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コロナ禍、宇宙開発の現場で起きた変化とは?NASAエンジニア小野雅裕さんに聞く“どうしようもない事態”の受け止め方

働き方

    リモートワークへの移行をはじめ、プロジェクトの遅延や中止など、コロナショックにより、物事が思うように進まなくなった歯がゆさを感じている人もいるだろう。

    宇宙開発を担うNASAでも、業務のほとんどがリモートワークに移行し、緊急を要するプロジェクト以外は延期されてしまったという。「人生を宇宙に捧げる」という思いで、宇宙開発事業と向き合ってきたNASAジェット推進研究所のエンジニア・小野 雅裕さんも、その影響を受けた一人だ。

    日々、熱量高く“宇宙”という壮大な問いに向き合う小野さんに、コロナ禍で開発現場に起きた変化や、現在の率直な思いを伺った。

    プロフィール画像

    NASA Jet Propulsion Laboratory 技術者・作家
    小野 雅裕さん(@masahiro_ono

    2005年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9月よりマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。12年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。12年4月から13年3月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。13年5月より、アメリカ航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL:Jet Propulsion Laboratory)で勤務し、現在に至る。主に宇宙探査機の自動化技術の研究に従事
    著書:『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』(東洋経済新報社)、『宇宙に命はあるのか?~人類が旅した一千億分の八』(SBクリエイティブ)

    コロナショックで3年越しの研究がストップに

    無人宇宙探査機ボイジャー2号が1989年に撮影した海王星やその衛星トリトン。そこに映った美しい光景に心を奪われたのが、当時6歳だった小野さんだ。

    宇宙に深く魅了され、その謎を解き明かしたいと願った小野さんは宇宙工学を学び、慶應義塾大学理工学部助教を経て、2013年、NASAのジェット推進研究所(JPL)に入所。現在はエンジニアとして、念願の宇宙開発事業に携わっている。

    「僕が今メインで担当しているのが、火星の表面を探査する無人探査機・火星ローバーの自律化です。自動車がドライバーなしで自動運転するように、火星ローバー自身が周辺環境を察知して自動で安全にミッションを遂行するためのソフトウエアをAIを用いて開発しています」

    JPLの仕事はプロジェクトベースで進み、大きく分けて「フライトプロジェクト」と「研究プロジェクト」の2種類が存在する。

    両者はさらにいくつものプロジェクトに細分化され、各プロジェクトのリーダーやチームメンバーは部や課に依存しない独立した編成となる。小野さんはいくつかのプロジェクトを掛け持ちしつつも、「どちらかというと今の僕の仕事は研究色が強い」と語る。

    さまざまなプロジェクトに携わる中で、小野さんにとって最も印象深いのが、自動運転のソフトウエアを設計から開発、実装まで手掛けた、2020年7月に打ち上がった最新の火星ローバー『パーサヴィアランス』だ。

    パーサヴィアランス

    実際のパーサヴィアランスの写真 ※提供:NASA/JPL-Caltech

    「僕は、何かを0から10まで作り上げるプロセスに最大のやりがいを感じていて、それができるのがJPLのユニークなところ。現在は、そのソフトウエアをより賢くするための研究に没頭しています」

    JPLでは、新型コロナウイルスが流行し始めた2月頃に、パンデミックのレベルに合わせて発動する「レスポンスフレームワーク」が発表された。ステージ1~4まであり、最も緊急度が高いステージ4になるとリモートワークやオンラインミーティングがほぼ強制となり、全ての施設が閉鎖される。一時期ステージ4が発動され、現在はステージ3の状態だという。

    「ステージ4では、本当に必要不可欠なプロジェクトに関わるごく一部の人しか出社が許されませんでした。中でも最も優先順位が高かったのが、先ほどお話しした火星ローバー『パーサヴィアランス』。火星ローバーは26カ月に1度しか打ち上げられず、もし7月を逃していれば、また26カ月待たなければいけなかったのです」

    『パーサヴィアランス』は無事打ち上がったが、このコロナショックは小野さんがPLを務める別の研究プロジェクトに多大な影響を与えた。

    当時、小野さんは火星ローバーの自動運転をさらに高度化するための3年越しの研究に取り組んでいた。その期限は2020年9月。それまでに改良したソフトウエアを試験用ローバーに搭載して河原を走らせる実験が必要だが、3月に研究所が閉鎖され、そこから5カ月間まったく実験の許可が降りなかったのだ。

    「残り1年を切り、『さぁ、ここからが大詰めだ!』というタイミングで急きょストップがかかってしまったことに、精神的に打ちのめされました。やっと研究再開の許可が降りたのは8月半ば。残り2カ月でなんとか挽回しようと、チームメンバーが一丸となって取り組みました。日の出とともに出勤し、暑さの限界まで実験して、ヘトヘトになって帰宅するという毎日を送っていましたね」

    JPL施設内の様子

    JPL施設内の様子(2019年11月撮影) ※提供:NASA / JPL-Caltech

    政治に左右されやすい宇宙開発「悔しくて眠れない時もあった」

    実は小野さんには、今回のパンデミック以前にも、外部要因によって仕事が思い通り進まず、フラストレーションを感じた時期があったという。特に宇宙開発事業は政府が資金をコントロールしているだけに、政治に振り回されるシーンが少なからずある。約2年前、とあるフライトミッションが政治の動きによって失われ、小野さんは「悔しくて眠れなかった」と当時を振り返る。

    「木星にある四つの衛星のうち、内側から二つ目にあるエウロパの探査プロジェクトでした。エウロパは表面が水の氷で覆われていて、その下に海が広がっている。地球よりも水が多く存在することから『地球外生命がいるかもしれない』と期待されており、この興味深い仕事をリーダー的立場で携われることになっていたんです」

    事態が急変したのは、「この仕事は面白くなるぞ!」と思った矢先に行われた中間選挙の時だった。エウロパ探査をバックアップしてくれていた議員が落選し、その影響で探査のチャンスが失われてしまったのだ。

    「僕らがやっているのは歴史に残るようなものすごく壮大なことなのに、選挙の結果一つでいとも簡単に機会がなくなってしまう。悔しさが込み上げてきて、眠れなくなってしまって……

    お酒を飲んでも、深夜まで仕事をしても眠れない――。そこで小野さんが取った行動は、かなり意外なものだった。

    「歴史に残る駄作だと言われている『スター・ウォーズ ホリデースペシャル(The Star Wars Holiday Special)』を観たんです。今こそアレを観る時だと思って。そうしたら眠れたんですよ(笑)。そこから平常運転に戻していきました。このエウロパのプロジェクトが入社以来、最もへこんだ出来事です」

    NASA小野さん

    どんな状況でも「next right thing」は必ずある

    人生を懸けて仕事に向き合っているからこそ、今回のコロナショックのような自分の力ではどうしようもない不運に見舞われたときに感じる焦りは大きなものになる。では、小野さんは、そんな状況にどのように立ち向かってきたのだろうか。

    「将来に生きる技術だと確信を持ってやっていることが予期せずストップとなるのは、正直、非常に悔しいです。でも今回のコロナショックで不幸中の幸いだったのは、ロックダウンになりそうなタイミングで、火星ローバーに搭載されているオンボードを購入して、メンバーが自宅でも開発できる体制を整えておいたこと。準備万端にしておいたことで、なんとか実験の遅れを巻き返せそうです」

    モチベーションを維持するのが難しい場面で、小野さんが大事にしている哲学が「next right thing」。これは、記憶に残る大ヒット映画『アナと雪の女王』の続編で使われている挿入歌のタイトルだ。

    「4歳の娘と一緒に映画を観ていて、このキーワードにハッとさせられたんですよね。どんなにひどい状況でも、その状況下における最善策『next right thing』があるはずだと。それを実行することが最大限にチャンスを生かす方法で、自分のモチベーションを保つ鍵にもなると思っています」

    また、先日(9月初旬)にカリフォルニアで発生した大規模な山火事が、小野さんが手掛ける先述の研究プロジェクトの進捗を阻んだ。その時にも、「next right thing」という哲学が実際に生きたという。

    「プロジェクトの期限が残り2週間になり、目標達成の光が見えてきた矢先に、ジェット推進研究所の近くで発生した大規模な山火事でまたもや研究所が閉鎖になってしまいました。その5日後には、3年間の集大成となるデモが控えていたんです。そこですぐにプランを変更し、あらかじめ記録していたローバーのデータをリモートで再生して擬似的にデモを行いました。プロジェクトの目標はあと一歩で未達成に終わったものの、デモは技術的側面のみならず、異常事態への素早い対応においても高く評価されました」

    僕らは傲慢になってはいけない

    コロナショックを受けて、キャリア観や仕事への向き合い方に変化が生じた人も多いだろう。NASAでも働き方には大きな変化があったが、小野さん自身のやるべきことは「特に変わらない」と話す。

    「パンデミックの影響は長引いていますが、一過性のもので仕事の本質は変わらないと僕は思っています。宇宙開発の場合は、息が長く最低でも10年はかかりますし。そもそも、宇宙開発自体がリモートワークのようなもの。地球から火星ローバーを動かすのもリモートワークですし、そういう意味でもさほど変わらないと思います」

    最後に、小野さんは日頃から宇宙開発事業にどう向き合っているか、胸の内を明かしてくれた。

    「僕がいつも肝に命じているのは、宇宙開発は僕にとっては何物にも代えがたい大事な仕事ですが、社会にとっての優先順位は低いということ。今回のパンデミックでは世界中で86万人以上が亡くなり、経済が大打撃を受け、生活に困窮している人が大勢いる。そんな中で、40億年前の火星に生命がいたかどうかの答えを急ぐ必要はない。宇宙開発を止めても誰も困らないわけです。だから僕らは傲慢になってはいけないないんですよ」

    2020年7月、火星ローバー打ち上げの様子

    2020年7月の打ち上げの様子 ※提供:United Launch Alliance

    とはいえ、宇宙開発のミッションは選ばれたごくわずかな人にしかできない重要な任務であることも間違いない。

    「今やっと、科学は“生命”という現象を定義するための第一歩に手が届くところまできたと思います。もしかしたら、僕が生きている間に地球外生命が発見できるかもしれない。それができたら、未来永劫刻まれる大発見になる。そこに一端でも関わることができたら光栄だなという気持ちです。その日に向かって、これからも真摯に宇宙開発と向き合い続けます」

    取材・文/小林香織 編集/川松敬規(編集部)

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