして、その“妄想”したロールモデルから、今やるべきことを逆算すればいいのです。
ロールモデルを探している人の多くは、「1年後や3年後にどうなりたいか」という目線でイメージに合う人を探しています。そうすると、なかなかしっくり来る人がいないので苦しむんですね。
ロールモデルを探すよりも、大きなテーマや夢を掲げることの方が、女性エンジニアが「なりたい自分」へと向かう近道になると思います。
女性エンジニアにとって、子育てや介護は特にハードな挫折ポイントですが、下の図の通り、それ以外にもこれだけの挫折ポイントがあります。そしてこれらを乗り越えるためには、エンジニア的な思考法が役立ちます。
挫折ポイントにぶつかったら、要件定義の変更があったんだと思って、「デバック」すればいいんです。脳内でシミュレーションして、引っかかる部分があれば自分を「バージョンアップ」する。
会社に制度があれば、それを「パッチ」としてインストールすればいいし、「サポートセンター」があるなら、連絡するのもOKです。
どんなサポートがあればキャリアを断念せずに済むかは人それぞれ。どういう制度やサポートがあればいいのかを考えて、しっかりと環境を選定することも大切ですね。
そうですね。少なくとも私は、こんな感覚でここまでやってこれました。
また、女性エンジニアがキャリアを続けるために大切なのは、女性エンジニアのコミュニティを最大限活用することです。
「なりたい自分」に近づくためには、時には安定を捨てる選択が必要になることもあります。私はマイクロソフトを辞める時、いろんな人に「もったいない」と言われましたが、そんなブロッキングイシューにぶつかった時に、女性エンジニアのコミュニティは大きな支えになりました。
私が以前ブログにまとめた「女性エンジニアコミュニティに入るべき10のこと」も、参考にしてみてください。
これまでIT業界では、男性が中心となってものづくりが進んできました。しかし今は、当然ながら女性も多くのアプリケーションを使います。デザインやユーザビリティーの観点からも、女性視点は必要なはずです。
そもそもインターネットは社会に浸透しているものです。それなのに、ダイバーシティーな観点でプロダクトが作られていないことには、大きなリスクが潜んでいます。
例えば、AIの開発時に女性が不在で、学習モデルが偏っていたりすると、不平等を生み出すAIがつくられ、世の中に広まっていくかもしれません。そうした社会では、テクノロジーが逆にフェアな文化を醸成する妨げになってしまいます。
そうした状況を避けるためにも、職業「戸倉彩」として女性エンジニアのエンパワメントを続けていきたいと思っています。
まずは、女性エンジニアの数を増やさなくてはなりません。そのためには、女性エンジニアがさまざまなプロジェクトに参加して、「女性だからこそこんなことができた」という実績をどんどんつくる意識を広げていきたいです。
ただ、女性の場合はどうしてもライフプランの影響が強いので、お互いに助け合ったり、学びあったりできる環境づくりにも引き続き注力していきます。
こうした活動に対して、私が「エンジニア」ではなく「女性エンジニア」の支援を掲げていることを批判する方もいらっしゃるのですが、将来的には男女関係なくエンジニアが活躍できる社会をつくるためにも、今はあえて「女性エンジニア」のバリューを打ち出していくことが必要な段階だと思っています。
はい。一方で、男女関係なくエンジニア全体に浸透させていきたいと考えているのが、「倫理観」です。
エンジニアは、社会を動かしていくミッションと専門的な技術を持つ人です。そうした重要な立場にある人には「どんなものをつくるべきか」という倫理観が求められますが、エンジニアがそれを学ぶ機会は今までほとんどありませんでした。
例えば飛行機の中で「お医者さまはいらっしゃいますか?」と言われたら手を挙げるドクターがいるのと同じように、「エンジニアの方はいらっしゃいますか?」と社会に求められたら、その力を進んで差し出せるエンジニアを増やしていきたいんです。
せっかく優れたIT技術があっても、それを動かせる人がいなければ、今回のコロナのような大きな問題が発生したときに社会が崩れてしまうかもしれません。
でも、エンジニアに良心が備わっていれば、そうした事態は防げるはずです。「困っている人を助けたい」と自然に思える倫理観を、エンジニア全体に広めていく。
これもまた、職業「戸倉彩」の掲げるミッションの一つです。
取材・文/一本麻衣 画像提供/日本アイ・ビー・エム株式会社
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