仕事にとことん没頭する人生もいいけれど、職場の外にも「夢中」がある人生は、もっといい。「偏愛」がエンジニアの仕事や人生に与えてくれるメリットについて、実践者たちに聞いてみた!
なぜデータサイエンティストが「温泉ソムリエ」に? 「リフレッシュ目的のつもりが、気付けば分析してました」
スマートフォンアプリの実利用データを基にした分析サービスを提供するフラー株式会社のチーフデータサイエンティストとして、日々難解な計算式や膨大な量のデータと向き合う大野康明さん。
そんな大野さんがどはまりしているのが、「温泉巡り」だ。2018年に温泉ソムリエ認定セミナーを受講し、温泉にまつわる知識を深く身に付けてからは、温泉への熱が加速。なんと2019年は106(※)もの温泉施設を巡ったのだとか。 ※1新規のみ、重複は除く
毎日長時間パソコンと向き合い、頭を使うエンジニアやデータサイエンティストにとって「温泉ほどパフォーマンスを上げるソリューションはない」と大野さんは語る。
彼の次なる欲求は、「なぜ温泉が気持ちいいのか」を分析し、働き方向上に役立てること。データサイエンティストとしての野心に火が付き、まだ誰も解明していない「温泉」というビッグデータを自ら解き明かしたいという。そんな大野さんにお話を伺った。
フラー株式会社
チーフデータサイエンティスト
大野 康明さん
国立東京工業高等専門学校卒業後、筑波大学へ編入学。大学院にて複数の企業とデータ分析の共同研究に従事。大学院在学中、設立1年のフラーに参画し、アプリ分析サービス『App Ape』の立ち上げに関わる。データ分析、事業企画、経営企画を経て、現在はサービスのアルゴリズム改善やデータサイエンティストチームでの 採用・育成を行う。夢は、データを使って人を知り、誰もが自然にリラックスしたり健康になったりできる仕組みや場所をつくること
「データと現実が結びついた瞬間」に手応えを感じる
国立東京工業高等専門学校卒業後、プログラミングをするより、ITや数学のアプローチで社会課題を解決することに関心を持った大野さんは、筑波大学の社会工学類に編入学。大学院でもデータサイエンスに関わり、大学院在学中にフラーのデータサイエンティストとなった。
フラーに入社したきっかけは、同社CEOの渋谷修太さん、そしてCFOの永井裕一さんとの大学での出会いだった。
「もともと、仕事ってお金を稼ぐため、生活をするためだけにやらなきゃいけないものだと思っていました。でも、彼らと一緒にグループワークやビジネスコンテストに取り組む中で、世の中を楽しくしたり良くするアイデアを、カタチにして仕組みとして継続可能にする。それがこんなに面白いものなんだ、って仕事に対する価値観が180度変わって。
当時のフラーは創業したばかりで、一軒家を借りて仕事をしているようなスタートアップのフェーズ。でも、渋谷から声を掛けてもらって、不安とワクワクが共存した状態で、思い切って飛び込んだんです」
大野さんはちょうど10人目の社員であり、当時の事業売上はゼロ。不安定な道を選んだことで、両親からは心配され、同級生の中でも異質な選択肢だったという。それでもフラーに入社した理由は、「彼らと一緒に仕事をすることに魅力を感じたから」と大野さんは語る。
創業から9年後の2020年現在、フラーは事業を大きく成長させ、大野さんはチーフデータサイエンティストとして、自社のアプリ分析サービス『App Ape』のアルゴリズム改善や新規開発の他、チームの育成にも携わる。
「データ分析では、分析の前にいろいろな仮説を立てて検証するのですが、その仮説が正しいと証明された時は、すごく手応えを感じます。まさにデータと現実がうまく結びついた瞬間。
特にスマートフォンは、もはやインフラ的存在になっており、そこでのデータは社会の写し鏡ともいえます。最近では、アプリの分析データが未来予測に使えるということで世間からの需要も増えていて、より充実感があります」
「この温泉はなぜいいのか」気付けば分析したくなっていた
大学院在学中から仕事に打ち込んできた大野さんが、温泉にはまったのは社会人になってから。膨大なデータを扱う仕事柄、常に情報にまみれて心身を消耗してしまう。そこでリフレッシュのために、スーパー銭湯へ通い出したのが第一歩だった。
「当時は、仕事も激務だったし、自分が周囲とは少し違った道に進んでいたこともあり、不安感もあったんです。そういった不安や仕事の疲れを癒やす目的で、近所のスーパー銭湯へ通って、露天風呂から星空を眺める生活をしていました。
でも、同じところに通っていると飽きてきて、徐々に非日常感を求めて、より遠くの銭湯や温泉に行くようになって。それぞれの温泉の違いが見えてくると、職業柄、『この温泉はなぜいいのか』をもっと解像度高く知りたいという欲求が出てきたんです」
そこで、大野さんは2018年に温泉ソムリエの資格を取得。
だが大野さんは、「一連の知識をインストールし、温泉ソムリエと名乗れるようになったからには、もっと本腰を入れて温泉を極めよう」と、一層のめり込むようになったという。そこからが大野さんの本格的な温泉巡りのスタートとなる。
「2019年は未訪問の温泉に100箇所行こうと決めて、無事に106箇所の温泉を巡ることができました。印象的だった温泉は屋久島にある平内海中温泉。ここは海の中から湧いている温泉で、干潮の時だけ入浴できます。脱衣所もないくらい自然に溶け込んでいて、目の前に見えるのは海と山と空だけ。この圧倒的な開放感は、忘れられません」
さらに、個人での温泉巡りに加えて、会社でも「温泉部」を発足させた大野さん。10人ほどメンバーが在籍していて、部署を超えた交流が生まれているとか。
「温泉部では、会社の補助をもらって、月に1回車で移動しながらスーパー銭湯へ行き、ご飯を食べて帰るという活動をしています。
パソコンやスマホを手放した状態で話すと、普段はしないようなプライベートの話もしやすいんですよね。ランチや飲み会に比べて滞在時間が長いので、フラットに会話ができることもメリットです」
忙しいエンジニアにとって「温泉」は最強
温泉巡りを始めて早2年。仕事帰りにスーパー銭湯へ立ち寄る日もあれば、休日に車を飛ばして、1日数カ所の温泉をはしごすることもある。ライフワークとも言える温泉巡りは、大野さんの人生にどんな影響を与えているのだろうか。
「もう本当に良いことしかないですよ。外出へのフットワークが軽くなったし、全国各地のローカルな魅力もたくさん発見できるし、お肌もスベスベつるつるになるし(笑)。
何より人生が豊かになったなと感じるのは、毎日の楽しみが増えたこと。『今日は何を食べようかな』と食事を選ぶような感覚で、『今日はどのお風呂にどう入ろうかな』っていうのが毎日の意思決定の一つになった。むしろ三度の飯よりも一度の入浴の方が大事(笑)。そういう楽しみが増えました」
大野さんいわく、忙しく働くエンジニアにとっても「温泉は最強」とのこと。特に、オン・オフの切り替えが難しいと言われるリモートワークの気分転換には、もってこいのようだ。
「僕がエンジニアの皆さんに温泉を勧める理由は主に2点です。一つは、温泉は目や耳からの情報を遮断して、主に、触覚を刺激するものであること。パソコンを使って仕事をしていると、絶え間なく視覚や聴覚から情報が流れ込んできて、それが脳や体が疲れる一因になっていると思います。疲れた目や耳を休めて触覚を刺激することで、リラックスができます。
もう一つは、水圧や温度によって血管が収縮されること。特に温かい温泉の後に水風呂に入る、温冷交代浴がお勧めです。疲れがとれやすくなります。僕自身もその効果を実感しています」
ワーケーションで「温泉×エンジニア」を普及させたい
リフレッシュのためのスーパー銭湯通いがいつしか熱中する趣味となり、今や温泉が人生にとって欠かせない存在となった大野さん。さまざまな温泉施設に通い、その魅力に取り憑かれる反面、新たな目標や課題も見えてきたと言う。
「コロナウイルスの影響でリモートワークが主流になるなど、働き方が大きく変わる中で、ベストな働き方ってなんだろうと考える機会が増えました。例えば、パフォーマンスを上げたいとき、まずは目に見える机やイスを変えようと考える人が多いですよね。でも実際は体が疲れたとか、飽きてきてだるい、みたいな理由もありますよね。
そういう目に見えない課題に対してどう集中力を上げるかが、もっと科学されてもいいのかなって。それらの効果が定量化されれば、例えばパフォーマンス向上の一つのソリューションとして、15時になったらおやつではなく『温泉に入る』という提案ができるかもしれないですよね」
そして、もう一つ大野さんが課題として強く意識しているのが、観光業が受けている打撃だ。現在は経済復興へ向けて少しずつ動き出しているものの、自粛により休業を余儀なくされた旅館やホテルが、やむなく閉館している現状がある。
「貴重な温泉の源泉を提供している旅館でも、体力が持たずに閉鎖を余儀なくされている様子を見ていて、どうにかしたいなと歯がゆい思いがあって。例えば私のようなIT系の職種であれば、場所を問わずに仕事ができるので、旅と仕事を両立させるワーケーションを普及させたいと考えています。ちょうど政府も先日ワーケーションの推進への意向を表明されていますし!
旅館に泊まって、仕事の合間に温泉に浸かったリ、周囲の散策を楽しんだりしながら、仕事もバリバリやる。そうすればパフォーマンスを上げながら、温泉や地方をもっと身近に楽しめる。ぜひ、『温泉×エンジニアって最高だよ!』ってことを広めていきたいですね。それをきっかけに、多くの人に温泉の素晴らしさを知ってもらえれば、一、温泉ソムリエとして本望ですね。」
取材・文/小林香織 編集/川松敬規(編集部)
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