ミクシィ『みてね』チームに学ぶ、“緊急事態”への備え方。利用急増・体制急変にも難なく耐えられた理由とは?
新型コロナウィルスにおける外出自粛期間中、テレビ会議ツールやオンラインゲームなど、一部のサービスにアクセスが集中。中にはサーバーがダウンしてしまったものもあり、自分の携わるサービスへの影響が気になったエンジニアもいるかもしれない。また、「開発体制が急に変化したことで開発効率が下がった」という声も多かった。
ミクシィが提供する家族向け写真・動画共有アプリ 家族アルバム『みてね』でも、自粛期間中に国内外のユーザー数やアクティブ数が急増した。さらに有料機能の一部開放によって、システムに大きな影響があったそうだ。しかも、みてねチームは開発メンバーのうち3分の1が子育て中。3月下旬の一斉休校要請の影響をもろに受け、早々に在宅勤務に移行するメンバーも出てきた。
しかし、開発マネジャーの酒井篤さんとエンジニアの岩名勇輝さんによると「日頃の対応のおかげで、コロナ禍を大きな問題なくしのぐことができた」という。
今後感染第二波、第三波が懸念される中、次の緊急事態に備えたいと考える人は多いはず。『みてね』がこのような有事の際でもなんなく過ごせた背景にある「属人性をなくした開発体制」と「みんなの失敗を許し合うチームづくり」から、有事への備え方を学ぼう。
日頃の高負荷対策が功を奏し、利用急増にも耐えきった
酒井:最初の変化としては、2月中旬頃から海外のアクティブユーザー数が増えていきました。『みてね』は海外では『Family Album』というネーミングで展開していて、7カ国語に対応していることもあり、海外ユーザーも多いんです。
その中でも特にニューヨークやロンドンなど、比較的早期から感染が拡大していた都市からの写真・動画のアップロード数が増加しました。日本でもそうでしたが、外出自粛やロックダウンによって離れて暮らす家族に会うことが難しくなり、「写真や動画で子どもの成長を見たい、見せたい」というニーズが高まったようです。
またオンラインでのコミュニケーションが活性化したことでコメント数も通常時より大幅に増加。海外では2倍以上、国内では約1.6倍となりました。さらにオプションで作れるフォトブックの販売数は、4月に前月比約1.9倍まで伸びましたね。
酒井:はい。あとは大きなところでいうと、3月6日に有料機能の一部を無料開放したのですが、これによって非常に多くのユーザーが活発に利用するようになりましたね。
岩名:みてねでは無料プランで3分以内の動画を共有できるのですが、有料プラン(月額480円)だと10分までの動画をアップロードできるんですよ。それで3月6日からは、無料プランの人でも10分の動画をアップできるようにしたんです。
酒井:そうですね。でも、もともとこどもの日やクリスマスなどのイベント時は負荷が増える傾向があるので、この辺りは日頃からSRE(サイトリライアビリティエンジニアリング)チームがかなり整備をしてくれていて。今回はそのおかげもあって、サービスが止まるといったユーザーへの大きな影響はありませんでした。
岩名:ミクシィのサービスは普段から高負荷対策を心掛けているので、今回はそれが功を奏しましたよね。あと、この動画機能の開放は、発案から1週間くらいでリリースしたんですよ。
酒井:そもそもの話をすると、2月27日に急遽一斉休校要請が発令されましたよね。そのタイミングで、みてねとして子育て家族のために何かできることはないかと、チームで話し合いをしたんです。そこでいくつか出てきた案の中からニーズがあるか、実現難易度がどうか……といったことを加味して、動画機能の解放を“超”優先的に実施することになりました。
というのも、実はその翌週末、3月7日、8日は多くの保育園・幼稚園で卒園式が控えていたんですよね。しかも感染拡大予防のために参加人数に制限を設ける園も多かった。
子育て家庭にとって卒園式は最も大切なイベントの一つなのに、直接見ることができないのはすごく残念なことです。「せめて動画に納めて参加できなかった家族に卒園式の様子をたっぷり見せてあげたい」と思うユーザーも多いでしょう。
もちろん機能解放にはさまざまな調整も必要になるのですが、なんとか卒園式までに間に合わせたいという思いで、話し合いから1週間後の3月6日にリリースしました。
リモート下でも開発効率が担保できた勝因は“属人化の排除”
岩名:全社的な在宅勤務移行は3月末だったんですが、みてねチームには小さいお子さんがいるメンバーも多いので、一斉休校を受け、先駆けてリモートワークを開始したメンバーが結構いましたね。ただ、体制が変わったからと言って開発スピードが突然下がるといったことはなかったと思います。
酒井:これは全社フルリモートになってからも同じでした。われわれエンジニアは、場所にとらわれず仕事ができる職種ですから。もちろん、会社には椅子や机、空調など、働きやすい環境が整っているというメリットはありますが、本質的なところはそう変わらないのかなと思いますね。
だから今回のリモートワークのためだけの特別な準備もほとんどしませんでした。日頃からやり取りはSlackで行っていましたし、システム面でも障害対応などのために、セキュリティを担保した上でいつでも自宅から作業できるように整えていましたから。
なのでフルリモートになる前日も、「じゃあ、明日からフルリモートになるのでみんな頑張りましょう、以上解散!」みたいな感じでした(笑)
ただ全社的な施策としては、自宅での業務環境整備のための機材支援として、2万円の補助が出たんです。おかげでみてねチームでも各自が在宅勤務環境を充実させることができていたと思います。
酒井:オンラインで最初のスクラムイベントを行ったとき、意外なことに対面よりかなりスムーズにできたんです。「あれ、オンラインの方がいいじゃん」という手応えがありました。
オンライン実施ということで一応事前準備をしっかりするようにはしていて、メンバーにヒアリングして議題を聞いたり、進行台本を決めておいたりしたのが良かったですね。事前にアジェンダを通知しておいたのも有効だったと思います。
岩名:僕自身はほぼ初めてのリモートワークだったこともあり、移行した直後は正直少し大変でした。
みてねでは、優先順位順にタスクを選んでいく開発スタイルを取っているので、自分の専門ではない分野の開発に携わることもあるんです。リモートワークに移行する以前は、分からないことがあればノートPCを片手にフロアにいる詳しい人のところへ聞きに行って解決できたのですが、移行後は細かいコミュニケーションができなくなり、もどかしいと思うこともありましたね。
とはいえそれにも徐々に慣れてきて、チャットだけで細かい意思疎通ができないときはSlackのコール機能を使うなど、工夫して進められるようにはなりました。
岩名:確かに動画機能の例で言っても、メンバーの一部がリモートに移行したてのタイミングで、素早くリリースするためのスケジュール調整をするのは難しかったと思います。
ただ、普段からリリースマネジャーを当番制にするなど、チーム全体で属人性を排除しようという取り組みをしていて。メンバー全員が開発スケジュールを組むノウハウを持っていたので、スピーディーに仕様変更できましたし、新しい機能をリリースする場面でも慌てず落ち着いて作業ができたんだと思いますね。
プレミアム機能の無料開放以外にも、海外でフォトブックやDVDを配送できない国が出てきてしまい、対応が必要になったんです。その時もCS対応当番のエンジニアが情報を透明化し、タスクを簡素化してくれていたので素早い対応ができました。
みてねチーム全体が、開発が属人化しないように、専門分野やスキルに偏ることなく誰でもあらゆるタスクに着手できる状態にしよう、という意識がかなり強いチームなんだと思いますね。
岩名:はい。ただ一方で、オフラインの方が楽しく働けるなって僕は思っていて、そこをどうしたらいいかが今後の課題です。個人的には、お昼休みにちょっとだけゲームをして息抜きしたりしていました(笑)
酒井:確かに、リモートワークで効率良く仕事を回していくことはできるけど、「働く楽しさ」をつくっていくのはなかなか難しいなと感じています。
緊急事態時の柔軟さは、「日頃の準備」からしか生まれない
酒井:これから先、今回のようなパンデミックだけでなく、豪雨災害や地震、火災など思ってもみなかったような事態が何の前触れもなく起こることはあると思うんです。
そういうタスクの緊急度が急に変わるときに、情報が偏ったり誰か特定の人しか進められないタスクがないよう、常に属人性の排除と、チーム間・部署間での情報共有は欠かせないと思っています。特に今回のリモートワーク下では情報が閉じられた状態になってしまいがちなので、他部署のマネジャーと今起こっていることやチームの課題感を細かく共有していました。
また、メンバーのメンタルケアやチームのカルチャーづくりも本当に大事だなと思っていて。有事のときはメンバーの心理状態や体調もアップダウンしがちなので、誰かが失敗したり、タスクがこなせなかったりしたときに、それを許容する空気感やカルチャーを日頃からつくっておいてよかったと思います。
システム面に関してもそうですが、突然何かが起きた瞬間に対処をするのは難易度が高いものです。でも日頃からリスクを加味した備えやカルチャーづくりを意識しておくことで、有事の事態でも柔軟に対応することができるのではないでしょうか。
岩名:メンバーとしては、酒井さんがいつも心理的安全性の高いチームづくりをしてくれたおかげで今回のイレギュラーな状態をスムーズに乗り切れたんだと思っています。
開発って、いつもバグやトラブルと隣り合わせじゃないですか。そういうとき酒井さんは必ず「別に責めているわけじゃない」とか「犯人探しをしているわけじゃない」って、ちょっとしつこいくらい言ってくれるんですよ。チーム全体にもそういった許容する風土が根付いていたおかげで、イレギュラーな状態にもあまりプレッシャーを感じることなく臨めた気はしますね。
酒井:やっぱりエンジニアとして働く良さって、のびのび考えたり、時間や場所にしばられない自由さですよね。だからどんなときでも、できるだけ自由な発想で良いものをつくれる環境を用意しておきたいなと思っています。
取材・文/石川香苗子 撮影/赤松洋太 編集/河西ことみ(編集部)
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