寿命が縮まる、人生が変わる…8時間耐久でインフラ技術競い合うISUCONの魅力とは?過去優勝者・主催者に聞く
エンジニア界隈で「寿命が縮まる」「人生が変わる」とまで評されるイベントがある。今年で10回目を迎える『ISUCON』は、お題となるWebサービスを、決められたレギュレーションの中で限界まで高速化を図るチューニングバトル。
肩書きや実績は関係ない。プログラミング言語も自由に選べる。8時間という制限時間の中で、もっとも「Iikanjini SpeedUp(いい感じにスピードアップ)」できたチームが優勝賞金100万円を手にする。
一度ハマると抜け出せない「ISUCON沼」という言葉もあるそうで、リピーターが多いことでも知られるこのイベント。参加者約60人で始まった2011年の第1回から右肩上がりに規模を拡大し、前回大会までの累計参加者数は6500人を超えた。
節目となる10回目の今回は、コロナ禍により9月の予選、10月の本選ともオンラインでの開催となるが、7月8日の参加登録開始からわずか45時間で上限の500チームが埋まるなど、過去最高の盛り上がりを見せている。
エンジニアを中毒にさせるISUCONの魅力とは? 人生を変えるイベントとはどういったものなのか。主催するLINEのDeveloper Relations室 櫛井優介さんと、第8回大会優勝者で、今回は運営側としてインフラを提供するサイバーエージェントの中西建登さんに話を聞いた。
沼にハマる人、続出
櫛井:そうなんです。例年だと2カ月かけてゆっくり埋まるのに、いきなり45時間で埋まってしまって。「俺たちは違うイベントを主催してるのか!」ってみんな動揺しています。
櫛井:本当に。僕はまだ主催がライブドアだった初回からずっと運営を担当しているんですが、ぶっちゃけ会社的に「これ、なんでやってるんだっけ?」みたいな時期もあったんですよ。
そうした危機をなんとか乗り越えて、10回目までこぎ着けることができました。実は、昨年9回目をやり終えた後にも「切りが良いから次で終わりにしよう」という話が持ち上がって。
最終的には「ここで止めるのはもったいないのでは?」という判断で、だったらメディアパートナーやスポンサーにも付いてもらって、今後も継続する前提でこれまで以上に盛り上げていこうよということになりました。
今回の応募状況を見ても、ありがたいことに本当に愛してもらえるイベントになったと思いますね。
中西:はい。初めて出場したのはISUCON5で、当時は大学3年生でした。その後も第9回までずっと出続けています。今回は運営なので、残念ながら不参加ですが。
櫛井:ISUCONは結構常連さんが多いんですよ。最初はみんなボコボコにされるところから始まって。
中西:僕も最初はボコボコでしたね。
櫛井:「ISUCON沼」というものがあってですね。優勝賞金100万円というと、人は集まるんです。「楽勝だ」「俺なら勝てる」と言って参加してみる。でも、当然ながら優勝できるのは1チームのみ。ダメだったほとんどの人は「なんでこんなにボコボコにされたのか」と悔しい思いをして帰っていきます。
けれどもそれで終わらないんですよ。みんなそこから復習をする。僕らは毎回必ずお題に対しての正解を「講評」という形で公開しているので、それを見たりして。
だから、1回出場したらほとんどの人がもう1回出る。中には自社で独自にISUCONを開催してしまう人までいます。そういうサイクルができている。中西さんもそうやって沼にハマった常連の一人ですよね。
中西:予選は毎回オンラインなんですが、初出場から第6回、第7回と予選で負けてしまって。
櫛井:予選の上位30チームくらいが本選へ進み、例年ならオフラインで集まるんですが、もう「本選に行けるだけですごい!」みたいな世界観なんですよ。「本選に出場します」というプレスリリースを出す会社もあるくらいで。あ、ということは中西さんは初めて本選に出た回でいきなり優勝してるのか。
中西:そうです。それまでずっと予選敗退していて、8回大会で「ようやく本選に行けた!」と思ったら、その回で優勝できちゃったという。
櫛井:もともとのISUCONのコンセプトとしては、クソ重いWebアプリを社長が買収してきて「8時間後にでかいプレスリリースとTVCMを打つから、それまでに速く動くようにしておいて」と言われたら? というものなんです。だから制限時間が8時間。
例えば、第1回のお題はブログサービスでした。画像が無駄にデカかったり、常にいろんなものを動的に出したりするから、とにかくページが重い。それをできるだけ軽くすることを競うわけです。
でも、学生はそういうものを作らないじゃないですか。だから始まった当初は仕事でやっている人たちが圧倒的に強かったんです。ところが回数を重ねると、過去の問題を予習復習できるようになる。すると時間がある人が勝つ。
だから「ゆくゆくは学生が強くなっていくんじゃないか?」という予測はされていたんですが、それが本当に実現したのが彼が優勝したISUCON8。「ついに歴史が変わったな」という、僕にとっても感慨深い大会でした。
中西:そうです。だから優勝賞金とは別に「学生1位」もいただいて。
櫛井:優勝賞金の100万円とは別に学生枠の1位として30万円を用意していたんですが、それを中西さんのチームが総取りしていったから130万円。「そんなことあるの!?」って。
中西:事前に用意してくれていた振込みの用紙は100万円を(チームメート3人で)3分割するパターンしかなくて。櫛井さんが「急いで印刷してくる!」って言って走っていきましたよね。
8時間耐えた末に味わう開放感。まるで脳内麻薬
中西:もともとインフラ系のアルバイトをやっていたんです。大学の先輩からの紹介というありがちな入り口ですが、そのアルバイト先の方々がISUCONに参加されていて。「めっちゃ面白そう!」と思って出てみたのがきっかけです。こういうコンテストは案外少ないので。
中西:Webアプリケーションを作るとか、ハッカソンと呼ばれるようなものは結構あるけれど、インフラの技術を競うものはすごく少ない。最近はちょっとずつ増えてきましたが、当時はほとんどなかったですよね?
櫛井:いくつかはあったんですが、特化していたんですよね。例えばPHPが分からないと何もできないとか。それではフェアじゃないと思ったところから、だったらいろいろな言語を用意して、いろいろな人が平等に戦える場所をまずやってみようと。それで始めたのがこのISUCONです。
中西:だから私としても最初は本当に軽い気持ちで参加したんですよ。参加費もかからないし、簡単なフォームを入力するだけだったから。
櫛井:みんな本当に適当な名前で登録するんですよ。彼の最初のチーム名だって「海老とんかつフライ」ですからね。
中西:めちゃくちゃ雑ですよね。
櫛井:みんな雑。ほとんど匿名だし。だから、いざ蓋を開けてみたら「こんな有名な企業の人がいっぱいいるんだ!」って。
中西:「ああ、この人顔しか知らないけど、こんなハンドルネームだったんだ」みたいな。逆に「ハンドルネームだけ有名だけど、誰なんだろう?」という人もいる。終わった後の懇親会で「あれ? そんなに有名な会社の人だったんですね!」みたいなことがよくあります。
櫛井:中にはCTO同士で組むチームもあるんですけど、本選でボロボロに負けて帰っていくんです。「やっぱり普段コード書いてないからできないわ」とか言いながら。
中西:ガチ落ち込みしてますよね。今年もエントリーしていますけど。
中西:アドレナリンが出るんですよ。あれが良くない。脳内麻薬と一緒だと思っていて。8時間、すごく切羽詰まった中でいろいろ試して、スコアが上がった瞬間はやっぱりめちゃめちゃうれしいし、上がらなくてもすぐに次に行こう、となる。
思うに、8時間経つと強制的に終了してしまうのが大きいんじゃないかと。8時間経った瞬間に、スコアを上げるという責任はゼロになるじゃないですか。だからすごい開放感に満たされるんです。
やっている間は本当につらい。つらいんですけど、そのつらい8時間が終わった瞬間の開放感が忘れられない。1年経つと「アドレナリンがガンガン出ていた、あの体験は良かったなあ」という部分しか頭には残ってなくて、つらいのはすっかり忘れてる。……という感じで、まんまと沼にハマってしまいましたね。
櫛井:ベンチマーカーという速さを測るツールがあって、そのスコアをどんどん上げていくんですけど、自分が思いついたことをやってみるとスコアがみるみる上がっていくから、めちゃめちゃ楽しいらしいです。
競技中はスコアボードに全チームのスコアが表示されるので、自分たちが今どれくらいの位置にいるのかが分かります。ただ、最後の1時間は更新が止まり、他のチームがどうなっているかが分からなくなる。その1時間でバッカーンとスコアが上がるということもあって、毎回結構ドラマチックなんですよね。
中西:アクセスが来て、それに対して返すということを延々とやるのですが、どうしても1個だけ重いところがあった場合、いくら頑張って周りを直してもスコアは上がらない。
ただ、その間もずっと周りは直しているから、スコアには出ないけれども、アプリケーションとしては速くなっているわけです。すると、最後の最後にボトルネックを解消した瞬間にスコアがバーンと跳ねることが起こり得る。まさにダムの解放です。
とはいえ、そんなケースは滅多にないし、やっている側としてはあまり歓迎できないですね。徐々にスコアが上がっていかないと、自分のやっていることが正しいのかどうかが分からないので。その状態で8時間耐えて最後の1時間で上げるというのは、相当な精神力が必要だなと。
寿命が縮まる、人生が変わる
櫛井:いやー、大変だと思いますよ? 本選に出たくてまず予選の8時間を超頑張るじゃないですか。本選に出たら出たで今度は100万円が懸かってるからプレッシャーがすごい。しかも自分がミスったらチーム全体がやばいというプレッシャーもあるから、本当にきついと思う。
中西:過去に出題してもらった問題の質はすごく高いので、「こんな構築するわけないじゃん」というものはなく、「確かに普通に実装したらこうなるよね。でも遅いね」というところからスタートします。それを調べていくと、普通に動いてはいるけれども、よく見ると無駄なことをしているというポイントが罠として埋まっている。
そういう対処すべきポイントがいくつもある中で、8時間という限られた時間で一番高いスコアを出すというのがISUCONです。だから、どれから手を付けるのかをずっと思考し続けることになるし、どうやったら速くなるのかももちろん思考しないといけない。
どれくらいやったら速くなるのか、どれくらいの実装時間がかかるのか、それらを考えた上でガーッとやる。もちろん見積もりに対して短く実装できることもあれば、もっとかかる場合もある。8時間で間に合うんだっけ? というのを常に考えながら、チームメンバーで分担してひたすらやるんです。
中西:そういうイメージです。それこそ自社のサービスだったら最悪リリース期間を延ばせばいいじゃないですか。何がなんでもこの8時間でやり切らないといけないことはそんなにはない。会社としてそんなことがたくさんあったら困りますから。みんな余裕を持ってやっている。それがなぜか8時間に凝縮されているのがISUCONなんです。
櫛井:昨年の優勝チームのコミット数……コミットというのは自分たちが作業をして確定させることを言うんですが、それが8時間で102回。つまり約4分に1回、何かをしているわけです。今年、まだISUCONを知らない人向けにPR動画を作ったんですが、その冒頭に出てくるメッセージも「仕事より忙しい8時間がやってくる」。4分に1回、とにかく何かをし続ける。そんな8時間、他にはないですよね?
中西:いや、次の日はだいたい死んでますね。日曜はヘトヘト。
櫛井:そう。だから土曜日開催にしてるんですよ。次の日休めるように。
中西:ただ、次の日というよりは日々の業務の中で「これはISUCONでやったやつだ」とか「ISUCON的に考えるとどうなるかな」と考える時はありますね。例えばよくある自治体のWebサイトにアクセスが集中して重くなっている。「あれ? これってISUCONじゃん」って。
櫛井:ツイッターで「ISUCONしてる」で検索してもらうと、実際には開催していないシーズンにつぶやいている人が結構いますよ。自分の業務でとにかく速く、とにかくパフォーマンスを改善しないと殺される。「ああ、今俺リアルISUCONしてる」みたいにね。
中西:就活はね、実は終わってたんですよ。あと1年前だったら一体どんな人生が待っていたのかと。ただ、あそこでISUCONに参加していなかったら今回運営側に回ることも、こうしてインタビューを受けることもなかったわけで。そういう意味では間違いなく人生は変わっていますね。
中西:私自身、今は社内で社員向けのプライベートクラウドをやっているんですが、そのミッションの中で広報活動も含まれていて。
私は常々、自分のチームを技術力の高い集団だと思っているんですが、サイバーエージェントに対してはアメブロやアメーバピグのイメージはあっても、インフラのイメージはないですよね? そんなパブリックイメージも手伝って、自分たちの技術力を見せる場がなかなかない。という中で「あれ? ISUCONでインフラを提供すればいいんじゃない?」となって。
櫛井:ありがたいことに今年の頭に中西さんの方から「インフラ提供したいんですけど」と言ってきてくれて。過去に学生として参加してくれた人がこうして運営をメインでやってくれるというのは、僕としてもすごく重要なことだと思っています。
これは曲がりなりにも10回積み重ねてきた結果でもあると思う。というのも、ISUCON1、2までは出題もサーバも全部自分たち、当時のライブドアの人間だけでやっていたんです。
それが徐々に他の会社の方にもご協力いただけるようになり、今ではたくさんの会社に支えられて成り立ったイベントになった。自分事として関わってくれる人がめちゃめちゃ多いんです。ある種のコミュニティーと呼べるようなものにまで育っています。
中西:その一員に加われたのは私としてもうれしいことです。ISUCONのように他社とつながっていろいろやる機会って、ありそうであまりないんですよね。カンファレンスの運営自体はあったとしても、技術を結集して一つのものをつくり上げていくような体験はほぼないと言っていい。
今回、私以外にもサイバーエージェントから何人かが運営として参加しているんですが、広報的な価値とは別に、そういう経験ができるのがかなり大きいと思っています。
初のオンライン開催。今年は中継も
櫛井:もちろんLINEとしていいエンジニアの採用につながったらいいとか、目的はいろいろあるんですが、パフォーマンスチューニングって、究極的には全ての人に関係があるんですよ。
皆さんが触っているサービスは全て、パフォーマンスが改善された結果、めちゃめちゃ速くなっている。そして、速くて快適だからこそ、最終的にスマホの中に残る。
つまり、万人に関係があるんです。そう考えれば、こうしたイベントをきっかけとしてそれをやれるエンジニアが増えるのは社会にとっていいことだと思っていて。その意味でも可能な限り続けていきたいと思っています。
櫛井:オフラインで開催していた過去の本選は、みんなとにかく必死で8時間、みんなが同じテーマを苦しみながら走り抜いたからこその連帯感のようなものが確かにありました。隣でずっと頑張っていた、まったく知らない人とも肩を組みたくなるような。今年はそれができないので、その連帯感をオンラインだけでどう醸成するかというのは課題ですね。
中西:そう、本選会場はめちゃめちゃ楽しいんですよ。オンラインだと味気ないといえば味気ない。でも、そこで櫛井さんの企画が火を吹く予定なので。
櫛井:突然プレッシャーかけてくるなあ。
櫛井:今年はライブ配信をしようと思っています。本選に出られなかった人にも疑似体験してもらえるように。今までは途中経過は一切伝えないようにしていたんですが、今回は全部見せてしまおうと。
始まる10分前に問題が発表されるところから始まって、途中のスコアも見られるようにして。その中で昔の振り返りをしたり、今回の企画を説明したりというライブを企画しています。そうやってオンラインに切り替わったからこそ楽しめる空間をつくれたらな、と。
今ではISUCONはかなり話題になりますし、好きでいてくれる人も、参加してくれる人も、支えてくれる人もたくさんいる。先ほども言ったように一つの大きなコミュニティーになってきています。そこがうまく伝わるように、一体感を持っていろんな人がイベントに参加してくれるようなものを見せたいですね。
櫛井:今回もとにかく問題が面白いので、準備を万端にしてきてね、と。ISUCONの問題は毎年、各社のエース級のエンジニアが数カ月単位で協力して、参加者の方々が楽しめるものを本気で作っています。
今年はリクルートさんと現クックパッド&元クックパッドの皆さんに出題してもらうんですが、かなり面白い問題になっているので、問題内容が発表された瞬間にネットがざわつくのではと思っています。あとは、ぜひチームで出てもらいたいですね。
3人だとコミュニケーションコストがかかるから、実は1人で臨んだほうが早い場合もある。でも、8時間という短い時間でチームワークを発揮し、乗り切る達成感をぜひ味わってほしいし、その中でエンジニアリングの質が高まっていくこともあると思うので。
中西:こんなに忙しく、楽しい時間は仕事をやっていてもないと思うんで、楽しんでほしいし、楽しむ中でうちのインフラにぜひいろいろと負荷をかけてもらえたらと。「壊せるものなら壊してみろ!」と言うと本当に壊されそうで怖いですけど。でも、やれるだけやってもらえるのは問題ないので、盛り上がって遊んでいただければ。
櫛井:さすがの包容力! それでこそインフラエンジニアですよ。
取材・文/鈴木陸夫 撮影/竹井俊晴 編集/栗原千明(編集部)
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