【登大遊】「みんなすぐに諦め過ぎ」約2週間で『シン・テレワークシステム』を開発した天才プログラマーの“粘り力”
2020年4月21日、NTT東日本と独立行政法人情報処理推進機構(以下、IPA)は、新型コロナウイルスの流行によって在宅勤務を強いられている人々を支援するため、無償かつユーザー登録不要で利用できるシンクライアント型VPN『シン・テレワークシステム』の提供を開始した。
このシステムを構想からわずか2週間あまりでリリースに漕ぎ着けた中心人物こそ、今回紹介する登大遊さんだ。
登さんは10代から天才プログラマーとして名を馳せてきた著名人。現在はさまざまな組織に所属しながら、ネットワーク関連の研究・開発に打ち込んでいるが、そのような状況にいながら同システムをスピーディーに開発できたのはなぜなのか。
要望も無理難題も、自分にとってはアクセルになる
登さんが『シン・テレワークシステム』の着想を得たのは、新型インフルエンザ等対策特措法に基づく緊急事態宣言が発令される直前の2020年4月5日のことだった。
それからわずか16日後の21日、たった65万円の予算で5万から10万セッションを同時処理できるシステムを構築、無償公開に漕ぎ着けた。
「シン・テレワークシステムを2週間あまりでリリースできた理由は二つあります。一つ目は、私が大学1年の時に開発した『SoftEther』のソースコードや、以前から仲間内で管理・利用していた、NTT東日本のダークファイバーを用いた東京エリアの筑波大学OPENプロジェクトの高速閉域網を、シン・テレワークシステムのバックボーンとして活用できたことです。二つ目は、安価で入手しやすい民生用のPCやネットワーク機器を利用したからです。
そうでなければこれだけの短い期間でリリースすることはできませんでした。一見無関係なものを遊びでいくつか作っておけば、後になってそれらが組み合わさって役立つこともあるということです」
登さんたちが手掛けたシン・テレワークシステムの利用者は70,644人(8月26日時点)。緊急事態宣言解除後もバージョンアップを続け着実にユーザー数を伸ばしている。
さぞや熱い使命感と正義感に燃えているのではと思いきや、登さんからそうした気負いや義務感はまったく感じられない。
「そもそも楽しくてやっていることですし、これだけ短期間で大勢のユーザーさんに必要とされるシステムに携われる機会はそうありません。皆さんから寄せられるご要望や無理難題も『面白いものを作ろう』『品質を高めていこう』という意欲を高めてくれるアクセルのようなものだと思ってありがたく受け止め、日々改善に勤しんでいるところです」
そこに技術的な挑戦と楽しみがあるからやる。それだけのことだと登さんは言い切る。
「私たちは、かつて生み出されたさまざまな発明を利用して生きています。しかしそのどれもが、発明された時点ではビジネスモデルや収益構造などは何もありませんでした。そういうものを目的に作られたものではないからです。それはシン・テレワークシステムも同じ。どうしたら目の前にある課題を解決できるかという気持ちで、さまざまな組織を巻き込みつつ持てる技術を注ぎ込んで作った結果にすぎません。このプロジェクトに関わった人たちは、私を含め全員が楽しみながら携わっていると思います」
歴史的に見ればサイバー空間は新世界。何がベストかは分からない
現在、登さんは大学や自身が経営する大学発ベンチャー、独立行政法人、大手企業など、規模も業態も異なる多様な組織に所属し、ネットワークやソフトウエアにまつわるさまざまな業務に携わっている。
就業規定や業務ルールなどプロトコルが異なる複数の組織に所属することは、テクノロジーを極め理想を追求する上で障害にはならないのだろうか。
「私自身はヒエラルキーやセクショナリズムが確立された環境よりも、インターネット黎明期のような無秩序でやりたい放題のジャングルのような環境が好きです。とはいえ、どんな組織にも壁は存在するものですし、イノベーションというのは、こうした壁を壊し化学変化を促すことから生まれるもの。さまざまな組織に身を置くことは、さまざまな組織という面白い研究対象に触れられるというだけで、特に障害にはなりません」
「エンジニアリングの世界には二つの側面がある」と登さんは言う。一つはシステムを手順通りに作って問題なく動かす「オペレーション」。もう一つがユニークなアイデアからこれまでになかった価値を生み出す「イノベーション」だ。
「イノベーションは“ジャングル”の混沌から生まれるので、そもそも人為的な統制を利かせることなどできませんし、すべきでもないと思っています。そのテクノロジーが真に優れた資質を備えているなら、生き残って進化を続けるでしょうし、そうでなければ廃れていくだけのこと。
私たちの目の前に広がっているサイバー空間は、人類に発見されてからまだたったの30年程度の歴史しかない新世界です。人類がサイバー空間をつくったのではなく、サイバー空間は最初からそこにありました。人間がそこにアクセスして活動する手段として、コンピューターやインターネットが発明されたのです。
人類史とともに数多くの足跡を残してきた物理的社会の歴史などとは違い、サイバー空間では何がセオリーで、何がベストなのかすらまだ分かっていません。この世界でイノベーションに携わる場合、物理的社会では組織の枠組みにとらわれず活動する必要があると思っています」
努力の成果なんて、すぐに出なくて当たり前
最近は多くの企業で副業が推奨されるようになり、登さんのように組織の枠にとらわれず、さまざまな場所で「面白いこと」に向き合うこともできるようになってきた。とはいえ企業に所属する大半のエンジニアの中には、1社にコミットすることで精一杯という人も多いだろう。
そうしたエンジニアは、せめて組織の中でできる限り自分のやりたいことや、正しいと思うやり方に向き合えるのが理想的だ。しかし実際は組織の壁に阻まれ、希望や進言が跳ね返されてしまい、不満を募らせるエンジニアは少なくない。
「皆さん諦めが早いと思います。3~4年努力しても成果が出ないのであれば、10年頑張ってみればいい。一度や二度跳ね返されたからといって、諦めてしまっては本質的な課題解決はできません。やるべきだと思ったことは諦めずしつこく続けること。そしてもしルールが間違っているのなら正すよう努力すべきです」
事実、登さんは新しい組織で仕事を始めるにあたって、実態に沿わないセキュリティー規程に異議を唱え、サインを保留した上で、新たなルールを勝ち取るまで粘り強く交渉した経験を持っている。
「ファイアウオールそのものの研究開発をファイアウオールの内側の環境で行ったり、自分で書いたプログラムをコンパイルする度に規程通りにCISO(最高情報セキュリティー責任者)に申請してプログラム実行の許可を得るなんて事実上不可能じゃないですか。だからあるべき状態に近付けただけのことです。矛盾のない状態をつくるのはそれなりに手間が掛かりましたが、議論の結果、片が付きました。特に難しいことはありませんよ」
摩擦を恐れていては何もできないと、登さんは言う。
「私の経験では組織に自分がやりたいこと、組織を挙げて取り組むべきことを主張して、無下に却下された経験は一度もありません。大きな組織にいるような経験豊富な幹部というものは、あまり分かっていないように見えても、実のところは本質的な問題はよく理解しているものです」
もし、組織において若い人が幹部にせっかく提案したのに了解が得られなかったとしたら、『提案内容に何らかの“考えの浅さ”や“視野の狭さ”があったのでは?』と、自らの提案内容を顧みるべきだと登さんは言う。
「産業構造が変化する中で、社会に対しどんな価値を提供できるのか。そんな全体を俯瞰するような大きなストーリーがあってこそ、エンジニアリングの利点が際立ちます。それがないまま、技術的な優位性だけを述べても伝わりませんし、耳触りの良いキーワードをパッチワークのようにつぎはぎしただけの提案書にも説得力がありません。マネジャー陣、経営陣はそうした『浅さ』や『狭さ』を見極めるプロ。そういう人達は長い経験があるからそのような複雑なことを思考できる立場にいることを忘れるべきではありません」
付け焼き刃は見抜かれる。もし大きな組織で前例のないことをやりたいなら、立場の異なる人を説得し得るだけの情報とロジック、ストーリーを揃えて臨むべきだと、登さんは続ける。
「それがあれば、どんな組織においても社会に役立つクリエーティブな仕事はできるはずです。法律に触れるわけでも人の道に外れることでもない“正しいこと”を行うのですから、恐れることはありません。そういう社会にとって有益な仕事を行う際に、必要な環境を手に入れることは、労働者の権利です。
たとえば、物理的な職場で、エアコンがない、騒音がひどい、粉塵が舞っているというのは、現代では許されません。しかし、コンピュータやネットワークの環境をみると、意味不明な重いシステムやおかしなファイアウオール、不十分なリソースのハードウエア、煩雑なシステム上の手続きのルールを強いられています。特に、大企業や役所は良くありません。
これらの不適正な勤労環境の強要で、エンジニアの本来の能力を阻害することは、許されることではありません。しかし、誰も正面から闘わない限りそのままです。大企業や役所に入社したエンジニアはまず、個別または団結で闘い、組織からクリエーティブな仕事ができる環境を勝ち取る必要があります」
「大企業」こそ、日本型イノベーションのダークホース
最近、登さんはこの日本で見過ごされ、侮られているイノベーションの金鉱を見つけたと話す。
「多くの人はイノベーションを起こすのはGAFAやベンチャー企業の専売特許だと刷り込まれていますが、日本の場合、イノベーションを起こせるポテンシャルを秘めた場は別にあると思います。それが大企業です」
登さんは皮肉を言っているわけではない。日本の大企業には「複雑で大きな問題」「優秀な人材」「余裕資源」の三拍子が揃っており、かつ新しい時代に合った組織に生まれ変わろうとクローズドだった体質を改め始めている。だからこそ、イノベーションを起こす素地が十分あると見ているのだ。
「ある程度規模のある組織には、昔から堆積してきて由来や存在意義がよく分からない仕組みが重層的に存在し、動いています。複雑な業務プロセスが存在しているにもかかわらず、全体としては組織が一応機能しているように見えるのは、それを補って余りあるオペレーション力とリソースがあるから。
とはいえ、経営者も多くの問題を放置していればやがて組織が衰退していくのは分かっているので、変えていきたいという気持ちもある。ところが、このような問題を解決するために、過去のソフトウエアプラットフォーム技術だけを使うと、同じことの繰り返しになります。
そこで、根本的な解決のためには、プログラミング言語やシステムソフトウエアのレベルまで踏み込んで、低レイヤーでの新しい手法をいくつか発明する必要があります。このような大企業の問題を解決しようとするエンジニアリングの活動が進めば、そこから日本発のソフトウエア技術のイノベーションが起き、それらがやがて世界中で使われるようになるのではないかと私は期待しているのです」
変えるべき問題があり、変わる必然性があり、変えられるポテンシャルもある。だから、登さんは大きな組織、特に大企業が面白いと思って注目するのだ。もちろん、中堅・中小企業も等しくイノベーションのために重要である。
「皆さんが働いている企業の規模がどうあれ、せっかく努力して入った会社なのですから、社内の全てを知り尽くす勢いで、自分の置かれた社内の枠から積極的にはみ出すべきだと思います。
中央の本社のようなところは、全ての情報を集めて統治しているように見えて、実際には正しい情報が入ってこなかったり、過度な抽象化が進んでしまい、本当のところがどうなっているかが分からないようになってしまっています。現場に細かく足を運んだり、他部門の人たちと積極的に交流を持ったりして、リバースエンジニアリングをすることが大変重要です」
全ては全体像をつかみ、ディテールを知ることから始まるのだ。「組織やビジネスの成り立ちについて理解を深めれば、自ずと課題と相対したときの解像度が上がり、実効性のある具体案が浮かぶ」と、登さんは話す。
「組織のリバースエンジニアリングというものは、昔のソースコードがどこかへいってしまったバイナリーのソフトウエアをリバースエンジニアリングするようなものだと思うんです。ソフトウエアエンジニアならその面白さが分かるのではないでしょうか。『上司が……』『会社が……』と、愚痴を言いたくなる気持ちも分かります。でも、そのレベルで立ち止まっていたらいつまで経っても状況は変わりません。
そのような大企業で職場に閉塞感を感じているなら、上司や会社と正面から向き合っているか、自分に問い掛けてみてください。たった一度や二度のチャレンジでやる気を失ったり、忖度して議論を面倒がって避けていたりしていませんか? そうだとしたら本当にもったいないことだと思います」
その先に変革の種、イノベーションの種があると信じるなら、努力をいとわず自ら積極的に動いて実現に近付いていく。それが登さんの考え方だ。
「失敗したっていいじゃないですか。もし現状に不満があるなら与えられた枠組みや環境に安住せず、子どものような好奇心を発揮してまずは自分でやってみてみる。ここから全てのイノベーションがスタートします」
「選りすぐりの天才たちが集い、苛烈な競争を繰り広げているGAFAなどの企業にいなければ破壊的イノベーションは起こせないというのは、思い込みに過ぎない」と登さんは断言する。
「ソフトウエアエンジニアが担う使命の本質は課題解決。それはどのような境遇にあっても変わりません。あえて過度な競争環境に身を置かなくても、日本企業のような身近な場所にも解決を待ち望んでいる問題があることを知って、一人でも多くの人に具体的な行動を起こしてほしいですね。」
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/赤松洋太 編集/川松敬規(編集部)
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